第113話【番外編】買い物 1/2

 ※卒業した後の話




 ミリアは王都を走る馬車に揺られていた。


 向かいの席にはアルフォンスが座っている。


 朝晩に王宮への送り迎えをしてもらっていて慣れているはずなのだが、アルフォンスが別邸に来た時からそわそわし通しだった。なぜなら今は休日の昼間だから。

 

 デートだよね、これ?


 男女が二人で出かけるのだ。デートだろう。デートとしか言いようがない。学園にいた時に一度ケーキを食べに連れて行ってもらったが、今は婚約をしている間柄である。今度こそ間違いなくデートだ。


 今日のアルフォンスはびしっとキメていた。前のデートのときは平民街寄りの店だったこともあって大人しめだったのだが、今日は貴族街のお高いお店に行くらしい。


 学園に引き続き、この二か月適当な服装で出勤しているのを見られているため、もう今さらどうでもいいやと開き直ったミリアはそこまでお洒落しゃれはしていない。


 その服装では行けません、と出掛けるのを取りやめにしてくれないだろうかという淡い期待もあったのに、アルフォンスは服装について全く文句は言わなかった。少なくとも眉を寄せるくらいされるかと思っていた。


 それどころか、目の前に座るアルフォンスはなんだかご機嫌である。街に出るのがそんなに好きなのか。アルフォンスにも正の感情がわりとあることを、ミリアはようやく感じられるようになっていた。


「どうしましたか?」


 ミリアが凝視していることに気が付いたアルフォンスが、首をわずかに傾ける。


「楽しそうですね」

「そうですか?」


 眉をひそめられた。それでこそアルフォンスだ、となぜか安心してしまった。


「楽しくないんですか?」

「楽しいですよ」


 そうなのか。スイーツ男子なだけでなく、買い物も好きだったりして。


 うわぁ、とミリアは憂鬱ゆううつな気分になった。


 今日はミリアの買い物に来ているのである。面倒だから家に呼ぶと言ったのに、買いに行かないといけないとそれはもう強く強く主張された。


 カリアード家嫡男わたしの婚約者がそんなことでいいと思っているんですか、と言われそうな勢いだった。ちゃんと選べるか心配だからついて行く、という副音声ほんねも聞こえた。女性のドレスを選ぶなんて男性には退屈だろうに。ご苦労なことである。


 そう。ドレスだ。ドレスを買いに来た。


 ミリアの社交界デビュー用の。


 夏の卒業から二か月ち、初夏から続く王国の社交界はそろそろ終わろうとしていた。卒業後はその間にデビューするのが普通だ。なのに残す王宮のパーティはあと二回しかない。


 とはいえ、すぐにデビューしなければならないという決まりはない。ミリアはまだ成人を迎えてはいないし、成人後も二年くらいは猶予ゆうよがあるはずだった。


 しかし、ミリアが一向に参加を表明しないことにしびれを切らしたアルフォンスが、先日いつ出るつもりなのかと聞いてきた。ミリアは、今年はデビューするつもりはない、と言ったのだが、婚約者としてはそうもいかないらしい。婚約のお披露目ひろめも兼ねているからだ。


 どうせ婚約したことは社交界にも伝わっているのだから別にいまさらいいじゃないかと思うのだが、カリアード伯爵家としては、どうしてもここで二人で参加して、事実であるのだと知らしめなければならないようだった。


 というわけで、ドレスを買いにくることになった。二人で。


 二人で出かけられるのが嬉しくないわけではない。当然だ。しとのデートなんて舞い上がるに決まっている。


 が、ドレスを選ぶのは面倒だった。普段着は店に買いに行くが、夜会用のちゃんとしたドレスは、いつも商会関係の人が適当に持ってきてくれる物から選んでいた。


 ミリアが地味なドレスを好むことを知っている彼女らは、その趣向に合ったドレスしか持ってこない。どこまで簡素なのが許されるのか判断がつかないミリアは、プロに見立ててもらうのが一番だった。


 アルフォンスがここまで強引に連れてくるという事は、並々ならぬこだわりがあるのだと思われる。普段のミリアの服装にこそ文句を言いはしないものの、内心の中ではきっと言いたいことを山ほど抱えているのだろう。そしてそれが今回爆発するのだ。


 ため息をつきたくなったミリアが連れて来られたのは、王都でも有名なデザイナーの店だった。以前エドワードに連れて行かれた店とは違うが、負けずとも劣らないクラスだ。


「行きましょうか」


 先に降りたアルフォンスが手を差し伸べる。


 ミリアが馬車のステップを下りた途端、内側から扉が開いた。


「お待ちしておりました、カリアード様。こちらはミリア・スタイン様ですね。本日はよろしくお願いいたします」


 そう言って、店員は名乗った。それはデザイナーの名前で、店員ではなくて店主であることが判明した。タイミングよく扉を開けたところを見ると、アルフォンスが事前に連絡を入れていたのだろう。


「準備はできていますか?」

「もちろんでございます」


 その後、ミリアは着せ替え人形と化した。


 最初に試着したドレスが似合っていたので、もうこれでいいやと思ったミリアだったが、アルフォンスは妥協しなかった。結果、次から次へと試着させられた。


 ついには、店側が用意したドレス――どれも仮縫いとはいえミリアのためだけに作られた一点ものだそうだ――ではしっくりこなかったらしく、一から仕立てようと言い出す始末である。ミリアそっちのけで、生地を手にああでもないこうでもないと店主に相談していた。


 もう好きにしてくれ。


 放置されたミリアは元の服に着替え、店の中を見て回っていた。ドレスや生地の見本だけでなく、レースやビーズといった素材も多数置いてあった。スタイン商会でおろしているものもある。


 流行はやりや品質をチェックしていくのは楽しかった。海のないローレンツ王国ではなかなか手に入らない、真珠や貝を削った素材が多数そろえられているのには驚いた。そして自分は根っからの商売人なのだと実感した。


 時々アルフォンスに呼ばれて布を当てられ、そうこうしているうちにいつの間にかドレスのデザインは決まっていた。それほど派手ではなくてほっとする。


「仮縫いが終わりましたらご連絡いたします。ご用命頂きまして誠にありがとうございました」


 店員に見送られてミリアたちは店を後にした。


「次は宝飾品ですね」


 アルフォンスに言われてげんなりする。まあ、アルフォンスが全て決めてくれるのならそれはそれで楽か。


 ここでミリアははっとした。


「ドレスのお金ってどうなりました? 先払いですよね?」

「もちろん私が出しました」

「え? それは駄目です。私のドレスです。私が払います。買って貰う義理はありません」


 貴族がその場で現金で払うことはない。ツケ払いだ。であれば連絡さえすれば請求先を変えることは簡単にできる。


 高級店で仕立ててもらうドレスとはいえ、そこまで大層な生地を使っているわけでもった装飾をするわけでもない。ミリアにだって払える値段だ、と頭の中で算盤そろばんを弾いていた。というか、無理だったらさすがに却下している。


「私はミリア嬢の婚約者です」


 アルフォンスがむっとして言った。


 そうだった。義理はあるのかもしれない。でも。


「いいえ、カリアード家にご迷惑をおかけするわけにはいきません」

「迷惑などではありませんし、家ではなく私が出します」


 ミリアがそのつもりだったように、アルフォンスも自分の給料から出すという。


「婚約者にドレスくらい贈らせてください」


 アルフォンスがつらそうな顔をして、ぐっとミリアは言葉に詰まった。そんな顔でそんなことを言われたら、断りにくいではないか。


 だが、次の言葉を聞いてすっと冷めた。


「贈り物の一つもしない狭量な男だと思われます」


 ああ。なるほど。世間体が大事なわけね。そりゃそうだ。


 わかっていたことなのに、気分が沈む。


「そうですね。それではお言葉に甘えます」


 ミリアはにこりと笑って、窓の外に視線を移した。


 それから宝飾品店に着くまで馬車の中は無言だった。


 ――やっぱり一緒に来るんじゃなかった。


 窓の外を見続けながらそう思ったミリアだったが、心の声は呟きとなって漏れてしまっていた。黙り込んでしまったミリアの一挙手一投足を気にしていたアルフォンスがそれをしっかり聞いてしまい、顔を引きつらせていたのを、ミリアは知らない。




 アルフォンスは宝飾品へのこだわりはあまりないらしく、こちらはすぐ決まった。エメラルドがはまってさえいればいいようだった。ミリアの好みにあったシンプルなものになった。


「こちらも贈らせて頂きたいのですが」


 アルフォンスに請求していいのだろうか、と店主が視線を二人の間にさ迷わせたのを見て、アルフォンスがおずおずと言ってきた。


「まあ、アルフォンス様! 嬉しいです!」


 ミリアは胸の前で両手をパンッと合わせ、にこにこと笑って答えた。アルフォンスが二人の仲の評判を気にしているのなら、それにつき合うのも婚約者の義務だろう。引き換えにもらえる権利として、毎日ハグをしてもらっていることだし。


 アルフォンスが口をきゅっと引き結んだ。大げさすぎたか。後で演技がヘタだと小言をもらうかもしれない。




「用事は済みましたし、ケーキでも食べに行きませんか?」

「ご遠慮します」


 馬車に戻ってからアルフォンスに大変魅力的なお言葉を頂いたが、ミリアはへとへとになっていた。宝飾品はすぐに決まった――というか決めてもらえたが、ドレス選びで思っていたよりも体力を持っていかれていたのだ。今は甘い物よりも横になりたい。


「季節限定のケーキを売っている店をいくつかピックアップしてあります」

「すみません、今日は……」


 スイーツ男子としては堂々と食べに行ける機会なのだし、付き合ってもらったのだから応じるべきなのかもしれないが、無理なものは無理だった。


「ではせめて持ち帰りませんか?」

「早く帰りたいです」


 ミリアは面倒になって投げやりに言った。


 ああ、眉間にしわが寄ってる。ごめんなさい。でももう……。


 ミリアはかくりと首を落とした。

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