2‐5‐4 不死者
閉人が攫われてから少ししてのこと。
「ねえマリィ。ふと思ったのだけれど、これって別居する意味があんまりない気がするわ」
「ええ。ケダモノを姫様から隔離することでより高純度の地獄を作れます」
ジークマリアがエリリアの手を引いていた。
エリリアの手には可愛らしいバスケットが携えられている。
「閉人さん、大丈夫かしら」
「死んではいないと思います。仮に死んでいたとしても、姫様が朝食を作ってくださったとあれば泣いて蘇って来るでしょう」
「よく分からないけど、壮絶だわ」
二人はいつもの調子で並び歩いていたが、
「む?」
小屋の前にはジークマリアの聖鎧『シャイニング』がバラバラの状態で放置されている。
閉人の脱いだ上着も井戸の縁に乗っているだけだ。
「閉人め、散らかしたまま何処へ行った」
散らかしっぱなしの子供に腹を立てているような調子だが、
「ねぇマリィ。閉人さん、中にもいないし服や武器も置いたままよ?」
一足先に小屋を覗いたエリリアの言葉に、何か嫌なものを感じた。
「まさか」
散らばったシャイニングのパーツを解き慣れたパズルのように組み合わせる。
「……足りない」
十三対のパーツの内、肩当てと腕の合間を防御する小パーツが片方、何処を探しても見つからなかったのだ。
†×†×†×†×†×†×†
「起きろ」
「うっ……」
突如電源を差し込まれたテレビのように、閉人の意識はパッと光を取り戻した。
首筋に突き刺さっていた肉の紐が引き抜かれたため、身体が自由に動く。
「ここは、試練の……?」
そこはもう見慣れてしまった森の最奥部。
対ジークマリアの試練が行われている森の聖域だった。
見れば、森の『根』と繋がる幼木からエルフラウ=アレクセイエフが顔を出していた。
「せわしないのですね。もう少しでベーチェルも帰ってくるのに」
その言葉に、閉人を攫って来た鉄仮面の男が首を横に振った。
「昔話をするために来たわけではない。貴女に会っておいたのも、『調整』に必要だからそうしていただけだ」
「ツレないのね」
「そもそも、本来ならウルティモアの判断の方が正しい。貴女は所詮『先生』の仮面を被った森そのものだ」
「でも、『貴女』とか『先生』とか、昔のように呼んでくれるのね」
「『先生』の仮面には敬意を払う。墓に手を合わせるのと同じだ」
「あら、そう。私が貴方に甘いのも、そのせいかしらね」
微笑むと、エルフラウは煙のように消えてしまった。
「……」
彷徨う鎧はゆっくりと閉人の方を振り返る。
鉄仮面の奥の表情がどうなっているか、読み取ることはできない。
閉人は右肘から先を骨の刃に変形させていた。
咄嗟のことだったのでカンダタは無い。
それに対して、『彷徨う鎧』は完全武装だった。
鉄仮面に革の鎧を纏い、腰には日本刀のような誂えの剣が一振り。
それらを留めるベルトには短剣や魔道具らしき装備が幾つも括りつけられている。
(同じ不死者だが、装備は断然だし何か知らない魔術を使いやがる。こりゃ相当不利だな?)
そう思った矢先、彷徨う鎧は口を開く。
「俺は不死者『彷徨う鎧』と名乗る者だ」
「不死者……」
大森林に入った矢先にウルティモアが閉人を捕えたのは、不死者と思しき者がエルフの秘宝『階を跨ぐ杖』を盗み出したからだという。
「そうか、てめぇが杖泥棒か」
「そうだ。良い時間稼ぎになった、感謝する」
「けっ、よくもノコノコ出てきやがったな。ドラクエみてぇな名前しやがって」
「ドラクエからはパクってない」
「本当かよ」
どうやら、同年代の地球生まれの不死者らしい。
(いや、やっぱドラクエのパクリだろ絶対)
閉人はそう思いながら刃を構えようとしたが、彷徨う鎧が先んじた。
「お前は弱すぎる」
彷徨う鎧はビシっと閉人を指さした。
「知ってるが???」
閉人は開き直った。
ジークマリアに虐待されたばかりだから、弱さなんか身に染みている。
だが、彷徨う鎧にとっては不十分甚だしいようだ。
「認識が甘すぎる。強さとは『運命を変えられるか』だ。お前はまだ運命を自分の力で切り開いていない、ラースリーの街で『爆殺』を殺ったのが自分の力だとでも?」
「思ってねぇよ。『死神』野郎のおぜん立てだ」
「だったらフェザーンの戦いはどうだ? あれは全てボリ=ウムの命を使ったおぜん立てにお前たちが乗っただけだ」
「……待て、何でそんな事を知っていやがる?」
「本人に聞いたからだ。死ぬ前のボリ=ウムから時空魔術『
「なに?」
「俺はボリ=ウムの『予言』でお前たちのことを一から十まで知っているということだ」
彷徨う鎧は息を吐いた。
閉人よりも一回り高い所から、苛立ち混じりの視線が注がれる。
「あれでも若い頃はいい女だった。耄碌してなければイヴィルカインを殺る程度に命は使わなかっただろうに」
「何だと……っ?」
状況に流されていた閉人だったが、聞き捨てならないと鉄仮面の不死者を睨み付ける。
「決めつけるような言い方しやがって、てめえは婆さんの何だ!?」
「元、夫だ」
「えぇっ!?」
敵意剥き出しだった閉人も流石に驚いた。
「夫ォッ!? クシテツさんのご先祖!?」
「生憎、違う。ああ見えて恋多き女ってやつでな、里の外に俺以外で十三人の夫がいた。奴が大僧正になる時にハガキが来てな、一方的に離婚通知をもらった」
「えぇ……」
ボリ=ウムの知られざる過去に閉人は唖然とした。
「奴はお前のせいで死んだ。お前たちが弱いからボリ=ウムはそういう未来を選択せざるを得なかった」
「……」
閉人は刃になっていない方の拳を握りしめた。
少なくとも部外者が好き勝手を言ってるわけではないことは分かった。
「……お前はどうして婆さんを助けに来なかった?」
「ボリ=ウムがそう望んだからだ」
鉄仮面が、僅かに上へ向いた。
「奴の編み出した『
「だから見捨てたってのかよ?」
「そんなお子様な関係じゃなかったんだよ、アイツとは」
鉄仮面の下で低く笑う声がした。
その響きからは、歳も顔立ちも全く予想が付かない。
この鉄仮面こそがこの男の面の皮なのではないかとすら思わされる。
「こんなことを話しに来たわけではない。本題だ」
凛と鈴が鳴るような音がした。
『彷徨う鎧』が腰の刀を抜き放った鍔音。
「お前には強くなってもらう。少しでも強くしておく」
「はぁ? どういう義理だよ?」
「問答無用」
彷徨う鎧は自らの手首を刀の刃で撫でた。
刃に走った波紋に沿って血の赤が広がり、奇妙な刃鳴りの音が周囲に響き渡る。
「ランク五、不死紅流魔剣術『
その刀を正面に構えて、彷徨う鎧は呟く。
「血液が俺たちの一撃必殺の武器だ。最もスマートに相手の身体に侵入し、コンピュータウィルスのように相手の身体に不全を起こさせる毒だ」
地球の懐かしい単語を交えつつ、彷徨う鎧は続ける
「やってみろ」
「ああ」
閉人の展開する骨の刃に亀裂が走る。
ミリ以下の細やかなヒビから、じわじわと血が染み出す。
骨の中を通る血管を滅茶苦茶にして絞っている。
「相変わらず痛ってぇな……」
閉人は刃を振るって彷徨う鎧に向かっていくが、
「止まれ」
彷徨う鎧は剣を構えたまま言った。
戦り合うと思っていた閉人は肩透かしを食らう。
「冷やかしかよ」
「いや、もう斬った。勝負アリだ」
「は?」
閉人が自分の身体を見ると、
「あら?」
袈裟切り。
腰から肩まで斜めに浅く斬り上げられた跡があり、閉人の認識に遅れて血が噴き出した。
「ぐぇ……ッ! 何、しやがった?」
「斬ったと言った。刀ではなく、『血』でな」
彷徨う鎧が閉人に手を向けると、その傷口から血がつつと流れ出す。
不死者の復元力に引かれ、血は彷徨う鎧の方へと宙を舞い戻る。
「体力、筋力、瞬発力、確かに地球でノンキに生きてきた俺たち『不死者』にとって、こっちの奴らの身体的な強さは脅威だ。勝つには不死者の武器を磨き、研ぎ澄ますしかない」
戻ってきた血をひも状に弄びながら彷徨う鎧は続ける。
「不死者の戦いは兎に角『血』だ。如何に相手の意識の裏をかいて相手の体内に血を流しこむか、それだけに特化していると言っていい」
彷徨う鎧が紐を振るう。
「ランク3、不死紅流魔剣無刀術『
紐が突如薄く伸び、閉人の頬に鋭く小さな傷を付けた。
「血こそが不死者の本質だ。不死者にとって肉体は『血』を調製し栄養を与える臓器でしかない。脳と血だけあれば、不死者は戦い続けることが出来る」
「け、その兜はそういう事かよ」
「そう思ってもらっていい」
「……チッ」
閉人は塞がっていく胴の傷を見やりながら舌を打つ。
(こいつ、強さ以前にやりづれぇ……知識も魔術も、俺の上位互換じゃねえか)
状況に流されていたものの、閉人はこの男の危険性に思考を寄せた。
敵か、味方か?
『計画』とか言ってたな、俺たちの旅に関係が?
婆さんやエルフを知ってるなら他の種族にもコネ?
どうやって勝つ?
どうやって殺す?
何で俺なんかにちょっかい出すんだ?
俺はどうすべきだ?
「飛ぶ鳥は空の形を見ることができない。かつて、ボリ=ウムが『翼の教え』の経典に加えた言葉だ」
彷徨う鎧は閉人の心を見透かしたかのように言い放った。
「物語の渦中にある人間はその渦を見ることができない。バードマンなりにその事を考えて作った言葉だ。ちっぽけなお前たちは俺たちの操る『運命』を知覚することも出来ずに操られて流されていくだけだ」
「……何が言いてぇんだよ」
「羨ましい。俺にはもう……」
「?」
閉人は僅かに眉をしかめた。
今まではどこか暗号だらけの会話をしていた彷徨う鎧だったが、『羨ましい』という言葉にだけは、何か『感情』が乗っている気がした。
仮面の奥に佇む双眸がドロリと光沢を放つ。
閉人を真っ直ぐ捉える瞳に、暗い影が差した。
(来るッ!)
背筋を刺すような殺気に、閉人は斜め後ろに飛び退いた。
閉人の顔の横をひゅんと虚空を赤い何かが通過する。
(血か!?)
紅く薄い、ブルーレイディスクのような鋭い輪。
復元力の応用で高速回転しているのか、地面に接すると小気味良い音で大地を裂いた。
「少しは動けるか」
彷徨う鎧はもう一度腰の剣に手をやる。
「『紅蓮硝濡刀(クリムゾン・ブレイド)』」
彷徨う鎧の腕から血が染み出し、刀の鯉口へと吸い込まれていく。
(さっきのか!? や、ヤバい!)
あれはタネも仕掛けも分からない。
「駄目だ、今手を出したら……なぁに手をこまねいている! やれ!」
ねじれた事を喚きながら、彷徨う鎧が閉人に迫る。
その時であった。
「おい、どけ!」
「避けて!」
パカラッ、パカラッ
乙女二人を背に乗せた精霊馬フィガロが森を駆け抜け、そして……
「ホブォッ!?」
彷徨う鎧の鉄仮面に蹄がかち当たる。
巨大な火花を咲かせ、彷徨う鎧の首は鉄仮面を被ったまま遥か彼方へと飛んで行った。
『断片のグリモア』
その59:不死紅流魔剣術について
彷徨う鎧が用いた『不死紅流魔剣術』。
そんな名前の剣術は存在しない、
例えばリィリィに聞いても、
「そんなの聞いたことないネ。アタシが聞いたことないんだかラもぐりに間違いないネ」
と、相手にもされないだろう。
剣の世界には独自のネットワークがある。
どこそこの誰が強い、才能のある若者がいる、アイツが斬られた。
商人の護衛で稼ぐ剣士や剣の腕を磨くために放浪する旅人らが情報伝達役を担い、勝った負けた強い弱いの番付が常に更新され続けている。
そこに載っていないなら、存在しないも一緒なのである。
存在しないはずの剣術を誰かが使ったとすれば、
一度も実戦に持ち出されていない実験剣術か、
そもそも存在しないハッタリか、
あるいは、見た者が観戦者を含めて全員死んでいる暗殺者の剣術か、
そのどれかでしかありえないだろう。
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