第50話




「そもそも人の携帯を勝手に見ないでくれ……と言っても、俺も不用心だったり管理が杜撰だった事は否めないからな……それを言われると何とも言えない……」



「そうだよ。だからこれは私だけが悪いんじゃなくて、まーくんも悪かったんだよ。でも、私としてはこれからも今まで通りのまーくんでいてくれると助かるから、ずっとずっとそのままのまーくんでいてね♪」



「いや、あの……否定は出来ないとは言ったけど、それってどんな暴論なの? 何で香花は便乗しようとしてるの? というか、今の発言ってどういう意味? 改善されると不都合だから直さないでって事なの?」



「えっ? 何の事かな? 別に私はまーくんはいつまで変わらずに素敵なままでいて欲しいって意味で言っただけなんだけどな。それ以外の意味は無いんだよ?」



「……なるほど。さいですか」



 一気にまくし立てる様に発した俺の複数にも及ぶ疑問の数々であったが、香花のその一言によってもれなく封殺されてしまう。



 本心からの言葉なのかもしれないが、もしかすると嘘を言っている可能性も考えられるが、俺が何を言ったところでその真意は彼女にしか分からない。所謂、悪魔の証明と同じだと思われる。



「じゃあ、それについては分かった。俺の不用心が招いた事態なんだって十分な程にな。なら……次が最後の質問だ」



「あれ? 最後なの? まーくんの事だから、もっと多くの質問をしてくると思ったんだけど」



「そうしたい気持ちも無くはないが、その……色々とあって、あまり悠長にはしてられないからな。だから、次が最後だ」



 最初に彼女には反省や解放するつもりは無いかと聞いた。その次に情報の出所とそれについての工作活動について尋ねた。なら、その次に質問をするのは―――



「香花は俺をこの部屋に隠して守る―――と言ったよな。けど、それはどうやって守るつもりなんだ?」



 香花の言い分は俺をこの部屋に閉じ込め妹(彼女の目線では浮気相手)から俺を守るとの事だったが、それがどういう事なのかが俺にはさっぱりと見えてこない。



 彼女は隠すと言っても、相手の目的としてはうちに遊びに来る=俺に会いに来るというのだから、その家主がいなければ相手は不審に思うだろうし、居所を尋ねられてもおかしくは無い。



 そうした場合に香花はどう切り返すというのか。はたまた、彼女は妹をここに来させない様な策を―――いや、その可能性は無いか。来ないのであれば俺の存在を隠す必要性も無いし、それなら妹が訪れる事は確定事項であるというのは何となく分かった。



「香花は知らないと思うから言っておくけど、俺の妹は俺がいないと分かればきっと探し出そうとするぞ。あいつはそういう奴だからな。だから、これで隠そうと考えていても簡単に見破られるぞ」



「あっ、それなら大丈夫だよ。私にだって、ちゃんと考えがあるんだから。それに―――本気で隠そうと思っていたら、こんな場所に閉じ込めはしないよ?」



「……」



 香花からの返答―――最後の部分に俺は背筋がぞっとする思いになる。なら、彼女が本気を出せば俺はどこに隠されてしまうのか。知りたくもあるが、当事者になる事を考えると到底聞きたくない話だ。



 だから、俺はその事についての追及はせずに話を続ける事にした。



「それで……その考えってどんななんだ? 香花は何を考えているつもりなんだ?」



「まぁ、考えって程の事でも無いけどね。ただ……『お話』をするだけだよ」



「お話……?」



「そう。大事な大事な『お話』。本当はここに来させる事を阻止したかったんだけど、まーくんの携帯で都合が悪いとか拒否する内容を伝えても日程を変更されるか相手に見抜かれる危険性もあったから出来なかったし……だから、私が直々に会って『お話』をする事にしたの」



「へ、へぇ……なるほどな。ちなみに、それはどんな内容のお話なんだ……?」



「えっとねぇ、それは……うん、秘密かな。これについては、まーくんには教えてあげない」



 俺が内容について尋ねると、香花は右手の人差し指を立てて口にへと当てながらそう言ってきた。



「とりあえず話せられる部分としては……まーくんはあなたに会うつもりは無い的な事を伝えるつもり、かな。別に秘密にしないで教えてあげてもいいけど、これを聞いたらきっとまーくんが心配するだろうから、後で教えてあげるね。全てが片付いた後にでも、ね♪」



「全てが片付いた後……という事はお話で解決した時という事だよな」



「うん、そうだね。だから、まーくんはここで安心して待ってて……」



「……それなら」



「うん?」



「それなら……もし、話し合いで解決しなかった場合……そんな場合は、香花はどう動くつもりでいるんだ……?」



「……」



 話し合いで解決する。それは香花が妹に何かを告げてそれに納得をして帰れば済むという話だ。しかし、現実的に考えてそれが上手くいくのだろうか。妹の―――家族の事だから俺はそれが上手くいかないという事が結果を見なくとも分かる。



 自分の知る妹の性格を考えると、あいつは好奇心が旺盛なタイプの人間だ。実際に見たり体験をしないと納得はしないし、疑問に思えばそれを解消しない限りは首を突っ込み続けてしまう。そうした結果、ずっと痛い目を見続けてきた―――主に俺が。尻拭いとして。



 だから、さっきも香花には伝えたが、俺がいないと分かった時点で妹は俺を探し始める。遊びに行くと伝えたのにいない理由について探り出す。その時に香花はどう対応するというのか。



「どう、動くか?」



 香花の口が滑らかに動く。さっきまでは微笑を浮かべていたものの、今はそんな影は消えている。会話をする事で少しは彼女の感情は落ち着いてはいたけれども、それも消えてしまった。



 今の香花は全くの無表情だ。それは彼女が怒りを抱いたり、俺に対して迫ってくる時に見せる様な表情で―――



「私がどう動くかだなんて……そんなの、相手次第でしかないけどな」



 そんな表情を浮かべながら、香花は狂気を宿した瞳で俺を見ながらそう告げたのだった。



「私としては……穏便に済ませたいと思っているんだよ」



 いや、俺を拘束して監禁している時点で穏便に済んではいないのだけれども……。



「謙虚な気持ちで相手を尊重をしようと思うから、私も否定するだけじゃなくてお話をしようと考えたんだよ。……でもね、そうならなかったら……そうじゃなかったその時は、どうしようも無いと思うんだ」



「ど、どうしようもって、そんな……」



 どうしようも無い。そう告げた彼女の言葉を聞いて、俺は初めて香花と会話をした告白をされた時の事、主に遺書やら出刃包丁やらの存在が頭に思い浮かんだ。



 あれらの存在もまた、香花がどうしようも無かった場合の対策で持ち込んだものだった。俺に告白を断られた時の為に遺書を用意し、そして目の前で自殺しようとして出刃包丁を自分の首元にへと突きつけた。そして俺を自分と付き合わせようと強迫せしめたのだ。



 それと同じ事を香花はお話が決裂した場合にするのではないか……と、そこまで考えて俺は別の考えにへと辿り着く。そもそも香花が妹に向けて自殺を示唆したところで何になるのだろうか。それだと唐突過ぎて意味不明でしかない。いや、今の状況からして大分意味不明が過ぎるのだけれども。



 と、なれば考えられるのは……香花が妹の存在を消そうとするのではないか、というものであった。正直なところ、香花ならそんな凶行をやり兼ねない。邪魔な存在は自らの手で消し去ってしまおうと彼女の行動力や考え方なら妥当だとも思えたからだ。



 そうなると、かなり不味い。香花の早合点、勘違いのせいで俺の家族が―――妹が手に掛けられてしまう事態になってしまう。まだ俺の予測の段階ではあるものの、そんな未来だけは絶対に避けなければならない。



 というか、何でこんな事態にまで話が捻じ曲がって発展をしてしまったのか。付き合ってる彼女が妹の事を浮気相手だと勘違いし、嫉妬して殺すとか漫画や小説、ゲームとかでも見ない設定だぞ。どうなっているんだ全く。



 しかし、そんな事を言っていても何も始まらない。どうにかして香花を止めないと大変な事になる……と、そうは思っていてもこの縛られている状態では俺にはどうにも出来ない。



 言葉で説得をしようとしても、俺の稚拙な交渉術では香花を説得出来そうにないだろう。何にしてもそうだ。俺は彼女を前にすればとことん無力な存在でしかない。一体、どうすればいいんだ……。



 あれこれと彼女に向けての対策、対案を俺はうんうんと考え続け、頭を必死に働かせる。そしてとうとう―――限界を迎えるその時がやってきてしまった。



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