第101話 平和な日々でした
「アルフォンス様、二日も続けてお休み頂いてしまってすみません。今日は行きますので」
エドワードとのお茶会の次の日、ミリアは休み時間にアルフォンスを捕まえて、ぺこりとお辞儀をした。本当に申し訳ない。受注側の都合で何日も休むなんて。来られるときだけでという契約とはいえ、お客様のためには全力を尽くすべきなのに。
「すみません、今日は予定が入っているので、来て頂かなくて結構です」
「タイミングが悪くてすみません……」
アルフォンスが気まずそうな顔で言うので、ミリアはますます申し訳なくなった。
「殿下に振り回されているのですから、ミリア嬢が気に病むことはありません」
慰められた。
「ほんと、いい加減にして欲しいですよ……」
デートといい、お茶会といい、エドワードは終始上機嫌で楽しそうだったが、無理やり連れて行かれているミリアはあまり楽しめていない。
ケーキの味がしないほどではないから、そこまでストレスでもないのだが、可愛い、可愛い、と言われるばかりでほとんど会話がないのでは、楽しめるはずもない。
強引にキスされるし。
エドワードには卒業後にどうすればいいのかを聞きたかったのだが、聞けばミリアも婚約に同意しているのだと思われる。諦めて受け入れてはいるが、そう思われるのは
何も言われていないのだから、とミリアはマーサにフォーレンへと帰る準備をさせていた。どのみち寮から出るために私物は引き上げなくてはならない。少しずつ王都の別邸へと運んでいる。
「例の件、誰がやったのかわかりましたか?」
こそっと階段の事件のことを聞いてみた。ローズではないことを確かめたい。
「いえ、まだです。絞ってはいるのですが」
ローズ嬢はあり得るかとだけでも聞こうとしたが、結局やめた。
変な先入観を与えてアルフォンスが
「
「いえ、絶対に見つけます」
アルフォンスは真剣な顔をしていた。
「お願いします」
卒業パーティまであと四日。間に合わなくてもいいや、とミリアは本気で思っていた。もし後で判明したら、家族共々身ぐるみ
というか、エドワードと婚約したあとに判明したら、未来の王妃を害そうとしたとして、さかのぼって罪を問われる事になったりしないだろうか。今のエドワードならやりかねない。
ミリアが手を下すまでもないかもしれない。
それからの三日間は、意外なことに何もなかった。
エドワードはミリアを見て微笑むだけで話しかけてこないし、ジョセフはミリアを避けているようで、アルフォンスは忙しいらしく休み時間も使用人を交えてばたばたしていた。放課後の仕事はなし、というのを使用人から伝えられる程だ。
昼休みの図書室でギルバートに会う事もない。
何よりもミリアを驚かせたのは、嫌がらせがぱたりと止んだことだ。エドワードの態度が大きく変わったことが影響しているのだと思われた。未来の王妃。下手なことはできないと思ったのだろう。
何もかも今さらだ。面と向かってされたことはしっかりと覚えている。あらあなた、学園であたくしの足を引っかけた
漏れ聞こえてくるひそひそ話によると、ローズは変わらず正妃として目されていて、ミリアは側妃候補だと思われているようだった。
側妃は王国内の女性としては正妃に次いで身分が高い。婚姻を結んで正式に
ミリア派だった令嬢や令息たちが話しかけてくることもなかった。様子見なのだろう。
誰にも話しかけられず、一人で休み時間を過ごし、一人で昼食を食べ、一人で図書室でお昼寝をして、一人で図書館で読書をする。たった三日間だったが、なんだか入学当初に戻ったようだった。
あの頃は、まさかこんなことになるなんて想像もしていなかった。記憶はなかったし、突然貴族にされて学園に放り込まれたことに、とにかく腹を立てていた。静かに過ごして卒業を迎えられればいいと思っていた。
しばらくして
思い返せば、
だってミリアは乙女ゲームのヒロインとは全然違うのだ。あんなに
ジョセフやギルバートに好かれることもなく、スタイン商会に変な容疑がかかることもなく、階段で突き落とされつつも奇跡的にちょっとした怪我で済み、何事もなく卒業パーティを終える。そんな未来もあったように思う。
あれをしていなければ、これをしていなければ、と思い当たる節がありすぎて、気持ちが沈んだ。結局のところ、今の未来を引き寄せてしまったのは自分なのだ。
二人の王子と伯爵令息に見初められ、王太子と結婚する。
ヒロインに相応しい結末だ。
なんで私なんだろう、と思った。
三人の誰かとできることなら結婚したいと思っている令嬢はたくさんいるだろうに。お金も権力も地位も欲しいと思っていないミリアが求婚されるなんて、ままならないものだ。
三人のうちの誰かを好きになっていれば、こんなに悩まなくてもよかった。
それでも、やっぱりミリアが好きなのはアルフォンスだった。
結婚したいという気持ちまでは持っていないが、一緒にいたいと思うし、抱き締められたら嬉しいし、笑顔を向けられると心が震える。まあ、アルフォンスの笑顔の場合、リリエントと間違えられているか、単に笑われているだけなのだけれど。
どうせ王妃になって政務に
卒業後すぐに王妃教育が始まるだろうから、アルフォンスがしばらく王国にいるとしても、きっとミリアが一緒に働くことはできない。毎日エドワードにくっついて行動していれば、挨拶を交わすくらいはできるのだろうか。
アルフォンスへの想いに気づいた直後は、アルフォンスと顔を合わせるのは苦しいから、王宮では働きたくないと思っていた。だが今は、少しでも会えたらいいな、と思えている。気持ちを押し込めることができて本当によかった。
これならアルフォンスが旅立つ時に、きっと笑って送り出せる。
そうだ。どうせなら、アルフォンスが行くときに一緒について行ってしまうのはどうだろう。どのみち帝国に観光に行くつもりだったし、目的は二人とも
いっそ
――そんな自由は、たぶんミリアには残されない。
卒業パーティも含め、これからの事が何一つ定まっていない。何もわからないというのが、ただただ不安だった。
どんなに嫌でも、時は刻まれていく。
寮を出る準備は
卒業パーティは夜に開かれ、日中の講義はない。どうせパーティ用の身支度は別邸でするのだ。最後の一泊を寮で過ごす意味はなかった。
別邸と言えども滅多に帰らないし、ベッドに入ることはまずない。普段は学園の寮で暮らしているし、休暇に入れば寮から真っ直ぐにフォーレンに帰る。自室といっても、他人の家やホテルにいるような感覚だった。
ソファに座っていても、そわそわして落ち着かない。
明日の事を思うと
エドワードは
だとしたらあまりにも誠意のない振る舞いだが、どうせ命じて従わせるのだから、すっ飛ばしたところで大差ないとも言える。
ミリアはエドワードのやり方に納得がいかず、イライラするしムカムカするしで気が立っていた。
それも寝具に潜りこめば少しは落ち着いた。
マーサが寮で使っていた寝具をそのまま部屋に入れてくれていた。ランプも同じものを使ってくれて、ロウソクに僅かに混ぜられた香料が、かぎ慣れた香りを漂わせている。
目を閉じて静かにしていると寮にいるような気持ちになって、ミリアはゆっくり眠ることができた。
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