第39話

 



「は? まずい、って何が?」



 言葉の意味が伝わらなかったのか、俺が何を言いたいのか分からない。



 そんな表情を浮かべながら、神谷はそう尋ねてきた。



「ほら、分かるだろ? 普通に考えて、どう考えてもその状況がまずいって事が」



 あまり口に出して言いづらい事でもあるので、俺はその内容をぼかしつつ神谷に言ってはみる。



 しかし、目の前の神谷は今まで以上の怪訝な顔をして、俺を見てきた。



 その表情が表している事はただ一つ、俺の思惑が残念ながら届かなかったという事である。



「いや、そんな事言われても……分からないものは、分からないんだよなぁ」



 無理無理と言わんばかりに、神谷は首を横に振り、そう答えるのだった。



「そんな事は無いだろう。大体のこういった場合は、雰囲気だとかニュアンスとかで察してくれるものじゃ……」



「だから、無理なんだって」



 更に神谷はそう言いつつ、右手を開いたまま横に振り、出来ない、不可能だという意思をアピールする。



「あのなぁ……俺は別に、お前の最大の理解者という訳でも無いんだから、ツーカーで物を言うのも限度ってものがあるの。そういうのは言ってくれないと分かりやしないんだけれども」



「……まぁ、そうか」



 言いづらいというのもあるが、手っ取り早く話を進めたかったので説明するのを省略し、ある程度の状況で把握してくれるかとも思ったが、どうもそうはいかないみたいだ。



 性急に話を進めようとしたのも、解決策が見いだせない焦りからのものだと思われる。



 まさかそれを神谷に窘められる事になるとは……少しばかりショックである。普段以上に酔っているとはいえ、次はそうならない様に気をつけないといけない。



 ここは一旦は落ち着いて、その上で神谷に言いたい事を伝えてしまおう。



「……あっ、そうだ。ちなみにだけど……嘘でも例えでも言葉の流れであろうと、俺に向けて『最大の理解者』だなんて言わない方が良いと思うぞ」



「えっ? どうしてなんだ?」



「それをもし、香花にでも聞かれたら……変な勘違いをされるかもしれないからな。気をつけた方が良いぞ」



 まるで脅し文句の様にして、俺は神谷に向けてそう告げるのだった。



 しかし、それを聞いても神谷は信じようとする素振りは見せない。



 どちらかというと、俺がこの場を和ませようとする目的で放った冗談とでも捉えている様な感じが窺えた。



「まさか。間違ってもそんな事にはならないだろって」



 みたいな感じに笑いを交えながら返してくるのだから、そう受け取ってしまっている事は確かだろう。



 その返答に対し俺は笑みなど返さず、真面目な表情をし、それを神谷に対する無言の回答とするのだった。



 全くといって笑っていない俺の表情を見てか、神谷の穏やかな笑みが徐々に変化していき、引き攣ったものにへと変わっていった。



「いや……気をつけるにも何も、俺は男なんだけれど……」



「あぁ、そうだな……」



「なら、そういう対象には見なされないんじゃ……」



「お前さ……香花にそんな言い訳が通じると思うのか?」



 それを口にした途端、神谷の顔にはみるみるうちに冷や汗が浮かんでいく。



 これまでの香花の言動や行動を知っているからこそ、決して俺の言葉が冗談では済まないという事に行きついた故の反応であった。



「……無理そうだな」



 そう言いつつ神谷は顔を伏せ、その先に待ち受けているのが修羅場どころか地獄ですら生ぬるいかもしれない状況である事を察するのだった。



「だから、気をつけてくれ。その時はきっと、お前だけじゃなくて俺にも危害が及ぶ事になると思うからさ……」



「俺だって嫌だよ。何でお前なんかとそんな……なぁ」



 お互いがそう口にした後、俺と神谷は二人同時に深くため息を吐いた。



 そして話は逸れてしまったが、俺達は元の話題にへと矛先を戻すのであった。



「それで、何がまずいって言うんだ?」



 嫌な気分を払拭したいのか、手元にある自分のドリンクに口をつけてから、神谷はそう聞いてくる。



「決まってるだろ。妹と香花を合わせる事が、まずいんだって」



「はぁ?」



 俺がそう言うと、不可解だという様な表情をして、そう返した。



「そいつはちょっと、おかしくはないか。二人を合わせられれば誤解も無事に解けて、丸く収まるんだから、そこに問題なんてないんじゃないか?」



 確かにそれはその通りかもしれない。可能性で言えば、多分だけど成功率は高めに分類されると俺は予測している。



 けれども、それは必ずしも成功するという保証は無く、失敗する可能性だって間違いなくあるのだ。



 この間の香花を抱き締めて、頼み掛ければ何とかなるというのも同じぐらいの可能性はあった。だが、それは失敗に終わった。



 それを踏まえると、もう俺には失敗を許される様な猶予なんて持ち合わせてはいないだろう。これ以降は失敗は許させず、行動は慎重を期さなければならない。



 だからこそ、その作戦に安易に乗っかる訳にはいかない。実行するのであれば、じっくりと吟味をしてからでないと俺は動けない。



 そしてそれ以上に、神谷は全くといって気づいてはいないが、それを実行するに当たって大きなデメリットが存在するのだ。



「問題ならある。何故なら……」



「何故なら……?」



「……妹と香花を会わせたら、俺が香花と同居している事が家族に知られるじゃないか……」



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