第99話 不可避ですか ※R15

 ※R15(性描写あり)






 あれ?


 馬車の揺れに誘われて、疲労困憊ひろうこんぱいだったミリアは、いつの間にか眠ってしまっていた。


 目を開けると、緑色の目がミリアをのぞき込んでいた。


 どうやらミリアは抱えられているようだった。


 最初はギルバートだと思った。目が覚めた時にある緑色の目と言えばギルバートだからだ。だがギルバートの匂いがしない。


 ギルバートよりも少し濃い色の目。それは――


「アルフォンス様ぁ」


 なんだかぬくぬくと気持ちが良くて、ミリアは相手の首元に顔をすり寄せた。


「ミリィ」


 聞こえてきた声に、ミリアは一気に覚醒した。ざっと血の気が下がる。間違えた。エドワードだ。


 ミリアは揺れる馬車の中、エドワードの膝の上に横抱きにされていた。エドワードの胸にもたれて眠っていたのだ。


 エドワードの声は甘く、とろけるような笑みを浮かべているのに、目は笑っていなかった。


「ミリィ、それは駄目だ」


 ミリアの顔に手が添えられる。


「わたしといるときに、他の男の名を呼ぶなど」

「いや、えっと、そのっ」

「どうしてアルなんだ? なぜ間違えた?」

「目の色がっ。馬車の中ここちょっと暗くてっ」

「なるほど」


 エドワードの目がさらに細くなった。


「仕置きだ」


 エドワードがミリアの口を奪った。


「んっ、えど、わーどさまっ、やっ」

「エド、だろう?」


 噛みつくような口づけを何度もされる。


「えどっ、んっ、やだっ」


 ミリアが離れようとエドワードの胸を押すが、全く効果がなかった。


「やめっ、んふっ」


 制止の言葉で口を開けたすきに、エドワードの舌が口の中に侵入していく。


「んっ、んんっ、ふあぁっ」


 エドワードの片腕はミリアの背中をがっちりとホールドしていて、もう片方の手は顔に添えられたままだ。顔を背けることもできない。


 ミリアは足をばたつかせたが、それも効果がなかった。


「えどっ、やめてっ」


 乱暴なキスだった。ミリアを蹂躙じゅうりんし、征服するような。


 次第にミリアの力が抜けていき、やがてくたりと手を落とした。


 エドワードは上体を起こし、ぺろりと自分の唇をなめた。満足そうにミリアを眺めている。


 エドワードとミリアの荒い息が馬車を満たした。


「さて。仕置きは終わったが、ミリィがわたしの物だというあかしが必要だな」


 エドワードはミリアのドレスの肩口をつかむと、ぐっと横にずらした。鎖骨に口をつける。


「え、やっ、だめっ」


 ちろりとめられて、ミリアがまたエドワードを押す。が、力が入っていない。


「心配しなくていい。ここで事に及ぶつもりはない」


 エドワードはミリアの鎖骨の下に、ちゅっとキスをすると、強く吸った。しびれるような痛みが走る。


 エドワードが口を離すと、赤くあざができていた。ミリアが涙目でにらんでいるのに、当人は愉悦の笑みを浮かべている。


「まだ足りないな」


 エドワードは今度はミリアの襟元えりもとを下げた。


「やだっ」


 下着が見えそうになった胸元を隠そうとするが、さきにエドワードの口がつけられた。再び強く吸われ、あとをつけられた。


「もうやめて……」

「ああ。もうしない」


 エドワードはしっかりとついたあかしを満足そうに見つめると、涙ぐむミリアのドレスを優しく直し、ぎゅっとミリアを抱きしめた。そのまま耳元でささやく。


「好きだ。ミリィはわたしの物だ。手放すつもりはない。ミリィがこたえてくれなくとも」


 エドワードは力の抜けたミリアを抱きしめたまま、王宮へ、と御者に告げた。


 そして、王宮に到着すると、ミリアを腕の中から解放して椅子へと座らせる。


「一人になりたいだろうから、わたしは先に降りる。また明日」


 そう言って、ちゅっと優しくミリアに口づけると、馬車を降り、しばらくその辺を走ってから学園へと向かうように、と御者に指示を出した。





「あああぁあぁぁああぁぁぁっっ!!」


 自室のベッドの上、布団をかぶったミリアは、枕に顔をうずめて雄叫おたけびを上げていた。


 あの後、エドワードの指示通りに馬車はぐるぐるとどこかを走ったあと、ミリアを正門へと連れていった。その間にミリアは我に返り、自室に戻るまで怒りを我慢していた。


「あんのクソ王太子ぃぃっっっ!!」


 布団からい出し、ばっふばっふと枕をベッドに叩きつける。


「何がっ、ミリィはっ、私の物だっ、だっ! ふざっけんじゃないわよっ!」


 隣の居間にマーサはいない。むしゃくしゃするからしばらく出ててとお願いしたのだ。ミリアの習性を知っているマーサは肩をすくめて出て行った。


「私のっ、口はっ、そんなにやすかっ、ないっ、ってのっ! よってたかってっ、何だとっ、思ってるのっ!!」


 ジョセフにもアルフォンスにもエドワードにもキスをされた。勝手に。 


 ミリアはそこで手を止め、たたっと鏡の前へ行き、ドレスの襟元を引っ張った。鎖骨の下と胸の膨らみの上部に赤いあとががっつりついていた。


 いそいそとベッドに戻り、枕を手にする。


「こんなところにっ、キスマークなんてっ、つけやがってっっ! これより襟ぐりの狭いドレスっ、持ってないのにっっ!!」


 枕と布団からはみ出てきた羽根が宙を舞う。


「あああぁぁぁぁっっっ! もうっっ!!」


 ミリアはベッドにうつ伏せに転がった。


 王族に生まれたことがそんなに偉いのか!? 他人ひとの人生を変えられるくらい権力があるなんて。


 ……でも、王太子エドワードはその権利に見合った義務をこなしている。それだけの重圧も受けているし、それだけの努力もしている。そこらの貴族と比べれば全然自重じちょうできている方だ。


 権利と義務は比例する。ならば仕方がないのかもしれない。むしろミリアは貴族の末席に加わったのに、学園に通うくらいの義務しかっていなかった。なのに恩恵は……恩恵? 受けてたっけ? 図書館の本くらい? んんん?


 スタイン家は貴族にならなくても十分裕福だった。釈然としない。


 それにしても、とミリアは思う。王太子エドワードってあんなに俺様キャラだっただろうか。ただ優しいだけの王子様だったと記憶している。何がエドワードを吹っ切らせてしまったのか。


 アルフォンスとのデートか。それとも階段から落下事件の犯人のせいか。落下事件そのものだという可能性もある。


 どちらもミリアの油断によるものだった。


 てか何でアルフォンス様と間違ったかなぁ。アルフォンス様の前で寝た事なんてないのに。せめてギルだったらまだ顔が似てたとか言えたのに。あぁぁぁ……。


 エドワードが諦めることはないだろう。ミリアの意思は無視する気だ。でなければ無理やりキスをしたりしない。ましてや痕をつけるなんて――。


 むかむかしてきて、ミリアは起き上がってまた枕をばふばふと叩きつけた。


 腕が疲れたミリアはごろりと転がって、天井を見た。


「王妃エンドは不可避かぁ……」


 あと少しだったのに。もうあらがう時間もない。


 仕方ない。決まってしまったのなら受け入れるしかない。


 処刑エンドはあり得るのだろうか。スタイン商会の容疑は晴れた。エドワードが傲慢王子なわけでも、ミリアが傍若無人ぼうじゃくぶじんなわけでもない。


 ならば、悪役令嬢ローズの物語のプロローグにおいて、ミリアが処刑される必要はないのかもしれない。


 もはやそれを願うことしかミリアにできることはなかった。





 次の日。


 エドワードは話しかけてこなかった。だが、目が合うたびに、自分の鎖骨のあたりを、とんとんと叩く。


 そのたびにミリアは顔を赤くしていた。


 ミリアはできるだけ襟ぐりの狭いドレスを着ていたが、何とか隠せるかどうか、という位置だった。見えているのではないかと気が気ではないのだ。


 放課後の執務棟でもミリアはしょっちゅう鎖骨のあたりに手を持って行っていた。そのたびに仕事の手が止まる。


「どうしました?」

「え?」


 休憩中もミリアは鎖骨のあたりに手を伸ばしていた。


「今日はずっと気にしているみたいなので」


 アルフォンスが、とんとんと自分の鎖骨を叩いた。エドワードとそっくりな仕草で、ミリアの顔が赤くなる。


「え、あ、いえ、ちょっとかゆくて」

「医者を呼びますか?」

「いえいえ、大丈夫です。大したことではありません」


 アルフォンスが心配そうに言ったが、医者など呼ばれては困る。すぐにピンとくるだろう。嫌だ。絶対嫌だ。恥ずかしい。


「昨日は、どうでしたか?」


 それは聞かれるだろうな、と思っていた。


「どうということもありません」

「何か贈られましたか?」

「いいえ。全て断りました」


 ミリアが連れて行かれた店の名を挙げると、アルフォンスはため息をついた。


「超高級店ばかりですよ。もらえるわけないじゃないですか。もっと安い小物ならありがたく買って貰うんですけど」

「小物なら?」

「はい。だって毎日二回贈られるお花だって結構してますよ。昨日のお菓子屋さんも超高かったと思います。それと比べたら小物くらい貰ってもいいかなって」


 もらう側の言い分にしては上から目線にも程があるが。


「例えばどういったものですか?」

「そうですね。髪を縛るリボンとか、ハンカチ。そろそろ細いリボンを髪と一緒に編み込むのが流行はやると思うんです。あと私は手紙をいっぱい書くので、透かしや押し花の入った便箋びんせんは嬉しいですね。便箋だと小物って言うにはちょっと高すぎでしょうか」

「そんなことはありません」


 伯爵令息アルフォンスから見ればそうだろうな、と苦笑した。王太子エドワードだって、最初の宝飾店で出された商品の全部を欲しいと言っても、余裕で買ってくれたのだろう。


「リボンにハンカチ、便箋ですか……」

「エドワード様に言わないでくださいよ」

「当然です」


 冗談だったのに真顔で返された。どうもアルフォンスとは冗談のセンスが違うらしい。全く通じないというわけでもないのだが。


「エドワード様は――」


 ミリアは紅茶を一口飲むと、その水面を見ながらぽつりと独り言のように言った。


「私を王妃にするらしいです」

「……の、ようですね」


 ミリアが顔を上げると、アルフォンスが顔をしかめていた。


 気持ちはわかる。ミリアに務まるとは思えない。真実の愛だけじゃどうにもならないことはたくさんあるのに。


「いいんですか?」

「良いわけ無いじゃないですか。でもどうしようもありませんよね。王太子サマが言うんだから」

「スタイン男爵は反対するのでは?」

「そうですねぇ。私が嫌だと言えば反対すると思いますよ。でも最終的には妥協すると思います。私が王妃になれば、商会にも利益がありますから」

「他に、婚姻を結びたい人はいないんですか?」


 ミリアはアルフォンスをじっと見た。好きな人に聞かれるとは思わなかった。脈がないにも程がある。


 アルフォンスとの結婚は全然想像できない。日がな一日アルフォンスを眺めていられたら……暇だな。別にいいや。


 結婚式のアルフォンスは超絶かっこいいだろう。しかしその隣に自分がいる所が全くイメージできない。並んだところでかすむだけだ。新婦より目立つ新郎……空気読めよと文句を言いたい。


 それに、式を挙げるならささやかにやりたい。家族と友人だけで。伯爵令息アルフォンスの結婚式ともなればさぞや盛大だろう。ご遠慮したい。


 アルフォンスとなら、一緒に暮らすことよりも、同じ職場で働いているところの方がリアルに想像できた。


「もしいたら、エドワード様は考え直してくれるのでしょうか」

「ミリア嬢が他の男の手を取ったなら諦めると言っていました」

「それでは駄目ですね」


 ミリアは寂しそうに笑った。


「相手が私を選んでくれることはありませんから」


 だってアルフォンスは皇子クリスと結婚するのだ。


 アルフォンスが息を飲んだ。


「いるん、ですか?」

「さあ、どうでしょう」

「既婚者ですか? それとも婚約者がいる男ですか?」


 アルフォンスは、それが自分の事だとは、ちらりとも思っていないのだろう。


「どうせ報われないなら、好きだと言って下さるエドワード様と結婚したほうが、幸せかもしれないですね」


 ミリアは無理して微笑んだ。

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