2‐2‐6 四人目

 後の世に、ラースリーの一件はこう解釈されることになる。


「王太子ギルシアン閣下暗殺事件に与したテロリストたちによる、政情不安を煽る為の破壊行動、それが今回の出来事の『真相』だ」

「へ、何それどーゆーこと?」


 ジークマリアの説明に、絶賛手足再生中の閉人が訊ねた。

 閉人は全身がパーツ不足の中どうにかベッドに腰掛けていた。


 そこは元々エリリアたちが泊まっていた宿屋の最上階。

 例の一件から夜が明けた正午のことであった。


「貴様が死んでる間に、いくつか話しておくべきことができたということだ」


 ジークマリアはちらと外を見た。

 エリリアは白魔術師として昨晩の事件で傷を負った者たちを治療しに行っていた。


 人形にされて無茶な動きを要求された者、飛び立とうとするエリリアたちを止めようと雪崩になって上の人間に押し潰された者、負傷者は少なくない。

 ジークマリアはその手助けに行くつもりであったが、閉人が先になった。


「昨晩、死者が五人出た。貴様の前で爆発に包まれた二人と、私たちを襲おうと人の波に飲まれ身体を潰された二人。あと一人は爆弾魔、これについてはよくやった」

「いや……目の前で二人、人が死ぬのを助けられなかった」

「あの叫びで変態エルフを呼んだだろう。私たち全員を救ったんだ」

「でもよぉ……ッ!」


 閉人は再生しかけの左手を握りしめた。

 これまで、魔笛の空賊団との戦いで人を殺すことには慣れたつもりだった。

 しかし、戦いに巻き込まれて善良な人が死ぬのはまだ慣れていない。

 共に戦ったバードマンの僧兵やボリ=ウムの死は、閉人の心にまだ新しい傷として開いたままである。


「……思うところがあるのは別にいい。貴様がそういう調子なのは今日に始まった事ではないからな。ただ、話だけは通しておくぞ」


 ジークマリアは一つ咳ばらいをした。


「さっきも言ったが、このラースリーでの一件は『政情不安につけこんだテロ』、つまり私たちとは無関係の案件として公に報じられる」

「いや、どうしてそうなるんだよ。『|七つの殺し方《クレイジーセブン》』は姫さんを付け狙って襲ってきて、この街は巻き込まれただけじゃねぇか」

「それはそうなのだが……『死神』が提案してきてな」

「『死神』、あのいけ好かない奴のことか」

「ああ、貴様は既に接触していたんだったか」

「声だけだけどな」


 死神オーウェルについて、閉人の印象は最悪だった。


(あの野郎、人のこと閉じ込めといて肝心な時にはどこにいやがったんだ!?)


 加えて、閉人たち『不死者』たちについていろいろ関わりを持っているらしい。

 閉人がそんな事を考えていると、

 

「変態エルフ、アイツも『死神』の仲間だそうだ」

「えっ、ビエロッチの姐さんも?」

「ああ。彼らが出てきた以上、貴様には一から説明しておいた方がいいだろう」


 ジークマリアは旅の荷物から騎士将棋の盤を取り出し、駒を幾つか手に取った。


「戦りながら説明するってか? 今は気分じゃねえよ」

「分かっている。説明に使うまでだ」


 そう言ってジークマリアは盤上の中心に『王』の駒を置いた。


「マギアス魔法王国は名目上では七大種族の連合国だが、司法行政軍事を始めとした国の主要機能を押さえているのは平地人だ。なぜだと思う?」

「……平地人の数が一番多いから、とか?」

「ある意味では正解だ。平地人が一番政治力を持っているから、あるいは王家が平地人の一族だから、とも言える」


 ジークマリアは王の周りに他種の駒を六つ置いた。

 七大種族の中に王として立つ平地人を表しているのだろう。


「構造として、平地人の王家に対する抑止力として七大種族の議会が存在している。このバランスこそが王国の要だ。そして、ストッパーである議会の最高戦力こそが姫様なのだ」

「そこまでは何となく分かってるつもりだ」

「じゃあ、その発展問題だ」


 ジークマリアは『王』とそのほかの駒を選り分けた。


「もし、王家が議会に関係なく力を振るいたいと思ったなら、どうする?」

「どうするったって、政治の事はなぁ……」

「簡単な問題だ。実際に起こっている事だろう?」

「……あっ! 姫さんをどうにかしちまおうってか!」

「その通り。全くもって不愉快だが、姫様が、マグナ=グリモアの継承者が消えてしまったなら、議会は王家の力を止めることはできなくなる」

「……ってことは黒幕は王家で、国ぐるみで姫さんを狙ってるのか?」

「そこがまた複雑だ。『死神』たちが我々を助けた理由がそこにある」


 ジークマリアは王の駒を二つ並べた。


「王太子ギルシアン殿下、第一王子ブラドール殿下。マギアス王に次ぐ王家のナンバー2と3だ。親議会派のギルシアン殿下と平地人至上主義者のブラドール殿下、この両者によって王家はある意味バランスを保っていたのだが……」

「どうしたってんだよ?」


 閉人が問う。

 それに答えたのはしかし、閉人ではなかった。


「ギルシアン様は殺されてしまったんだよ。『|七つの殺し方《クレイジーセブン》』に」

「ッ!?」


 閉人とジークマリアが同時に振り返ると、開いた窓の傍に黒衣の男が立っていた。

 

「『死神』か」


 ジークマリアが魔槍アンブラルの穂先をオプト=オーウェルに向けていた。


「危ないなぁ、そんなもの向けるなよ『神童』」

「そう思うならノックの一つぐらいしろ」

「僕と君の仲じゃないか」

「殺すぞ」


 ジークマリアはドスの利いた声で言った。


「おお、怖い怖い。お邪魔するよ不死者くん」

「てめぇ……」


 おどけた調子で笑いつつ、オーウェルは将棋盤の横に立った。

 『王』の頭をつまみ、もう一つの『王』にぶつけて倒してしまう。


「『|七つの殺し方《クレイジーセブン》』を使ってギルシアン様を殺したのは間違いなくブラドール殿下だ。彼はあわよくばマグナ=グリモアの力をも得て、この国を完全掌握するつもりらしい」

「……ブラドール」


 閉人はその名を呟いた。

 エリリアとジークマリアを苦しめる黒幕の名前。


 死神は続ける。


「僕らギルシアン様の臣下としては、あの男の暴虐を許しておくわけにはいかない。だから、君たちを助けて『|七つの殺し方《クレイジーセブン》』を捕えようともしたわけだ」

「……で、今回のことを『姫さまには関係ない話にする』って件、どういうつもりなんだよ」

「それは簡単さ。お互いにメリットがあるから提案した」


 オーウェルはブラドールであろう残った『王』の駒を示した。


「この一件は『ギルシアン派』にとってブラドール派の牙城を崩す好機。その為にはさっき言ったような話で口裏を合わせてもらえると助かるのさ」

「こっちのメリットは何だよ」

「巻き添えが出た今回の一件に、君たちの関わりが無かったという事になるんだよ? 姫巫女殿は殺し屋に追われ厄を振り撒く『疫病神』から、偶然街に居合わせて治療を行ってくれた『聖女』に様変わりする」


 死神の言葉に、ジークマリアと閉人は思いっきり眉をしかめた。


「口を慎めよ死神」

「姫さんが『疫病神』だぁ? ぶっ殺すぞ」


 死神は二人の殺気を受け流し、ニヒルな笑みを口元に浮かべた。


「事実、君たちがこの街に来なければ人死には出なかった。この宿の支配人も、君たちが泊まらなければ死ななかったんじゃないかなぁ」

「……ふざけんな! そのブラドールって奴が変な気を起こしたのがそもそも原因じゃねぇか。姫さんに責任があるワケねぇだろ」

「果たしてこの街の人々はそう思うかな。遥か王都の第一王子を恨むより、目の前の君たちを恨むんじゃないかな。人ってそういうものだろ? そして、そういう世の中の歪みから姫巫女殿を守るのも、君たちの役目じゃないかな」

「ぐッ……」


 閉人は言葉に詰まった。


(こいつの言う通り、姫さんの安全が第一だ。姫さんが人に恨まれるなんて、想像したくもねぇ)


「故に、僕は提案する訳だ。街の復旧費用も遺族への補償も『ギルシアン派』が出そう。君たちは歓迎されるべき賓客として旅を続けることができる。その代り君たちは僕らの作ったストーリーに口裏を合わせる。条件を呑みたまえよ、不死者くん」


 閉人は何かを言おうとしたが、しかしそれも無駄なことだと奥歯でかみ殺す。


「…………分かった」


 閉人は小さく頷くと、僅かに敵意を秘めた眼差しで死神を睨んだ。


(死神の野郎、正論を吐いちゃあいるが、昨日の晩は俺たちが窮地に陥るのを待ってから手ぇ出してきたに違いねぇ。自分たちの思い通りに事を進めるために……)


 閉人のそんな思考を見透かしたように、死神は笑む。


「君に睨まれてもな。そこの『神童』の百分の一の迫力も無いよ」

「知ってらぁ」

「そうかい。では、そろそろお暇しようかな。街の方とは僕が話を付けておくよ。では」


 窓際に立ったかと思うと、死神の姿が消えた。

 窓からその姿を探すと、街の上空で浮遊する姿が建物の合間に消えていくのが見えた。



 閉人は再生しかけの右腕で自分の腿を殴った。


「畜生、何なんだアイツ……」

「この国で最強を誇る八人、そのうちの一人だ。今は味方のようだが、何をたくらんでいるのやら」

「提案に乗っちまって良かったんだろうか? なあ、どう思うよ」

「分からん」

「分からないのかよっ」

「私にも分からない事はある。特に奴らの領域はな」


 ジークマリアは忌々しげに呟く。

 まるで、自らの無力さを憎むような口ぶりだった。


「姫様を迎えに行ってくる。貴様とウジウジ話していても始まらん」

「待ってくれ。俺も」


 閉人はよろよろと立ち上がった。

 だが、まだ足の再生が不完全だったようで、


「おっと、わっ……」


 つんのめって床にぶっ倒れた。

 両手を床についてうんうん唸ったが、立ち上がる様子は無い。


「何をしている」

「……足が言う事聞かねぇんだよ」

「仕方のない奴だ」


 ジークマリアが手を差し伸べる。


「掴まれ。歩くのを助けてやる」

「え、いやいいって。俺はまだここで寝て足治すから」

「いいから来い」


 ジークマリアは閉人の手首を掴み上げると一気に引き上げた。

 か細く見える腕には力が漲っており、腕を組むようにすればどうにか歩くことが出来る。


「今回は貴様に助けられた。これぐらいのことはさせろ」

「分かったよ……ありがと、な」


 閉人は頬を僅かに赤らめつつも、ジークマリアの手を取っておっかなびっくり階段を降りて行くのだった。



 †×†×†×†×†×†×†



 ラースリーの中心近くにある集会場にて。


「あら、仲良しさんですね」


 閉人とジークマリアが手を組んでやって来たので、エリリアは汗を拭い微笑んだ。


「閉人が腰を抜かしてどうしてもと言うので連れて来てやったのです」

「て、適当言ってんじぇねぇよっ」

「似たようなものだろう」

「あらあら、そうなの?」


 エリリアはくすりと笑った。

 その表情には僅かに疲労が浮かんでいる。


「姫さん、少し休んだら?」

「そうです。働き詰めではお体に障ります」


 集会場にはエリリア以外にも街に暮らす医者や常駐の白魔術師らが集まり、かかりきりとなって怪我人の手当てに従事していた。

 一種の医療キャンプであった。


「お嬢さん、重傷者の手当ても終わったから一度お休みなさい」


 町医者組合の医師長を務める老爺が声をかける。


「いえ、あと少しだけでも」

「いいからお休み。貴女方は街のために戦ってくれたんだから。あまり根を詰めさせても申し訳ないじゃないか」


 朗らかに笑む医師長の笑みが、エリリアに暗い影を投げかける。


「……分かりました。少しだけ、お休みをいただきます」


 深々と二度頭を下げると、エリリアは閉人とジークマリアの方へ振り向いた。

 その顔を見て、閉人は悟った。


(そっか、そうだよな。姫さんは俺たちが死神の提案を受け入れたことを知ってるんだ……)


「行きましょう。どこかで、ご飯をいただきましょう」


 どこか儚げな笑みは、二人に心配させまいという健気さ。

 そして街の人を苦しめてしまったことへの深い罪悪感とで満ちていた。


 閉人は、その顔を見ていてもいられなくなってしまった。


「姫さん。俺もっと強くなるよ。だから、だから……」


 その先、何と言っていいか閉人にはすぐ思いつかなかった。

 しかし、言葉が紡がれなくても通ずる気持ちもある。


「ありがとう、閉人さん」


 エリリアは微笑む。

 少しでもエリリアの心の支えになれたなら、閉人にそれ以上の喜びは無い。


「姫様。申し上げたいことの幾つかを閉人に先に言われましたが、私も同じ気持ちです。ささ、どこかで昼食にしましょう。丁度あそこに定食屋が……」


 言いかけて、突然ジークマリアの言葉が途切れた。


「?」


 閉人とエリリアがそちらに目を向けると、そこに一人の女性がやってきた。


「あー……どもっス。こんな時にあれなんスけど、ちょっとお話があって」


 ぴくぴくとジークマリアに畏怖の眼差しを向けていたのはビエロッチであった。町中だからか、役人らしい制服に身を包んでいる。


「何の用だ、死神の手先が」

「そ、そんな殺気で睨まないでくださいよ。初対面の時首絞められたのかなりトラウマなんスから」


 ビエロッチはフルフル震えながら、一つ咳ばらいをした。


「コッホン。エリリアちゃん、エルフの森に行くまで同行させてもらえませんッスか?」

「えっ?」

「何だと?」


 閉人とジークマリアは同時に驚きの声をあげた。

 しかし、その詳細を問いただす間もなく、


「はい。よろしくお願いします」


 エリリアが返事をしていた。


「ありがとうございますッス。ビエロッチ=アレクセイエフ、謹んでご一緒させて頂くッス」


(え、姫さん何で認めちゃったの?)

(どうしてです、姫様……ッ!?)


 従者二人が突っ込む間もなく、一行に四人目の仲間が加わったのであった。




『断片のグリモア』

 その46:ギルシアン派について


 『死神』とビエロッチ=アレクセイエフが属する王太子ギルシアンの遺臣たちの派閥『ギルシアン派』は、マギアス王国政府内に秘密裏に結成された王太子ギルシアンに今なお忠誠を誓う者たちの秘密結社である。

 メンバーは十人前後、『ボス』と呼ばれる指導者のもとでブラドールの野望、王国勢力の均衡崩壊を防ぐべく暗躍している。

 イルーダンの後見人を務めていた魔術師イヴィルカイン=フォーグラーもギルシアン派に加わっていたのだが、彼の目的は派閥の目的とはだいぶずれていたため籍を置きつつも袂を分かっていた。

 彼らの『ボス』が何者なのか。ラースリーへの介入の先で何を目論んでいるのか。なぜビエロッチをエリリア一行に同行させようとしてるのか。それらの謎が解けるのはしばらく先の話になるだろう

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