第6話

 叔父の家を出ると雨が降っていた。


 今日は昼から降ったり止んだりと気分屋な天気で、晴れていながら降っていたり、曇っているのに降らなかったりを繰り返していた。


 はじめは狐の嫁入りかと、多少驚いていたが、こう繰り返されると辟易する。それは天気だけのせいではないのだろうが。


 しかしながら傘を持ってきたのは正解だった。


 びしょ濡れで電車に乗って、最後の限られた時間を風邪に潰されるのは我慢ならない。まぁ、特にやりたいこともないのだが。


 そうして、電車を乗り継ぎし、自宅へと真っ直ぐ帰る。


 どうせ今からやることは、カバンに入ったウィスキーを飲み、タバコを吸うだけの怠惰な時間だ。


 そんなフウに考えて、歩いていると視界に一人の女性が入ってきた。


黒のパーカーにボトムスといったラフな格好をしていながら、足取りは重い。


 そいつはこんな日に傘も差さずに、トボトボと行き場を無くしたように悲壮感を漂わせて歩いている。


その女性が誰であるのかはすぐに分かった。短い期間しか話していなくとも、その人の雰囲気やら所作というのは無自覚に覚えてしまうものなのかもしれない。


 僕は見ていられなくなり、彼女に傘をさす。


 彼女は驚いたようで、こちらに振り向いた。


 「藤原。なにしてんだ?」


 

僕だと分かった藤原は一瞬、狼狽していたが、すぐに冷めた顔に戻り、僕の傘を押し返す。

彼女は全身が濡れており、頬に滴る雨水が首元まで達して、彼女はそれを拭った。妙に艶かしい所作であった。


 「こんだけ濡れてたら、今更傘を差しても一緒だ」


 僕は押し返された傘を再度、彼女にさす。


 「一緒かもしれないが、見てられないだろ?」


 「はぁ?」


 僕の言葉に藤原は肩眉を上げて、口も半開きの顔を披露する。非常にムカつく顔である。


 「なんだその顔?ムカつくなぁ。人の親切をなんだと思っているのか」


 「いや。だってタバコの一本もくれない奴が何言ってんの?」


 「それとこれとは別だ」


 「一緒だ」


 「いいから入っとけ。入って損しないだろ?」


 彼女は不貞腐れた顔で僕の傘の中に入り、二人で歩く。

僕が並んで歩くことを彼女は全く気にしていない様子でその瞳は虚空を見つめていた。


 「で、何してたんだ?」


 「何って………散歩」


 「散歩?こんな雨の日にか?」


 「悪い?雨好きなの」


 「いくら好きでも蛙でもあるまいし、傘は持って来いよ」


 「うるさい」


 僕は彼女と一緒に歩いているうちに、もう自分の家を通り過ぎている事に気がついた。しかし、彼女が何故こんなことをしているのか興味が湧いてきたので同行する。


 「須川は?何してんの?」


 「藤原と歩いている」


 「馬鹿なのか?違う。何してたの?こんな雨の日に」


 「散歩」


 「………そう」


 彼女の小さな声は雨の音で聞こえなかった。しかし、彼女が軽く笑ったのを感じた。その力ない笑みに何故か動揺する。

つい一週間前まで知らなかった女性の機微に自分の心が動かされるとは思わなかった。


 僕と彼女はそこから30分歩き続けた。


 何も言わずにただただ歩き続けたのだった。








 もうすぐ隣の町に入りそうだなと思った時、彼女は根負けしたのか僕の顔を見る。その顔は苛立っているのか、それとも困っているのか分からない表情であった。


 僕は急に立ち止まった彼女の顔を見る。


 彼女は僕から視線を逸らす。そしてなにやら小さく言葉を吐いた。


 「私………家に。……家に帰りたくないの」


 その言葉は聞きようになっては淫らな大人の夜の街への合図にも聞こえる。

しかし、彼女の揺れる瞳を見れば、それが全く毛色の違うものだと分かる。


 これは単なるSОSだと。


 僕は胸ポケットに手を伸ばすが、そこには何も入っていなかった。タバコは切れており、吸おうと思うといちいちカバンから出さなくてはならない。そしてカートンのビニールを剥がさなくてはならない。


 彼女はまた黙りこくって、立ち止まった。


 僕はため息とともに何も考えず、彼女に言う。


 「僕の家に来るか?」


 この状況を変えたいがために口をついて出た言葉だった。





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