第102話 やっぱりそうなるんですね

 いよいよパーティ当日。


 昼食を控えめにされたミリアは、食後早々に身支度を始めていた。


 他人ひとに体を洗われたりクリームを塗られたりするのは嫌なので、自分でする時間を確保するために早めに開始するのだ。


 世の中のご令嬢様たちは、午前中から始めるらしい。もちろん使用人に全てやってもらうのだ。ぴかぴかに磨くのだそうだ。


 そこまでしなくても、とミリアは思っている。直前にちゃちゃっと準備するだけでいいではないか。大して変わらない。


 しかし手を抜くと使用人が手を出してくるので、文句を言われない程度には磨く。下着を着たあとはされるがままだ。


 三人がかりでぎゅうぎゅうにコルセットを締め上げられる。食べすぎるとここで口から出てしまうのでお昼が控えめなのだ。それでもご飯どころか内臓まで出てきてしまいそうになる。


「これでは入りませんよ」

「太ったかなあ」


 マーサに困ったように言われた。ぱくぱくと口を開けるひなよろしく、アルフォンスに毎日ケーキを与えられていたのだ。太っていてもおかしくない。というか、太って当然だった。


「仕方ないですね」


 ドレスの方を直しましょう、と言われるのかと思いきや、もう一度息を思いっきり吐いて下さい、と言われた。まだ締めるのか……!


 せっかくお風呂に入ったのに、コルセットを締めるだけで汗だくである。ミリアよりもマーサたちの方が大変なので文句は言わない。太ったミリアが悪い。


 食べ過ぎ注意。運動大事。頭を使っていたからカロリーも消費されているのではと期待していたが、使い切れるわけはなかった。


「あ、無理ですね。まだボタンが止まりません」

「えぇぇっ!? もう無理。これ以上は絶対無理っ」


 息ができなくなってしまう。 


「少しドレスの方を直しましょうか」

「お願いっ!」


 涙目で抗議すると、なんとか妥協してもらえた。


 シルエットが~とか、刺繍ししゅうの位置が~とか小言を言われたが、そんなのどうでもいい。さっと行って壁の花になってさっと帰ってくる……だけじゃないんだった!


 そうだ、婚約発表があるなら、恐らくさらし者になる。こんなシンプル・イズ・ザ・ベストなドレスで大丈夫なのだろうか。


 そう思うものの、大丈夫であろうとなかろうと、今から別のドレスを用意するのは無理だった。卒業パーティだからと、これでも一番豪華なドレスなのだ。一応高級な素材を使った夜会用のドレスだからまあいいだろう、ということにする。


 せめて髪型やメイクは華やかにしてもらおう。


 逆に、いっそ茶色や黄土色の地味ぃなドレスで行ったらどうだろうか。そしたらエドワードは思い直してくれたり……しないかな。


 現実逃避をしているミリアをよそに、マーサたちはせっせとミリアを着飾っていくのだった。






 きらきらと光を放つシャンデリア。細かい彫刻の施された柱。ぴかぴかに磨かれた大理石の床。


 色とりどりの鮮やかなドレス。複雑にい上げた髪。首元には宝石のきらめく首飾り。


 優雅にエスコートするのは、濃い色のフロックコートたち。


 周りよりもいくぶん地味なドレスを着て、ミリア・スタインはパーティ開始を前にすでに壁の花を決め込んでいた。


 ここまでは、半年前の冬期休暇の前のパーティと同様だ。


 だが、今回は違う。待ち受けているのは婚約発表である。胃が痛くなりそうだ。


 ミリアはフロアを見渡し、見知った顔を探した。ジョセフは背が高いし、女性に囲まれていたのですぐに見つかった。


 しかし、アルフォンスが見当たらない。リリエントは令嬢たちと一緒にいる。一人で来たのだろうか。それとも、婚約解消はまだ発表されていないから、アルフォンスがエスコートしてきたのだろうか。


 ギルバートの姿もなかった。久しぶりに顔を会わせるのを楽しみにしていたのに、来ていないのだろうか。


 ギルバートがパーティを欠席することは今までもあったが、最後くらいは出るのではないかと思っていた。パーティ中に会話することができなくても、元気な姿が見られるだけでもよかった。


 やがて、エドワードがローズをエスコートして会場に現れる。


 学園のパーティは、その場で最も身分の高い男性とその婚約者、婚約者がいなければ最も身分の高い女性とペアを組んでダンスで始まる。家格が同じ男性がいれば複数組で踊る。


 この三年間はもちろんエドワード・ローレンツとローズ・ハロルドだった。


 だが、エドワードはフロアの中央まで行くと、ローズの手を離し、真っ直ぐにミリアの方へと向かってきた。


 生徒たちがエドワードに道を譲っていく。


 エドワードは金色の髪を後ろでひとくくりにし、濃い緑色のフロックコートを着ていた。前回と同じ色合いだが、当然別の服だ。いつも通りに豪華で、王族の威厳が十分に示されていた。


 金色の刺繍はきっとテレン小国の絹糸を使っている。以前ミリアがチェックした書類はこの衣装のための物だったのかもしれない。


 置いてきぼりにされたローズは困惑していた。しかし、ある程度は覚悟していたのだろう。すぐにきゅっと口を結んで、耐え忍ぶような顔つきになった。


 ホールの喧騒は止み、音楽も止まり、しーんと静まり返っていた。誰しもが事の成り行きを固唾かたずを飲んで見守っている。


「さあ、ミリィ、こちらへ」


 エドワードが手を差し出した。ミリアを愛称で呼んだことでどよめきが起こったが、すぐにまたもとの静寂に戻る。


 いきなりかよ。


 ローズとダンスを踊り、パーティが佳境に入った頃に発表するのだと思っていた。まさかミリアと踊る気ではあるまいな。ミリアはまだ婚約者にはなっていない。


 ミリアは周りに聞こえるように、大きくため息をついた。全く意に沿わないというように。王太子に対して不遜ふそんもいいところだが、それを気にするエドワードではない。笑顔はぴくりとも動かなかった。


 ミリアが動かないでいると、エドワードが微かに首をかしげた。その顔は自信に満ち溢れている。断るわけがないと確信しているのだ。


 そしてミリアは断らない。いや断れない。


 嫌々ながら、ミリアはエドワードの手に自分の手を重ねた。満足そうにうなずいたエドワードが軽く手を握り、ホールの中央へとミリアを導く。


 ダンスを踊るのは嫌だった。ミリアは得意ではない。まさかダンスもできないのではないでしょうね、と目をつり上げたアルフォンスに言われ、ジョセフと何度か練習したきりだ。


 ステップはわかっても、お世辞にも上手いとは言えない。リードの上手いジョセフでも苦心していたのだ。エドワードでは持て余すだろう。


 ミリアの下手っぷりはエドワードだって知っているはずだ。どうするつもりなのだろう。たとえ下手だとしてもミリアとの仲を見せつけるのだろうか。


 エドワードはミリアの肩を抱き、ローズの正面に立った。生徒たちが三人を遠巻きにする。


うたげの前に、みなに言っておきたいことがある」


 エドワードの声がホールに響いた。人を従わせることに慣れた、よく通る声だ。


 一拍おいて、エドワードは口を開いた。


「わたしは、ローズ・ハロルドとの婚約を破棄する!」


 ミリアは息を飲んだ。周りからは、悲鳴のような驚きの声が上がっていた。


 ――ああ、言ってしまった。


 エドワードは、破棄、と言った。解消ではない。一方的に破り捨てるのだ。何を理由に? ミリアを突き落とした犯人だから?


 ローズは目を丸くしていたが、すっと表情を落ち着かせた。


「エドワード様、理由をお聞かせ頂いてもよろしいでしょうか」

「いいだろう」


 エドワードはミリアの肩から手を離し、使用人から紙の束を受け取った。


「ひと月ほど前、スタイン商会本部から奴隷売買の取引の記載がある裏帳簿が見つかったとして、会長始め各地の主だった従業員が逮捕された。ここにいるミリア・スタインも疑いをかけられ、寮の部屋をあらためた結果、奴隷売買を指示していた証拠が見つかった」


 エドワードは一度ここで言葉を切り、声のトーンを上げて続けた。


「だが、調査の結果、裏帳簿は真っ赤な偽物であり、ミリア・スタインの部屋にあった証拠も捏造ねつぞうされた物であることが判明した」


 ここまで言われれば誰だってわかる。なぜローズが婚約破棄を言い渡されたのか。


「スタイン商会をおとしいれ、冤罪えんざいをでっち上げたのが、ハロルド侯爵だったのだ」

「嘘です!」


 ローズが即座に否定の声を上げた。


「嘘ではない。ここに証拠もある」


 ぱしん、とエドワードが書類で手を打った。


「いいえ、お父様がそのようなことをなさるはずがありません」

「ローズ・ハロルド。父親の罪をそなたは知らなかったのかもしれないな。だが、そなた自身の罪もある」

「どのような罪でしょうか。わたくしにはやましいことは何一つございません」

「ここにいるミリア・スタインを――」


 エドワードはミリアの肩を再び抱いた。


「校舎の階段から突き落とした罪だ」


 やっぱり、とミリアは目を閉じた。


 スタイン商会の冤罪の件は、正直全く考えていなかった。だが、突き落とした犯人ではないのかとずっと疑っていたのだ。


「わたくしはやっておりません! ミリア様はご自分で足を滑らせたのではないのですか?」

「ミリアが目撃していたのだ。そなたが当日着ていたドレスを」


 クリーム色のドレス。


 ミリアはその日ローズが着ていたドレスの色を覚えていない。だが、調査をしたのなら、確かにその色のドレスを着ていたのだろう。


「ミリア様が何をご覧になったのかはわかりませんが、それはわたくしではございません。ミリア様が倒れていたという階段には近づいておりません」

「黙れ。見苦しいぞ、ローズ・ハロルド」

「いいえ、言わせて頂きます。わたくしがその場にいたはずがありません」


 嫌な予感がした。


 最初に婚約破棄を宣言し、証拠を手に頭ごなしに決めつける王太子エドワード。落ち着き払って否定する悪役令嬢ローズ。よくある悪役令嬢ものの展開そのままだ。


 だがエドワードは、一喝でもってローズの口を封じた。


「くどい! 黙れと言っている!」


 ぐっ、とローズが口をつぐむ。その目が不満だと訴えていた。


 それに構わず、エドワードがさらなる宣言をする。


「わたしはミリア・スタインと婚約する」


 ああ、と周囲からため息が漏れた。ローズとの婚約破棄は寝耳に水だが、ミリアとの婚約は予測されていたことだからだ。


 ミリアは側妃ではなく、正妃として王家に迎えられる。


「待った!」


 ざわめきを破ったのはジョセフだった。

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