2‐3‐2 心象居酒屋世界

「見とったで。アホな死に方晒しおって、こっちが恥かしいわ」

「す、すいません」


 閉人は謎居酒屋で縮こまっていた。

 目の前でガーガー言ってるのは謎の小太り中年。

 その顔はジークマリア並みにイラつきで満ちている。


「まったく、ご一緒してるお嬢さん方に申し訳ないと思わんのか。ザコ男が女子になに甘えたこと言い腐ってんだよぉおぉんッ!? もっとちゃんとしろやッ!」

「ぐぅッ!」

「なぁにが「寂しい」じゃこの腐れ○○○野郎がッ! ××野郎! △△!! 恥を知れ!」


 閉人はちょっと泣きそうになりながら、雰囲気で頭を下げていた。


(帰りてぇ……)


「はぁぁぁ、不死者の風上にも置けんわ。ベルモォトもよくこんな小僧の面倒を見る気になったもんやな。呆れて物も言えへんわ」


 オッサンのぼやきに、閉人は落ち込みつつも「おや?」と思った。


「あんた、ベルモォトさんを知ってるのか……?」

「おぉ知っとるわい。当たり前やないか」


 オッサンはグラスを置いて偉そうに腕を組んだ。


「ちゅーか、ワイが誰だか気付いとらんのか」

「え、知らないけど」

「馬鹿かおのれは。見りゃ分かるやろ」

「分からねぇよ!」

「はぁー仕方の無い奴やのぉ」


 オッサンは一つ溜息を吐き、懐から銃を一丁取り出した。

 ただの拳銃ではない。

 閉人にはよく見慣れた品だった。


「『カンダタ』……?」

「せや。ワイは『魔銃カンダタ』に宿った精霊、いわゆる『付喪神』や」

「はぁ!?」


 閉人はまじまじとカンダタの精霊を名乗るオッサンを見た。

 そしてすぐに出た結論を叫ぶ。


「テメェみたいな小汚いオッサンが俺の愛銃なワケないだろ!」

「じゃかましい! 精霊だの付喪神だのがそうそう綺麗な存在やと思うなよボケェ!」


 二人はお互い胸ぐらを掴み合い、互いの顔面に拳骨を見舞った。


「なにすんねん。ワイがいなかったら何も出来んシャバ僧が!」

「うるせぇ! 何が付喪神だ、俺の私生活覗きやがって!」

「見られて困るような生き方しとる方が悪いんじゃい!」

「何だとォ!?」


 閉人とカンダタは掴み合いになり、居酒屋の中で殴り合いを始めた。


「お、いいぞいいぞ!」

「やったれやったれ!」


 どこからともなく歓声が響いてくるが、それを叫ぶ者の人影は見えない。

 そういう世界なのだろう。


 数分殴り合って、


「ハァ……ハァ……やるやないか」

「クソ、デブの癖にしぶとい奴」


 二人はそれぞれ顔をコブだらけにしながら肩で息をしていた。

 現実じゃないからか、閉人の回復能力も働いていない。

 ザコVS雑魚のステゴロ最弱王決定戦である。


 お互い決め手も無く疲弊しきってようやくオッサンが折れた。


「まあ座れや、仕切り直しや」


 閉人も虫の息だったのでそれに乗る。


「ちっ、これくらいで許してやるよ」

「若造が」

「でぶ」


 二人はゼェゼェ言いながらもう一度一度テーブルに就いた。


 一段落つくと、カンダタはビールをお代わりしてガバガバ飲んだ。


「そもそもぼてくりこかすためにお前を呼んだんとちゃうからな」


 カンダタは血の混じった痰をその辺に吐き捨てると、閉人に杯を進めた。


「ここはワイと閉人の精神世界の狭間や。丁度お前がどうでもいいタイミングで死におったから、こうして呼び出したわけや」

「ふぅん、何の用だよ?」

「ワイは先代の不死者をよう知っとる。だから色々不死者のことを教えとこぉ思うてな。例えば閉人、お前今まで何回ぐらい死んだか数えてるか?」

「んん……? 二十回ぐらい?」

「三十三回や! これは数えといた方がええで。五十回目や百回目、キリの良い数字踏んだ時は何かが起こるんや」

「何かって何さ?」

「何かや! 突然超デブになったり超ムキムキになったり、全然知らん奴の顔に再生されたり、法則はワイにも分からん。戦闘中にそういう事があってもそういうもんやと腹を括れ」

「何だそれ、何でそんな事になるのさ」

『知らん。文句は不死なんて面倒なシステムを作った奴に言え」

「? これって、誰かが作ったものなのか? 誰?」

「魔王や」

「魔王? そんな奴この世界にいんの?」

「おるわ。だが、お前が会う事は無いやろなぁ。そいつはグログロア迷宮の最深部におるねん。他の魔王とも多分縁が無いやろうし、別に気にすんなや」

「何それすげぇ気になるんだけど」

「じゃかましい! 半端モンは自分の旅の安否を気にしとけや。次が本題や」


 カンダタはグラスのビールをグビリと飲った。


「『死神』の話や。あれだけはアカンわ、あいつらには絶対逆らわん方がいい。そう忠告したろうと思ったのがお前を呼んだ一番の理由や」

「姫さんの安全の為だろ? その事なら一応納得したよ」

「ちゃうわ、お前自身の問題や。ワイも初めて見たが、『死神』はたぶんお前らを……」


 カンダタが言いかけたところで、


「アカン、時間や!」


 周囲の居酒屋風景が煙を立てて消えていく。

 カンダタの姿がどんどんと遠く小さくなっていく。


「ええか、『死神』は不死者のぉ……ッ!」

「不死者の……何だって!?」

「だからぁ、奴は不死者のぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……」


 空間が引き伸ばされ、カンダタの引き伸ばされた声だけが響く。


「……最後、何だって?」


 肝心なところは聞こえないまま、閉人は現実へと引き戻されたのであった。




「ハッ……!」

「大丈夫ッスか、閉人っち?」


 目を開けた閉人のすぐそばに、ビエロッチの顔があった。

 その手が閉人の頬を突っついていた。


「部屋戻ってきたら死んでたんでびっくりッスよ」


 頭の後ろに柔らかい感触がある。

 ビエロッチの太ももである。


(ってことは膝枕されてるのか。じゃあこりゃおっぱいか? わ、すげー)


 視界の三割を覆っていた物体の正体を知り、閉人は一息を吐いた。

 さっきまでオッサンとギャーギャーやっていた反動か、何だか嬉しくなってしまった。


 と思った矢先、


「何をやっとるのだ、貴様は」


 ぞくぞくっと、閉人の背筋を冷たいものが突き抜けた。


(っ!)


 閉人が治りかけの首を回して声の方を向くと、浴衣姿のジークマリアが戸口に寄りかかって閉人を睨んでいた。

 魔槍アンブラルを手に携えている。


「貴様が死んでいると聞いたから駆けつけたのだ。万が一、更なる敵襲かと思ってな」


 相当焦って来たのだろう。

 髪はびしょびしょのままで、浴衣もジークマリアにしてはかなり着崩している。


(あ、これはマジのやつだ)


 閉人は直感した。


「コ、コケただけですごめんなさい」

「無事ならいい。『死神』が介入してきた以上敵もしばらくは動けないだろうが、油断はするなよ」


 ジークマリアは踵を返しずんずん温泉の方に戻っていった。


「……」


 閉人はビエロッチの膝から起き上がった。


「閉人っち、意外と心配されてるじゃないッスか?」

「姐さん、何か大袈裟に伝えたんじゃないの」

「いやいや、閉人っちの人徳ッスよ」

「マジでそれはない」


 閉人は笑みをひきつらせながら自分の身体をぺたぺた触った。


(良かった、戻ってる。流石にアホやり過ぎた)


 反省すると共に、


(カンダタに頬ずりしたり舐めたりするのはもうやめよ……)


 そう心に決めるのであった。



 †×†×†×†×†×†×†



「とんだ杞憂でした。実にアホらしい」


 ジークマリアは身体を軽く洗ってもう一度湯船に浸かった。

 待っていたのはエリリアだ。


「どうだったの?」

「勝手に転んでくたばった挙句あの馬鹿、ビエロッチの膝枕の上で鼻の下を伸ばしておりました」

「あらあら大変ね」

「今、杞憂と申し上げたばかりですよ」

「ふふ、そうだったかしらね」


 湯船につかるエリリアはいつものように微笑んだが、どこかぎこちない。


「姫様、もう上がられては? 顔が真っ赤ですよ」

「あら、そう? ううん、大丈夫よ」

「そうですか……」


(姫様が大丈夫と言っているなら大丈夫か)


 そう思ってジークマリアはサウナの方をちょっと見に行った。

 時間にしてほんの二十秒ほどであっただろうか。


「では姫様、少しサウナで自分の限界にチャレンジしてみようかと……」


 言いつつジークマリアが振り返る。

 そこでは。


 ぷかぷかぷか~


 エリリアがお湯にうつ伏せで浮かんでいた。


「って、姫様ァァァァァっ!?」


 ジークマリアは悲鳴と言うよりもギャグ漫画のような叫び声をあげ、エリリアを助けに入るのであった。




 エリリアを大急ぎで部屋まで運んだジークマリアは、濡れ布巾や冷水でエリリアの応急処置を済ませた。


「だいぶ楽になったわ。ごめんなさいマリィ」

「い、いえ。まさか姫様が『浮かぶ』とは思ってませんでしたので……」


 ジークマリアは心配したものか笑い飛ばしたものか分からないような顔をしていた。


「ただ姫様。ラースリーを出てから心ここに在らずのご様子。何か気になる事があるのでしたらお聞かせ願えますか?」


 ここ数日わだかまっていたことを、言った。


(閉人も呼んだ方が良かったのかもしれないが、膝枕のアホだし今はいいか)


 ジークマリアは吐き捨てるように思考すると、エリリアを真正面から見据えた。

 エリリアは少し逡巡したが、やがて小さく頷いた。


「……変な話に聞こえるかもしれないけど、いい?」

「もちろんですとも」

「うん」


 エリリアは、近くに侍っていたジークマリアの膝元に寝たまま顔を埋めた。


「あのね、マリィ。私、もしかしたら……」


 ナザーンの夜は徐々に更けていく。



 †×†×†×†×†×†×†



 ちょうどそれと同じ夜のことだった。


 夜の街道を一台の馬車が休みもせずに王都へ向けて走っていた。

 精霊馬を二頭繋いだ特殊な馬車で、御者がいなくとも勝手に走るようになっている。

 馬車自体が精霊魔術を組み込まれた魔道具なのだ。


 客車には二人の男が向かい合って腰かけていた。


「どうして僕を馬車で連行しているんだ、『死神』……」


 『七つの殺し方』の一人、『謀殺』のゼペット=マペットが訊ねる。

 グログロアで『剣豪』リィリィ=ドランゴに捕えられ、つい先日『死神』オプト=オーウェルに引き渡された。

 彼は王都にてギルシアン派による第一王子ブラドール糾弾のための法的証拠になるのだ。


 手錠も足枷もされていないが、リィリィの『魔脈断』によって魔術が封じられている。

 それに、目の前に『死神』が座っているという事態そのものがこの国で一番重い枷なのだ。


 死神は、相変わらずの黒装束を僅かに揺らし、質問に答えた。


「馬車の旅、良いじゃないか。旅は速ければ良いというものでもない」

「真面目に答えろ。舌を噛んでやろうか」


 ゼペットの問いに、『死神』オーウェルはほくそ笑んだ。


「そうだね。確かに馬車なんか使ってたら時間がかかるし、何より襲撃を受ける可能性も高い。そうまでして陸路を採る理由が、君の想像通りだとしたら?」

「罠、か。僕を口封じしに来た『必殺』たちを向かえ撃って『|七つの殺し方《クレイジーセブン》』を壊滅させようという腹だ。こんな人通りの少ない夜に街道を走るのもそのためだ」

「そうかもね」


 オーウェルはゼペットを餌に『|七つの殺し方《クレイジーセブン》』を釣ろうというのだ。

 当然、それに巻き込まれれば命の保証はない。


 ゼペットは口元を歪めた。

 悲嘆ではなく、愉悦の歪みである。


「そう簡単にはいかないなぁ、『死神』」

「ほう、それはどうしてだい?」


 悠々と問う死神に、ゼペットは悪意の籠った笑みを返した。


「我々セブンは入れ替わりが激しい。『斬殺』『銃殺』『爆殺』『謀殺』、僕を含めたこの四人は入って来てまだ数年。殺しの経験こそ元々あったが、正直言って残りの三人『毒殺』『撲殺』『必殺』とは大きな実力の差がある」

「へぇ、そうなのかい」

「余裕ぶっていられるのも今の内だ、『死神』。僕たちは手駒に過ぎないんだ」


 ゼペットは向かいに座るオーウェルの腕を掴んだ。


 元々膝がぶつかるような距離に座っていたから、オーウェルとはいえ反応に手間取った。

 それにむしろ、意識は『握られる』などということなどより別の所へ向いていた。


「そうか……君も既に『それ』なのか」


 オーウェルは目を丸くしてゼペットを見た。


 顔ではなく、赤熱した紋様が浮かび上がったゼペットの首を。

 『爆殺』テディ=ドドンゴの『爆殺弾』の焼印が焼きついた、護衛対象の首を。


「今だ、殺ってしまえ!」


 それがゼペット=マペットの最後の言葉となった。


「ランク2、『起爆エクスプロージョン』」


 どこからか囁くような声がして、ゼペットの身体が爆ぜた。

 馬車ごと内部から炎上し、精霊馬の顕在化が解けて消えていく。


 夜の静寂にただ馬車の燃える音だけが響き、誰かがそこから逃げ出した様子も無い。



「さて……殺ったと思うかね、『撲殺』?」

「いいえ。『謀殺』は爆死しましたが、『死神』は無傷です」

「正解だ。この夜を覆うような殺気が微塵も薄れておらぬわ」


 二つの影が街道を歩いてくる。


 一つは背の高い老爺。

 袍衣を着た朗らかな顔の好々爺に見えるが、細く開かれた眼は蛇のようである。


 もう一つは仮面を被った少年。

 こちらも袍衣を纏い、夜風に銀の髪を靡かせている。

 背はやや低く、成長期の子供を思わせた。


 それぞれ、右手首に紫の傷が刻まれている。 

 エリリアの『怨神刃螺羅之万華鏡』による呪い傷だ。


「困るなぁ。ゼペットくんは大事な証人で、まだ改心の余地があったかもしれないのに。『死』は、本当に突然やってくるのだなぁ」


 黒煙を吐いて濛々と燃える馬車の数メートル上空に、その影がちらついていた。

 マントをたなびかせて浮遊しているのは無傷のオーウェルであった。


「殺れ、『撲殺』」

「はい」


 仮面の少年が燃え盛る馬車の屋根を蹴ってオーウェルめがけて跳び上がった。


「へぇ、速いじゃないか!」


 死神はそこから動かない。


「ランク四、空間魔術『彼岸此岸リバーサイド・ステイション』」


 オーウェルの周囲に『距離』の歪んだ亜空間が展開される。

 たとえ目ではすぐ近くにいるように見えても、想像もつかないような距離を隔てた障壁で『撲殺』を迎え撃っている。


 しかし、


「かかったな……」


 老爺、『必殺』がほくそ笑む。


 次の瞬間には『撲殺』の拳が『死神』の横っ面を捉え、頬骨を砕いていた。




『断片のグリモア』

 その48:閉人の死亡回数について


 不死者の回復にはいくつかのモードがあり、致命傷を受けた時に高速で回復するモードや、バラバラになり過ぎて時間がかかるのでロングランで回復するモードなど、様々な回復プランがある。

 それらを使い分けるために閉人の身体に刻み込まれた魔術は絶えず本体の状態をモニタリングしており、死に近い状況を『死亡回数』としてカウントするのである。

 閉人の死亡シーンを数え上げてみよう。


 一、エリリアたちを追っていた刺客に胸を射られて死亡

 二、疾走するフィガロから飛び降りて死亡

 三、岩で自分の頭を砕いて死亡

 四、その辺の石を呑みこんで死亡

 五、その辺の崖から飛びこんで死亡

 六、死ぬまで息を止めて窒息死

 七、グレイトタスクに刺されて死亡

 八、ドットに殴られて頭蓋が割れて死亡

 九、フィロ=スパーダに手首をもがれて失血死

 十、ドットにカンダタで殴られて死亡

 十一、ドットにもう一回殴られて死亡

 十二、イルーダンに尻を射られ腸が破損して死亡

 十三、イルーダンに急所を射られまくって死亡

 十四、ジークマリアの魔槍に腹を刺されて死亡

 十五、ジークマリアの槍に腹をかきまわされて死亡

 十六、リリーバラ上空から落下して死亡

 十七、イルーダンとアイリーンの銃撃で死亡

 十八、ジークマリアの銃弾摘出手術に立ち会って死亡

 十九、昏睡中のジークマリアに脊髄をへし折られて死亡

 二十、アラザールのブレスに焼かれて死亡

 二十一、イルーダンに植え付けられたトラキラに血を吸われて失血死

 二十二、爆弾の爆発に巻き込まれて死亡

 二十三、アラザールと共に自爆して死亡

 二十四、ハイランダー山からの帰り道、下山中に崖から落ちて死亡

 二十五、ジークマリアとの組手中に頭蓋を砕かれて死亡

 二十六、エリリアに膝枕してもらおうとして失敗、頭部を強打して死亡

 二十七、ジークマリアとの組手中に暴力を受けて死亡

 二十八、水浴び中のエリリアたちを覗きにいってジークマリアに解体されて死亡

 二十九、ドドンゴに爆破されて死亡。

 三十、ドドンゴに四肢を爆破されて失血し死亡

 三十一、ゼペットが操る少年に刺されて死亡

 三十二、ゼペットが操る少年にもう一回刺されて死亡

 三十三、身体をいじくりながら遊んでたら足を滑らせて頚椎骨折、死亡


 閉人撃墜MVPは今のところジークマリアである。

 たぶんこれからもジークマリアだろう。

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