第53話



「え、いや、あの……なぁ、香花。それは一体、どういう事なんだ?」


 俺は恐る恐る彼女にそう尋ねる。すると、香花は「もうっ」と言ってから答えてくれた。


「そのままの意味だよ? まーくんが尿瓶もペットシーツも嫌って言うなら、私が受け皿になってあげるって事だよ」


「それって、つまり……」


「私のお口で、まーくんのを受け止めるって事だよ」


 香花は自身の口を軽く開けた後、人差し指で口内を指し示しながら、俺の聞きたい事をそのまま簡潔に答えてくれた。


「いや……いやいや、それは流石にマズいだろ……」


「どうして?」


「だって、そんなの汚いだろ!?」


「汚くなんてないよ。まーくんから出たものなんだから」


「俺が気にするんだよ!」


 俺は訳の分からない事を言ってくる彼女に向けて、腹の底からそう叫んだ。


「もうっ、まーくんったら。そんなに大声出さなくてもいいのに」


 香花は両耳に手を当てながらそう言ってきたが、俺はそれを無視する。今は彼女の発言に付き合っている場合ではないからだ。


「……ねぇ、まーくん。どうして私を受け入れてくれないのかな?」


 すると、彼女は俺の股の間でしゃがみ込んだまま上目遣いでそう聞いてきた。その絵面はとても心を揺さぶられると言えなくもないが、今の状況下でそんな感想を持てるはずが無いだろう。


「いや……だってさ……」


「もしかして、私の事が嫌いになったとか……?」


「そういう事じゃないけど……常識的に考えて、それはおかしいだろ」


「そうかな?」


「そうだよ! どこの世界に、彼氏の排泄物を口で受け止めるとか、そんな女の子がいるんだよ!?」


「私だよ♪」


 そう言って、香花は両手の人差し指で自分の事を指しながら、満面の笑みで俺に告げてきた。


「いや……そうなんだろうけど……そうじゃなくてさ……」


「じゃあ、どういう事なの?」


「と、とにかく! 俺が嫌なの! その……俺ので香花の事を汚したくないんだよ。分かってくれ……」


「ん~……」


 香花は口元に人差し指を当てて、思案する様に唸りながら考え始めた。


「そっかぁ……私の事が嫌っていう訳じゃないんだね」


 そして彼女は少ししてから改めてそう聞いてくると、俺からスッと離れて距離を取った。


「分かったよ。まーくんがそこまで言うのなら、私もまーくんの意思を尊重するよ」


「分かってくれたか……良かった。それじゃあ、早速これを解いてくれないか?」


「あっ、それはまだ駄目だよ」


「へ?」


「だから、まーくん。まだ駄目って言ったの」


「な、何でだよ?」


 俺は思わず香花にそう聞き返したが、彼女はその問いには答えてくれなかった。ただニコニコと笑顔を浮かべながら俺の事を見ているだけである。


「私はまーくんの意思を尊重しようと思いました」


「お、おう」


「なので、解放する条件として、私のお願いを3つ聞いて貰う事にするね♪」


「は、はぁ?」


 香花はそう言うと俺に顔を向けてきた。ニッコリとした笑顔だけれども、そこには有無を言わせない雰囲気があった。


「それを守ってくれないと、私もまーくんのお願いは聞けないかなぁ」


「じょ、冗談……だよな? ……いや、香花はそう言った冗談とか嘘が嫌いだったもんな。そんな事は言わないか」


「あはっ♪ 流石はまーくんだね。私の事、良く理解してくれて嬉しいな♡」


 香花は嬉しそうにそう言うと、俺の頬に軽く口付けをしてきた。


「で、どうするの? 別に私は、どっちでもいいんだけど?」


「……分かった。その条件で良い。……良いんだけど、3つじゃなくてせめて1つにしてくれたりとかは……」


「駄目だよ♪」


「ですよね……」


 香花に笑顔でそう言われた。俺はその笑顔を見て、思わず苦笑いをしてしまう。……いや、だってそうだろ?  誰だってそうなるって。


「とりあえず、お願いについては後で聞くから、まずは拘束を解いてくれ。じゃないと、マジで限界が近くて……」


「もう、慌てないで欲しいな。ちゃんと解いてあげるから、それまで暴れない様にしてね?」


 そして彼女はそう言うと、出刃包丁を手に取って俺に近付いてきた。ついこの前に見た様な光景だけど、多分だが香花なりの優しさなんだと思う。


 だって、こんなにもしっかりと縛られているんだから、1つ1つ順番に解いていたら、俺の膀胱が爆発する事になる。


 なので、香花は縄を切って手早く解放しようとしてくれているのだ。……というか、俺。この状況に順応し過ぎだろ。普通、出刃包丁を持って近付かれたら恐怖しかないって。


 まぁ、でも、解放してくれるのなら、なんだって良い。俺はそう考えて、香花が縄を切ろうとする瞬間を今か今かと待ち侘びていた。


 そして、出刃包丁が縄に触れるか触れないかという距離まで近付いた……その時だった。


 俺も香花も扉の近くにいなかったというのに、何故か部屋の扉が勢い良くバタンと開かれたのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

[祝・18万PV達成] 束縛彼女との同居生活 ~ヤンデレな彼女からは逃げられない~ 八木崎(やぎさき) @yagisaki717

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画