第13話 悔しいこと。

 鬱々とした気分でこの教室を訪れるのは初めてのこと。

 初めてここに来た時は特に何を思うこともなく。それ以降は昼寝をするのに丁度良い空間としか思っていなかったから。

 何でたったあれだけのことで。春川に想い人がいるらしいと分かっただけのことで、これほどまでに鬱々とした気分になるのか。


 変なの。


 変な自分。おかしな自分。最後にはまた嫌な気分だと思うくせに。

 今日もまた、彼女とその友人の会話に聞き耳を立ててしまうのだから。

 春川の想い人は別のクラスの男子。サッカー部に入っていて、格好良い好青年。いつも楽しそうで、誰とでも話して。そして。

 ぱっと柚木はその半身を起こした。今、春川の口から出た言葉に驚いて。だって。


 想い人には、恋人がいるって。


 少しだけ切なげに言う彼女は、想いを伝える気はないから別に構わないというようなことを言っているけれど。


 あんな顔、してるくせに。


 苦しそうで、悲しそうな顔で。恋人になりたいなんて思ってないとか。遠くから見てるだけで良いとか。そんな。

 嘘ばかりついて。


 あれだけ、その相手のこと知ってるのに。


 たくさんの話をしていた。良いところも、おかしなところも。けれどその全てを理解した上で、好きだと言っていた。

 愛おしげな表情で、好きなのだと。


「ただ寝てるだけの、知らないやつのことまで気にしてるくらいだからな」


 言葉を交わしたこともない、自分みたいな人間のためにわざわざ動いてくれたり。それだけ周りを気にしてしまう子だから。

 恋人がいる相手に告白なんて絶対にすることはないだろう。

 難しいと、初めて思った。誰かを想うのは難しい。

 それと同時に思うのだ。羨ましいと。

 あれだけ誰かを想える春川も。

 春川にあれだけ想われる誰かも。

 良いなと思った。ずるいなと。代わってほしいなと。

 彼女になら、春川になら、想われてみたかった。些細なことを気にして、隣にいて、笑っていて欲しくて。

 もっと近付いてみたかった。本当は、彼女のことを知った、その日から。


 悔しいな。


 もしあの日、彼女に声をかけていれば。

 少しくらい、その想い人への想いを、自分へと向けることが出来ただろうか。

 ミステリアスで、何を考えているか分からないという自分でも。


 微妙か。


 声のかけ方さえ分からない自分が、何を言っているのだと思うけれど、それでも。

 この曖昧な想いを少しでも吐き出せるなら。

 頑張ってみるべきだったのにと、小さく溜息をついた。

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