第8話 越前屋孝

 誰になにを言われようとも、越前屋孝えちぜんやたかしは世界の滅亡を望んでいる。魔王のように直接手をくだすことなく、胸の内で秘めている。

 まさか滅亡の原因が放射線とは思ってもみなかったが、自分にはこれといった特技もなにもなく、大学でも文系で、理系に進んでいればまだしも、この先逆転サヨナラ満塁ホームランみたいな奇跡があるとも思えない。

 関先輩や宇賀神先輩ならまだいい。あの人たちには、漫画、という特技がある。つまり、逆転サヨナラ満塁ホームランの可能性があるわけだ。松倉にも特技がある。あいつは、理数系に強く、プログラミングという強みがある。

 自分にはなにもなかった。ただ漫画やアニメを消費しているだけで、生産性のカケラもない。夜遅くまでゲームをやって電気を消費し、寒がりのため冬には灯油をたくさん使い、昼食はコンビニ弁当ばかりでビニール袋を大量に消費している。

 二酸化炭素の排出量はたぶん平均的な人よりも多いだろう。土に還ってバクテリアのエサになる方が、よっぽど環境にいいと言える。仮に今死んでしまったとして、火葬場へ連れて行かれても、燃やされるときに二酸化炭素が出る。

 やっぱり土が一番いい。それか、水葬だ。魚やプランクトンのエサになったら、炭素の塊として生まれてきた甲斐があるというものだ。

 SNSを見ても、越前屋と同様に世界の終焉を喜んでいるヤツらがいる。#黙示録、と検索したら、出るわ出るわ、うじゃうじゃと似た者同士の根暗野郎が。

「越前屋、オマエ、今度の日曜日ヒマ?」

 講義が終わった後、松倉が声をかけてきた。

 越前屋は少し身構える。

「今度の日曜? ゴメン。その日は、姉ちゃんの子供を見てなくちゃいけねぇんだ」

 本当は、そんな予定はなく、松倉に遊びに誘われるのが嫌だったのだ。彼が嫌いというわけでは全然なく、ただシンプルにメンドくさいという理由による。

「なーんだ。ヒマじゃねーのか。もったいねー。カレイドスコープの握手券をやろうかと思ったのによー。お姉さんの子のお守りじゃ仕方ねーなー」

 カレイドスコープ、というのは、女性アイドルグループの名称である。万華鏡のようにメンバー一人一人が個性的に光り輝く、という意味がある。越前屋もついこの前ファンになったばかりだが、抽選で落ちて握手券を入手できなかったのだ。まだ握手会には行ったことがない。

「あ、待て! 甥っ子のお守りは、なんとかなる! なんとかする! 握手券くれ! 頼む!」

「…わかりやすいヤツだな、オマエ。わかった、いいぜ。ほら、受け取れ」

 エサをもらうイヌのように受け取った。

 そうしてミニライブを経ての握手会当日。

 推しメンじゃないメンバーとの握手だったが、完璧に釣られてしまった。まるで釣り堀で泳ぐ魚のようだ。

 やはり、生のアイドルはめっちゃカワイイ。その辺にごろごろいる普通人種とは全く違う。

「もうすぐ、世界が滅亡するかもしれないことをどう思いますか?」と彼女に聞いた。

「地球が滅亡しても、カレイドスコープと私と孝くんは生き残るニャ」と手をネコにしてのぶりっ子ポーズ。

 名前を呼ばれただけで、ペットボトルロケットのように飛んでいってしまいそうな有頂天。

 しかも、私と孝くんは生き残りましょう、という気の利いたフレーズ。ひょっとしたら、同じ質問をしたヤツにも同じことを言っているのかもしれないが、そういうネガティブなことは考えないようにしよう。

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