第5話 守城功次

「看護師さーん」

 きょうの担当は、また別の方々である。

 ナースコールで呼ばれて行ってみると、森島さんは眉に縦皺を刻んでいた。

「森島さん。どうされましたか?」

「あのさー」声を潜める。「同じ部屋のガキどもがさー、零時くらいまで、スマホで光らせて遊んでやがんだよねー。しかも、消音にしてやがらねー。カーテンの外でチカチカ光るのと、音が超うるせぇ。スゲェ迷惑。日中でも友達か誰か知らねぇけど、普通に電話してやがるしさー。一人が電話を始めたら、他のガキどもも、いいのかと思って、また別のヤツも電話しやがるんだよ。守城さん? だっけ? アンタ、ちょっと、マナーのわからねぇガキどもに一発、ガツンッって言ってやんねーかなあ?」

「わかりました」

 見れば、ベッドにあぐらをかいて笑い声を響かせて話し込んでいる高校生の患者さんが三人ほど。

「キミたち」と呼びかける。「ここにいるおじさんがキミたちに言いたいことがあるそうだ」

「お、おい!」

 いきなり振られて森島さんは焦っている。

「いいかい? キミたち。ここにいるおじさんは、キミたちが夜遅くまでスマホゲームをやったり、消音モードにしていないせいで、すごい迷惑しているそうだ。ほら、見てごらん」森島さんの目元を指さす。「寝不足のせいで、ひどいクマができているだろう?」

「これは、元からだ」と森島さんは反論する。「もう歳だからなあ」

「そう言うんだったら、俺たちも迷惑してるぜ」少年の一人が言う。「おじさん、夜中のいびきがけっこうすごいんだよ。スマホで録音してるもん。いつか言おうと思ってさ」

 用意周到な少年である。素直に、わかりました、でいいじゃないか。

 最後の手段を使う。

「キミたち、あまりマナーを守らないと、別々の部屋に移すからね」

「イヤだぜ、そんなの!」

「なあ? せっかく友情が生まれたのに」

「なにが、友情だ。陳腐な友情だなあ、おい」森島さんがケッ、と吐き捨てる。「こんななぁ、病院でできた友情なんか、退院したら、もうこれっきり、クソ食らえ、ってヤツだ。病院は、病気を治すためにいるんだ。クサい友情を育むもんじゃねー。失せろ」

「森島さん」と守城は目を細める。怒っている。「アナタが、別のお部屋に移動してもいいんですよ? いびきがすごいんですもんね?」

 少年たちは、ポカンとした顔をして硬直している。

「ところで、看護師さん」一人の少年がスマホの画面を見せる。「オゾン発生機を日本やアメリカや中国やEUからそれぞれロケットで成層圏まで打ち上げて、放射線によって消滅したオゾンを回復させる、だって。映画みたい」

「なるほどな。そういうこともできるんだ。人類スゲェ」

「でも、しばらくは、オゾンがふたたび地球を覆うのに時間がかかるから、みんな放射線防護服を着なくちゃいけないらしいよ」

「SFの世界か」守城はツッコむ。「一人一人に支給されるのかい? そんなお金あるのかなあ」

 もしかして、金持ちだけが生き延びる、っていうパターンなのでは?

「一人一人に配られるらしいよ」

「どうやって?」

 ナースコールが鳴った。ちくしょう、めっちゃいいところで。

 だが、看護師たるもの、世間話をしているときでもナースコールが鳴ったら、直ちに急行しなければいけない、という鉄則あり。処置をしているときは、別だけれど。

「また後で見せて。ていうか、そのニュースのサイト教えて」




 先ほどの男子高校生から聞いたサイトによると、放射線防護服の開発費は、各国の軍事費から当てられるらしい。

 地球が放射線で汚染されたら、国家間同士の戦争も紛争も防衛もクソもない、という理由からのようだ。

 ある人は、歴史上初めて世界から争いがなくなり、人類は初めて同一の目的に向かって結束することになる、と言っていた。

 守城も一理あると思う。地球がピンチになって初めて国境も人種も経済格差も超えて共闘するというのも皮肉な話ではあるが。

「やっぱ映画じゃん」と同じBチームの小川が言った。「なにか戦闘機でも飛ばしてぶっ壊すのか?」

「バカ。隕石が降ってくるんかじゃないんだぞ。放射線だ。目には見えない放射線。だからこそタチ悪りんだよ」

「…なんか、マジで地球規模のドッキリをやってるんじゃないかと疑ってみたくなる」

「そりゃねぇなあ」

「ないよなぁ」

「しかし、このことがきっかけで国家間のいざこざがなくれば、歴史的出来事になる」

「小川もそう思うか? だけど、代償が大きすぎるんだよなあ」

「まあな。人以外の動植物には相当なダメージになる」

「相当程度の生命の死滅する自体だけは、避けられないしな」

「いずれにせよ、元の地球ではなくなる、ってことだよな」

「食料だってさ、放射線防護シートで守られた田畑ならまだしも、あちこち除染も大変だぞ。いったいどれだけの年月かかるのか」

 放射線防護液剤だけは、国から費用の半分を負担する希望者のみの申請となる。もちろんそれでは零細農家はやっていけないし、ある程度の規模を持つ企業が運営する田畑だけとなる。

 やっぱりなんだかんだっても、金持ちが生き残るだけだ。おそらくこの大災害によって、食料のほとんどを輸入に頼っている日本は、孤立することになる。食品の奪い合いが起こる。殺し合いだって平気で起こるだろう。この段階まできたら、もはや日米同盟とか他国との貿易協定など何の役にも立たないはずだ。

 自国民の食料確保だけで手いっぱいのはずだ。

「それに、放射線で絶滅する生き物だって絶対に出る。人類が奇跡的に生き残ったとしても、食料となる動物が生き残っている保障もないし、仮に生き延びていても、放射線で汚染されたものを食べることになる」

「ところで、放射線を浴びたら、どうゆうふうな死に方をするんだっけ?」

 小川の問いかけに答える。

「すぐには死なないと思うよ。徐々に内臓の細胞やらが機能不全を起こして、それからすべての細胞が死んで、多臓器不全かなんかで急死」

「今のうちにやりたいことぜんぶやっておかないとなあ」

「小川のやりたいことってなに?」

「俺か? 俺は、石碑に俺の名前を刻んでおく。……ここに、一千人の命を救った伝説の看護師、小川武眠る、ってな」

「ウソだろ、それ。一千人の命も救ってねーと思う」

「ここには毎年一千人の患者さんが来るじゃねぇか」

「どちらかというと、看護師は文字通り看護するだけで、命を救うのは、手術をする先生方だろう」

「それ、悲しいよな。マジ、思う。俺、昔に戻れるんだったら、もっと勉強して、どうせなら医学部に進学すればよかった、って思うぜ」

 そのことならわからないでもなかった。多分、意識の高い看護師ほど小川が言ったように一度は思ったことがあると思う。

 まだ医師になりたての若い先生でも、看護師よりずっと立場が上である。病院は、わかりやすいピラミット構造だった。いくら看護師として長く仕事を続けても、昇格して医師になれるわけではない。

「ところで、なんで石碑?」

「オマエだったらわかるだろ。ロゼッタストーンとかルーン石碑とかさ。日本にだって石に刻まれた碑は山ほどある」

「まぁ、確かにデジタルや紙の本に残すよりは、ずっと未来まで残るよな。しかし、ズルいぜ、そんなの。歴史の捏造だ」

「でもそうやって歴史を捏造しているヤツなんか山ほどいると思うぜ。俺が歴史を信じられないのは、そこなんだよなー。特に為政者とか。アイツら、家来に命じていくらでも自分の評価を上げられるぜ。そして、後世の研究者たちは、そのことを鵜呑みにして、歴史を研究するんだ」

「小川。オマエがナイチンゲール様みたいな看護師として何百年後の未来まで石碑に残るなんて許せねー」

「たぶん、その頃の地球は滅亡していて、宇宙人たちが見つけるんだ」

「その頃、石碑はたぶん天変地異によって地球深くに埋まって誰にも見つからないと思うぜ」

 いや。

 それよりもまず。

 超新星爆発によるガンマ線バーストである。

 本当にニュースでやっていたようなやり方はうまくいくのか

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