第49話




 香花から放たれた予期せぬ一言。正に死角からの不意打ち様な言葉に俺はより一層に混乱を深めていく。



 予想外にして許容範囲外。情報を処理切れなくなった脳はもうパンク寸前。頭痛が痛い―――いや、頭が痛くなる。



 こんな経験はもう何度目の事か数えたくもないが、何が何だか分からないといった状況だ。全てが俺を置き去りにして物事が進行してしまっている。



 いつもの事―――なんて言われたらそれまでだが、俺は明らかに当事者的なポジションにいるはずなのに、これはどういう事なんだろうか。



 そしてそんな俺の心境を香花は汲んではくれない。彼女は俺に疑問を挟む余地も与えずに、そのまま言葉を続けていく。



「許せないよね? 許せないよ。私というまーくんの彼女が……まーくんの事を想い愛して止まない私という存在がいるのにも関わらず、それでもこの場所に……私達の愛の巣へずかずかと平然と遊びに来るとか宣うあの女の存在が。私は絶対に許せないよ」



「いや、相手は妹で家族なんだから、ここに遊びに来てもおかしくはないんだけど……。それに愛の巣って……ここはただのアパートの一室でそれ以上以下でも無いんですが……」



「だからね、私はこうしてまーくんを監禁―――じゃなくて、あの女の魔の手が及ばない様に隠して守りたかったの」



「ねぇ、俺の話聞いてる? というか、あの……香花さん? 今、あなた……監禁って言わなかった?」



「えっ? 言って無いけど? まーくんの聞き間違いじゃないかな?」



「……はい、そうですね」



 そうか、あぁ、なるほど、聞き間違いか。そういう事なら仕方が無いだろう。……本当のところは仕方が無くないけど、仕方が無いのだ。これ以上は何を言ったところで彼女は応えてはくれないだろうから、そう捉えて終わらせるしかないのだ。



「それで、その……あれだ。香花の言いたい事は分かった。……あまり分かりたくはないが」



「ん? 何か言った?」



「い、いや、何でも無い。気のせいだよ。それで、だ。今の話を聞いた上でいくつか質問があるんだけど……聞いてもいいかな?」



「質問? うん、いいよ。まーくんが知りたい事、気になる事があるなら何でも答えてあげるよ」



 どんとこいとばかりに香花はそう言ってのけてくる。俺はその言葉の中の『何でも答える』という部分に些かの不信感が過るが、それは直ぐに消えていった。



 何故なら、他ならぬ彼女がはっきりとそう言うのであれば、そういう事なのだろう。基本的に香花が俺に対して嘘を吐く事はあまり無い。基本的には、だ。



 疑う余地も無くはないが、今回は彼女の言葉を信じようと俺は思う。それに第一、今の俺には彼女にしか頼れないのだから、消去法でそうするしか道は残っていないだけなんだがな。



「とりあえず、まず一番最初に聞きたい質問なんだが……香花は自分のしてしまった行動を改め、悔いて反省をし、今直ぐに俺をこの状態から解放するつもりは……」



「無いよ。まーくんの周りから脅威が去るまでの間、私は絶対にまーくんを開放するつもりは無いの」



「ですよね……まぁ、知っていたけども」



 会話の出だし、俺は自分を今から解放するつもりはあるかという成功率も絶対的に低めな質問から仕掛けてみるも、質問の途中でそれは敢え無く拒否されてしまう。



 分かっていた結果ではあるものの、聞かないという選択肢は俺の中には無かった。もしかしたら何かの間違いが起こって彼女が心変わりを起こし、奇跡的に開放されなくもない。そんな微かな希望に縋って実戦してみた結果がこの当然の帰結ではあったが。



 けど、解放されるのなら、早めに解放をされたい。俺の思いとしてはそれが一番だ。だって、こんな厳重に縛られていて、前回と違って寝返りも打てない程に身体を固定させられているのだ。悪意増し増し、紐か何かで巻き巻き、と窮屈が過ぎてこの上無い。正直、辛い。



「……じゃあ、次の質問だ。香花はその、あや―――えっと、妹が遊びに来る件について、どこで知ったんだ?」



「まーくんの携帯だよ」



「なるほど。俺の携帯から情報を得たんだな。それは分かった。まぁ、それ以外に情報を得る可能性なんて無いから、それは当然だな」



 俺からの追及に香花は悪びれも無くそう言ってきた。その言葉はつまり、俺の携帯の情報を勝手に見たという事に他ならないが、彼女の前ではそんな事を言ったところで先程と同じで何もならない。彼女にとってはそれは当然の権利であるからだ。



 というか、そもそも……この件の始まりからして、香花が机の上に置いていた俺の携帯を勝手に見て、そして妹からのメールを浮気相手だの俺にちょっかいを掛ける泥棒猫だのと思い込んだのが事の発端なのだから。



「なら、続けての質問だ。俺の携帯が情報の出所であるならば、どうして妹が遊びに来る事について携帯の持ち主である俺が知る事が出来なかったんだ? メールで来たのなら俺も気づくはずだし、俺が知らない事を何で香花が知っているのか、それが俺には謎なんだが」



「謎って……別にそんな難しい事をした訳じゃないよ? この事に関してはまーくんにだって、誰にでも思いつく様なそれぐらいの単純な事だけど」



「単純……? ―――いや、考えてもそれが分からないから、こうして聞いているんだけど……」



「あれ? そうなの? なら、ちゃんと答えるね。正解はね、まーくんの携帯に送られてきたメールを私の携帯に移して、それからまーくんの携帯からデータを消したから、でした♪ ねっ、単純でしょ?」



「えぇ……」



「ほら、まーくんってあまり携帯の電話やメールに対して無頓着でしょ。携帯を見ている時に着信すれば反応はするけど、それ以外の見ていない時だと気にならないものは既読にしないし、気づかなかったら放置してそのままだから。今回も私がチェックをした時に放置されていた状態で見つけたから、まーくんが気づく前に行動に移せたんだよ」



 誇らしげにそう訴える香花であるが、全然そんな感じにはならない。寧ろ、彼女の行いは糾弾されて然るべき行動だ。良くもまあ俺の無精な点を観察していたなとも思うけども、明らかに言動に誤りがある。



 確かに言葉にすれば彼女の行動は単純なものではある。けれども、普通の人は勝手に他人の携帯を見るという事は控えるし、ましてや持ち主でも無いのに自己都合でデータを消して隠蔽しようとするのは以ての外だ。単純な行動だが、それは誰もやらない行動である。



 しかし、香花は普通では無いからそれを実行してしまう訳だし、その事に関して罪悪感を覚える事も無いだろう。全ては愛ゆえに仕方のない事だと彼女に判断されてしまえばそれまでだ。それ程に彼女の愛は彼女の中で重要視されていて何よりも優先されてしまう。



 でなければ俺はこんな拘束されるという目になんか合う事も無いだろうから。食事や飲み物に睡眠薬を盛られる事も、出刃包丁で脅される事も―――



 というか、本当に……これまでを振り返ってみてもろくな目に合ってないな、俺。悲しくなって泣けてきてしまう。外面には出さず、俺は心の中でそっと涙を流した。



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