第6話 品質という突風


 天気予報ではその日も快晴だった。いつものように隠すようにエプロンを干し、洗濯ばさみでしっかりと固定して、買い物に出かけた。


「大丈夫よね、あ! でもこのあたりで下着泥棒が出ているって! 」

不安が一瞬の風のようによぎったので、急いで家に帰った。しかしながら洗濯物は変わることなくそこにあり、私はホッとして夕食の準備前にちょっとくつろいでいた。

「突風が吹くことがあるでしょう」という午後の天気予報を聞いて、もちろんベランダを見たが、それほど風で揺れているわけではない。

「でももう少ししたら取り込もう」

と自分としては完全な防衛術を確立していたつもりだったのだが、少々慣れてしまっていた、というのが幸運か不運かの引き金だった。それと何よりも「思いもよらないこと」もプラスされた。


「パチン、カラン」


と外で音がした。プラスチックの音の様だが、道路で人が何かを蹴飛ばしたのだろうと思って、気に留めなかった。。


しかし、数分後、


「パチン、カラン」


寸分たがわぬ音がした。それは楽器の同じ音のようにあまりにも違いがなかったので、これはおかしいと私は思った。しかもどうも道ではなくてベランダの様だった。


「え? 何? 」ベランダに出ようと窓を開けようとしたとき、少し圧力を感じた。見ると洗濯物が激しく揺れている。


「突風って、ああ!!!! 」


開ける前に見てしまった、エプロンが空高く舞い上がり、飛んでいくのを。このエプロンは本当に薄手の大きな布で作ったので、ポケットが袋になっているわけではない。だが、パーカーのポッケのようになっていて。この世にきっと「二つとないエプロン」に違いない。


「さっきの音、洗濯ばさみが割れる音だったんだ!! 」


同じ日に壊れるということは、品質が全く同じ状態である、という、良い証明であるが、それに感心したことはさておき、とにかく現状の把握が第一だった。

隠すための重いバスタオルは、風に負けない重力で真下に落ちていたが、やはりエプロンは家の外に完全に出てしまっている。タオルを拾うことなく、私は慌てて外に出た。


 とにかく自分に落ち着くようにと言い聞かせながら、即時エプロンの回収作業の手順を靴を履きながら考えた。

「舞い上がっても布だから、すぐ近くに落ちているはず、道かそれとも大家さんの畑かな」

私の住んでいる所は大都市近郊の、元々農村部。マンションの大家さんはここ一体の地主さんで、ほとんど宅地になってしまっているが、自宅がすぐそばにあるこのあたりだけ、数か所畑がある。私の家の横にもあるので、方向から考えてそこに落ちている可能性が高い。


「大根を毎年のように頂くけど、その上に落ちてたりして。とにかく畑仕事をなさっていませんように」


と心の底から神様にお願いしたのに、正月だけしか神社に参らない者には、当然の仕打ちだったかもしれない。


大根の葉っぱが青々と茂る中、農作業姿の大家さんの奥様がいらした。だがちょっと雰囲気が違う。片手に私のエプロンを持って、それをしげしげと眺めている。年齢は七十過ぎのこの女性の第一声が、これほど恐怖に感じたことはない。しかし私を見るなり、ちょっと困ったような顔でで大家さんはおっしゃった。


「これは手作りのエプロンね、いつも干してあるのを楽しみに見ていたのよ」

嬉しいような、エプロンのクロスだけしかなくて、背筋が寒くなるような言葉だった。そうしてその次の言葉が、私の運命を大きく変えていくことになる。


「実は私の娘は雑貨店をやっていてね、前々から「あのエプロンはとっても可愛くて、デザインも素敵だから、是非店に置きたい」って言っているんだけれど・・・」


もう一度突風が吹いた。




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