第16話 噂は(ほとんど)嘘です

 朝とは違う花瓶にけられたら薔薇ばらはエドワードからだった。今度はピンク色だ。


 手紙は裏を返せば封蝋ふうろうにはスタイン商会の印璽スタンプが押してあった。実家からだ。封筒がやけに分厚くてずしりと重量がある。


 ペーパーナイフで開いてみれば、中には数枚……十枚くらいの便箋びんせん


 一枚目はフィンからで、二枚目以降はエルリックからだった。


 フィンの癖のある字体で書かれていたのは、前半はここ数日の噂について。


 貴族社会に筒抜けならば、実家にも伝わることは自明のだったのだ。男爵になったからではない。商人にとって情報は商売のかてでありリスクを避けるための命綱だ。知られていないわけはなかった。


 ミリアの評判は、ミリア自身が学園で耳にするものよりも悪化していた。スタイン商会がこれを機にのし上がろうとしているという憶測が、目立ってざまに言われていた。


 乙女ゲームのヒロインが高貴で婚約者のいる攻略対象と結ばれるには、冷たい周囲の目やとがめる声にさらされる日々は必ず通る道だ。それを乗り越えてこその真実の愛なのだから。


 しかし、話は全て学園内で収まっていて、実家が悪く言われることはゲームにはえがかれていなかった。


 なのにフィンは、心配しなくていいと書いてくれていた。庶民相手の仕事ばかりだから、それほど影響はない、と。


 最後に――王太子と結婚したいなら手を回すから言いなさい、とあった。


 さもフィンが裏から手を回せば結婚できるかのような言いぐさだ。大口を叩くにもほどがある。したくないです、とマジレスしておこう。


 続いてエルリックからの手紙にとりかかる。数えてみたら全七枚の大作だった。よほど急いでいたのか、走り書きとも殴り書きとも言える筆跡で、インクがかすれているところもあった。


 内容は、ミリアへの心配と、自分がいないなげきと、エドワードへのののしりと、ジョセフへの罵りと、悪評を広めている貴族への罵りと、学園の警備に対する不満と、手を打とうとしない父親への怒りだった。


 よくもまあここまで多種多様の語彙ごいを駆使するものだと感心するほどだ。商会の未来は明るいと思える一方、その大半が罵詈雑言ばりぞうごんだったので、姉としては複雑な気分だった。


 最後に、王都に行くから説明して欲しい、とあった。


 その日付を見てぎょっとした。


 今日だったのだ。


 手紙にジョセフ事件についても書かれていることから、エルリックが筆を取ったのは昨日の午後以降だ。フォーレンからは今日の昼前に出ても余裕で着く距離だが、連絡が急すぎる。手紙よりも早く着くかもしれなかったくらいに。


 学園の門にある詰め所で書類を書けば王都にはすぐに出られるのだが、何の準備もしていない。服は~馬車の手配は~とうろたえていると、エルリック・スタインが馬車で来ている、という知らせがもたらされた。


 別邸で会うのだと思っていたミリアは、迎えが来たと聞いてほっとした。それならこのまま鞄だけ持って行けばいい。


 寮を出て、急いで正門まで向かった。



「姉さん!」


 ミリアが外出申請書を出して正門を出ると、エルリックが馬車から飛び降りて駆け寄ってきた。


「何があったの!? 王太子と婚約するってどういうこと!? 何がどうしたらそういうことになるの!?」

「ちょ、ちょっと落ち着こうか」


 腕をつかんで揺さぶるエルリックをなだめ、弟のエスコートでとりあえず馬車に乗る。


「ねえ、どういうこと? 王太子と結婚するの? ジョセフ・ユーフェンとはどうなってるの? ちゃんと説明してっ!」


 エルリックは婚約するだの結婚するだのと不吉な言葉を連呼してまくし立てた。


「リック、そんないっぺんに聞かれても答えられない。先に言っておくけど、王太子様と婚約する予定なんかない。まるっきりのデマ」

「よかった……」


 まず初めにこれだけは言っておかなければ、ということを伝えた。


「でも姉さんは……王太子のことが、好きなんでしょ?」

「いや、全く」


 きっぱりと否定すると、エルリックは、え、と意外そうな顔をした。


「でも……王太子とユーフェンが告白して、姉さんが王太子を選んだって聞いたよ。それに、今までも姉さんが王太子につきまとってるって噂があった。僕は、それは信じてなかったけど……」

「殿下とは仲良くさせてもらってるけど、つきまとったことはないし、告白されてないからOKもしてない。ジョセフ様も同じ」


 記憶が戻る前の噂も知っていたのか。実家では何も言われていなかったから意識していなかった。


「じゃあ、噂は全部嘘なんだね」

「……」


 丸っと全部嘘かと言われると、肯定できない。


 エルリックの手紙には、真実も含まれていた。四人でお茶会をしていることや、エドワードがジョセフの腕からミリアを奪ったことなどだ。


 口をつぐんでしまったミリアに、エルリックがいぶかしげな視線を向け、強い口調でミリアにせまった。


「姉さん、何が嘘で何が本当なのか全部説明してもらうよ」


 拒否権はなかった。




「何でそんなことに……」

「ほんとにね……」


 エルリックがひたいに手を当ててため息をついた。ミリアも向かいのソファで同じ体勢を取っている。


 馬車から別邸の居間に場所を移し、ミリアは事の次第しだいを説明していた。


 エドワード達とはたまにお茶をしていること。

 冬休み明けからエドワードがカフェテリアに来るようになったこと。


 最初はそれしか話すつもりはなかったのに、ジョセフ肩組み事件と、エドワード手に口づけ事件と、ジョセフ及びエドワード抱擁ほうよう事件についても追求され、口を割った。というか、事実に尾鰭おひれ背鰭せびれ胸鰭むなびれがついていたので、それらをむしり取っていたら、事実が浮き彫りになってしまった。不可抗力だ。


 エルリックは今日のことまで口にした。朝に薔薇を贈られ、昼食を共にしたことをだ。伝わるのが早すぎないか。貴族怖い。


 それどころか、今さっき贈られた薔薇の色までをも知っていた。王太子エドワードの使用人が守秘義務という言葉を知らないのなら大問題だが、きっと花屋からの情報だろう。商人怖い。


「王太子とユーフェンが悪いのはよくわかった」


 怒った顔で言われると、少し胸が痛む。


 王太子を攻略した経緯についてはもちろん言っていない。ミリアの無自覚な行動が原因の一端であることは間違いないし、ジョセフはそのとばっちりを受けたのだ。


 思い返せば子猫を拾ったのが分岐点だったんだろうな、と泣きたくなる。あれがなければ王太子のコンプレックスを解消することもなかった。犬派ミリアは大人しく犬にだけしっぽを振っていればよかったのだ。


「姉さんは、王太子とユーフェンのことは、本当に何とも思ってないんだね?」

「うん」


 それは自信を持って肯定できる。


「よかった……。姉さんが王太子に体でせまったとか、もうそういう関係なんだとか、既成事実の為に子作りに励んでるって話まであったから……あ、僕は姉さんを信じてたよっ! そんなことないって!」


 前半を聞いてうつむき顔をおおったミリアを見て、エルリックが慌てて否定した。その反応は逆効果だ。


 体でせまったのではないか、という憶測が飛びっていたのは知っていたが、子作りとまでは知らなかった。


「姉さん、大丈夫だよ。僕や父さんだけじゃなくて、商会のみんなもわかってるから。噂なんてそのうち収まるよ」


 ショックを受けているミリアに、エルリックが慰めの言葉をかけるが、あまり効果はなかった。


 なぜなら、不名誉な話が広まっていることよりも、弟の口からそういう露骨な話が出たことの方がつらかったからだ。泣きたい。


 気まずくなったエルリックは、ええと、と話題を変えた。


「アルフォンス・カリアードとも何もないんだよね?」

「ないよ」


 顔を上げて両手の上から出す。


 アルフォンスと接する機会こそ少なくないが、エドワードについてきているだけだ。会話に入って来ることも滅多にない。


 そういえば、冬休みの最初に会ったことは言ったっけ、と思ったが、自分で話した記憶はなかった。きっとフィンかヴァンから聞いているだろう。聞いていなかったとしても、わざわざ今言うことではない。


「他に交流のある生徒はいるの?」

「いない」


 ギルバートのことが思い浮かんだが、第一王子の名を出してエルリックを刺激したくなかった。外に漏れていないのだから黙っているのが懸命だ。


「……女の人も?」

「仲のいい令嬢はいないなぁ」

「姉さん……友達いないんだね」


 エルリックにあわれみの目を向けられた。


「いるよ! エリーとかリサとかシャナとかジョンとかトムとかマイクとか!」

「うちの従業員じゃん……」

「幼なじみ!」


 フォーレンにいる友達の名を上げるも、余計にエルリックの憐れみを誘ってしまった。確かに商会で働いているが、小さい頃から一緒に遊んでいたのだから幼なじみの友達であることは間違いないのに。


「噂はこっちでもどうにかしてみるから、姉さんはこれ以上厄介やっかいごとに巻き込まれないように、くれぐれも気をつけてね」

「はい」


 しゅん、とミリアは小さくなった。

 努力はしているのだが。


「じゃあ、僕はもう行くから」

「泊まっていくんじゃないの?」

「朝一で納品があるから戻らないと」

「え、忙しいのにごめん」

「気にしないで。僕が姉さんに会いたかっただけだから」

「ありがとう」

「どういたしまして」


 ふふっとエルリックが笑って、ミリアもにこりと笑った。


 忙しいのにわざわざミリアを心配して王都まで出て来てくれるなんて、本当にいい弟だ。


 エルリックが玄関に向かったので、見送りのためにミリアも続く。


「あれ? 背伸びた?」

「そうかな?」


 冬休みからまだひと月しかたっていないのに、エルリックの背丈は、ミリアのあごから目のところまで成長していた。


「またね、姉さん」

「今日は来てくれてありがとう。またね」


 手を振って、馬車に乗り込むエルリックを見送った。

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