3‐4‐1 大森林ジュサプブロス


「てめェッ!」


 森の一点を睨み付け、閉人は叫んだ。


「生きてやがったかイルーダン!」


「なんでここに!?」と問うている暇は無い。

 イルーダン相手にそんな事を考えている暇はない。

 閉人はカンダタを構えた。


「姫様を庇えっ、閉人!」

「もうやってる!」

「あわわわわわ、マズイっス!」


 生い茂る木々の隙間を縫い、一筋の殺気が閉人たちを狙う。


「逃さん!」


 声と共に、何かが風を斬る。


「危ない!」


 閉人とジークマリアはエリリアを護りながら様子を窺ったが、三人とも傷は無い。


(イルーダンが矢を外した? いや、そうじゃねぇ!)


 閉人がそう思った矢先、


「うッ……!」

「死ね、エルフの恥さらしめ」


 三人が同時に目をやると、ビエロッチの胸に矢が突き立っていた。



 †×†×†×†×†×†×†



 それより少し時間を遡る。


「蟹だ……」

「言っただろう。森に蟹はいる」


 森に渡された桟橋から下を覗くと、水面にブクブクと泡を吐きながら蟹が右往左往している。


「確かに、森が水没してるなら蟹もいるわな」


 木が突きだしている他は、森のほとんどが澄んだ水に包まれている。

 一行が歩く桟橋から降りれば、浅い所でも腰の下辺りまでは沈んでしまうだろう。


「ああ。平地人が畑に水を引くように、エルフは森に水を引いて恵みを増やすらしい」

「そうっス、エルフは変化や外敵を嫌ってるっスから。水を張っておけば獣もそんなに出ないし、生態系も操作しやすいんで色々楽なんスよ」

「そうなんですね。お魚さんもいたりするんですか?」

「はいッス。ほら、そこにも」

「あら」


 ビエロッチが指差した先に魚が泥を蹴って泳ぎ去っていくのが見えた。


「素敵ですね、ビエロッチさん」

「そうっスねぇ。ま、ジブンは百年以上暮らしてたんで見飽きちゃったッスけど」



 一行はナザーンを出発して峠を越え、エルフたちの住む大森林ジュサプブロスへと突入していた。

 その中心にある里に、エリリアの次なる継承が待ち構えているという。


「次も『魔笛の盗賊団』みたいな奴らが待ち受けてるのか?」

「いや、それは無いっス。たとえそういう輩がいたとしても、エルフの里の防衛力はフェザーンの比じゃないっすから」

「? じゃあこのまま行っておしまいか?」

「それも無いっスね。継承の旅には試練が付き物っスから」

「訳知り顔だな。何か知っているのか?」

「まあまあ、行けば分かりますッスから」

「本当か?」

「睨まないでくださいッス。もし違ったら木の下に埋めてもらって構わないっスから」

「貴様は埋めても魔術で出てこられるだろうが」


 ジークマリアはビエロッチにデコピンをかました。


「あだぇおわぁっ! 痛ぅ……」


 ビエロッチは呻いた。

 額のデコピン痕は煙が出そうなほど赤くなっている。

 ジークマリアのデコピンは兵器だった。


「シラを切ろうとしても私には通用しない。その気になればギナイツ家直伝の拷問術で脳のシワの数まで喋らせてやる」

「ひょぇ……」


 ビエロッチは青くなった。


(うう、怖いっス)

(コイツならやりかねないぞ)

(マリィったら、ゴーモンも出来るのね! ……ゴーモンって何かしら?)


 その場にいる全員、ジークマリアがハッタリを言ったとは微塵も思わなかった。


 その時、


「む?」


 ジークマリアはふと頭上を見上げた。


「どうしたんだ?」


 ジークマリアは閉人を目で制した。


「姫様、どうやら我々は見張られているようです」

「あら、本当?」

「クシテツさんの時みたいな感じか?」

「ああ。領域に進入してきた我々を観察しているようだ」

「じゃあいいじゃん」

「いや、どうやらそれだけではない……そこッ!」


 ジークマリアは振り向きざまに一閃、懐に忍ばせた短剣を投げ上げた。

 短剣は木の幹に突き刺さったが、そこには何も見えない。


「何だよ、樹液でも吸うのか?」

「今に分かる」


 短剣の突き立った幹を見やり、ジークマリアは槍を抜いた。


「透明になっていようが息遣いで分かる。出て来い」


 ジークマリアの言葉に応えるように、何かがそこに浮かび上がる。


「ほう、エルフの遁甲に気付くか」


 姿を現したのは、エルフの男。

 まるで樹に重力が発生しているかの如く幹に対して垂直に立っている。

 閉人たちは全員、その顔を見て戦慄した。


「イルーダン!?」


 男の顔は『魔笛の盗賊団』イルーダン=アレクセイエフそのものだったのだ。


「イルーダン! なんでテメェがココに!?」


 閉人がカンダタを構えて叫んだ。

 しかし、その「なんで?」を問うている暇は無い。

 そして、矢が放たれた。



 †×†×†×†×†×†×†



「死ね、アレクセイエフ家の恥さらしめ」

「ウゥッ!」


 ビエロッチは両膝をついて苦悶する。


「テメェ、何しやがる!」


 驚愕する一行を見下ろしイルーダン?は朗々と述べる。


「姫巫女一行においては失礼仕った。吾輩はエルフの族長たるアレクセイエフ家の……」


 イルーダン?が言いかけた瞬間、


「いい度胸ねアルハザド」

「何ッ!?」


 イルーダン?が見下ろす視界の中からビエロッチが消えた。

 次の瞬間、彼の脳天に蹴りが真上から叩きこまれた。


「グゥッ!」

「ランク7、空間魔術『知恵者猫大跳躍フライング・プッシーフット』」


 イルーダン?の頭上に浮かぶのは全裸のビエロッチ。

 その姿がぼやけて見えるのは、断続的に瞬間移動を用いて宙に浮いているからだ。

 樹に繋がったままのイルーダン?の身体に跨り、ビエロッチはさらに拳骨を叩きこむ。

 その一発一発がジークマリア級らしく、太いはずの樹が一撃の度に揺らぐ。


「チッ!」


 重力に逆らっていたイルーダン?の身体が幹を離れ、桟橋に落ちてきた。

 その上に跨り、ビエロッチはイルーダン?を見下ろした。


「クソッ! 心臓を射貫いたのになぜ死なぬ!」

「姉ちゃんに勝てるわけ無いでしょ」


 次の瞬間、ビエロッチが振り上げた大振りの拳がイルーダン?の顔面に叩きつけられた。

 ビクンと身体を弾ませイルーダン?が気絶し、急に辺りが静かになってしまう。


「……姐さん、なんかキャラ違くない?」


 閉人が状況をいまいち呑み込めずに訊ねると、ビエロッチは困ったように笑った。


「これジブンの弟っス。アルハザド=アレクセイエフ、イルーダンの双子の弟。実家気分でボコっちゃったッスが、矢で射られたしお互い様ってことで」


 そう言って笑うビエロッチだが、矢が突き立ったはずの胸に傷は無い。

 瞬間移動で躱したようには見えない。確かに刺さっていたはずだが……


 一行は白目を剥いたイルーダン?改めアルハザドを見下ろした。


「双子かあ、イルーダンの4Pカラー(白)かと思ったわ」

「何だそれは。確かに肌の色からしてダークエルフではないと思っていたが……」

「まあっ、本当にソックリさん」

「中身は真逆ッスよ。イルとアルは」


 ビエロッチはアルハザドの手足を旅道具の縄で縛り上げ、息をついた。


「イルはエルフの考え方に反発して森を出てった過激派ッスが、アルはその逆、コテッコテカチッカチの保守長老派で……」


 言いかけて、ビエロッチは辺りを見回した。

 ジークマリアは一瞬早く槍を構え直し、桟橋の行く手に目を凝らした。


「動くな、森をさわがす者共よ」


 森の奥から聞こえる声と共に、奥で怪しげな魔力エーテルが高まる。

 魔術を使おうとしているのだ。


「控えろ! ここにおわす方を誰と存じている!」


 ジークマリアの声が雷鳴のように轟いた。


 もちろん、エリリアの事を言っている。

 エリリアはグリモア議会の寵姫、七大種族平等の象徴である。


 エルフの関係者であれば、エリリアを無碍にすることは種族全体の恥となり得る……はずだったが、


「それ、そいつには通じないっス……」


 ビエロッチは申し訳なさそうに小声で囁いた。


 森の奥から現れたのは、エルフの少年だった。

 透き通るような金髪を靡かせた美少年だが、その表情は苛立ちに歪んでいる。


 左手に携えた魔導書を開き、少年は呟いた。


「ランク二、魔術『重力グラヴィティ・フォース』」


 突如、一行の身体がひどく重くなり、地面に強く引かれた。


「姫様!」


 ジークマリアは増加した重力に怯みもせず、エリリアの身体を支えた。


「何をする! 分からないのか!? このお方はグリモア議会の姫巫女だ!」


 ジークマリアは咄嗟に『闇部侍臣』で影にエリリアを支えさせると、自ら槍を突きだして少年の首元を狙った。

 魔槍アンブラルはぐんと伸び、少年の前でとまった。

 刃先は少年の喉元にピタリと突きつけられている。

 しかし、少年はピクリとも動じない


「理解しているとも。知っている、調べていないはずがない」


 少年は落ち着いた声で答えると、重力を強めた。


「で、議会の者が何故王家の狗を連れている? 薄汚い雌狗オルガマリアを。それが気に入らぬ、森に入れたくない程にな」


 少年の言葉に、閉人エリリアジークマリアの三人は眼を見合わせた。


「へ、誰? ジークマリアの進化形?」

「こっちを見るな。そんな名前は知らん」

「あの……私たちのマリアはジークマリアなのですが」


 エリリアが訊ねると、少年は忌々しげに右人差し指をビエロッチに向けた。


「そやつの名前はオルガマリア。エルフ族長を務めるこのウルティモア=アレクセイエフ不肖の姉にして、森に対する反逆者だ」


「え!?」


 一行はビエロッチの方を見た。


「まさかの名前被り!?」

「いや、驚くところそこじゃ無いっスから! 棄てた名前なんでお構いなく!」

「その通り、名前などもはやどうでもいい」


 ウルティモアはビエロッチを冷ややかに見下し、息をついた。


「まさか全裸で舞い戻ってくるとはな。狩人たちよ。罪人を捕えよ」


 その言葉に従い、アルハザドの時のように潜伏していたエルフの狩人たちが姿を現し、一行を取り囲む。


「狩人の権により、反逆者オルガマリアと不死者を逮捕する!」

「……へぁはッ!? なんで俺まで!?」

「閉人!」

「なぜです! 閉人さんは私たちの従者です! (ビエロッチは仕方ないけど)閉人さんが拘束される謂れはありません!」


 エリリアの弁解はもっともだ。

 だが、ウルティモアは首を横に振った。


「理由はある。つい昨日エルフの里の宝物殿から秘宝触媒『階を跨ぐ杖』が盗まれた。多数の目撃者たちが、矢で射ても死なぬ『不死者』の犯行だと証言している」

「いや待てよ! 俺は今日初めてここに来たんだぞ!?」

「真実は調べればわかる事。貴様を最重要参考人として拘束する」

「はぁッ!?」


 狩人たちは瞬く間もなく閉人に手枷足枷を嵌めると、


「歩け!」


 閉人の尻を蹴りあげてビエロッチと共に連行していった。



 閉人、逮捕される。



 そして……


「くくく、こりゃ面白いことになった」


 その現場を眺めながら、一人の男がほくそ笑んでいた。

 鉄仮面の如き兜を被ったローブ姿の男。

 そこには黒い瞳と黒々とした長髪とを見出すことが出来る。


 男は木の枝に片手でぶら下がりながら、眼下で起きている事の経緯を眺めている。


「なるほど、俺の代わりに捕ってくれるという訳か。偶然か? いや、『予言』からしてかち合う事も織り込み済みか」


 男の背には布に包まれた長物が括りつけられている。

 それこそが盗まれたエルフの秘宝『階を跨ぐ杖』なのだが、その事は誰も知る由が無い。


「にしても鈍すぎる。エルフ共に捕まるなど論外も甚だしい……どうしてあんな奴が呼ばれたのか」


 ぼやく男の肩に握りこぶし大の蜂が止まる。

 魔力によって突然変異をした存在『魔物』の一種、魔虫である。


 男は巨大蜂に驚きもせず、小さな声で告げた。


「例の物は手に入れたぞ、『妖精』。先に杖を持って東に帰ってくれ、俺はしばしここに残る」


 男が告げると、巨大蜂がその翅を震わせた。

 まるでそれがスピーカーであるかのように、翅の振動が人の声を作り出した。


「『彷徨ウ鎧』ッテバ、気ニナル女ノ子デモ見ツケタノ?」

「ああ。気になる女が二人……いやオマケで三人ってところだ」

「フーン、守備範囲広イネ。アタイハタイプニ入ッテル?」

「はは、そうだな……ギリギリど真ん中」

「ヤッター! ケッコンスル!? ケッコン!」

「また今度な。それに用があるのは女達じゃないぜ、妬くな妬くな」

「フーン……早ク帰ッテ来テヨネ」

「ああ、お嬢たちによろしく」


 巨大蜂は数匹群れて『階を跨ぐ杖』を掴むと、僅かな羽音を立てて森の外へと去って行った。


「そう、用が有るのはあのクソ若造だ。不死者として恥かしくないよう、年長者として稽古をつけてやる」


 残された男は木から木へと飛び移りながら呟いた。



 全ての不死者は引き合い、必ず出会う。

 ベルモォトも、いやこの世の全ての人間が知らない、『不死』に隠された法則である。



『断章のグリモア』

 その51:エルフについて


 エルフとは、七大種族の中でも古い歴史と長命を持つ有力氏族である。

 森に棲み木々と共生する生存路線を取り、平地人やマーメイドと並び魔術に長けている。

 寿命は平地人の3~5倍程度、その大半を若々しい姿で過ごし、一定の歳を取ると姿が子供のように退化していく。族長ウルティモアがその例である。

 長命かつ知能の高い種であるからか誇り高く秩序安寧を好む。七大種族の中で最も保守的な意見を持ち、時折マギアス王家が試みる革新に異議を唱えている。

 魔法王国建国戦争で後のマギアス王家に惨敗したこともあってか、王家を毛嫌いする意見が強く、その中でも議会に働きかけて王制の否定を叫ぶ長老たちの一派は『長老派』と呼ばれ他の種族から煙たがられている。

 ウルティモアもまた保守長老派であり、エルフの里には常にどこか閉鎖的な空気が満ちている。

 それに反発するのはイルーダンやビエロッチのような森を出て自由に生きようとする者たち。彼らは『過激派』と呼ばれ大抵は森を飛び出して外に暮らすようになる。そうした者たちが森に戻ってくるのを『長老派』は嫌う、と言うより憎んでいる。森は長老派のものなのである。

 森の外で会えるほとんどのエルフは大体ビエロッチのように気さくで接しやすいため、友として好まれる。イルーダンは過激すぎるので例外ではあるが。

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