第2話 真実の愛なんて存在しません
「何でこんなことになったんだろう」
冬休み初日から学園の寮をさっさと出て、実家に帰ってきたミリアは、
日本人。三十一歳。女性。
そこそこの大企業に勤め、
それが何の因果か、乙女ゲームの世界のヒロインとして転生してしまっていた。
死んだときの記憶はない。
そのため、生まれ変わったのだという実感はないのだが、今世の幼い頃の記憶はしっかりとある。ならば途中からこの体を乗っ取ってしまった、ということもないだろう。
それに、明らかに前世の自分が受け継がれていると思うところがあるのだ。
独りの方が気楽だとか、引きこもっている方が好きだとか、料理が苦手だとか、読書が好きだとか、身分制度への抵抗だとか、結婚に夢を持っていないだとか。
そして何よりも、前世でプレイした乙女ゲームの記憶の影響が
前世のミリアは乙女ゲームに親しんでいたわけではない。
その手のライトノベルは読んでいたが、実際にプレイをしたのは、この世界が舞台の「白薔薇を君へ」が最初で最後だ。
乙女ゲームとはどういうものなのだろうと興味を持ったところ、詳しい友人が貸してくれたのである。
彼女は自分のコレクションの中から、初心者におすすめの、難易度の低いものを選んでくれた。隠れキャラを除けば攻略対象が三人しかおらず、お手軽だと言う。
さらに「ヒロインも攻略対象も死なないから安心して」と言われた。中にはストーカー化した攻略対象に滅多刺しにされるバッドエンドがある作品も存在するらしい。乙女ゲーム恐い。
乙女ゲーム「白薔薇を君へ」はよくある貴族の学園ものだ。
ヒロインは成金商人の娘で
攻略対象は、王太子、宰相補佐の息子、近衛騎士団団長の息子の三人。
王太子ルートは王道中の王道で、最初はヒロインの貴族らしからぬ素直で快活な振る舞いに興味を持った王太子が、病弱な第一王子に代わり側室の子で第二王子である自分が王太子になってしまったことへの悩みをヒロインに解消してもらい、ヒロインが嫉妬した悪役令嬢にいじめられ階段から突き落とされたことがトドメとなり、卒業パーティで悪役令嬢との婚約破棄を宣言するというもの。
この王太子ルートが超簡単だと言われたので、まず王太子をターゲットにした。
初回は
シナリオ的に明らかにそれじゃない、という選択肢も気にせず選んでいたので、当然と言えば当然である。王太子の見ている前でぼろぼろの子猫をスルーしてはいけなかったのだろう。
ちなみに今も前世も犬派である。
二周目は真面目に攻略する気で進めた。
しかし、迎えたのは、攻略対象と、ライバルであるはずの婚約者たちの仲がすこぶるよくなり、ヒロインが恋のキューピッドと化したもう一つの
超簡単ではなかったのか。
最後のセーブデータからいくつか選択肢を選び直したが、王太子の好感度がギリギリ足りず、ハッピーエンドにはならなかった。もっと前段階の選択肢を誤ったようだ。
ちゃんと子猫を拾って泥だらけになり、「泥に汚れるくらい、なんてことはないです」「優しいのだな」というやりとりをして、金色の髪に天使の輪ができている王太子の微笑み
ここで自力攻略を諦めた。
はっきり言って面倒だった。表示速度に合わせてセリフを読むのもまどろっこしいし、声優に興味がないのでフルボイスはむしろ邪魔だった。
かくして、スマホに攻略サイトを表示させつつ、サクッと王太子ルートを攻略したのだった。便利な世の中になったものだ。
どうせなら、最後に相手を選ぶことのできる
その記憶は、自覚していないながらも、ミリアに受け継がれていたのだろう。
学園で過ごした二年半、王太子ルートのすべてのイベントを攻略情報通りの完璧な対応でこなしてしまった。ゲームの中であれば好感度マックス状態だ。
というか、残りの半年のイベントは、階段から突き落とされるのと、卒業パーティくらいしかない。多少ミスって好感度を下げても、
「
ミリアはカウンターの上で頭を抱えた。
救いがあるとすれば、
これで子どもがいたら……それも幼い子であったなら悲劇どころの話ではないが、幸い――といっていいものか――独身である。ここ数年彼氏もいない。
サラリーマンだったのだから仕事は誰かが肩代わりしただろう。自分の葬式代くらいの貯えはあった。先に死ぬなど親不孝でしかないが仕方ない。友人は悲しんでくれただろうか。
冷蔵庫の生魚だとか、洗濯前の服だとか、気になることはいくつかあったが、とにかく、ミリアはこの世界で生きていくしかなかった。
それならば、前世のように、目立たず、でしゃばらず、出る杭にならず、引っ込んだ杭にもならず、その他大勢に埋没するような人生を歩みたい。
今でこそ
ピンクブロンドとピンクの目は珍しくなくもないが、ミリアは決して美人というわけではない。平民なら上の下、貴族令嬢としては中の下くらいだろうか。
しょせん一代限りの男爵の娘である。父親が死ねばそれまで。家業と財産は弟が継ぐのだ。娘と結婚する程の
当然令嬢教育など受けているはずもなく、貴族としての振る舞いは学園で最低限身に着けた程度。パーティやお茶会を主宰するノウハウも、笑顔の仮面を貼りつけて社交界を泳ぎ渡る手練もない。
自分でも悲しくなるが、ミリアには貴族の女性としての魅力が全くなかった。
……平民のままであっても魅力があるかは疑問である。なにせ以前は独身だったのだから。
「王子サマは、真実の愛とでも言うんだろうけど」
実際、王太子は婚約破棄イベントでそう言う。
転生直前は
だからこそ、真実の愛なんて、と思う。
運命の人。魂の片割れ。赤い糸。
そんなものは存在しない。そんな人じゃなくたって、好きになるし、幸せになれる。
十六歳の娘が悟るには悲しい現実ではあるが、それが真実だ。
まあ、政略結婚が当たり前の貴族のご令嬢方の方が、その辺ずっとわかっているかもしれない。
何よりも重要なのは、真実の愛なんてものがあろうとなかろうと、ミリアは王太子のことをこれっぽっちも想っていないことだった。
攻略進めておいて言うのは申し訳ないが、王太子は現状、ただの勘違い男なのだ。一方通行の片想いを真実の愛とか言われても困る。それで面倒な役割を押しつけられてはたまらない。
しかも、記憶を取り戻してしまった今となっては、なおさら十六歳のガキに恋愛感情など持てるわけがなかった。
いくらこの世界が早熟だからといって、前世では高校生だ。アラサーとDKである。犯罪臭しかない。
かといって、
「だいたい、イケメンって苦手なんだよね……」
落差が目立つから隣に並びたくない。じっと見つめられると、ときめくよりも先に、化粧が崩れてないかとか毛穴が開いてないかとかが気になってしまう。
あえて避けるほどではないが、あえて近づきたいとも思わない。
どうせ好きになれば、多少残念顔でもそこそこ見られるようになるのだ。恋愛フィルターなんてなくたって、情があれば愛着も湧く。
ミリアにとって、イケメンというステータスは大した意味を持っていなかった。
それよりは、優しいとか、価値観が合うとか、生活力がある方がよっぽど重要だ。
前世では、アイドルになれそうなほど整った顔の同期がいたが、お近づきになりたいとは全く思わなかった。というか、自分がイケメンだと自覚した振る舞いをするものだから、どちらかといえば嫌いだった。
イケメンに価値を見出せない。
加えて、財力にも興味はない。
今だってちょっと貧乏な子爵家くらいの生活はできているのだ。使用人もいるし、パーティに出るためのドレスもちゃんと用意できる。前世よりもよっぽど贅沢だ。
権力になんてもっと興味がない。
身の余る力を手に入れたところで面倒なだけだ。権力を本気で欲している日本人などどれほどいたのだろうか。
考えれば考えるほど、双方のメリットは皆無だった。
いや、エドワードはミリアのことが好きなのだから、エドワードだけは幸せになれるのかも。
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