第13話
彼を探してドリンクコーナーへと向かうと、その場には三人の男がいた。
その時にはもう神崎はあの高校生二人に絡まれており、彼はそのうちのイケメンに胸ぐらを掴まれていた。
「お前、あのイカレ野郎といるからって調子乗ってんのか」と恫喝され、委縮する神崎は手足を微かに震わせている。
僕はそれを見て、頭に血が上り、彼らのもとに後ろから走っていき、即座にイケメンの横っ面を殴り飛ばした。
そうして驚いた顔で見ているもう一人の眼鏡男の腹を蹴り倒し、倒れたところを殴ろうとした時、起き上がってきたイケメンにどこかを蹴られた気がする。
「クソが!またイカレ野郎も一緒かよ!」とかなんとか宣っていた。それに僕も反応して何か叫んでいた。
あまり覚えていないが、怒りに我を忘れて叫びながら殴りかかった。
後半は神崎にも、彼らいじめっ子にも全く関係のないことを言っていた気がする。
それは恨みつらみのようなものだ。なんで僕だけがこんな目にとか、なんであの時、死ねなかったのかとか、僕は先が無いんだ!お前らが死ね!とか本当にどうしようもないことを宣っていた。
こいつの言う通りだ。
僕はイカレていると言われてもしょうがないことを叫んでいた。
ああやっぱり僕は未だ心の整理がついていないのだ。
斜に構えて、すべてを無視しようとも、どこかで怖いのか。こんな珍妙な話を信じたくない自分がいるのだろう。
そうして、また殴って、殴られてを繰り返していると神崎が何故か泣いていて、僕はそれでも手を止めずに彼らを殴り続けた。
泣いている暇があるなら援護しろよと思ったが、そんなことを思っているうちに景色は変わっており、僕は気が付けば学校近くの公園にいた。
神崎が泣き顔で僕を連れて逃げてきたのだそうだ。
彼は缶コーヒーを買ってきて、僕に腫れた頬を冷やすように助言する。
そしてカラオケ店の清算は済ましてきたよと優しく言うのだ。
しかし僕はそれが勘に触った。いや、彼には感謝すべきことかもしれないが、その時の僕は感情の高ぶりを抑えることができなかった。
「神崎。まだいじめられてんのか?」
「………ううん。今日のは一人でいるところで偶然会ってしまったからだと思う」
「そうか………それは未だいじめられている事と同じじゃないのか!?また次に一人の時を狙われたらお前はまた殴られることになっていただろ!?」
「………そうかもしれない」
彼の弱気な態度に僕の堪忍袋の緒はいともたやすく切れた。
「は!?お前は何をそんな呑気なこと言ってんだ!!お前のことだろ!何を泣いてやがる!自分でなんとかしろよ!泣いていても誰も助けてくれねぇぞ!!」
本当にどうしようもないことを怒って叫んでいる。
分かっている。彼は悪くない。
しかし、何かが僕の心を激しく掻き乱すのだ。
無論、僕の内面の問題を彼に八つ当たりしているに過ぎない。彼は被害者だし、僕のようにやられたからやり返すのが正しいとも思えない。
「えっと………須川君。ごめん」
彼は力なく頭を垂れて言う。
しかし怒りは収まらない。
「ごめんじゃねぇ!!お前は今後ずっとあいつらにいじめられ続けられるのか!?自分でなんとかしないと一生このままだ!!謝ったらあいつらは殴って来ないのか!?違うだろ!?」
「ごめん。須川君ごめん。ごめん」
彼がまた泣いて謝っている。そんな嗚咽を漏らして謝る彼の涙声が耳に入ったときには、ああ、僕はどうしようもない愚か者だと頭が一気に冷えていった。
自分の中のやりきれない思いを吐き出したかっただけだ。それを自分勝手に彼にぶつけていただけだ。これではあのいじめっ子達と一緒だ。
僕は彼の買ってきた缶コーヒーを額に当てた。
酷く目頭が熱くなっていて、頬も赤く腫れているのに痛みはなく、ただ虚しさが心に巣食う。
「………」
僕が急に黙りこくっても、未だ彼はごめんと言い続けた。彼の丸い背中がさらに丸くなって、顔が見えず、ただ泣いていることだけは分かった。
「ごめん………僕……僕、自分がなんでか変われたと思っていた。あいつらに遭ってももう大丈夫だって。でもやっぱり目の前にすると足が竦んで、息もできなくなって。それで………」
彼は自分の恥を僕に言う。それはいったいどれほどの屈辱なのだろう?僕は何を彼に言わせているのか。
自分の中にあるのは苛立ちだけではなく、少しの不安もあった。僕がいなくなれば彼はまたいじめられる日々に戻るのかという。
しかし、それを気にするとやはり頭がおかしくなり、僕も彼と同じように泣き叫んで、頭を地面に叩きつけてでも認めたくないと繰り返すだろう。
やはり、僕には死ぬ覚悟も親しい人間を置いていく覚悟もないのだ。
「いい。言わなくてもいい。僕が悪かった」
僕は彼の言葉を手で制して、彼のまん丸の瞳が揺れて、力なく地に視線を落ちた。
「分かっている。神崎があいつらに何をされて来たか。簡単に吹っ切れる問題でないことも。ただ自分の問題を発散したかっただけだ。怒鳴って悪かった。」
僕は公園のベンチから立ち上がり、彼に謝った。
彼はそれを真っ赤になった泣き顔で見ていた。そうして申し訳なそうに聞いてくる。
「さっき………須川くん。もう先が長くないって。未来もないのにってそう口走ってたんだ。あいつらを殴りながら。………須川君は病気なの?」
本当に心配して彼は聞いてくる。
僕の余命を彼に伝えてどうなるだろう?後、数日で死ぬんですってか?彼は更に泣いて、遣わなくてもいい気を遣って、自分を責めるのだろう。そんな余命をこんなバカげたことに使わせてしまったと。
「聞き流せよ。狂人の世迷言だ」
僕は彼に笑いかける。
「………そっか」
彼は無理やり自分を納得させているように見えた。
「もう夜も遅い時間だな。あいつらももう駅前にはいないだろう」
僕の言葉に彼は同意し、とぼとぼと公園を後にする。僕はまだ休んでいくと言うと、彼は心配そうにこちらを見てきたが、僕が「大丈夫だ」といつものように言うとすぐに帰っていった。
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