第28話

 



 香花はそう言うと、右手を俺の方にへと向けて差し出してきた。



 それから小指だけを立てた状態にし、その他の指は全て閉じたのだった。



 それが何を指し示す動作なのかは、俺も良く分かっている。今朝も同じ事をしたのだから、分からない訳がない。



「……あぁ、そうだな」



 俺もそれに応える様に右手を香花にへと差し出して、小指だけを立てた状態にした。



 そしてお互いの小指を曲げた後、解けてしまわない様に絡めて引っ掛けたのだった。



「絶対に……約束だからね」



「……分かってるよ」



 絶対に破りやしないという誓約を交わすべく、俺達はその状態のまま、右手を上下に振る。



「ゆびきりげんまん、嘘吐いたらはりせんぼんのーますっ」



 その動作に合わせて、香花はまじないの言葉を唱えていく。俺も小声ではあるが、彼女に追随して唱えた。



「ゆびきったっ」



 そうして約束を厳守する事を誓い合い、彼女との指切りの儀式を完成させるのだった。



「えへへ。これで、もう……まーくんは二度と私に、嘘は吐けないからね」



 指切りをし終えると、香花は絡めた右手同士を離した後に、俺にへとそう言ってきた。



「そう、なるな……」



「どんな小さな事だって、駄目だよ。絶対に許さないから。私の前では、必ず正直でいて」



「善処するよ。嘘や誤魔化しなんかしなくても、香花と向き合える様にさ」



 微笑を浮かべながらそう告げてくる香花に対し、俺はそう返した。



 それこそ、これからは努力していくしかない。今のままでは、香花との約束は果たせていけないだろうから。



 彼女と対峙しても耐えれるぐらいの強さを、俺は手に入れようじゃないか。そうでなければ、彼女には敵いはしないから。



「……なぁ、香花。ちなみに、だけど……」



「うん? どうかしたの?」



「もし……もし、だけど。俺が何らかの事情で、約束を破ってしまったら……どうする?」



「……そうだね。もし、そうなったら……」



 彼女はそう言いながら、俺の首元にへと手を伸ばしてくる。そして首の皮を指で摘むと、こう言ってきた。



「まーくんの人権は、完全に無くなるからね♪」



 ……それは今度こそ、俺は監禁されて彼女によって管理されるという事なのだろうか。



 それとも、首を触ってくるという事は、この首を掻っ切って殺すというのを表しているのかもしれない。



 約束を破った対価にしては重すぎると思ってしまうが、彼女からすればそれが妥当な線なのだろう。



「……そうならない様に、頑張るよ」



 香花の宣言に戦慄しつつも、俺は約束を違えない事を胸にしっかりと刻み込み、守り切る事を決めるのだった。



「あぁ、そうだ。もう一つ、香花に聞いておきたかった事があったんだ」



 これで今回は解決されたとし、話は終わりにしようと思っていたが、俺はそう言って話を続ける事にした。



 そういえばまだ、有耶無耶となって分からなかった事が一つだけある事を、俺はこの時になって思い出したのだ。



「俺が意識を失う前……あのハンバーグには何かもう一つ、入れていたって言ってたよな」



「うん、そうだよ」



「結局は分からず終いだったからさ。それって、その……何だったんだ?」



 香花は隠し味を入れたと言っていて、その一つは彼女の愛情だった。



 しかし、彼女はもう一つ入れていると言っていた。愛情以外の何かを入れているのだと、彼女自らが告げてきたのだ。



 その正体が判明しないまま、俺は意識を失い、それから監禁未遂にへと繋がっていった。



 もう終わった事とはいえ、流石にそれが何なのかは気になった。



「……どうしても、教えて欲しい?」



「そうだな……分からないままだと、もやもやしてスッキリしないしな。出来れば、教えて欲しい」



「……ふふっ、いいよ。教えてあげる」



 彼女はそう言うと、何故だか分からないが俺の頭を優しく撫でてきた。



 一体彼女は、何を思ってそうしてきたのだろうか。



「早速、思った事を正直に話してくれたんだね。ありがとう、まーくん」



 あぁ、なるほど。約束を守った事を喜んでの事だったのか。



 それが嬉しくて、彼女は俺の頭を撫でてきたのだ。しかし、長々と撫でられるのはこそばゆい感じがする。



 そうした俺の心を感じ取ってか、彼女は直ぐに頭に置いていた手を引っ込めた。そして有耶無耶となっていた答えを俺に告げようとする。



「あれはね……」



 そう言いつつ、彼女は俺の耳元にへと顔を近づけてきた。まるで内緒話を告げる様な形であった。



 他の誰かがいるという訳でも無いのに、わざわざそうしてくるという事は、大っぴらに言えない様なものが入っていたのだろうか。



 そして……その俺の感じた予感は、まさかの的中する事となったのだ。



「私の―――が、入ってたの」



 香花は何でもないかの様に、普通では考えられない様な事を俺にへと言ってみせたのだった。



「……は?」



 俺は思わず、彼女に聞き返していた。あまりな答えに、ついそうしてしまったのだ。



 だって……あのハンバーグには自分の―――を入れたと、彼女は堂々と言ってきたのだ。どう考えても、耳を疑いたくなる様な内容である。



 今のは聞き間違いであって欲しいと願い、そう思って聞き返すのは当然の反応だった。



「小さく細かくしておいた爪を、あの中に混ぜておいたんだ♪」



 しかし、俺の願いは彼女の言葉により、無惨にも打ち砕かれた。粉々に、粉微塵にされたのだった。



 決して聞き間違いなんてものではなくて、信じられない事にそれは事実なのであった。



「今日の為に、今まで切った爪を溜めておいたんだ。栄養にはならないけど、私の一部がまーくんの身体を構成する一部になるんだよ。ねぇ、嬉しいでしょ♪」



『爪を構成する成分はタンパク質だから、安心してね』とも、彼女は言ってきた。



 しかし、何を安心しろと言うのだろうか。毒ではないから、大丈夫だとでも言いたいのか。



「今度はどうしよっかな……あっ、そうだ。髪の毛とかはどうかな。あれって胃で消化はされないし、内蔵に張り付いて排出されないって言うしさ。どうかな? ねぇ、どうかな?」



 嬉々として俺にへとそう提案してくる彼女。まるで名案の様にそれを言ってくるのだった。



 そして俺は、そんな彼女に対してこう告げるのだった。



「なぁ、香花」



「えっ? どうしたの?」



「今度から料理に、自分の爪や髪とかの体の一部を入れるのは……禁止な」



「えー」



 俺の禁止発言に、彼女は不満顔でそう返してきた。何なら頬も膨らませている。



 それを香花に約束させる為に、更なる時間を掛けて彼女を説得した事は言うまでもないだろう。



 彼女の企みを事前に(大事になる前に)防げたのだから、これは大金星な成果かもしれない。



 こうして、俺の人生の分岐路となった監禁事件は、未遂という結果で終わる事となったのだった。



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