第34話 お茶会は大変です
ミリアの顔の
「エドの都合がつかなかったからアルを連れてきた。これからサロンでお茶にしよう。相談に乗るよ」
アルフォンスは
申し訳なかったが、来てくれるのはありがたい。ジョセフと二人でお茶会するよりもずっとよかった。世間的にも、今のミリアの心情的にも。
それに、アルフォンスならお茶会での作法をこと細かに教えてくれるだろう。誰が見ても文句が言えないくらいに。ミリアがそれを体現できるかは別として。
「ありがとうございます、ジョセフ様。それにアルフォンス様も」
「ミリア、また戻ってる」
ジョセフがミリアの口調を指摘すると、アルフォンスがぎょっとしてジョセフを見た。ミリアを呼び捨てにしたのに驚いたのだろう。
「え、でも、アルフォンス様が……」
「アルは気にしなくていい。
「では、名前だけジェフって呼びます」
「せっかくだから、アルのこともアルって呼んだら?」
アルフォンスがすごく嫌そうな顔をした。
ミリアも同感だった。
三人でサロンに行くまでの間、また多くの生徒に話しかけられた。伯爵令息二人と一緒なので、ミリアより先に二人が挨拶を受ける。その後にミリアと話そうとする生徒を、すべてジョセフが引き受けてくれた。これからお茶会だとジョセフが説明し、同席したいという申し出を上手く断っていった。鮮やかな手並みだ。
アルフォンスは全く口を開かず、ミリアも少し相手をしただけで済んだ。エドワードもこのくらいかばってくれたら見直すのに、とどうしても比べてしまう。
ジョセフが用意してくれた部屋は花の
壁の上三分の二と天井が
床にはアイボリーを背景に
テーブルセットは焦げ茶一色だったが、テーブルの上面以外は椅子の背もたれの
ジョセフが片手を差し出したので、手を重ねてエスコートしてもらう。手を乗せるときに少し緊張してしまった。さっきの熱がまだ残っている。ジョセフが平然としているのが悔しい。経験値の差が現れていた。
椅子を引いてもらい、腰掛けたところで、ジョセフがミリアの耳に顔を寄せた。
「好きだよ」
「なっ!」
突然低い声で言われて、ミリアは思わず耳をふさいだ。顔が赤くなっていくのがわかる。
にらみつけると、してやったり、と得意げな顔が返ってきた。油断も隙もない。耳が溶けたらどうしてくれる。
アルフォンスがミリアを
紅茶と一緒に出てきたのはミルフィーユだった。急だったからミリアの好きな店のじゃないけど、とジョセフに謝られたが、この短時間で用意させるのはさすが
サクサクとした軽いパイ生地にこってりとしたカスタードクリームが挟まれている。皿の上にはスライスされたイチゴと生クリームが添えられていて、これはジョセフの使用人が気を
ミルフィーユをそのまま崩さずに食べるのは不可能だ。上からナイフで切ろうとすると潰れてクリームがはみ出てくる。これは横倒しにしてからナイフを入れて食べるのである。
以前、四苦八苦しているミリアに
今もジョセフとアルフォンスは倒してからきれいに切っていた。勢い余ってナイフの先を皿にぶつけることなく、さくっと見事に分けている。ミリアが同じようにやっても結局粉々になる。
この二人の前でいまさら取り繕う意味はない、と気にせず食べた。ローズのお茶会に出てきたら……いやいや、フラグが立つから考えてはいけない。
生地はふんわりとバターの香りがして、表面のキャラメリゼ以外に甘みはない。それを甘めのカスタードクリームと一緒に食べると、口の中でちょうどいい甘さになった。クリームに使われているバニラビーンズの香りが鼻に抜けていく。
紅茶との相性も抜群だった。ミリアは紅茶の味の違いがわかるし、家業のお陰で有名どころの茶葉は知っているが、聞き茶ができるほどではない。ワインのように品種と産地で味わいが異なり、入れ方によっても味が変わる。
至福の時だった。乙女ゲームのことも、エドワードのことも、ジョセフのことも、ローズとのお茶会のことも、懸念は全て頭の中から消え去って、味にだけ集中できた。
「それで、ローズ嬢のお茶会に招かれたって?」
ミリアが半分ほど食べたところで、ジョセフが話を切り出した。あっと言う間に現実に引き戻される。考えたくないが、考えなくてはならない。せっかく相談に乗ってもらえるのだから。
「はい。四日後にハロルド邸で開くそうで、侯爵家から招待状が届きました……」
「招待状……。強引にきたね」
「参加するしかないですよね……。もう返事は出しました。それで、服とかどうしたらいいのかと。他に相談できる人がいなくて」
アルフォンスが眉を寄せた。知らなかったことを責めているのか。それともミリアに貴族の友達がいないことか。
だってギルバートには会えなかったんだもの、とは言えない。それにジョセフだって友達だ。今相談しているではないか。令嬢の友達がいないことは確かだけれど。
お茶会の作法を知らなかったことは仕方がない。誰も教えてくれなかった。知る機会もなかった。マナー本にも書いてなかったし、礼儀作法の先生も教えてくれなかった。常識すぎていまさらということなのだろう。幼少期からお茶会を日常的にやってる貴族様は、行って紅茶を飲みながら談笑するだけ、とでも思っているに違いない。
悩むだけ成長したと思って欲しい。記憶を取り戻す前だったら、きっと何も考えずに学園で着ていたドレスのまま行ったことだろう。
「その茶会は学園の生徒以外も参加しますから、気を引き締めて行くべきですね」
「何で知ってるんだ? あ、リリエント嬢からの情報か。まさか参加者リストも見たのか?」
「ええ、まあ……」
さすが婚約者。そういう情報も入ってくるのか。
「もしかして、私が招待されたこと、昨日から知ってたりしました?」
「はい」
なんだと!?
図書館で言ってくれたら良かったのに!
もしかしてミリアが相談するのを待っていてくれたんだろうか、と思ったが、それはないな、と思い直した。だってアルフォンスだ。
でもミリアが相談すれば助けてくれただろう。なぜ聞かなかったのかと改めて悔やんだ。相談するならギルバート、としか思っていなかった。
「服は……そうだな、バッスルドレスにドレスハット。もちろん夜会用じゃなくて、普段ローズ嬢が着ているようなくらいの華やかさ。色の指定がないなら明るい色で。髪はミリアなら夜会用くらい編み込んでもいいんじゃないかな。イヤリングは小さなもの。ネックレスは一連。あと手袋は必須ね」
「わかりました」
「用意できそう?」
「なんとか」
ジョセフが具体的に教えてくれたので想像しやすかった。自室にはないが、王都のスタイン邸の衣装部屋にならあったはずだ。すぐに確認の連絡を入れよう。
「イヤリングは石が一つで揺れないものが無難です。ハロルド領はダイヤモンドの加工に力を入れていますので、宝飾品はできればダイヤのものを」
「そこまで気にするか?」
アルフォンスの補足に、ジョセフが
「下手に敵対関係の家
「うわー……」
ジョセフは引いていたが、ミリアにはありがたいアドバイスだった。
「いえ、ありがとうございます、アルフォンス様。参考になります。ドレスの素材などで気をつけることはありますか?」
「そうですね……ドレスはシルクなら問題ないでしょう」
「わかりました」
それなら大丈夫だ。普通ドレスはシルクなのだから。綿や麻を使うような冒険をする勇気もない。
「何かお菓子とか持って行った方がいいんでしょうか?」
んぐ、とアルフォンスから異音が聞こえた。紅茶を吹き出しそうになったらしい。そこまで変なことを言っただろうか。
「何も持って行く必要はないよ。よっぽど親しければ渡すこともあるけど、それは招待に対するお礼というよりは、プレゼントって感覚」
げほげほとナフキンで口を押さえているアルフォンスの横で、ジョセフは優しく答えてくれた。
「商談に行くときは何かしら持って行くよね。新しい商品のサンプルとか、お菓子とか」
ジョセフがフォローするように言った。うんうん、とミリアがうなずく。スタイン商会の常識では手土産は絶対に必要なのだ。
「馬車で行けばいいんですよね?」
「うん。男爵家の馬車でいいよ」
「侍女を連れて行くんですよ?」
「……一人で行くつもりでした」
アルフォンスがやれやれと首を振った。
向こうがもてなしてくれるのに、連れて行く侍女はいったい何をするのだろうか。同席はしないだろうから、お茶会の間ずっと立って待っていないといけない。かわいそうだ。
しかしそれが作法というならば仕方ない。スタイン家の侍女はその辺わかっているのか不安になる。大丈夫だろうと思いたい。お茶会のことも侍女に聞けばよかったのでは、と思ったが、ハロルド家に行くならダイヤがいい、なんて情報はもらえないだろう。
「お茶会の間は、何を話せばいいんでしょうか?」
「それはいつも通りでいいんじゃない? その場の話題に合わせればいいんだし」
「……いつも通りでは駄目です。お菓子の話ばかりじゃないですか。他のお菓子の話ばかりしていると、出した物に文句があると思われますよ」
「そんなにしてないだろ。……してる、か?」
二人ともひどい。
そんなにお菓子のことばかりじゃ……あるかも?
「令嬢だけのお茶会ですから、まずは他の令嬢のドレスなど、身につけている物を褒めること。その点ミリア嬢なら産出地や扱っている店の検討はつくでしょうから、会話はしやすいと思います。……つきますよね?」
「アルフォンス様の髪の飾り
ミリアがすらすらと答えると、アルフォンスは満足そうに
「あとは、貴族の噂話でしょうか。主に恋愛関係です」
「それって、要するに私のこと……ですよね」
「……そうですね」
アルフォンスに肯定されて、ミリアはがっくりと肩を落とした。エドワードのこととジョセフのこと、両方聞かれるのだろう。そして非難されるのだ。
「ミリア、俺のことはどう話してもいいから。気負わなくていい」
「どうも何も、ジェフとは友達だって言うよ」
「うん。それでいい。友達って言ってもらえると嬉しいよ」
ジョセフが本当に嬉しそうに笑った。アルフォンスは逆に
「殿下の話になったときに、気をつけることはありますか?」
「花とイヤリングのことは言わないで下さい」
「自分から言いませんよ、そんなこと」
「いや、花は聞かれるから何か言い訳用意しておいた方がいい。毎朝毎夕だろ? 最初は薔薇だったって言うし」
「朝のお迎えもあります……」
三人でため息をついた。
ミリアがアルフォンスかジョセフの立場だったら、あのバカ王子がっ、と悪態をついているところだ。
「平民について殿下に教えていて、お花はそのお礼にもらっている、というのはどうですか? 遠慮したけど殿下は気を使って下さって、と言います。薔薇だったのは、私が前に好きだって言ったことにします」
「朝の迎えも平民の話をするためってことにする?」
「平民の話はしてません。というか、特に実のある話はしてません。ただの雑談です。それに会話は聞かれているので誤魔化しはできません」
今思い出そうとしてもほとんど内容が出てこないくらい、どうでもいいことしか話していない。
また三人のため息がそろった。
「ほんと、なに考えてるんだろうな、エドは」
「アルフォンス様とジェフが止めてくれないと」
「ごめん、俺は無理」
「なんで無理なんですか?」
ジョセフこそエドワードを止めたいのではないのだろうか。ライバルということになるのだから。
「協定を結んだ」
「協定?」
「互いに邪魔をしないことにしたそうです」
そんなものが結ばれていたとは。
「それでも止めてくれないと。私、殿下の婚約者になんてなりたくないです」
「はっきり言うね」
「前から言ってます。殿下のことは好きじゃないって」
「それは俺も言われてるんだけど」
ジョセフが苦笑した。
ミリアには返す言葉がない。事実好きになってはいないのだから。
「俺はミリアのことが好きだよ」
「ジェフ!」
さらりと言ったジョセフにミリアは叫んだ。アルフォンスの前で何を言うのか。目を細めた甘い顔がまぶしい。
もはやイケメン効果なのか、多少なりともジョセフに好意を持ち始めているからなのか判別できない。
ごほん、とアルフォンスが
「えっと、殿下関連の言い訳は自分でじっくり考えておきます」
「ローズ嬢が、自分と殿下との関係が
「ジェフを狙っているご令嬢、たくさんいますからね」
ちらっとジョセフを見ると、ばつが悪そうにしていた。
今日も令嬢たちに囲まれていた。ミリアの前にいるときはそういう素振りを見せないから、遊び人であることをついつい忘れてしまう。羊食べ放題の狼なんだから、
「ジェフの良いところ、たくさん言っておきますね。――友達として」
半眼で言うと、ひどいなあ、と苦笑しながらも、ミリアが俺の良いところを挙げてくれるのは嬉しい、と言われた。恋する伯爵令息様も無敵らしい。
「他に気をつけておくことはありますが?」
ジョセフを無視してアルフォンスに問いかけると、参加する学園の外の令嬢について教えてくれた。
名前、容姿、親の職業、社交界における家の立場などで、領地についてはミリアも知っているため省略された。そこにジョセフが噂話を補足していく。ミリアも情報だけはそこそこ持っているつもりだったが、知っているよりもずっと濃い内容が聞けた。
貴族の世界は跡目争いでどろどろだった。世襲制なんて
一通り話を聞いた後、アルフォンスによる実技指導が行われた。首を
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