【Web版】乙女ゲームのヒロインは婚約破棄を阻止したい

藤浪保

第一部

第1話 乙女ゲームの世界に転生しました

 きらきらと光を放つシャンデリア。細かい彫刻の施された柱。ぴかぴかに磨かれた大理石の床。


 色とりどりの鮮やかなドレス。複雑にい上げた髪。首元には宝石のきらめく首飾り。 

 優雅にエスコートするのは、濃い色のフロックコートたち。


 最初はあまりの豪華さにめまいがしたダンスパーティも、回を重ねればそれなりに慣れる。冬休み前のパーティは三回目。入学パーティから数えれば六回目だ。


 周りよりもいくぶん地味なドレスを着て、ミリア・スタインはパーティ開始を前にすでに壁の花となっていた。

 

 同じ学年の生徒は近くにいるが、話しかけることも話しかけられることもない。最終学年になっても、結局うちとけることはできなかった。名ばかりの貴族の娘とつきあうほど彼女らも暇ではないのだ。

 

 独りの方が気楽だからいいけど。

 

 さっさと終わって早く実家に帰りたい。とミリアが思っていると、一組の男女が中央に移動したのが見えた。

 

 男性の方は、ローレンツ王国の第二王子にして王太子のエドワード・ローレンツ。まっすぐな金の髪を後ろでひとくくりにし、緑の目を婚約者に向けている。濃い緑色のフロックコートには細かな金色の刺繍ししゅうが入っていて、王族の威厳を示していた。


 その手を取るのは婚約者のローズ・ハロルド。財務大臣であるハロルド侯爵の令嬢で、名前の通り薔薇ばらのような美しさを持つ金髪碧眼の少女だ。顔立ちは若干きついが、エドワードの瞳の色に合わせた淡い緑色のふわふわとしたドレスを着ていると、その雰囲気も柔らかくなる。聡明で気品あふれる彼女は、王太子の婚約者として、そして未来の国母として申し分なかった。

 

 曲調が変わり、パーティ開始の合図となる二人のダンスが始まる。

 

 両者は互いに見つめ合い、お手本の様な華麗なステップを踏んでいる。


 その美しさに、会場のあちらこちらでため息が漏れた。

 

「本当にお似合いね」


 ミリアは二人に目を奪われながらぽつりとつぶやいた。あのエドワードの隣に立てるのは、ローズをおいて他にはいないだろう。


 一曲目が終わると、二人はそのまま二曲目も続けて踊った。


 そこに、婚約者のいる生徒たちや、その場でダンスを申し込み申し込まれたペアが続く。

 

 ミリアは誰からも誘われることもなく、壁の前にたたずんでいた。なおも視線は王太子ペアへと向いている。


 ターンの途中で、エドワードがちらりとミリアを見て、目が合った。


 ミリアは慌てて目をそらす。


 二曲目が終わると、踊り終わったペア達は挨拶をして離れ、次のパートナーを探しに行く。

 

 しかしエドワードは、その挨拶もそこそこに、ミリアの方へと体を向けた。

 

 王太子に向かって優雅に淑女の礼をするローズと、体を明後日の方向ミリアに向けている王太子。

 

 そのちぐはぐさに、ミリアは既視感を覚えた。

 

 私、この場面、知ってる。

 

 そう思ったとたん、記憶があふれてきた。

 

 乙女ゲーム。攻略。王太子。仕事。家族。

 

 視界にはエドワードが歩いて来ているのが見えているのに、脳裏にはめまぐるしく記憶が巡っていく。走馬燈とはこういうものなのかもしれない。

 

「ミリア嬢、どうかしたのか?」

「いえ……何でもありません」

 

 そこへ、宰相補佐であるカリアード伯爵の子息、アルフォンス・カリアードと、近衛騎士団長であるユーフェン伯爵の子息、ジョセフ・ユーフェンが加わった。


「顔色が悪いですよ」

 

 アルフォンスは無表情で冷たく言った。


 エドワード王太子と同様に、長い髪を後ろでくくっているが、その色は銀色だ。切れ長の目は濃い緑色で、なんの感情も宿していないように見える。中性的な顔立ちなのに優しさの欠片もなく、怒っているようにさえ見えた。


「救護室へ行くか?」

 

 一方、黒髪短髪のジョセフは眉を寄せ、感情を表情に出していた。いつもの軽薄な態度はどこへやら、心底心配そうな顔をしている。きたえられた肉体で、今にもミリアを抱き上げ運びそうな勢いだ。


「いえ、アルフォンス様、ジョセフ様、本当に大丈夫ですから」

 

 しどろもどろになっていることを自覚しながらも、ミリアは記憶の奔流ほんりゅうを、なんとかやり過ごした。


「今日こそミリア嬢にダンスの誘いを受けてもらうつもりだったんだがな。その様子では誘うわけにもいかないか」


 王太子が首を振りながら残念そうに行った。


「申し訳ありません、エドワード様」


 言いながら、ミリアは周りに視線を走らせる。

 

 壁際にいるというのに、学園の頂点に君臨し、ひいては次期国王とその側近となるであろう三人に囲まれ、ミリア達は注目を浴びていた。それも冷たい視線だ。ビシバシと体中に突き刺さってくる。

 

 私、どうしてこの中で平気でいたんだろう。

 

 今までの自分の鈍感さが信じられないと、ミリアは軽く目をつむった。

 

 このままではいけない。この三人、特にエドワード王太子とはこれ以上関わってはいけない。

 

 なぜならここは乙女ゲームの世界で、ミリアはそのヒロイン役。


 しかも王太子の攻略ルート驀進ばくしん中で、半年後の卒業パーティでは悪役令嬢であるローズが婚約破棄を言い渡されることになっているのだ。


 結果ミリアは王太子の婚約者となり、エンディングでは王妃となった姿が描かれていた。

 

 王太子の婚約者? 王太子妃? 王妃?

 

 そんな面倒な肩書きは要らない。

 だいたい、平民上がりにそんな大役が務まる訳がない。


 どう考えても現実的とは思えなかった。

 

 つまりこれは、乙女ゲームものじゃなくて、悪役令嬢ものなのだ、とミリアは悟った。ヒロインと見せかけて、悪役令嬢が幸せに生きていくために場を整える役。


 悪役令嬢と王太子の愛を深めるための当て馬であることもあるが、ゲーム通りに行けば婚約破棄は行われるのだから、そこからが悪役令嬢のターンである可能性が高い。


 悪役令嬢に前世の記憶があるかは不明だ。でも、ほいほいミリアに引っかかった王太子と、王妃になる気のないミリアでは、ローズにかなうわけがない。


 婚約破棄された悪役令嬢が、その後ただ幸せになっていくパターンなら別にいい。勝手に婚約破棄した王太子の巻き添えを食って平民に落ちるのも許容できる。どうせ元は平民だ。


 が、何らかの事件が起こって処刑されるパターンもある。

 

 婚約破棄イベントで反撃ざまぁされて処刑だなんて冗談ではない。


 これが杞憂きゆうだとして、トラブルなく王太子の婚約者になったところで待っているのは地獄の王妃教育。権力争いに巻き込まれるかもしれないし、とともに王妃に相応ふさわしくないと判断されれば、最悪革命が起こるかもしれない。

 

 ミリアは両腕で自分を抱きしめ、ぶるりと震えた。


「ミリア嬢? 休まなくていいのか?」

「……エドワード様、やはり少し気分がすぐれないので、これで失礼します」

「ならば送らせよう」

「いえ、うちの馬車がありますから」

 

 具合が悪いとは思えない素早さで、ミリアはその場を後にした。

 

 ローズに王妃になってもらうために、絶対に婚約破棄を阻止すると誓いながら。

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