2‐2‐5 剣豪

「七十一……七十……」


 死したドドンゴの口が表情無く数字を減らしていく。

 死後に発動する魔術『自爆殺弾ハートレス・カウントダウン』はそのカウントが0になった瞬間に大爆発を引き起こす。


 爆発を止める手立てはなく、ラースリーの街をすべて破壊しつくしてしまう規模を持つ。

 だから逃げるしかないのだが……


「ははは、誰にも知らせることはできません。皆仲良く爆死! 僕と貴方以外はね」


 ゼペット=マペットの人形と化した少年が、槍で閉人を床に縫いとめていた。


(クソッ……てめぇら、姫さんは殺せないんじゃなかったのか!?)


 閉人は肺からしゅーしゅーと空気を漏らしながら目で言った。


「必ず生かしておかなければならない訳じゃないですよ。『斬殺』は姫巫女殿のファンでしたし、『銃殺』は、ねぇ? あの鴉に女子供は殺せませんよ、はは」


 刺した槍をぐりぐりと傷口に押し込み、少年は笑む。


「ですが、僕にそんな甘さはありません。これで依頼完了。はは、楽じゃありませんか」


(畜生が……ッ)


 閉人は、片肺を貫かれた状態で呻いた。

 普通なら喋れない程の傷だが、閉人は普通ではない。


(どうする!? 操られている子供を倒したって意味がない。でもこのままじゃ……)


 知らせなくては。

 叫ばなくては。


 しかし。


「ついでにこれもどうぞ」


 閉人のそっ首にさらに剣が深々と突き立てられた。

 気道頸動脈食道、まとめて貫いた剣が床に刺さる。


「ぐげっ、でめぇ! げぼおぇっ」


 血を吐きのた打ち回る閉人の背を踏みつけにしてゼペットはほくそ笑む。


(もう、小声も出ねぇ! ヤバい、ぞ!)


「三十七……三十六……」


 万事休すか。


(いや、声を出すだけなら、知らせるだけなら……!)


 かつてイルーダンの部下、イヴィルカインに操られた時に出来たアレが出来るなら。


(出来るはずだ。俺の身体はでたらめだ、だから……ッ!)


 閉人はボロボロのズタボロ雑巾以下の身体から力を振り絞る。

 左手を天に差し伸ばし、心の中で叫ぶ。


(ランク6ッ――――――!)



 †×†×†×†×†×†×†



 ラースリーの中心、広場の真ん中にそびえる噴水に二つの影が立つ。


「マリィ、やっぱり何か変だわ」

「同感です、姫様。人形の動きの質が変わりました。奴ら、何かを狙っています」


 ジークマリアはエリリアを庇いつつ、迫りくる人形を一人投げ飛ばした。

 ドドンゴが『起爆』したいくつもの爆発音は、既にジークマリアの耳に入っている。

 『爆殺』、その力が人形に及んでいないはずがない。


 そのため、ジークマリアは人形たちをいなしつつ、群衆の渦から逃れるように移動してきた。

 しかし、今は人形たちの動きが違う。


「奴ら、我々を追うのではなく、この街から逃がさないように動きを変えました。何かを仕掛けてきます」

「そうね。宿の方から聞こえる爆発音は止んだのに、威圧感だけは増しているもの」

「……合流すべきですな」


 そもそも閉人を残してきたのは、複数の軸で攻めてくるであろう敵に対して、耐久性なら随一の閉人を独立させ、二方向から対抗するためだ。

 実際、閉人が爆弾魔を引きつけていたために、今までジークマリア達は爆破されずに済んでいた。

 ドドンゴなら人形がジークマリアにいなされる寸前に起爆するなど朝飯前だっただろう。


「姫様、『あの魔術』を使うご準備を。場合によってはこのまま街を離脱します」

「分かったわ……っ」


 百数十に上る人形たちの包囲網をかき分け、宿の方に戻ろうとジークマリアが駆けだした。


 その時であった。


「爆弾魔が自爆するぞぉぉぉぉ! 街ごと吹っ飛んじまうぞぉぉぉぉォッ!!!」


 夜闇をつんざいて悲鳴のような声が轟いた。


「この情けない声は……」

「閉人さん!」


 言っている間にもジークマリアは踵を返していた。

 既に宿の方を背にし、閉人を置いて町から逃れる算段を付けていた。


「閉人は置いて行きます! 奴の報せを無駄にしてはいけません!」


 不死者である閉人でなければ、流石のジークマリアも置いてはいけなかっただろう。

 それが分かっているから、エリリアは閉人をいったん見捨てる選択を受け入れたのだ。


「行かせるものか!」


 人形たちがエリリアたちの行く先を覆うように飛び出してくる。

 人形が人形を踏み、さらにそれを人形が踏み、まるで雪崩のように高さを伴って迫る。


「姫様!」

「ええ!」


 エリリアの右手に杖の、額には七芒星の紋章が浮かび上がる。

 エリリアが継承する最強の魔導書『マグナ=グリモア』の発動儀式だ。


「ランク9『虚神何何之比翼憐理きょしんかなんのひよくれんり』!」


 それは、バードマンの里での継承にて手に入れたマグナ=グリモアの断片。

 そこに秘められていた高ランク魔術がエリリアとジークマリアの身体を覆う。


「なっ!?」


 人形たちが、それを操るゼペットが、思わず声をあげた。

 その時、エリリアたちの身体は既に人形たちの頭上にあった。


「飛んだ!?」


 エリリアたちの背にはそれぞれ夜光を映したような翼が一対生えていた。

 本物の翼ではなく、翼を象った魔力(エーテル)の奔流である。


「翼を生やす魔術、そんな情報は無かった……ッ!」


 人形の一人が舌打ちをした。

 しかし、ぐるりと目を一回転させたかと思うと、口元に笑みを浮かべる。


「ですが、もう間に合いませんよ!」


 飛び去るエリリアたちの背を見つめるゼペットの中で数字が響く。


「五……四……三……」


 ドドンゴのカウントダウンが今まさに完成しようとしていた。



 †×†×†×†×†×†×†



 それよりほんの少し時を遡る。

 宿の一階、ゼペットの人形となった少年は閉人を睨み付けた。


「十三……十二……」

「余計なことをしてくれましたね」


 ゼペットは閉人の左手首を捻り上げ、その掌を見た。

 掌に亀裂が走っており、そこから僅かに吐息が漏れていた。

 その奥に、筋肉で構成された唇が生えていた。


 ゼペットはそれを見て察する。


「なるほど、片肺から伸ばした気道を腕に通し、手で叫びましたか。気味の悪いことを」


 掴まれた手の亀裂が歪む。

 掌の筋肉が顎の代わりに開閉しているのだ。


「へ、何でも自分の計算通りに進むと思ってんじゃねぇぞ」

「うるさい! 死にぞこないは黙っていろ!」


 喋る手首を床に叩きつけて、ゼペットは唾を吐いた。


「ははは、口が達者なら耳も澄ませてでもみたらどうです? もう間に合いませんよ!」

「五……四……三……」


 ドドンゴの自爆は文字通り秒読み段階。

 今の閉人にはもう何もできない。


(頼む、逃げ延びていてくれ!)


 口を生やした左手を握りしめ、閉人は祈った。

 それしかできることが無かったが、目だけは起こる事を見届けるために見開いていた。


「二……」


 その時だった。


「あ、コレっスね」


 閉人の視界の隅に何かが突然現れる。

 霞む視界に現れたのは幻か。


 服を着ていない全裸の女が宙に浮いている。


「一……」

「ランク七、空間魔術『知恵者猫大跳躍フライング・プッシーフット』」


 女がドドンゴに触れた瞬間、爆弾とした亡骸が……


「消え……た……ッ?」


 驚きの声をあげたのはゼペットだった。

 文字通り、消えていた。ドドンゴの血塗れの死体が、音も光も無く消滅したのだ。


「爆発は……爆発はどうしたァッ!!!???」


 ゼペットは突如現れた女に問いただす。

 女は恥部を隠しもせず、振り向いて答えた。


「ジブンの魔術は生物を瞬間移動させる魔術ッス。今のドワーフなら、バードマンもいないような高高度、お空の果てでぶっ飛んだっス」


 他人事のようにのたまうのは、長い髪をなびかせたエルフ。


「……何者ですか、貴女は?」

「ビエロッチ=アレクセイエフ、冒険者っス」


 旅立ち荘で閉人たちと出会った女冒険者にしてイルーダンの姉、ビエロッチ。

 相変わらず瞬間移動の副作用として全裸でのほほんとしていた。


「いやー、閉人っちが叫んでくれなかったら危なかったすよ。ナイス~」


 そう言って這いつくばる閉人の顔を覗き込むビエロッチ。


「ね、『謀殺』のゼペット=マペットさん?」

「っ! 僕を知っているのか」

「もちろんッス。だって……」


 言いかけて、ビエロッチは再び姿を消した。


「ど、どこに消えた!?」


 辺りを見回すゼペットの真後ろから、その首に艶やかな腕が絡められる。

 後ろから抱きつくように、ビエロッチが現れていた。


「死神くんのツレっすからね」

「な、何!?」


 ゼペットが驚く間にビエロッチがその首元に手を伸ばした。

 内臓をまさぐられるような不快感にゼペットは総毛立つ。


「い、糸を探っていますね!? は、離しなさいッ!」


 ゼペットが腕を振り回した時には、ビエロッチは既に離れた場所で佇んでいた。

 その手には、ゼペットを操っていた糸が絡み付いている。


「ふぅん、この街に来ているのも偽物……グログロアにいるんスか、アンタの本体」

「ッ!」

「遠隔魔術で人を操作する糸も、国の端から端までは伸ばせない。なるほど、あそこなら丁度いい距離っスね」


 ビエロッチが他人事のように言った瞬間、少年の身体力を失ってその場にへたり込んだ。

 糸が切れたように、という形容が正しい。


 ゼペット=マペット本体が『斑糸蜘蛛謀殺人形アラゴグフォビア』を解いたのだ。


「……本体に戻って逃げる気っスか」


 ビエロッチは呟きつつ、閉人の顔を覗きこんだ。


「大丈夫ッスか」

「ああ……助かったよ、ビエロッチの姐さん……姫さんたちは?」

「無事ッスよ。敵は全部消えましたから」

「あり……が、と……う……」


 礼を告げると、そのまま気を失ってしまった。


 閉人は既に常人なら発狂するような傷を負っている。

 今までは使命感のために気を張っていたが、その緊張が崩れたのだ。



「さあて、グログロアってことは、とどめは『剣豪』にお願いしますかね」


 ビエロッチはそのまま姿を消した。

 持ち前の『魔力感知』能力によって、ビエロッチはゼペットの本体位置を特定していた。



 †×†×†×†×†×†×†



「聞いていないぞ、あんな奴が出て来るなんてッ」


 グログロアの宿屋にて、一人部屋のベッドから青年が跳ね起きた。

 線の細そうな美少年だが、仮死状態で魔法を扱う事から肌の色はすこぶる悪く、まるで死人のようにも見える。

 その右手首には、エリリアの『怨神刃螺羅之万華鏡』による呪い傷が刻まれていた。

 覚醒したばかりで痺れる手足を引き摺りつつ、仕事鞄一つを手に宿屋を飛びだす。


「誰でもいい、今からでもこの街で手駒を増やして……」


 追っ手を迎え撃つ! ゼペットはそう考えた。


(そうさ、僕は『謀殺』のゼペット=マペット! 今まで自分の手を汚さずに、騎士将棋の達人のように任務をこなしてきた! できる、やってやれないことはありません!)


 息巻きながら獲物を探すゼペットは、グログロアの密集した建物の合間を駆ける。


 すると、路地を抜けた先に男が歩いているではないか。

 しかも、酔っているのか足つきが覚束ない様子だ。


(ははははは! 早速チャンスが巡ってきましたね!)


 ほくそ笑むのをこらえつつ、こっそりと魔導書を開いた。

 手から魔力の糸をこっそり伸ばして相手の首に届けば神経系を乗っ取る事が出来る。


 魔力の糸先がゆらゆらと空気に揺れて人影へと伸びる。

 あと指一本分の距離にまで糸が迫り、ゼペットは狂喜する。


「『斑糸蜘蛛謀殺人形アラゴグノフォビア』、そいつの神経系を支配しなさいィッ!」


 その糸が相手を支配しようとしたその時、相手の男が背を向けたまま呟いた。


「む、こいつだな。やってしまえ『剣豪』」

「はいヨ」


 男の言葉に応えるように、ゼペットの視界の端で白い光が小さく煌めいた。


「上かッ!」


 路地を挟む屋根の上で若い女の声が低く囁く。


「ランク三、魔仙九十九刀流剣術『魔脈断サイレンストーン』」


 一閃、ゼペットの真上から斬り込んだ刃が糸を伸ばす両腕を通過した。


「な……ッ!?」


 切断されたはずの両腕に傷は無い。

 だが、自分の中にある何かを斬られたと、ゼペットは直感した。


「何をした!」


 降り立ったのは『旅立ち荘』の一人、ドラゴニュートの踊り子リィリィ=ドランゴ。

 その手には血のように紅く透き通った結晶刀を携えている。


 ゼペットは咄嗟に糸をリィリィに向けて伸ばそうとするが……


「……ん? んッ!? 魔術が使えないだと!? 何だこれはっ!」


 リィリィは答えた。


「魔仙流の百ある奥義の一つ『魔脈断サイレンストーン』は生物の身体を巡る魔力経路『魔脈』だけを断つ技ネ。アンタ、特殊な手術を受けないと魔術はもう使えないヨ」

「っ! そんな……」


 ゼペットはその場に崩れ落ちた。

 魔術が使えない。

 その実感が絶望と共に彼を打ちのめしてしまったのだ。



「んー、寝起きの運動には良かったな」

「いや、アンタはフラフラ歩いてただけデショ」


 囮役をしていたのはジュゲム=ファラン。

 リィリィと同じく『旅立ち荘』に暮らすヴァンパイヤであった。


「見事だリィリィ。流石は『剣神』アルドレッドの一番弟子」

「アンタの鍛えた刀もまあまあ使いやすかったネ」

「『剣豪』のお褒めに与るとは、刀工冥利に尽きる」

「そんなに褒めても何も出ないヨ」

「は、そうだな」


 二人は思い出したようにゼペットを見下ろした。

 圧倒的強者であるリィリィを前に、ただ膝を付いて何もできずにいる。


「で、コイツはどうすんだ? おーいビエロッチ、いるんだろう?」


 ジュゲムが声を上げると、彼らの背後に影が立った。

 ビエロッチである。


 裸であることが分かっているから、ジュゲムたちは振り返らない。


「いやーメンゴメンゴ。数日したら『死神』が回収しに行くッスから。ソイツ『王太子ギルシアン暗殺事件』と『姫巫女襲撃』の証人ッスから、それまで『旅立ち荘』で面倒見といてくださいッス」

「おいおい、夜中に叩き起こした上、俺たちに殺し屋のお守りをさせるのか?」

「今度、酒買って帰るッスから、ね、ね?」

「……どうするよ、リィリィ?」

「いいヨ。踊り子の仕事はしばらくオフにするヨ」

「ありがとう~、マジ恩に着るッス~」


 ビエロッチは飼い犬を預ける様な気安さでゼペットの身柄を託すと、「服を着ろ」と言われる間もなく消えてしまった。

 ジュゲムとリィリィはビエロッチのこういうところには慣れていたから、呆れたように息を吐いた。


「しかし、あれだな」

「あれっテ?」

「ビエロッチも『死神』も『王太子ギルシアン』様の派閥だろう? あいつらがコソコソ動き出したとなれば、一波乱起こるかもしれないぞ」

「面倒は嫌ネ。今回は友達のよしみで手伝ったダケ」

「ま、それで済めばいいんだがな」

「そんなことより、エリリアちゃんたち大丈夫カナ。この一件に巻き込まれてるんじゃないノ?」

「まあ、ビエロッチのテンション的に平気なんじゃないか?」

「それもそうネ」


 まるで今のような修羅場が日常茶飯事であるかのような会話に、ゼペットは内心驚愕していた。


(な、何だコイツら……僕をまるで預けられた子猫みたいにナメやがって。魔術を封じられようと僕は『謀殺』だ。どうにかして逃げてやる。『必殺』に始末される前に……ッ!)


 ジュゲムは悪巧みしているゼペットを面倒くさそうに睨み付ける。


「おい、さっさと来い」

「チッ……」


 奇妙な成り行きだが、ゼペットは『旅立ち荘』に連行される事になってしまうのであった。


「はぁ~、早く事が済んでくれれば助かるんだがな」

「ジュゲムみたいな暇人が気にすることアル?」

「それがなぁ、そのうち帰って来るらしいんだよ。迷宮深層から、キャロ姉さんが」

「アラ大変」



 かくして、様々な思惑が入り乱れた『ラースリー襲撃事件』は幕を閉じたのであった。




『断片のグリモア』

 その45:魔仙流剣術について


 『魔仙流』はマギアス魔法王国における最有力の剣術流派である。

 始祖であるミハエラ=クリアライトは最初期の『八神杖エイトスタッフ』にて『剣神』を務め、その後継者たちも代によっては『剣神』を務めている。

 流派の基本思想は『多彩』であること。

 初代ミハエラは百を超える技を持ち、あらゆる危機に対して解答となる手を持っていたという。その中でも特に強力で汎用的な技を百種まとめた秘伝書が弟子に遺されており、それを基に修練を積むのが魔仙流の基本である。

 百まである技を一つずつ極めていくことで流派の中における『格』があがって行き、一つ極めれば『魔仙一刀流』、二つ極めれば『魔仙二刀流』といった具合に名乗ることが許される。

 当代の主『剣神』アルドレッドの一番弟子であるリィリィは『魔仙九十九刀流』を名乗っているが、九十九まで極められたならあと一つも楽勝、とはいかないらしい。


 一言には語り尽くせない流派であるが、閉人たちも長い旅である。また取り上げる機会もあるだろう。

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