3‐4‐2 彷徨う鎧


 水没した外森林を抜けると、エルフたちにとっての狭義の『森』、神聖森へと辿りつく。

 濃厚な魔を帯びた木々そのものがエルフたちの信仰の対象であり、また武器でもある。


「ほら見てください閉人さん、木がニョキニョキ生えてます。あっと言う間ですよ!」

「うん」

「エルフはああやって森を操作する事が出来る。都市計画に従って常に最適な里でありつづけるのだ」

「はい」

「おい、聞いてるのか閉人」

「へい」


 閉人は体育座りで空を見上げたまま答えた。


「空気が澄んでてお空が綺麗だなぁ」


 心ここに在らず。

 閉人は木の中でボーっとしていた。


 そう、木の中で、である。


 エルフの秘宝触媒『階を跨ぐ杖』盗難疑惑により、閉人は里の外れにそびえる樹の虚に放り込まれ、木が持つ魔力で結界に封じられてしまったのだ。

 その名をランク3、樹木魔法『胞獄樹ジオウルスポール』。

 虚の中にはキノコが狂い咲き、胞子が収監者を滅入らせ自白に追い込む嫌がらせ機能付きである。

 既に閉人の頭には積もるほどの胞子が降りかかっていた。



 エリリアとジークマリアはウルティモアから里への滞在を自由に許された。

 その辺の樹に封じられてしまった閉人への面会も、許可すら取る必要が無い。


(寛容? 無関心? いや、泳がせて監視しているのか。微かに感じる気配はそれだ……)



 結界の外から見下ろされながら、閉人はブツブツ言った。


「もしかしたら俺がやったのかもしれない。自首する……」

「そんな訳ないだろう馬鹿者が。面倒になるから絶対に嘘は吐くなよ」

「そうですよ、お気を確かに!」


 二人に励まされても、閉人はぐにゃーんとしている。


「俺はもう駄目だ……死ねないまま永遠にこの牢屋で過ごすんだ……」


 閉人は胞子をつまみあげてペロペロ舐めている。


「閉人、貴様……」


 ジークマリアは呆れ果てる他ないのであった。


 この状態の閉人と話していても仕方がない。


 仕方がないので、エリリアとジークマリアの二人は連れだって里を散歩することにした。

 こうして目的地に到着してしまえばやる事もあまりない旅である。

 この里で行われるだろう『継承』について下調べできれば儲けものである。


 ジークマリアは一つ咳ばらいをした。


「完全に濡れ衣をかぶせられましたが、エルフも馬鹿じゃありません。閉人はそのうち勝手に釈放されるでしょう。問題なのは奴のメンタルです。釈放されたとして、最初の頃のようにウジウジされたら鬱陶しくて仕方ありません」

「……閉人さん、大丈夫かしら。もし私がああやって閉じ込められてしまったら、きっとめそめそ泣いてしまうに違いないわ」

「ご安心ください、私が姫様をお守りしますから」

「うん。いつもありがとうねマリィ」

「これが私の望んだ務めですから」


 エリリアとジークマリアはしばし見つめ合う。

 既に主従を越え友人、いや姉妹以上の関係である二人である。

 しかし、その気持ちを言葉にする機会は厳しい旅の中ではあまりない。


 木陰からエリリアたちを監視していたエルフの若衆たちは目を丸くしていた。


「あの方々、仲が良いんだなぁ。顔もエルフ並みにキレイだし、良い人たちっぽいよな」

「な。ウルティモア様も意地が悪い。平地人とは言っても貴人だろ? 監視なんかつけなくても……」


 エルフの平地人嫌いには、生理的な理由がある。

 単純なことで、『顔が気に入らない』のである。

 エルフは殆どが美形である。

 限られた森の中で何百年も顔を突き合わせてきていくエルフにとって、『顔』は重要な形質である。他の種族に比べて何倍も緩やかな進化の中で美形はますます研ぎ澄まされ、エルフは押しも押されぬ美形種族として確立されることとなる。

 そのため、『美形』でないことは交配の対象にならない、すなわち生理的に気に入らない事になる。

 もちろん外の多種族と交わるエルフもいるが、そういうエルフは森を出ることになるため、森に留まる者たちの美形および美形意識は保たれる事となる。


 つまり、顔が良ければエルフはその者を認めやすい傾向にあるとも言える。


「ナンパしちゃうか?」

「えー、でも短命種族じゃんかよ」

「ちょっと声かけてみるだけだって。お前あの二人だったらがどっち好み?」

「蒼髪の気が強そうな方だな。強い女の子って憧れちまうな」

「俺は金髪のお姫様の方だ。何て言うか、柔らかそう」

「分かる」


 エルフたちはコソコソと品定めトークに盛り上がっていた。

 そこに、気さくに話しかける者がいた。


「俺は両方ともだな。両手に華を持つのが男の本懐だろ」

「はは、高望みし過ぎだろアンタ……って」


 いないはずの三人目の声に、見張りのエルフ二人は背筋が凍った。


「お前、例の……」

「不死者ッ!」


 エルフたちが懐から短剣を抜くが、

「おせぇよ、若造ども」


 コツン。

 骨に響く音に続いて、エルフたちが昏倒する。

 後頭部の一点を敵の指に打撃され、一時的な意識断絶に陥ったのだ。


「何奴だ!」


 見張りの存在に気付いていたジークマリアは既に異変を察知して槍を構えていた。

 その様子に、男はほくそ笑む。


「流石だ。気配は十分に殺したつもりだったんだがな、マリア」


 男は見張りエルフたちの身体を地面に横たえさせると、木陰からゆっくりと歩み出た。

 フードローブを目深に被った鉄仮面の男。


 その通称を『彷徨う鎧』といった。


「なッ……!?」


 その姿を見て、ジークマリアは驚きの声をあげる。


「何故だ……どうして貴様がここにいる、『ワド』!」


 ジークマリアの言葉を聞いたエリリアは、小声で訊ねた。


「お知り合い?」


 ジークマリアは小さく頷いた。


「十二年前に一度だけ会ったきりです。味方ではありません、お隠れください姫様」

「う、うん」


 背後に隠れるエリリアを庇いながら、ジークマリアは槍を必殺の型に構える。


「はは、『ワド』か。愛称で呼んでくれるとは嬉しい限りだぜマリア。おっと、今はジークマリアと名乗っているんだったか」

「質問に答えろ! なぜ貴様がここにいる!」

「賢いお前ならもう気付いていると思うんだがな」


 『彷徨う鎧』の不適な態度に、ジークマリアは目をいからせた。


「……貴様が盗んだのか、エルフの秘宝を!」

「だとしたら、どうする?」

「我が主の障害となる者を、私が捨て置くと思うか」

「良い答えだ。来な」

「望むところだ!」


 二人がそれぞれの手を繰り出そうとしたその矢先、


「ランク二、『重力グラヴィティ・フォース』」

「ッ!」


 ジークマリアと『彷徨う鎧』は真逆の方向に飛びずさった。

 エリリアはジークマリアに抱かれながら、謎の攻撃の正体を見極めた。


 二人が睨み合った地点周辺を目に見えない力が押し潰し、草木が倒れている。


「この魔術は……」


 魔力の立ち上る方に目をやると、そこにはエルフ族長ウルティモア=アレクセイエフが佇んでいた。

 左手に魔導書グリモア、右手に杖を携えるウルティモアの顔は苛立ちに歪んでいる。


「揃いも揃って平地人共が、我らの森で好き勝手をしてくれる」


 ウルティモアは杖をもうひと振りした。


「ランク二、魔術『引力アトラクション』」


 『彷徨う鎧』の身体がウルティモアの方向にぐわんと引かれた。


「何だこりゃ、フォースか?」

「腸を引きずり出してでも杖の在り処を吐かせてくれる」


 『彷徨う鎧』の身体はウルティモアの発する強烈な引力に引かれ、宙を浮いていた。

 単純ながら強烈な魔術である。


「は、させるかよ!」


 『彷徨う鎧』は自らの身体から無数の骨を突きだした。


「ランク3、血闘魔術『牙流弾ボーン・バレット』!」


 身体中から突きだした骨を筋肉の収縮で撃ち出す。

 イルーダンの放った矢の如きスピードの骨片は『引力』に引かれてウルティモアに迫る。


「ランク2、魔術『斥力リプルージョン』」


 対して、ウルティモアは正反対の力場を発生させて骨片を跳ね返した。

 骨の弾丸は一緒に迫っていた『彷徨う鎧』の全身に突き刺さる。


「ウッ!」


 遅れて斥力に跳ね返されながら、しかし、傷だらけの『彷徨う鎧』はほくそ笑んだ。

 彼からしてみれば、傷の一つや二つなど問題ではない。

 一瞬だけ『引力』から逃れられれば充分であった。


「それくらいじゃ俺は死なん! 来い! 『妖精』の置き土産たちよ!」


 途端に木々の合間から魔虫たちの群れが飛びだしてきた。

 その数およそ数千、エルフの森には棲んでいない種の猛虫が雲のように一同の視界を覆い尽くす。


「おのれ、『重力グラヴィティ・フォース』!」


 重力により虫たちは地面に叩きつけられるが、強靭な体構造を持った彼らは死ぬには至らず、ぞわぞわと地面を張ってウルティモアに迫る。


「チッ、敵意に反応するタイプか、虫共め!」


 ウルティモアが魔術を解除すると魔虫たちはバタバタと羽音を立てて飛び去って行った。

 既に『彷徨う鎧』の姿は無い。


「おのれ、逃がしたか……」


 ウルティモアは舌打ちをすると手近にあった樹に手を触れた。


「杖泥棒はまだ里の中にいる! 第一種警戒態勢!」


 どういう魔術が働いているのか、樹を通じて里中に声が響いている。

 ざわざわと里が騒がしくなる中、ウルティモアはエリリアとジークマリアを振り返った。


「奴を知っているのか、答えよ」


 ウルティモアの言葉は静かだったが、確かな怒りが込められている。

 ジークマリアは隠し立てするのも無意味と悟り、口を開いた。


「幼い頃、一度だけ会ったことがあります。奴の偽名以外は知らず、現在に至るまで接点はそれ以外にありません。今回の事も偶然出くわしただけです」

「名は?」

「ワンダリング=アーマー、通称は『ワド』」

「『彷徨う鎧』か、確かに偽名に違いない。で、その一連の証言、この森に誓えるか」

「誓って真実です」


 ジークマリアの言葉に、森が僅かにざわめいた。

 どうやら、森には嘘を見抜く力も秘められているらしい。


「真実、か」


 ウルティモアは息を吐くと、舌打ちをした。


「不本意だが、貴様らの連れは無実のようだ。釈放してやる」

「は、はい。ありがとうございます、ウルティモア様」


 エリリアは慌てて礼をしたが、ウルティモアは構う素振りも無い。


「貴様らのような平地人は好かぬ。さっさと継承を済ませて出て行け」


 吐き捨てるように言うと、木々の合間へと消えて行った。



「疑いが晴れて良かったわ、マリィ」

「ええ。予想外の出来事ではありましたが……って、ッ!?」


 ジークマリアはエリリアの手にある物体を目の当たりにし、二歩後ずさった。


「ひ、姫様ッ!? その、お手にあるソレは……?」


 エリリアの手に、握り拳二つ分ほどの物体が乗っていた。

 黒光りするボディを持ち、一本の大きな角を備えている。

 その角の下では、象の鼻のような触角がヒクヒクと蠕動していた。

 足は八本、しっかりとエリリアの手にしがみついている。


「虫さんよ、マリィ。さっきたくさん出てきた子の一匹が、ウルティモア様の魔術で怪我をしてしまったみたいなの」

「は、はぁ。なるほど、そうでしたかハハハ、ハハハハ……」


 ジークマリアはひきつった笑みで頷いた。


 『彷徨う鎧』が逃走の間際に呼びだした魔虫の一匹が『重力』によって地面に叩きつけられ、その際に足やら翅を痛めてしまったのをエリリアが拾って来たらしい。

 他に魔虫が残っている様子は無いから、運が悪かったのであろう。


「怪我が治るまで私がこの子の面倒を見るわ。よろしくね『マンモスちゃん』♪」

「ま、マンモス……ですか?」

「うん、ほら、お鼻が象さんみたいでしょ?」

「ふしゅー、ふしゅー」


 象の鼻のような触角から謎のガスを噴き出す『マンモスちゃん』はエリリアのことが気に入ったらしい。

 エリリアの手からよじ登って肩まで上ると、カチカチと前足を鳴らした。

 エリリアはその頭部を撫でる。

 とても気に入ったらしい。


「マリィも触る? 素直ないい子よ」

「い、いいですゥっ!」


 ジークマリアは上ずった声で答えると、そそくさと踵を返すのであった。


「い、行きましょう姫様! 閉人も待っている、でしょう、から……」

「ええ。行こうねマンモスちゃん♪」

「ふしゅー」


 ジークマリアにも苦手なものはある。

 かつて山奥で鍛錬していた頃、森の中で目を覚ますと(甘い香りにでも誘われたのか)全身虫だらけになっていたことがあり、それ以来トラウマなのだ。

 それまでは虫を食べるぐらいはできていたのだが、もう滅法ダメである。


(姫様の御前だ、耐えろ……耐えろ……)


 ジークマリアはふるふると震えながらエリリアに続くのだった。


「しゅーしゅー」




『断章のグリモア』

 その52:魔虫について


 ふしゅー、ふしゅーしゅー。

 ふしゅーふふしゅーしゅー。ふしゅーふしゅーしゅーしゅーしゅ、しゅふしゅーふしゅー。

 しゅーしゅーしゅ、ふしゅしゅしゅしゅ、ふしゅしゅーしゅ、ふしゅ。ふしゅしゅしゅしゅしゅしゅしゅしゅしゅ、ふしゅしゅしゅしゅ。ふしゅふしゅーふしゅーふしゅーふふしゅしゅしゅ。ふしゅしゅしゅ


 (ここからはマンモスちゃんが地球の歌を歌ってくれるよ! 何の歌かな?)


 ふしゅしゅしゅしゅーしゅ、ふしゅふしゅしゅー。

 ふしゅふしゅしゅー。

 ふしゅしゅしゅふしゅしゅしゅふしゅふしゅふしゅしゅ。

 ふしゅしゅしゅふしゅしゅしゅ、ふしゅふしゅしゅー。

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