第22話

 



「俺は……」



 どう、思っているのか。それは彼女が投げ掛けてくる、初めての問い掛けだった。



 この半年間、香花からはそれについて、尋ねられた事はなかったから。今までずっと、触れられてはこなかったから。



 そして俺自身も、それから背を向ける様に、避ける様に過ごしてきたから、彼女に向けて伝えた事は一度も無かった。



『依田は彼女さんの事、好きなの?』



 今朝方に津田から言われた事を思い出す。俺のはっきりとしない態度を見てでの、彼女からの疑問である。



 あの時の俺の答えは『分からない』というものだった。俺の中でも明確な答えを出せずに、曖昧にそう答えていた。



 つい数時間前の時点で、俺は答えを出せずにいた。なら、ここで直ぐに答えを告げる事を、俺は出来るはずもなかった。



「まーくんと過ごしてきたこの半年間……私は自分の言いたい事は、包み隠さず話してきたよ?」



 あぁ、そうだ。その通りだった。香花は自分の言いたい事、したいという事を真っ直ぐと俺に伝えてきていた。



 遠慮というものも無く、我を通してくる。まさに我が道を行くといった感じであった。



 それに俺は反論はせずに、香花に合わせて、同調し、彼女の機嫌を損ねない様に努めてきた。



「自分の気持ちを、誤魔化したりなんてしてない。思った事は全て、まーくんに伝えてきたはずだよ」



「……そうだな」



「でも、まーくんは違うよね」



「……」



「まーくんの言ってる事、やってる事。そのほとんどが、嘘ばっかり」



 香花はそう言いながらも、俺の瞳を真っ直ぐと見ていた。その奥に秘めた俺の考えを、見破ろうとしているのだろうか。



「本当は別の事を考えているのに、私に言われて仕方なくやってるんでしょ? 違う?」



 俺はそれを、直視し続ける事が出来なかった。その視線に耐え切れず、目を逸らしてしまう。



 彼女の視線に籠められた圧に屈したというのもそうだが、事実を指摘された事も要因の一つである。



 香花の言う通り、彼女の機嫌を良くする為に、時には誤魔化しや嘘を言った事もある。



 彼女の行動に辟易としながらも、嫌々とそれを受け入れている事もあった。



 それも全ては、彼女を怒らせない為。俺の身を守る為に、彼女の意向を忖度していたからだ。



「だからね。私はまーくんが……本当はどう思っているかなんて、分からないんだ」



「そ、それは……」



「だから、教えて欲しいの。私の事を、どう思っているかを……」



 それを告げると、香花は自らの顔を俺にへと近づけ、ゆっくりと迫ってきた。



「教えてくれないのなら、別にそれでもいいよ。私はまーくんをこのままにするだけだから」



 そして一方的に、そう宣告もしてきた。黙ったままでいるのなら、この部屋に閉じ込めたままにしておくと。



「だって、そうだよね。私の言う事を聞くだけなら、人形にだって出来るよ。それなら動いていなくても、動けなくても問題は無いよね」



 いや、それは違う。そう俺は反論したかったが、それを言う事は出来ない。



 この場で求められているのは、香花の事をどう思っているか。それに対する答えである。



 それ以外の発言はきっと、認められないだろう。そう思って俺は言いたかった事を飲み込み、口を噤んだ。



「本当はね。私はずっとずっと……まーくんをこうしておきたかったんだよ? 誰かのものにならない様に閉じ込めて……私だけを見て、私だけのものにしておきたくて……」



 彼女の右手が伸びてくる。俺の右の頬にそっと触れると、優しく撫でてきた。



「でも、それは可哀想だと思ったから、やらなかったんだよ? まーくんの為を想って、我慢したんだから」



 彼女の口調は、まるで俺に褒めて欲しいと語りかけている様だった。自分よりも俺の事を優先し、考えた事を認めて欲しいのだ。



 しかし、本当に我慢出来ていたのかと、俺の頭の中にそんな疑問が通り過ぎていった。



 我慢出来ていたのなら、あの休みの日にされた拘束は何だったのか。荒縄で両手両足を縛られたのは、何だったのか。



 あれは一時の事ではあったが、今されている事とほとんど変わりはない。彼女に拘束されて、思うがままにされているのだから。



 まぁ、恐らくは彼女なりの息抜きであったのだと、俺は推測する。だからこそ、1日で香花は解放してくれたのだと思う。



 しかし、今回はそうはいなかい。彼女が宣言した通りなら、俺は1日と言わず、永劫に渡って彼女に監禁され続けるのだ。



「俺は……」



 俺は考える。香花に何と返せばいいのか……それを必死に模索する。



 こうなっては失敗は出来なかった。いつも以上の過酷な選択肢を、俺は迫られている。



(考えろ……考えるんだ……)



 俺の眼前、目の前では香花が答えを待ちわびている。まだか、早くしろとばかりに、俺の胸を右手の人差し指でとんとんと叩いていた。



 その彼女の行動が余計に、俺の心を焦らせる。早く答えないと、彼女の逆鱗に触れるのでは……俺にそう思わせてくるのだ。



(ここは一旦、彼女を宥めてみるか……? いや、駄目だ。もう香花にそんな手は通用しない……)



 彼女にとって耳の良い話を語り掛け、答えを先延ばしにする事も出来ない。



 ここまでの凶行に事態が発展しているのだから、はっきりとさせない限り、彼女は納得はしてくれないだろう。



(こうなったら……これしか、ないのか……)



 もう、香花に対して誤魔化す事も出来ない。嘘も吐けない。ならば、答えは一つである。



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