第41話

 



「遅くなっちゃってごめんね。けっこう待たせちゃったかな?」



 香花はそう言いながら、笑顔で俺にへと声を掛けてきた。



「えっ、あっ、その、いや……」



 遅くなった? 待たせた? 香花の言っている言葉の意味が上手く呑み込めない。まさに馬耳東風とも言うべきか。言葉は右から左にへと見事に素通りしていく。



 アルコールのせいで鈍る頭を総動員させて、俺は考える。彼女が言うのは、何に対しての事なのか。だが、はっきり言ってそれは分からない。ちんぷんかんぷんでしかない。



 言葉尻からすると、何らかの待ち合わせや約束に対して向けている様にも思えるけれども……そんなものをした覚えは俺の記憶にはありはしない。



 そもそもの話……ここでこうして神谷と飲んでいる事自体、俺は香花には告げてはいないのだけれど。彼女は何でそれを知っているのか。



 ……まぁ、それを隠していると後が怖いので、飲みに行く事は伝えてはあった。しかし、飲みに行く場所は説明をしていないのだが……。



「お、おい、依田……」



 と、そこへ神谷がひそひそとした声の大きさで俺にへと語り掛けてくる。俺ほどでは無いが、神谷も焦っている様な雰囲気が透けて見えた。



「何だよ、これ……何で彼女さんが来てるんだよ……?」



「さ、さぁ……?」



「何か口調的に、前もって待ち合わせしてた感じがするけれど、お前が呼んでたのか……?」



「い、いや……俺もその辺りが分からなくて……」



「えぇ……当事者なのに、分からないとか何ですかねぇ……」



「だから、俺にも一体何がどうなってるのか……」



「……? ねぇ、まーくん。どうかしたの?」



 神谷と二人で内緒話をしていると、俺達の様子を見兼ねてか、香花は怪訝そうな表情でそう聞いてくる。



 やはり本人の目の前でひそひそ話は無理があったのか、もしかすると今の内容も聞こえてしまっているかもしれない。



「い、いや、何でもないさ……ははは……」



 平静さを装いつつ、俺は慌てて取り繕ってはみてみるも、果たして香花に対してどれほどの意味を持ってくれるのか。



 乾いた笑いを浮かべ、ちょっとでも……僅かでもいいから誤魔化されてくれればと、俺は心の中でそう祈った。



(で、でも……何で香花がここに……?)



 そして俺は最初の疑問にへと立ち返る。どうして彼女がこの場にいるのかを。



 初めにも言っているが、待ち合わせたとかでは断じてない。今日は神谷と二人で飲む予定である為、彼女を交える予定も、そうするつもりも一切ないのだから。



 考えられる可能性としては神谷が俺の事を心配し、香花を迎えに来させたという線もあったが、当人の様子を見るからに、そうした線も違うと思われた。



 そうで無ければ、ここまでの焦りは見せない。自分で呼んだのだから、自然な反応で彼女を迎えるだろう。それと多分……神谷は香花の連絡先、知らないだろうし……きっと香花も神谷に対して興味とか無いだろうし……。



 そうして明確な答えを導けないまま、無意味な時間だけが過ぎていく。数秒間の沈黙を保った結果、俺が香花に投げ掛けた言葉はというと……



「ど、どうして……香花がここに、いるの、かな……?」



 自分で採点しても及第点にも届かないぐらいの、間の抜けた発言であった。彼女に向けてそんな事を聞くのも怖かったので、何だか言葉もおかしくなっている。



 心境としては、もうやけくその部類に入るものだと思われる。情けない話ではあるけれども、必死になって何を考えても答えに辿り着かないので、彼女から直接的に正解を聞き出すというものである。



「どうしてって……変なの。まーくんってば、おかしな事を聞くんだね」



「……は?」



 だが、そんな俺の浅はかな思惑は見事に砕かれる事になった。



「だって、どうしても何も……まーくんがここに私を呼んだんでしょ? 迎えに来てって」



 彼女のその言葉によって、俺の脳内はクエスチョンマークで一斉に埋め尽くされていく。それも溢れるぐらい、パンクしそうな勢いで。いつもながらの事かもしれないが、何を言っているのか全く理解は出来なかった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る