2‐3‐1 温泉街ナザーン

「予想通り、この辺りまで来るとだいぶ冷えてきたな」

「姫さん、大丈夫? 上着出そうか」

「はい……大丈夫です」

「姫様、次の街ももう目と鼻の先ですが御無理はなさらないでください」

「あーマジだ見える。アレがエルフの里?」

「そんなはずあるか。あれは大森林に入る一歩手前、ナザーンの街だ」

「その通りっスよ。でも、エルフの里があるジュサプブロスまで、これから寒くなる一方なんスから皆気を付けましょうね」

「露出狂の貴様が言っても当てにならんな」

「う、手厳しいッスね……」


 いつもの三人にビエロッチを加えた四人はラースリーを発ち、北にある大森林ジュサプブロスをめざし街道の分岐路を北に進んでいた。

 バードマンの里フェザーンを目指していた時のように、風景を彩る緑も少しずつハイランダー山で見たような高山の植生に移ろっていく。

 背後に置いてきたラースリーは、もう影も形も見えない。


 閉人はその辺で買ったガイドブック片手に唸る。


「……あ、次の街温泉あるじゃん。姫さんのお背中お流ししたいなー」

「貴様、姫様と一緒に入る気か?」

「いでっ!」


 ジークマリアのげんこつが閉人の頭骨を揺らす。


「いででで、骨が凹んだ!」

「ち、脳まで届かなかったか」

「届く訳ねぇだろ怖えーよ!」


 茶番の取っ組み合いをしつつ、閉人とジークマリアはちらとエリリアの方を見た。


「……」


 エリリアは、二人のじゃれ合いにも気づかず、空を見上げていた。


 二人して首をかしげる。

 さっきのアホみたいなやり取りも、エリリアの気を引こうとしての物である。


「姫さんどうしちまったんだろ?」

「貴様のセクハラがいかんのだ」

「いやそもそも聞こえてねぇっぽいし」

「むぅ、確かに」


 エリリアはぽぉっと空を見上げている。


「どうしちゃったんだろう、姫さん」

「ふむ……」


 ラースリーを出てから、エリリアの様子がちょっと変だ。


「姫さん、この前のこと気にしてるんだろうな」

「うむ。姫様は自らよりも他者の悲しみにより苦しまれるお方だ。むべもない」


 結局ラースリーには一週間ほど滞在することになった。

 というのも、王都から『死神』が呼び寄せた白魔術師たちがやってくるまでにそれだけ時間がかかったからだ。

 その後、街の代表に誘われた会食も辞退し、静かに抜け出してきたのである。

 事件で家族を亡くした遺族にも自分たちの無力を深々と謝ったが、真相を伝えられるはずもなく、やりきれない幕切れになってしまった。


「畜生、俺がもっとちゃんと動けてたら」

「言うな。私は人形の対処だけで何もできなかった」


 二人は取っ組み合いの状態から分離して、二つため息を吐いた。


 そんな三人を眺め、ビエロッチは口元に笑みを浮かべるのだった。

 その笑みは決して悪巧みとか嘲りとか、マイナスの笑みではない。


(ほーんと、『今回の』継承者一行は何ていうか、若いッスねぇ)


 百年単位の時間を生きるエルフにとって、エリリアたちはそう見えるのだった。



 †×†×†×†×†×†×†



 十日前、ラースリーにて。


「姫様の旅についてくるだと?」


 ジークマリアがビエロッチの襟首を掴んで身体ごと持ち上げていた。


「確かに『死神』の提案は呑んだが、姫様の旅にそこまで介入される謂れはない」

「ひ、ひぃ……分かってるっス、気持ちは分かるッスからぁ……」


 ビエロッチはジークマリアに締め上げられながらひぃひぃ言っていた。

 どうにもジークマリアが苦手らしい。


「マリィ、そろそろ降ろしてあげたら……?」


 エリリアがあわあわ言うが、


「駄目です。『死神』側のスパイと分かった以上、知ってることは全部吐きださせます」

「ぎえー!」


 ビエロッチはキリキリ締め上げられながら悲鳴を上げた。


 閉人たちにとって、ビエロッチは風変わりな隣人の一人でしかなかった。

 イルーダンの姉とは言うが、あんまり似ている気もしないから気にならなかったのだが、それが王国の趨勢を巡って争っている『ギルシアン派』の一員であるというから驚きだ。

 実は『旅立ち荘』に暮らしているという時点で結構ヤバいのだが、その事に何となく気づいているのはジークマリアだけだ。


 閉人とエリリアはもうどうしてよいのか分からなかったが、ジークマリアがここまで断言するからには従う他ない。


「瞬間移動はしないッスから! 今回は服を着て真面目な話するッスから!」


「ちっ」


 ジークマリアはいらいらしつつもビエロッチの身体を降ろしてやったのであった。




「ジブン、瞬間移動の魔術が出来るッスから、王家を客に情報収集で稼いでたんッス」


 町中のピザ屋にて。

 四人用に頼んだピザを齧りながらビエロッチは言った。


「で、ギルシアン王太子様にもご贔屓にしてもらってたんスけど、殺されちゃったじゃないっスか。で、その腹心だった『死神』っちとつるむようになって……」

「今回我々を見張っていたような仕事をしていたわけか?」

「う~、そうっス」


 ピザの耳をお冷で腹に流し込みながらビエロッチは頷いた。


「姫様、コイツの話は辻褄こそ合いますが、信用するには足りません。姫様はどう思われますか?」

「ビエロッチさんはいい人だと思いますよ」


 ピザをもぐもぐゴックンし、エリリアは答えた。

 エリリアの勘はよく当たるが、本人が朗らか過ぎるのが珠に瑕であった。


「むう、そうですか。なら締め上げるのは保留として、何故我々についてくるなどと?」


 ジークマリアがさっきと変わらぬ殺気塗れの目で見ると、ビエロッチはビクリとしつつピザを呑みこんだ。


「死神っちにエリリアっちの安全を見届ける仕事を頼まれたんすよ。家一軒買えるお金で頼まれたら断れないッスよ~」


 ビエロッチは手を揉みながら弁明したが、『死神に頼まれた』というのは嘘である。

 本当は『死神』のそのさらに上からの依頼で、オーウェルが偉そうに振舞っていたのはビエロッチがこれからやる本当の仕事の『カモフラージュ』だった。


 その事だけはバレちゃいけないから、ビエロッチはあれこれ言いながら隠している。


(でも何故■■■っちの事を調べなきゃいけないのか、ジブンにも分かんないっスよねぇ)


 そんな事を思いつつ、ビエロッチはピザのお代わり注文をするのだった。

 ジークマリアはピザを食べ続けつつ瞑目した。


「私は反対です……が、姫様の決定に従います」


 一同はエリリアを見る。

 だが、閉人とジークマリアは大体答えの想像がついていた。


「よろしくお願いします、ビエロッチさん」


 やっぱりか~。


「お願いしますッス~」


 そんな感じの雰囲気でビエロッチの加入は決まったのであった。



 †×†×†×†×†×†×†



 で。


「結局のところ、いつもの姫さまに戻っていただくにはどうしたらよいのだろう?」

「温泉でゆっくりしたら治るんじゃないスか?」

「真面目に考えろ、叩き斬るぞ」

「いや、マジのマジっスよ」


 辿りついた次の街、ナザーンの門前でビエロッチは断言した。


「人間、誰しも疲れてポヤポヤする時はあるッス。そんな時は畑を耕すなり温泉に入るなり読書するなりで十年ぐらい時間を潰す。それで簡単に復活するもんッスよ」

「十年……スケールでかっ」

「ジブンたちエルフは平地人の数倍は生きるッスから」

「そうは言うが、姫様にここで十年もお休みいただく訳にはいくまい」

「それもそうなんスよねー。そんなことしてたら間に合わないッスから」

「何に?」

「え? ああいやいやいや、そりゃ色々っスよ。人生短いんスから」

「長く感じないんすか、エルフの人生って?」

「もちろん。十年なんてあっという間っスよ」

「すごいなぁ」

「おい、話が脱線してないか?」


 そんな話をしつつ、結局答えは出なかった。

 なので取り敢えず温泉付の宿屋に泊ることには決めたが、


「で、どうするんだよ」

「二部屋取った。貴様はビエロッチと一緒の部屋に泊まれ。私は姫様と同じ部屋で寝る」

「部屋割りの話じゃなくて……って、俺と姐さんが一緒かよ!」

「当たり前だ。姫様と同じ部屋に泊めてはいけないツートップだろう、貴様らは」

「うっ、ぐうの音も出ねぇ」

「ふん、行っていいぞ」


 バシンと閉人の顔に投げつけられたのは、部屋の鍵であった。

 

「ぐぬぬ」


 閉人は鍵を握りしめて唸ったが、食い下がったところで虚しいだけなのでやめた。


「閉人っち、モテないッスねぇ。フラれたッスねぇ」

「うぅ、そんなんじゃねぇよ姐さん」


 閉人はしょげつつ首を振った。


「別々の部屋だと、何だか仲間外れみたいで寂しいっていうか、その……」

「乙女ッスか?」

「だ、だって! いつも野宿する時は三人でごろ寝なのに、宿が取れた時は別々でさ。こっち来てからはずっと一緒だったからさ、寂しくて……」

「閉人っち、あの二人のこと大好きなんスね~」

「いや、別に、そんな、ことは……」


 閉人は俯いて顔を押さえた。

 しかし、耳が真っ赤になっているのでビエロッチは誤魔化せない。


「そういう事なら、ビエロッチ姐さんに任せて欲しいっス」


 ビエロッチは手を打った。


「ジブンの瞬間移動魔術で手伝ってあげるッス」

「何を?」

「決まってるじゃないスか」


 ビエロッチは声を潜めた。


「『覗き』ッスよ。男子って温泉来たらそういう事するもんじゃないスか。何、裸なんて見られたって減るもんじゃないんスから」


 そう言ってビエロッチは露出狂の論理で親指を立てたが、


「マジで殺されるんでそーいうのやめましょ? 首だけで温泉に入る羽目になっちまいます……」


 閉人は真っ赤になっていた顔を青くしてプルプルと震えていた。


(前科があるんスね、可哀想に)


 ビエロッチはほろりと涙を一粒流し……はしなかったが、閉人をほんの少しだけ哀れに思ったのであった。




「という訳で、先にお風呂行ってくるんで留守番よろしくッス」

「へーい」


 結局お留守番となった。

 エリリア・ジークマリア組の部屋ではジークマリアの影が荷物番をしていることだろう。


「あー、暇だー」


 カンダタは磨いてピカピカだ。

 イルーダンと街で戦った頃に始めた日記も、今は書く気分にならない。


「はー、俺も早く温泉入りてー。欲を言えば女湯で~」


 情けない独り言を言ってベッドの上をごろごろしていたが。


「ッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 突如、雷のような衝撃が閉人の頭を貫いた。


「そうだ! 女の子の身体に成ればいいんだ! 魔術で!」


 閉人はベッドの上に跳ね起きた。


「よし、ランク六、血闘魔術『無限骨肉戦争(アバラ・アバランチ)』!」


 閉人は自らの胸に手を当てると、自らの身体を魔術で少しずついじり始めた。


「あれ、胸が全然いい感じにならねぇ。どちゃくそ垂れやがる。仕方ないから肋骨を伸ばして骨組みにして……」


 あれこれ弄っている内に、閉人はだんだんとヘタクソの作った彫刻のようになっていった。


「あ、肋骨が飛びだした! ぐぇ、これじゃ駄目だ。何か変だ」


 そう思って諦めようとした矢先、閉人の足がシーツで滑った。


「あっ……」


 閉人の視界が回転する。

 自分の身体弄りに夢中になっていた閉人は受け身を取れず、


 バキンっ!


 床に頭をぶつけて首の骨を折ってしまったのであった。


「グェッ!」


 アホみたいな声をあげながら閉人は白目を剥く。

 普通なら即死である。



 閉人史上、最も間抜けな死に方であった。



 仮に知られてしまったなら、いつもは温厚なエリリアですらゲラゲラ笑うだろう。

 というか、ビエロッチが帰って来るまでにこのアホな状態から抜け出さなければ。


(ぐえぇ、身体動かねぇー!)


 閉人、大ピンチ。

 だが、それが閉人にとってある重要な出会いのきっかけとなったのだ。



「閉人……閉人よ」


 脳天をぶつけて失神している閉人の精神に、呼び掛ける者がいる。


(だ、誰だ……?)


「こっちだ、閉人」


 閉人の真っ暗な視界に光が差す。


「こちらへ来い、閉人」

(え……? いや気になるから行くけどさ)

「ぶつぶつほざくな。早よ来い」

(……へーい)


 閉人は暗い視界の中、平泳ぎの感覚で光へと向かう。

 輝かんばかりの光の窓を覗いた先には。




「らっしゃーせー」


 居酒屋があった。

 カタンカタンと頭上から電車の走る音がする。

 高架下か。

 店内はいかにも居酒屋で、壁にはお品書きがびっしりで、思わず喉が鳴る。


(な、何だここ。地球か? いや、そんなバカな!)


 そんな事を考えていると、


「おーおー来たか、まあ座れや」


 どう見ても仕事帰りのオッサンにしか見えない小太りの中年男が閉人を手招きしていた。


「え、何ここ?」

「座れや」

「いや何?」

「いいから座れぇ言ぅーとるやろがい!」


 オッサンは真っ赤になってキレだし、飲みかけのグラス杯をテーブルに叩きつけた。


(何これ、何これ、何これ……)


 アホな死に方をしただけなのにどうしてこんなところに。


(女湯……)


 潰えた夢を奥歯でかみ殺しながら、閉人はオッサンの向かい側に置いてあるビールケースの上に座るのだった。




『断片のグリモア』

 その47:ナザーンについて


 閉人たちが辿りついた都市『ナザーン』は平野と森の境目、小山脈の山あいに位置している。閉人が散々騒いだように温泉が湧いており、王都から割と近いこともあってエルフのみならず様々な種族が訪れる観光スポットである。

 この温泉にはマギアス建国以前にまでさかのぼるルーツがある。

 曰く、かつてエルフと平地人のいさかいで魔術合戦が行われた際に突如地面から温水が噴き出して術者たちをどこぞに押し流してしまったのだという。そのことから、地元では「喧嘩をすると熱湯に流されるぞ」という子供たちへの謎脅し文句が今でも伝わっている。

 温泉には魔力が溶け込んでおり、美容健康魔力回復に効果てきめん、老若男女種族を問わず入りに来る名湯であり、入浴剤も売っている。

 他の名物はエルフの里から仕入れた薬草を練り込んだ『ハーブ団子』。閉人曰くよもぎ餅みたいなもんで、癖があるが慣れればそれこそ癖になる美味しさであるという。


 一度はおいでよナザーン。たまにはおいでよナザーン。

 もしあなたが王都近くに流れ着いたなら、行ってみるのもよいだろう。

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