2‐5‐3 騎士と小悪党の迷走

 試練十一日目。

 すなわち閉人がゾンビ作戦に失敗した翌日の朝のことである。


「ふわぁ……」


 エリリアが欠伸をかみ殺しながら寝室から出てくると、誰かの気配を感じ取る。


(あら、あらあら、閉人さん……?)


 エリリアがチラと覗くと、閉人は体育座りをしていた。

 リビングとして使っている部屋の隅っこ、最も朝日の当たらない場所で。


「勝てない、勝てない。何でだ……? いや、そもそも……」


 床板に爪を立て、木目に沿ってカリカリ引っ掻きながらブツブツ呟いている。

 少しヤバめだったが、エリリアは気にしなかった。


「閉人さん、おはようございます。ご機嫌いかがですか?」

「大丈夫です」


 恐らく昨夜は寝ていないのだろう。

 目の下には隈が浮かんでおり、どことなく精気に欠ける。

 もう一度、「大丈夫」と繰り返した。


「大丈夫です。ただ、アイツに勝つ作戦が思いつかないだけで」


 閉人は僅かに視線を落とした。

 つまり、大丈夫ではないということである。


(閉人さん、あの頃のマリィにちょっと似てるかも?)


 学園に来たばかりの頃、手柄を立てようと躍起になっていたジークマリアに似ていたのだ。

 焦り、無力感、空回り。

 当時のエリリアは新しい世界に慣れるのに精一杯でどうしたらよいのか分からなかったが、今なら何が必要かが分かる。


「分かりました。では、今日は試練をお休みにしましょう」

「え?」

「何事にも休息日が必要です。今日をお休みして、明日は一緒にお昼ご飯を食べに行きましょう」

「え? 二日も休みに? でも俺は考えなきゃ……」

「これは主命です。絶対命令です♪」

「うっ!」


 閉人の身体にピシリと電撃が走る。

 もう誰も憶えていないかもしれないが、閉人はエリリアの『守護者』として召喚された。

 その際に二人の間には完全なる主従契約が結ばれ、閉人はエリリアに逆らう事が出来ないのである。


「わ、分かりました姫さん。い、行ってらっしゃい」

「はい。では行ってきます」


 エリリアは閉人にひらりと手を振ると、小屋の外へと躍り出た。


「さて、マリィの方はどうかしら」


 エリリアは定期的にジークマリアの小屋を覗きに行っている。

 慣れつつある道のりをすいすいと越え、大樹により沿うように作られた小屋を覗き込む。


「……あら?」


 そこでは、ジークマリアが少しだけ予想外なことをしていた。


「三千七百八、三千七百九、三千七百十、三千七百十一……」


 逆立ちをしたジークマリアは軒先で滝のような汗を流しながら腕を屈伸している。

 引き締まった体が縦一直線に上下し、その度にうだる様な熱気と汗を放つ。


「あの、マリィ……?」

「おっと姫様、おはようございます。こんな格好で失礼しました」


 逆さまになった身体を反転させ、ジークマリアは一礼した。


「おはよう、マリィ。鍛錬熱心ね」

「ええ。閉人でも私を倒せるように、自分の筋肉を破壊していました」

「破壊?」

「つまりは身体を壊すほどの過度な鍛錬を行ったということです。一晩自分をいじめ尽くせば、流石に次の日は気力体力大幅に減退しますから」

「え、『一晩』?」

「一晩です。眠いですが、騎士として父上から訓練を受けた時は五日間飲まず食わず寝ずで森の中を這いずり回りましたから、まだまだ序盤です。『閉人を勝たせる』にはこれぐらいはしなくては」

「……」


 疲労が浮いた笑顔に、エリリアは締め付けられる思いがした。

 さっき閉人の時には予感だけだったものが、今は確信に変わっている。


 何か、間違ったことに大切な仲間を付き合わせてしまっている、という実感だ。

 そして、その間違いは自分しか正せないのだ。


(そうよ、二人にこんな辛い思いをさせることが試練のはずがない)


 試練であることは、それ自体に意味がある。

 雑なようで、これは大陸の命運を分ける試練だ。

 相手が先代姫巫女一行からジークマリアに変わった事にも、単なる魔術的都合だけではない意味があるはずなのだ。


「ねぇ、マリィ。今日はお休みにしましょう? もし疲れが取れなければ、明日だって、明後日だってお休みにするわ」

「姫様……? ああなるほど、閉人の体力が回復するまで試練は控えるという事ですね。でしたら私も自分の体力削りに専念できて……」

「そうじゃなくて、マリィも休むの。私は、二人をボロボロにして試練に挑むなんて、間違っていると気付いたの」

「ですが姫様。こと戦いに置いては私と閉人にお任せいただければ間違いはありません」


 確かに、ジークマリアの言っている事は間違っていない。

 問題は、この試練が実のところ『戦いによる戦いのための戦いの試練』なのかどうか、なのだ。


「マリィ、少し考える時間をちょうだい」


 エリリアはジークマリアの汗だくの身体に手を回した。


「ひ、姫様ッ!? 汗で汚いですから」

「マリィに汚い所は無いわ」

「あ り ま す」


 ジークマリアはするりとエリリアの手から逃れると、数歩退いた。


「取り敢えず水浴びをしてきますから、姫様も御手を清めてください。汚いですから」

「汚くないわ」

「汚いですッ!」


 思わず大きな声で自分の汚さを主張すると、小屋から着替えを持ってどこかへ走って行った。

 その背に、エリリアは声をかける。


「マリィ! 今日はお休みにして、明日お昼ご飯を一緒に食べましょう!」


 その背に手を振っていると、ジークマリアが僅かに頷くのが見えた。


(うん、何だかいい感じ。きっとこれで上手くいくはず)


 エリリアは確信した。



 †×†×†×†×†×†×†



 はず、だったのだが。

 大森林の美味しい外来料理店にて。


「あぁん? 何でテメェがここにいんだよォ?」

「それはこちらの台詞だ。貴様、姫様に誘われて来たのか?」

「当ったり前だろ!」

「私もだ。まさか貴様まで誘われているとは微塵も思わなかったがな」

「ちっ」

「ふん」


 二人はひとしきり睨み合った後、それぞれ顔を背けた。

 エリリアはそれぞれに互いの相手が来ることを伝えていなかったが、まさかここまで険悪になるとは思わなかったのだ。


「あの、二人共?」


 喧嘩させるために連れてきたわけじゃないエリリアは、二人の間に入ろうとするが、


「姫さん、何で『敵』を連れてきちゃったんですか、『敵』を」

「姫様、どうしてこんな情けないのを連れて来てしまったのですか」


 二人はエリリアをテコにして相手を詰る。


「何だとぉ?」

「貴様こそ何だその物言いは」


 もはや隙あらば互いに殺し合いを始めそうな雰囲気であった。

 実際に何日も殺し合ったせいか、二人は何かあれば互いに急所を攻撃できるよう力を漲らせている。


(何だか二人共、変にカッカしてるわね)


 もしかしたら何らかの魔術によって精神操作を受けているのかもしれない。

 などとも思ったが、エーテルを見る限りではそうでないらしい。


 ただ単に二人には予想以上のプレッシャーがかかっていたという事だ。


「ねぇ二人共、頼んだピザが来ましたよ。食べましょう」


 そうこう言っている内に、テーブルに直径四十センチほどの大ピザが運ばれてきた。

 イモとチーズの具にバジルソース(のようなもの)をかけられた代物だ。


「ああ、おれが切りますよ」


 閉人がピザ用のナイフに手を伸ばそうとした時、


「む」


 僅かなタイミングの差で、ジークマリアが先にナイフを手に取っていた。

 それを見て、閉人は一瞬目を瞠った後、背けた。


「……何だ貴様、切り分けたいのか?」

「ちげーよ。たださぁ」

「ただ、何だ?」


 閉人は二人の顔をそれぞれチラと見た。


「馬鹿なことを言っている、とは思わないでくれよ」


 僅かに目を落とした。


「正直、ジークマリアなんか簡単に倒せると思ってたんすよ」

「何だと?」

「そう睨むなよ。甘かったんだ。いや、根本的に間違っていた」

「何が言いたい?」

「俺はお前に勝てないってことさ」


 閉人は悪びれるように口だけで笑んだ。


「閉人、貴様……諦めるつもりか?」

「諦めてねぇ。だけど、問題として『勝てない』んだ。案外妙案が浮かんだりするかもしれないけどその頃には同じことの繰り返しで皆ボロボロだぜ、きっと」

「貴様が弱すぎるのが悪い」

「ああ、そうだ、そうなんだよ」


 閉人は自嘲した。

 いつもの閉人ならば、


「うるせぇ! テメェが強すぎるのが百パー悪いに決まってんだろ! ゴリラジャングルの理屈が人間様の社会で通用すると思うなァッ!」


 とでも言うはずだ。


「へへ、張り合おうと思ったけど、力ぁ抜けちまったぜ。ってかピザもう切れてんだからさ、まずは食いましょうや。ね、姫さん」

「え、ええ」


 三人はそれぞれピザの八分の一を口にする。


「あら、美味しい」

「ですな」

「はっひふぃふぁほひほーほひははん」

「飲みこんでから話せ、はしたない」


 閉人はピザを水で腹に流し込んだ。


「さっきピザを切ろうとしたじゃん? で、そこのナイフを取る時にお前の方が早かった。俺が思うにそれ、それなんだよ」


 閉人の言葉に、二人は首をかしげる。


「どういう意味だ?」

「だからさ、何かをしようと思った時に身体が動くまでの早さが違うってこと。例えばさっき、俺は自分で切ると言っときながら「どうせジークマリアが切るだろ」とか「姫さん、もしかして切りたがったりするかなぁ」とか考えている間にお前に先を越されたわけだ」

「それは貴様が雑念だらけなのが悪いだろう」

「それはそうなんだけど! それ以前に反射神経とか判断力とか、そういう生物としての性能というか、心構えが違うと思うんだよ。だから勝てない」


 閉人はもう一きれピザを食みながら肩を落とす。

 ジークマリアは、ふんと息を吐く。


「何だ、自身の欠点を理解しているではないか。あとはそれを克服すればよいだけだろう」

「ん?」

「だから、『克服』だ。生物たる者、先天的欠点を知恵と努力でねじ伏せてこそだろうが」


 当たり前のように語るジークマリアに、閉人は目を剥いた。


「そんな簡単にんなこと出来ると思ってんのかよ」

「? 逆に問うが、貴様は簡単じゃないことには挑まないのか。竜(ドラゴン)のブレスにもひるまなかった貴様が、か? 『七つの殺し方(クレイジーセブン)』の一人だってもう仕留めているのに?」


 またも当たり前のように語る。

 ジークマリアの期待は少し嬉しくもあったが、その十倍重く感じられた。


「……そんなの買い被りだ。俺は何度も心が折れて駄目になった奴だ。今回も折れそうだ」

「だったら何度でも立ち上がればいい」

「素で漫画の主人公みたいことを言うなよなぁ。お前みたいにはできないんだって」

「だったら貴様はさしずめ成長の無い小悪党といったところか」

「そんなもんだろ」

「だったら、『小悪党』に活を入れ正しき道に導くのが『主人公』、いや『騎士』の仕事となる訳だ」


 ジークマリアはピザを食むと、閉人を指さした。


「閉人、私が借りてる小屋で合宿だ」

「え、やだ」

「嫌でもやるぞ」

「な、何で?」

「自分を変えたくても変えられない、そんな貴様の悲劇に私は浅く同情したのだ。と言うより、貴様の精神の弱さに驚いたと言うべきか」


 ジークマリアは言い切ると、周囲に僅かに目を配った、


「ビエロッチ、姫様の世話係を申し付ける。よく務めるように」

「え?」


 エリリアと閉人が辺りを見回すと、テーブルの下から全裸のビエロッチが這い出てきた。


「な、何で分かったんスか?」

「ピザを八枚に切って我々が二枚ずつ食べた。だのに、ピザがもう残っていないのは何故だ? テーブルの下からその匂いがするのも変だ」


 ジークマリアの刺すような視線に、ビエロッチは誤魔化しの笑顔を浮かべた。


「いやー、お三方が心配でつい来ちゃったんスけど、まだ何も食べてなくてッスね~」

「それは別にいい」


 ジークマリアは椅子に立てかけておいた魔槍アンブラルに手をかけた。


「さっきまで貴様のことなど忘れていた。いや、貴様の存在感が急に薄れたとでも思うべきか。恐らく、貴様の技は『認識』を操る」

「……だとしたら、どうするッスか?」


 ビエロッチは僅かに目の色を変えた。


「どういうことでしょう?」

「さあ?」


 閉人とエリリアは目を見合わせた。


「措置を取る。『闇部侍臣シェイドマン』」


 瞬間ジークマリアの影が伸びた。

 ビエロッチの影にスッと重なると


「ぐ、げぇっ!?」


 ビエロッチは突然喉を手で押さえ、苦しみ始めた。


「な、何を……ッ?」

「口を開けて見ろ」

「うっ……」


 ビエロッチが口を開くと、そこから唾液塗れの小さな影小人が飛び出した。


「貴様の影に分身を仕込んだ。変な真似をしたり『私が誰にこれを仕込んだか忘れた場合に』発動し、対象の身体の中で文字通り『暴れ回る』」

「ひぇ」

「私はこれから閉人を叩き直す。姫様によく仕えろ。姫様満足度が低かった場合も、『やる』」

「わ、分かったッス、分かりましたッスから!」


 ビエロッチは降参すると、影の小人がビエロッチの喉の奥に帰っていく。

 その横で閉人は、


(え、俺こんな奴に鍛えられるの?)


「ふむ、何だか最初からこうすべきだった気がしますな、姫様」

「ふふ、二人共仲良くね」

「もちろんですとも。久し振りに『教育』が出来てうれしく思います」


 ジークマリアは閉人の肩に手を置いた。

 そして、実ににこやかな顔で、


「死ぬ気でやろう、死なないから」



 と、言ってのけたのであった。




『断片のグリモア』

 その57:ピザとエルフの食文化について



 姫巫女一行(とビエロッチ)が食べたピザについて、エルフ由来の食材はソースに使われたバジル(のようなハーブ)と具のイモ(のような根菜)ぐらいなものであった。

 エルフの食事における二大炭水化物源は小麦粉とイモである。

 このうちイモは大森林ジュサプブロスの北方で栽培されているもので自給しているのに対し、小麦粉は平野部からの輸入に頼っている。

 同じくチーズなどの乳製品も土地的に近い位置の個人牧場と契約したり、森に訪れる商人から買い込んだりする形で森に取り入れている。

 エルフは基本的に森の外から入ってくるものを下に見て嫌う傾向にあるが、こと食材に関してはその限りではない。エルフの人生は長い。その中で同じ物ばかり食べているのも時折辛くなるらしく、百年ほど前からは食材に関してだけは規制が緩くなって森内部にも先程のように外来食材を用いた店が展開を許可されているのだ。

 ちなみにエルフのピザにトマトが乗っていないのは、トマトの一大生産者であるドワーフにエルフと商売をする気がまるで無いからである。互いに互いの生き方に興味が無いため、そもそも野菜を森で売ろうと発想すらしない。


 結局のところ、エルフが森を開かない限りは彼らが大陸一のグルメになる日は遠いと言っていいだろう。


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