第3話 大坪光

 大坪光おおつぼひかりは、困っていた。

 いつかはまだ確定していないが、近いうちに大量の放射線が地球に降りそそぐ、という。

 もしもそんなことが本当に起こったら、動物園の動物たちをどうやって守ったらいいのだろう?

「園長。たしかに動物たちも大事ですけどね、そんなことが起こった日にゃ、俺たちだって全滅しちまいますよ」

「そんなことはわかっとる。私が言いたいのは、動物たちをどうやって生かすか、っちゅうー話だ」

「だから、生かすもなにもみーんな死んじまいますってば」

「ついに来てしまいましたか」と女性の別の飼育員。「地球のさいご。意外と早かったねー。もう少し先かと思ってたけど。まさか私たちの代で来るなんてねー、ツイているのかいないのか」

「ツイてねーよ」と男性飼育員。

「でも、戦争で滅亡するわけじゃないからいいじゃん。人間の仕業じゃない。不可抗力だー」

「キミたち。私が言っているのはそういうことじゃない。動物園の動物たちには選択の余地がない、ということだ」

「意味がわかんないっす、園長。動物たちだけじゃなく、俺たちも、いやこの地球上の生き物たちすべての選択肢がありません。等しく死に絶えまっす」

「でも、死に絶えるまでは、ちゃんとお仕事しないとねっ」

 女性飼育員は、先月新しくオープンしたばかりのゾウ舎へと向かった。

「いや。俺、仕事なんかしたくねー。さいごの日までやれるだけゲームをやり尽くしてやる! 園長、ということで、有給の消化お願いしまっす」

「好きにしなさい」




「おお、よしよし、いいね~」

 大坪光は、妻が友人と遊びに出かけたのをいいことに、小鳥(オカメインコ。名前は、シンプルにオカメ)をケージから解放した。喜んだようにリビングのあちこちを行き交っている。

 オカメちゃんが自由を満喫している姿を見ながら、大坪は放射線による地球滅亡というあまりにもリアリティの感じない未来について思考をめぐらせる。めぐらせても、自分一人がどうこうあがいたところでどうしようもないなのかもしれないが、せめてその日が来たら、このオカメちゃんを家の外へ解放してあげようかと考えている。

 バカな考えかもしれない。

 しかし、飼われている小鳥というのは、人間がいなくなれば、すぐに死んでしまうだろう。自分たちが不慮の事故かなにかで死んでしまったら、オカメは家の外に出ることができない。いつもそのことを考える。室内犬もたぶんそうだろう。ひょっとしたら、誰かが家に来て、イヌを救出するかもしれないが、世界が滅亡したら、そうもいかないだろう。

 だから、オカメちゃんには、地球のさいごの日は、思う存分空を羽ばたく自由を与えてあげたい。

 バカな話だ。

 自分の肩に乗ってきたオカメちゃんに指をこすりつける。

 放射能が降りそそいで、生き残ることのできる生命は、いない。

 昆虫だってほぼ絶滅するはずだ。

 昆虫は生態系の中で一番といってもいいくらい重要な存在である。

 昆虫の中には樹木や花の受粉の媒介をしているものも多い。そういう昆虫がいなくなれば、ドミノのように、植物が絶滅してしまう。しかも昆虫は多くの動物にとっての食糧源でもあるし、バクテリアと同様、土中の有機物の媒介者でもある。

 彼らがいなくなれば、地球は壊滅的だ。

 深海ならまだ救いがあるかもしれない。深海には、古代から姿形の変わらない生命らが存在している。熱水噴出孔にいるチューブワームだとかある種のバクテリアや古細菌など。深海の掃除屋とも言われるエビもいる。

 こういった暗黒世界に生きる者たちは、絶滅を免れるかもしれないが、はっきりしたことはわからない。

 皮肉なものだ。人間にとって希望とは光なのに、彼らにとっては闇が我が身を守ってくれるベールであり、希望なのだ。

 だが、しかし。

 そういうスケールの大きな話ではない。

 大坪は感情として、オカメちゃんを家に止めておきたくなかった。だから、いわゆるXデーが来た日は、自分は家でおとなしく放射線のシャワーを浴びることにする。オカメちゃんには、選択肢をあげたい。

 家の窓を全て開けてのケージからの解放だ。

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