第112話【番外編】アルフォンスの災難 ラブラブ Ver.

 ※「【番外編】アルフォンスの災難」の別バージョンです

 ※糖度が足りないとリクエストもらいました。自分に。

 ※ミリアとアルフォンスの結婚後の話





「疲れてるね」


 ミリアは夕食を食べながらだるそうにしているアルフォンスに言った。


「ええ、まあ」

「また王宮に戻るんでしょ? わざわざ帰って来なくてもいいのに」


 ミリアがそういうと、アルフォンスが悲しそうに眉を下げた。表情豊かになったものだ。


「夕食時くらいしかリアと会えませんから」

「いやいや、朝ご飯もお昼ご飯もお茶も寝てる間も一緒だよね」

「夕方に会えるのは今だけです」


 アルフォンスにむっとされた。どんだけ私のことが好きなのだろうか、この男は。今に始まったことではないが。


 アルフォンス・カリアードが妻を溺愛しているのは有名な話だ。


 なぜそれがミリアなのか誰しもが首をひねる。ミリア自身も不思議でならない。


「夜に帰ってきてもリアはもう眠ってしまっていますから」

「だから起きてようかって何度も言ってるのに」

「リアが寝不足になってしまうのは駄目です」


 今、王宮には小国の姫が来ている。ルーリッヒ帝国の第一皇子クリスから話を聞いて興味を持ったそうだ。


 その姫がアルフォンスのことを大層気に入ったらしい。アルフォンスが既婚だということなどお構いなしに、何かにつけて指名されていた。


 帝国とえんがあるということで、王太子エドワードもアルフォンスも無碍むげには扱えず、ほぼ言いなりだった。


 どうしてこう、皇子やら姫やらは他人ひとの仕事を邪魔するのだろうか。アルフォンスが疲れているのは姫に振り回されていて自分の仕事が進まないからだ。気の毒に、とミリアは思っていた。


「姫サマのお気に入りは大変だねえ。私にできることがあったら手伝うよ?」

「……嫉妬して下さらないんですか?」

「しません」


 アルフォンスはまた眉を下げた。


 嫉妬の必要などない。アルフォンスはミリアしか見ていないのだから。


 そう思えるくらいには愛されている自覚があった。




 次の日、ミリアは上司アルフォンスに用があって、アルフォンスの執務室に来ていた。


 ノックをすると、アルフォンスの部下が顔を出した。アルフォンスの右腕のセト・ケルンという男だ。


「アルはいますか?」

「カリアード様は来客中です」

「中で待っていてもいいでしょうか?」


 ミリアはいつものようにアルフォンスを待ちたいと言った。アルフォンスはよく不在にしている――というか王太子エドワードの側近としてエドワードについているのが普通だ。なのでミリアは暇つぶし用の仕事も持ってきていた。


「ええ……、そうですね……」


 セトが目をさまよわせたのを見て、ミリアは肩をすくめた。


「……姫サマですね。いいですよ。気にしていませんから」


 セトは迷いながらも扉を大きく開けた。ミリアの言葉はアルフォンスよりも優先されると叩き込まれている。


 ミリアは慣れた様子であいている席――実はミリアのためにあけてある――に着き、応接室へと続く扉をちらりと見てから持参した仕事を始めた。




「そろそろ戻りたいんですけど」


 ミリアはドレスのポケットから懐中時計を出して言った。帝国の皇子クリスに結婚祝いにもらったものだ。令嬢が持ち歩くものではないが、仕事上、持っていないと不便なのだ。


 ミリアが顔を上げて誰に向かってというわけでもなく言った。


「長いですね」


 向かいの席に座っていたセトが眉をひそめて言った。


「声をかけてもいいでしょうか?」

「……ミリア様ならいいと思います」


 他の誰かが割り込もうなら叱責必至だ。しかしアルフォンスがミリアに腹を立てる所がセトには想像できない。


 一方のミリアは、大した話ではないだろう、と思っていた。大事な話なら王太子エドワードを交えるはずで、それならアルフォンスの執務室でするはずがない。


 他人ひとの仕事の邪魔をしに来ているだけなら遠慮は無用だ。裁可がもらいたいだけで、立ち話で終わる程度の簡単な話なのだから、さっと聞いてさっと退散しよう。


 ミリアは応接室へと続くドアをノックをした。


 返事を待たずに開け――そのまま閉めた。


 またか。


 ミリアは扉の前でため息をついた。元々モテたアルフォンスだったが、結婚してからこういうことが増えた。ローズいわく色気が増したらしい。全く勘弁して欲しいものだ。


 ミリアは息を吸ってから応接室に踏み込んだ。セトも一緒に引っ張り込む。


 セトが呆れたように片手を目で覆った。


 そこにいたのはアルフォンスと姫の二人。二人ともソファの上だ。


 ちょっと普通じゃないな、と思えるのは、シャツをはだけて寝そべっているアルフォンスに下着姿の姫が馬乗りになっているところだ。


 ミリアはさっとアルフォンスの下半身に目を走らせ、ひとまず安堵する。一線は越えていなかった。


 アルフォンスは真っ青な顔をミリアに向けていた。一方の姫は悠然と笑っている。


「アル、何をしているの?」


 ミリアは無表情で言った。


 アルフォンスは何も言わない。


「あら、どなたかしら。空気を読んで頂きたいわ」


 真っ赤な波打つ髪の姫は、赤く塗られた爪をあごに当てて、首を傾げた。


 姫の体は出るところはしっかりと出ていて何とも悩ましかった。下着の面積はビキニよりもよっぽど広いのだが、慎ましい服装に慣れてしまったミリアの目には露出過多に見えた。


「お初にお目にかかります。ミリア・カリアードと申します。アルの妻です」

「へぇ、あなたが……」


 姫がミリアを値踏みするように見た。


「どういう状況かわかるでしょう? 出て行って下さらない?」


 姫が手をアルフォンスの素肌の胸にはわせた。アルフォンスがわずかに顔をしかめる。だが何も言わない。


 ミリアはその肌が彫刻のように美しく滑らかで、しかし温かいことを知っている。


 アルフォンスの両手は万歳をするように頭の方にあった。姫のなすがままというわけだ。


 ミリアはテーブルの上のティーセットをちらりと見た。


「合意ですか?」

「もちろん」


 姫は上半身を倒してアルフォンスの上半身と重ねた。


 はっ、とミリアは鼻で笑った。


「合意? あなたが? 笑えない冗談ですね」

「本当でしてよ」


 ねぇアルフォンス様、と姫はアルフォンスに口づけた。


 ミリアはその姫へと歩み寄ると、姫の腕をぐっと引いて上半身を起こさせ、パンッと頬を叩いた。そのままアルフォンスの上から引きずりおろす。


「きゃっ! 何をするの!」

「何って、妻としての正当な権利を行使していますが?」

「無礼者!」

「無礼なのはどちらですか。他人ひとの物に手を出すなんて、よっぽど不自由してるんですね」


 ミリアは床に座り込んだ姫を小馬鹿にして言った。


「あ、あなたはその方に相応ふさわしくないわ」

「相応しいか相応しくないかの問題ではありません。アルと結婚しているのは私です」

「この結婚はその方の望んだものではないと聞きましたわ!」

「まあ、何を信じようと勝手ですけど……毒を盛って既婚者を襲うのはよろしくありませんね」


 ミリアは冷え冷えとした声で言った。


 セトはその言葉にはっとし、ティーセットを一瞥いちべつすると、水をお持ちします、と部屋を出て行った。


 姫が立ち上がる。


「あなたこそ! 他国の姫わたくしにこのような無礼を働いて、ただでは済むと思わないことね! 我が国は小さくとも帝国と深い仲ですわ。一貴族ごときが逆らえる立場じゃなくってよ!」


 それを聞いてミリアは薄く笑った。


「帝国と深い仲? だから何です? 要は属国ですよね。告げ口でもするつもりですか? ローレンツ王国の貴族を寝取ろうとしたら奥さんに叩かれましたって? 誰に言うんですか? それを言ったところで王国うちをどうにかしてくれるとでも?」


 姫がぎりっと悔しそうに唇を噛み締めた。


「わたくし、クリス皇子とは個人的な交流を持っていますのよ!」


 ミリアは口角を吊上げた。


「だから? 私だってクリスとは仲が良いですよ。少なくとも、この結婚の祝福はしてもらいました」


 ミリアは懐中時計を姫に見せた。表面には帝国の紋章と、いくつかの宝石がついている。宝石の組み合わせは帝国におけるある身分を示していた。見せれば皇帝に謁見できるくらいの。


 ミリアは懐中時計をくるりと裏返して、そちらも姫に見せた。


 そこに帝国語で書かれていた文言を見て、姫は絶句した。


『結婚おめでとう

  ――愛するミリィへ クリスより』


「わかって頂けたでしょうか? この結婚がこんなことで壊れてしまったら、クリス皇子は大層おなげきになるでしょうね」


 真っ青になった姫に、ミリアはさらに追い打ちをかける。


「私がクリスに泣きついたら、あなたの国は一瞬で無くなりますよ? 王女の火遊びで故郷を失うなんて、国民のみなさんが不憫ふびんでなりません」

「そんなわけっ」


 ミリアはぐったりとしたアルフォンスの体を起こして座らせた。その膝の上に横座りし、首に腕を絡めて顔を寄せる。


「嘘だと思うなら、どうぞ帝国に密告してチクって下さい。誰が何を言おうとアルは私の物ですから」


 ミリアはアルフォンスの頬に人差し指をあて、つっとあごまでなでた。不敵に笑って首を傾げる。


「姫サマは何をしにこの国に来たんですか。国交を結びに来たんですよね。それをぶち壊すようなことをして、王女の自覚があるんですか。いい加減、アルの仕事の邪魔だから帰ってくれませんか。エドとギルも迷惑がってましたよ」

「ぐっ」 


 姫は十中八九嘘だと思っていたものの、懐中時計の裏書きは本物だろう。かたれば大変なことになる。


 皇子の名を呼び捨て、自国の王太子と第一王子を愛称で呼ぶ女。やり合うにはリスクが高すぎた。


 顔を歪めて床に脱ぎ捨てた服を拾う。


 一枚の布を体に巻き付け、おびで縛る服だ。本来なら、布を複雑に織り込んでひだを作ったりするのだが、姫は最低限整えると部屋を飛び出して行った。


「水を」


 ミリアは、水差しとカップを持って戻って来たセトに、手を伸ばした。それを受け取ったミリアは、銀のカップからアルフォンスに水を飲ませた。水差しの中身を全部。


「りあ……」


 アルフォンスがかすれた声を出した。


「ティーセットを片づけて下さい」

「カリアード様に危険は」

「ありません。毒に心当たりがあります。でも一応調べて下さいね」

「わかりました」


 セトが静かにティーセットを片付けていく。


「りあ……」


 毒の効果が弱まってきたのか、アルフォンスが膝の上のミリアの頬に手を添えた。ミリアはその手に自分の手を重ね……ぺいっと引きはがした。


 はだけたシャツのボタンをとめてやる。


「毒を盛られるなんて油断しすぎなんじゃない? もっと強力な毒だったらどうするの。これだって飲みすぎたら死んじゃうんだから」

「すみません……」

「謝ってすむ事じゃない」

「すみません……」

「もう!」


 ミリアはハンカチでアルフォンスの口を乱暴に拭った。姫の毒々しい紫色の口紅がべったりとついていたからだ。


 アルフォンスがソファにもたれていた体をよろよろと起こし、もう一度手をミリアの顔にそえた。


「リア、愛しています」


 アルフォンスの顔がミリアに近づいてくる。ミリアは目をつぶってそれを受け入れた。


 そっと一礼して出て行こうとしたセトをちらりとアルフォンスが見る。


「しばらく、誰も入れないように」


 それだけ言って、アルフォンスは再びミリアと深く口づけを交わした。


 と、後ろでぱたりとドアが閉まった音を聞いたミリアが、くすくすと笑い出した。


「さっきの私、完全に悪役だったよね」

「いつから殿下をエドと呼ぶようになったんですか?」


 アルフォンスがミリアの額にキスを落としながら、不満そうに聞いた。


「その方が効果的かと思って」


 ミリアはアルフォンスと額を合わせてから両手で顔を包み込み、唇にちゅっとキスをした。


「もう戻らなきゃ」

「もう少しだけ」


 アルフォンスがミリアを抱きしめる。


 アルフォンスの愛は常にミリアにだけ注がれる。その確信が持てることがたまらなく幸せだ。ミリアはアルフォンスにもたれて目を閉じた。












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番外編だからこそできるお遊びでした。

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