第12話

「藤原さん。あんなフウに言っていたけど、本当は怖かったと思う。ずっと行っていなくて色んな陰口をたたかれるし、それに周囲の奇異の目に晒されるんだから当たり前のことだけど」


 神崎はそうポツリと呟いた。


彼自身、いじめの対象となっていたことから教室に行くのが億劫になっていた時期があったらからこそ口をついて出てしまったのだろう。


 「そうだな。でもそれを心配されたくなかったんだろ?じゃあつついてやらないことだな」


 彼は多分、返事を必要としてなかったのかもしれない。しかし、僕が声をかけると「そうだね」と苦笑しながら言った。


 彼との帰路。初夏、夕暮れ時の空はオレンジ色で、それは薄暗い空ではなくて、青白い空に混ざった淡色が綺麗に見えて、入道雲の隙間から夕日が差し込む。


 後、数日の命である。


 彼はこのまま帰ることを願っているかもしれない。しかし、残り少ない命の中で、彼に何度か誘われたカラオケに行ってもいいかと気持ちが揺らいだ。


 「神崎、この後は用事あるのか?」


 「ううん。とくにないよ」


 「そうか。ならカラオケでも行くか?」


 「………う、うん!行く!」


 彼の頬が上下に勢いよく揺れる。僕はそれを見て、誘ってよかったなと安心した。そうして、二人で駅近くのカラオケボックスに入った。


 彼はその店に入るまで遠足前の小学生のように、すごく楽しそうにしていたが、店のカウンターに立っている高校生を見て、急に静かになった。


 よく見れば、そいつらは前に神崎を屋上で虐めていた奴らであった。今では僕という変人に脅された人間だと立場を変えたようだが。


 「どうする?他のカラオケ屋に行くか?」


 僕は神崎を気遣いそう聞くと、彼は首を横に振った。


 「大丈夫だよ。いつまでも逃げてばかりじゃいられない」


 そう彼は力強く言った。


 それは先ほどの藤原を見て、背中を押されたのか、それとも今まで悩んでいて自分なりの答えを導き出したのか分からない。


 しかし、彼には進む時間も、意志もある。それが僕は少し羨ましく感じた。

そして、去り行く人間でも残る人間を後押しするくらいはしてもいいのではないかと思えた。


 「なら行こうか」


 「うん」


 僕たちはそのまま彼らのいるカラオケ店に向かった。


 






 僕らがカウンターに着いた頃には彼らは姿を消していた。


 これ幸いにと僕たちも受付を済ませて、カラオケルームまで向かった。


 神崎は友達と来るのは初めてだと楽しそうにしている。そうして、彼は何やらよく分からないアニメの歌を歌っていた。僕は知らないからその歌にノれないが、彼が楽しそうに歌うので、自然とこちらも楽しくなってくる。


 僕は昔のドラマの曲や、CМの曲という安パイな曲を歌っていた。すると神崎はこの曲知っていると嬉しそうに言ってくれるので、こちらも何の気も遣わずに歌うことが出来た。


 何曲か歌って、彼が疲れたとソファに腰深く座ったところで、僕は一切ドリンクを持ってきていないことに気がついた。


 「神崎、何か飲みたいものあるか?取ってくるよ」


 「え?………僕が行くよ」


 彼は一瞬、驚いてから申し訳なさそうに言う。


 「いや、そんなことで遠慮するなよ」


 「ううん。だって僕がいつも須川を誘っていて、だから気を遣って誘ってくれたんでしょ?だから僕が行くよ」


 彼には彼の考えがあるようで、すぐに立つと、僕の返事も待たずにドアから出て行ってしまった。僕はしょうがなく、ソファに腰かけて、待つ。


 いくらカラオケ店とは言え、こんな学校から近いところでタバコを吸うわけにもいかないのでボーッとテレビを見ていた。


 今、流行りの知らないアーティストが出てきては、曲を紹介していく映像をボーッと眺める。こんなものを知っても、何の意味もない。


 死んでは何も持って行けないのだ。


 親の遺産も、タバコも酒も、家も友情も愛情も何もかもが自分の体を滑り落ちていく。なら何を育んでいるのだろう?彼とカラオケに来て、得るものも無駄になるのに。なんのために来たのだろうとふと考えこむ。


そもそも人と付き合いを持つこと自体が今の僕にとっては無意味だ。

なのに何故、藤原、神崎と共に過ごしているのだろう?

その疑問は僕の中で消化不良を起こして残留する。


 そうして5分ほど考えて、神崎が帰ってきていないことに気が付いた。


 ジュースを持ってくるだけなのに遅すぎる。そうして、良くないことを想像して、僕は彼と自分のカバンを持ってカラオケルームを勢いよく飛び出した。


 





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