2‐4‐4 エル先生と第二の試練

「『び』……びから始まる名前だった気がする……び、備長炭?」

「『び』か。むぅ……ビスケット、か?」

「『び』……ビッグバン!」

「……琵琶法師?」

「誰だそれは」

「知らねぇのかよ、平家物語のジジイだっての」

「知る訳ないだろうが」

「んー、ピンときませんね……」


 三人は滞在している小屋でうんうん唸っていた。


 何かが思い出せない。

 「び」で始まる誰かの名前。


「もう少しで出てきそうなんだよなぁ。もう上唇の先ぐらいまで出て来てるのに」


 大抵こういうことは思い違いだったり誰かに聞いてスッキリするものだが、三人が同時に、かつ丸一日も分からずに悩んでいたらそれは異常事態である。


「まさか一日、こんな事に悩んで棒に振るとは」

「気を落とさないでマリィ、こういう日も素敵だわ。ね、ご飯にしましょう」

「じゃあ俺、材料買ってきますよ。鍋にしましょう、鍋!」

「いいですね、お鍋!」

「鍋!」

「鍋!」


 盛り上がる閉人とエリリアに根負けし、ジークマリアは息を吐いた。


「……やむをえませんな。何もしていないのに疲れた気分です。食べましょう」

「へいへい、じゃあひとっ走り行ってくるから」


 閉人はそう言って小屋の戸に手をかけようとした。


「っス~」


 しかし、戸は一瞬早く外から開かれた。

 戸口に立つのは全裸のビエロッチ。

 何故服を着ていないのだ。


「あーっ! 琵琶法師の姐さん!」

「ビスケットめ!」

「ビッグバンさん!」


 三人はバグった脳で同時に声をあげた。

 ビエロッチを認識できている時点で、彼女に対する記憶は復活している。


「ど、どうもッス」


 ビエロッチは自分の術の凄まじさにあきれつつも、しれっと一行の輪に戻るのであった。




「でかしたぞビエロッチ。まさか貴様が族長の家から食材をくすねてくるとはな」


 グツグツと煮える鍋に箸をつけながらジークマリアはビエロッチをちらと見た。


「いやぁ、案内人を務めるとか言っといてあの有様でしたッスから。埋め合わせッス」

「ん~♪ お野菜がとっても美味しいですね、ビエロッチさん」

「そーなんすよ。お兄(ウルティモア)が趣味で家庭菜園やってて、味はエルフの里でもピカイチっスから。許可は取ってあるんで(嘘)好きに食べちゃってくださいッス」

「姐さん流石!」

「いやーそれほどでもないっス あっはっはっはっは」


 四人で鍋を突っつきながら夜は更けていく。

 その最後に至るまで、果たしてビエロッチが全裸でいることに突っ込む者はいなかった。



 しかし、そうしてのほほんとしていられるのもそれ限りであった。

 第二の継承が始まる。



 †×†×†×†×†×†×†



 流石のビエロッチも霊廟に入るにあたっては服を着た。


「覚悟は出来ているようだな」


 小屋の前でアルハザドが待ち構えていた。

 既に幾日かを隔ててはいるが、ビエロッチに撲られた傷はまだ顔に痛々しく残されている。


「痛かったッスよね? ごめんね、アル」

「俺は貴様を殺そうとしたんだ。この程度、何でもない」

「そう……強くなったんッスね」


 ビエロッチはアルハザドの頭を撫でようとするが、彼はその手を振り払う。


「……ウル兄貴の命だ。今は貴様を殺さない。だが、森を捨て兄貴に全部押し付けて逃げた貴様を、俺はもう姉だとは思っていない」


 アルハザドはビエロッチの手を振り払うと、一行に冷ややかな視線を向けた。


「ご一行、これから進み入るのはエルフの聖域、くれぐれも粗相などなきよう」


 アルハザドの言葉に、ジークマリアはチラと閉人を見た。


「閉人、立小便はするなよ」

「するワケないだろ。母親か!」


 閉人は小さく叫んだ。


「でもマリィの言う通りです。皆さんおトイレは済ませましたか?」

「もちろんです姫様」

「いや姫さん、小学生じゃないんですから」

「す、すいませんッス。自分、ちょっと行って来てもいいッスか?」


 手をあげたビエロッチに即座にジークマリアが罵声を浴びせかけた。


「貴様は幼児かッ! ようやく服を着たと思ったら貴様はァッ!」

「ご、ごめんなさいッス~!」


 あまりにしょうもないやり取りに、アルハザドは眉にシワを寄せた。


「……早く行きますよ、ご一行」


 呆れ気味に呟くと、小学生の遠足の如き呑気な一行を聖地へと導くのであった。


 曲がりくねった森に路らしき道は無い。

 自然の森だが、獣道を作る獣も通行するエルフもほとんどいないからだ。

 生命が住まうための森ではなく、森であるための森なのだ。


「私を見失わないようにお願いします。森を通過するための手順を知るのは私のみ。はぐれれば永遠に木々の間を彷徨う事になります故」


 アルハザドは、時に来た方向に引き返すような道のりを経ながら一行を引率する。

 ほぼ遠足を引率する先生である。


「あと、早めに道順を憶えてもらえると助かります。『毎日来る』ことになるでしょうから。百年前もそうだった」

「?」


 そんな話をしている内に、


「着きました」


 薄暗い木々のトンネルを抜けると、暖かな陽の光に照らされた小さな広場に出た。

 生い茂る森の中でその広場だけは土が見えており、通ると足の裏に踏みしめられた土の固い感触がある。

 この広場だけは何かが異質であった。

 奥に佇む霊廟……であるはずの祠の方が、まだどこか普通の感がある。

 犬小屋を大きくして扉を付けたかのようなもので、霊廟と呼ぶにはあまりに簡素だ。。


「あの祠は『根』と繋がった森の中枢。姫巫女殿にはそこから森に、我らエルフの祖霊へと語りかけていただく。さすれば継承のための『試練』が授けられよう」

「『試練』……」


 エリリアは両手を握りしめると、従者三人(うち一人は派遣社員)に振り向いた。


「行きますよ。三人とも、準備はよろしいですか?」

「もちろんです姫様」

「当ったり前ですよ姫さん!」

「す、すいませんッス。急にお腹が……っ!」

「貴様はもうグログロアに帰れ!」

「ぎゃふん!」


 エリリアは祠の戸を開く。

 そこには人の胸辺りほどの背をした小さな幼木が佇んでいた。

 生えてきて数年も経っていないように見えるが、祠の外装は数百年を経た古寺のように古びている。


 エリリアは畏る畏るその幹に触れ、祈りを捧げた。

 すると、風も吹いていないのに幼木がさらさらと揺れ始めた。


「どうかお応えください。先代巫女エルフラウ=アレクセイエフ様!」


 エリリアの言葉に反応するかのように森が、大地がざわめいた。

 正確には、幼木が繋がっている森全体の『根』が身じろぎしているのである。


「はーい」


 どこからともなく声がした、次の瞬間、


「よいしょっと」


 幼木から光の塊が飛び出し、宙で一回転するとエリリアの目の前に着地した。

 その姿はビエロッチに良く似ている。

 ただ、その姿はいくらか幼く、ビエロッチよりもおっとりしている印象があった。


「エル姉……」

「姉貴!」


 ビエロッチとアルハザドは思わず少女に駆け寄った。


「あら久し振り二人共。百年ぶり?」

「元気も元気っすよ! エル姉は?」

「死んでるよ~」

「ちょっ、姉貴そんな事言うなよ!」

「いやまあ、事実だしね」


 エルフラウ=アレクセイエフは小さな体で二人を纏めて抱きしめようとしたが、その腕は容易く二人をすり抜ける。


「そうだわ、もう精霊だからハグは無理だったわね」


 エルフラウは一人ごちると、


「んちゅっ♡」


 二人に向けて投げキッスをした。


「……姉貴、変わらないな」

「そうっスね」


 二人はしんみりと長姉の前に跪いた。

 それは祖霊に対する礼儀作法であるし、同時に慕う姉に対する自然な身体の動きだった。


「もう、二人ったら大袈裟だわ」


 エルフラウは微笑むと、二人の頭を撫でる素振りをした。

 それは、幼い頃からの癖だったのだろう。

 ビエロッチもアルハザドも心が安らいだ様子で目を閉じている。


「さて、一家感動の再会はこれくらいにして、と」


 エルフラウは姫巫女一行に歩み寄った。


「会うのを楽しみにしていたわ、エリリアちゃん。ごめんね、弟妹たちと百年ぶりに会ったからテンションが上がってしまったわ。先生失格~」

「先生……ですか?」

「そう。私、姫巫女になる前は森や都で先生をしていたの。『エル先生』って呼んでね」

「はい、エル先生!」


 エリリアはニコニコしながら応えた。


(……なんか似てるな、この人たち)


 ふわふわお姉さんという感じだ。

 どちらも閉人より年下の姿をしているが(エリリアは実際年下)、どこか独特の柔らかい雰囲気を纏っている。


「さて、ここまで来たという事はもちろん私の試練を受けるわよね?」

「はい、よろしくお願いします」

「良いお返事ね、エリリアちゃん」


 エル先生は嬉しそうに頷いた。

 確かに先生。それも小学校か幼稚園の先生のようだ。


「じゃあ、『試練』について説明するね。これから三人にはここで『戦って』もらいます」

「戦う……ですか? どなたとでしょう?」

「ふふふ、良い質問よ」


 エル先生は嬉しそうに手を打った。


「百年前、ここで同じ『試練』が行われたわ。もちろん挑戦したのは私と、私に仕えて共に旅をしてくれた愛する二人の従者。立ちふさがったのは、私たちの先代の一行。貴方たちにとっては先々代ね」

「では、今回は……?」

「もう分かっているわね。貴方たちの前に立ちふさがるのは『森の記憶』、私たち第十二代マグナ=グリモアの姫巫女一行よ!」


 エル先生は自らが出てきた幼木に手を添えた。


「さあいらっしゃい。かつての私たち、『あの頃の思い出』よ!」


 エル先生は意気揚々と宣言した。

 姫巫女一行はこれから起こるだろう出来事を思い浮かべ、覚悟する。

 エリリアは目を輝かせていた。

 ジークマリアは戦意を研ぎ澄ませていた。

 閉人はこれから始まる戦いに緊張してびりびりと武者震い(?)に震えていた。


「……ん?」


 しかし、十数秒待っても『それ』は来ない。


「あれ、ちょっと待っててね」


 エル先生は幼木の葉っぱを掴んでそこに話しかけた。


「あのぉ、『賢者』さま? 何で二人が出てこないんですか。私の生徒たちは?」


 すると、幼木のざわめきが言葉となって広場を包む。


「今回の試■で■■■れるは■■った■■タの■■■が■人、全く『■■』人■■■人、この森に■時に■■■ている。異■■ある。その■■情■を参照してしまうと森が警戒行■をとるかもしれない。よっ■■■方■■試■は中止する」


 聞き取りにくい言葉だった。

 文法は同じだが、使われている単語の発音が異なるらしく、聞こえる情報が欠落している。

 閉人の会話を補助する翻訳魔法についても同様であった。

 由来は誰にも分からなかったが、旧い言葉らしい。


 エル先生は同じ言葉で『賢者』に聞き返す。


「え、■■? ■■で■か? ちょ■と意味が分■りません。しか■■止なのですか?」

「そうだ。下手をすれば■や■巫■■■が及ぶ。試練■式を変■■る」


 幼木の隣からぐわっと何者かの手が生えた。

 驚く間もなく、その手は掌を一行に向け、指をワキワキ動かした。

 恐らくは『賢者』と呼ばれた存在のものだろう。


「『この■式』なら難■度は少し■■るが、■正の範■内だろう、■理の『試■』をそこの■■■に担当し■■らうことにしよう」

「え、たっ■■人で難易■が上■■んですか?」

「そうだ。どうやら姫巫■■勝■と■劣■ぬ重■■■を持っているらしい。やってくれ」

「はーい」


 会話が打ち切られて3、4秒経ったかと思う瞬間、エル先生が手を一行に向けた。

 エル先生の手から無数の魔力の糸が伸び、一行へと向けて宙を這う。


「姫様!」

「姫さん!」


 ジークマリアがエリリアを庇い、その前から閉人が二人を庇った。

 糸は閉人の身体をすり抜け、ジークマリアの四肢に絡みつく。


「何っ!」


 糸の狙いはエリリアではなく、最初からジークマリアだったのだ。


「ごめんね、三人とも。試練は諸事情により内容を変更するわ。『貴方たちの中で最も強い者を、残りの二人で倒す』こと。それが、皆の為すべき試練」

「ぐっ」


 糸に引かれてジークマリアの身体がふわりと持ち上げられ、祠の前に立った。


「体が、勝手に……」


 何かに抗うように言葉を紡ぎながら、背に負った魔槍アンブラルを構える。

 その動作に無駄は無く、力が漲っている。

 いつものジークマリアの動きだと、閉人もエリリアもすぐに分かった。

 無理矢理操るゼペットの『斑糸蜘蛛謀殺人形アラゴグノフォビア』とは根本から違う術らしい。


「さあ、皆準備はいい?」


 あくまでも『試練』だと分かっているからか、それとも凄く呑気なのか。

 周りの剣呑な雰囲気から浮いてのほほんとしている。



 観戦に移ろうとしていたビエロッチとアルハザドはその様子を見物している。


「エル姉、相変わらずッスねぇ」

「だが、こんなのが試練になるのか? 姫巫女と不死者相手に対して魔術も使えない女騎士一人とは、相手ボスに成り得るのかも怪しい」

「ふっふっふ、分かってないっスね、アル」

「何だと?」



 閉人は魔銃カンダタを構えた。


「姫さん、聞きました? ジークマリアを倒せば終わりですってよ。イルーダンとかアラザールと比べてショボくないっすか? 俺一人で十分っすよこんなの」

「え、ええ」


 エリリアは心配そうに閉人の方を見るが、閉人は一ミリも自分が負けると思っていないようだ。


「いっつもテメェにシバき倒されてる分、遠慮なく仕返ししてやるぜ。げっへっへっ」


 下卑た笑いを浮かべつつ、閉人はカンダタの引き金を引いた。


「ランク4、血闘魔術『瀉弾血銃ブラッド・ブリード』!」


 カンダタから粘性を持った血の弾丸が放たれた。

 これが当たれば、武芸者であるジークマリアの動きは大幅に削がれる……


 はずだった。


「遅い」


 次の瞬間、閉人の顔面が吹き飛んだ。

 いつの間にか閉人に接近していたジークマリアが下からアッパーを喰らわせ、肉を抉っていたのだ。


 周囲にいたエリリア、アルハザド、ビエロッチにエル先生。

 その場にいた誰もが、ジークマリアの動きを見切る事が出来なかった。

 彼女が動いたとも思っていなかった。



「わ、わー……ジークマリアちゃんはもしかして『守るものが無い方が強い』子なのかしら」


 今までとはまた一味違う異様な動きを見せる彼女を、エル先生はそう評した。

 その評価に一番驚いたのは、他でもないジークマリアだ。


「これが……私?」


 ジークマリアは今の自分を反芻する。

 あまりに身体が軽く、鎧の重みを一切感じなかった。

 今までの鍛錬と全く違う、それでいて最適の動きと異常な力で閉人の顔を潰した。


(勝手に動いたとはいえ……強すぎる)


 ジークマリアは自身の予想外な戦闘力に、ただただ驚いていた。



 その様を眺めながら口元を歪め、ビエロッチはアルハザドに囁いた。


「実はね、アル。ジブンがこうしてここまで来たのは不死者の閉人っちでも姫巫女のエリリアっちでもなくてね、『女騎士』ジークマリア=ギナイツがどこまでやれるかを見張る為なんスよ」

「……『どこまでやれるか』だと? 何を企んでいる」

「森には迷惑をかけないッスよ。まだまだ先の話っスから。あ、今の他には秘密ね」

「……分かっている」



「はい、今日の試練は終わり! 一日一回勝負、何で負けたか明日まで考えといてね。そうしたら何かがきっと見えてくるはずよ!」


 エル先生はどこかで聞いたような文言で試練を締めくくった。


 閉人の完全敗北。


 ジークマリアの身体に働く強制力が解け、エリリアのもとに駆け寄る。


 彼女の主人は閉人を介抱していた。

 顔を潰されて気絶しかけているのか、手足をバタバタさせている。


「……」


 ジークマリアはジッと自分の手を見る。

 この手が閉人を潰した。下手をすれば、エリリアをも手にかけてしまうかもしれない。


「分からない。『守るものが無い方が強い』? 分からない、私は一体何を……」



 この試練は図らずも多くの意味合いを持つ事となる。

 後の■■がそ■■鱗を■■る試練。

 ■■■閉■が■め■■■する試練。

 そしてこれは、姫巫女一行全員の強さと心を試す試練なのである。




『断章のグリモア』

 その54:『森』と『根』について


 エルフの『森』は自然に任せるまま伸びた『木の群れ』ではない。

 平地人が家を建てて道を作り区画を分け法を敷くように、エルフは森を設計し、機能を与え、計画的に運用する。

 まず、木々の配置は自在に変えられる。木を歩かせる魔術がある上、エルフはそもそも木々に対する親和性が高いので熟練者は撫でるだけで木を動かすことが出来たりする。

 木にはそれぞれ役割がある。木々の移動に長けたエルフたちの移動用だったり、外部からの進入を防ぐ迷路用であったり、果物の栽培用であったり、ツリーハウスを作るようであったり。

 これらの全てを管理するのが『根』だ。

 森の直下には森の体積に倍する大きさのネットワークが存在している。

 森を構成する根が絡み合い、それぞれが脳神経の如く精密に組み合わさって情報をやり取りしているのだ。

 だからウルティモアは木々に触れて語りかけるだけでエルフたちに緊急の通達を行えるし、登録したデータを基に先祖の疑似人格や魔術を生み出す事が出来るのだ。


 よって、木を焼いたり折ったりすることはご先祖様と通信中のサーバーをぶっ壊すようなものであり、エルフにとって重罪である。

 『木一本につき背骨一本』。

 エルフの法典に記されたこの原則は全くもって脅しの文句ではないのである。

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