2‐2‐4 無様VS美学

 かつて地球にいた頃、閉人は問われたことがあった。


「君の生きる目的はなんですか?」


 面接官の何気ない定型的な問いに、閉人は答えられなかった。

 旅をしている今でもよくは分からない。


 ただ、死にたい理由と死ねない理由、それと放っておけないこととがあるだけだ。



 †×†×†×†×†×†×†



「貴様はつまらんなぁ。最後の相手がこんな半端者の若造とは」


 一つ息を吐き、ドドンゴは手に持った小石を一つ摘み取る。

 小石は真っ赤に赤熱し、心臓の様にドクドクと脈を打って今にも爆ぜてしまいそうだ。

 その一粒一粒が一度『起爆』すれば手榴弾を上回る破壊力を秘めている。

 死神には通用しなかったが、閉人には十分すぎる。


 ここはエリリア一行が宿泊していた宿屋の一階ロビー。

 その中心にて、閉人とドドンゴは死神の作り出した結界に閉じ込められている。


 どちらか片方が死なない限りは解除されない結界。

 そのルールはどう見ても不死者である閉人の絶対有利であるが……


「どうした若造。姫巫女を護るのではなかったか? 死神なら本当に殺りかねんぞ」

「うるせぇ、分かってらぁ!」


 這いつくばる閉人には、両脚が無かった。

 爆破され、ドドンゴと閉人のちょうど中間辺りにまとめて二本、骨が見えた状態で転がっている。


「戻れ、戻れよおい!」


 閉人は足を押さえて呻くが、両脚はズルズルと蛞蝓が這うように動くのみだ。


「ここは死神の支配領域。奴の込めた魔力エーテルが満ちているせいか、儂の爆発もやや湿り気味だし、貴様の不死も弱まっているようだな」

「その威力で『湿り気味』だと? 化け物野郎め」

「ぐふふふははは、そう褒めてくれるな。たっぷりくれてやる」


 再生するまで待ってくれるほど、ドドンゴは手ぬるくない。

 閉人のねじ切れた脚へと小石を三つほど放る。


「『起爆エクスプロージョン』」


 小石が爆裂し両脚が爆砕される。

 自分の身体が肉片へと分解されるのを、閉人はただ見ている事しかできなかった。


(ちくしょう! 奴に傷一つでも付けられればアレが使えるってのに! ベルモォトさんから教わったあの技を……)


 それは、ベルモォトの相棒が用いていたという不死者たちの闘法。

 あまりに危険すぎるため、試した事は無いが……


(やるしかねぇ! だが、どうやって……ッ?)


『傷一つでも付けられれば』、それが問題だ。


 ドドンゴの武器は豊富だ。

 近寄らなくても小石を弾丸のように撃ち出して遠隔爆破が出来る。

 閉人はバラバラになっていて知らないが、爆発の勢いで高速移動もできる。

 それに対し、閉人のカンダタもここには無い。


 ……勝てるわけがない。


(隙が無ぇ、俺には……無理なのか?)


 閉人の心が折れかかった。

 それは、閉人が幾度となく繰り返してきた暗い諦めとも言える。


 一度折れ曲がった物は何度も折れ曲がる。

 閉人は何度も何度も諦めてきた人間である。


 高校では好きだった女の子に告白する事すらできなかった。

 大学受験では散々に失敗し、気力を無くして滑り止めの学校に行った。

 大学でのことは、今では思い出す事も出来ない。

 閉人は何かを成し遂げる自分を見たことが無いし、頭に思い浮かべることもできない。


 ドットたちの攻撃をかわしイルーダンを倒した後でも、それはどこか自分の実力とは関係のない出来事のような気がしていた。


 また駄目なのか。

 閉人の思考に暗雲が立ち込める。


「無様だな貴様、みっともないにも程がある」


 ドドンゴは、そんな閉人を見下して舌打ちをした。


「貴様は儂の死後ものうのうと生きていくのだろう。だが、貴様には死を越えるような物が何も無い。美学も意志も技術も誇りも! それを誤魔化すために不死の身体に成ったようなものだ、そうだろう!?」

「ぐッ……だったらテメェに何があるってんだ、爆弾魔野郎……ッ!」


 図星を言われて苦し紛れに言い返す閉人。

 ドドンゴは迷わず、


「もちろん、『爆発』だ。爆殺する事こそが儂の使命だった」


 過去形で断言しつつ、笑みを浮かべていた。

 自分の人生を諦めていながら、なお底知れぬ悪意を湛えた笑み。

 それはドットやグレイトタスク、それにイルーダンが見せたようなしぶとく手強い『悪』の在り方だった。

 自分に無い物が詰まった笑みに、閉人は圧倒されていた。


 ドドンゴは続ける。


「腹の肥えた役人、金を持ち逃げした若者、議会の老人、裏の情報を知ってしまった一般人、政治上生まれてはならなかった赤子……皆同じ、爆死すれば塵になる。平等なのだ。儂の活動とはつまり、爆殺によって人の世の差異を無くすことなのだ、分かるか?」

「分かるワケねぇだろっ!」

「だろうな。セブンの中でも『斬殺』しか理解できなかった儂の哲学、そう簡単に理解されてたまるものか」


 ドドンゴは誇張的に笑うと、ふと上を見上げた。


「そうだ、話していたら儂には夢がある事を思い出した。無学な儂だが、この世界が丁度この掌にある小石共のように、丸い星の群れだという事ぐらいは知っている」


 見えない夜空を見上げ、ドドンゴは手を伸ばした。


「この星を爆弾に変え、全世界を吹っ飛ばしてやるのだ。人も大地も全てが同質な砂粒に成り果てれば、少しは儂の気も収まるだろう」

「……イカレてるぜ、アンタ」

「百も承知だ。正気で殺し屋をやっているのはアイリーン=ベルカぐらいなものだ。ぐふふ、つまりもう儂たちの中に正気な者はおらんな」


 ドドンゴは僅かに寂しげな顔をした。

 星を爆破するなどと言っていた割には、ある種仲間意識はあるらしい。


「……」


 閉人は、ドドンゴにある種の尊敬を感じていた。

 人を殺さずにはいられない理解不能の悪党だが、グレイトタスクやイルーダン同様、閉人の持っていない力強い『我』や『自信』、死ぬことが分かっていても自分がこの世に傷跡を残したという自覚と共に死ぬ『覚悟』を持っている。

 それらは、閉人が死のうとしても得られなかったものなのだ。


 ドドンゴが閉人を『半端者』呼ばわりしたのも、あながち間違いではない。


「……どうすれば」

「ん?」

「どうすれば、アンタらのような振る舞いが出来る。どうして悪事に染まっても堂々としていられるんだ?」


 突然の問いにドドンゴは目を丸くした。

 しかしやがて、


「グッフフフフフ! それは簡単、証明すればいい。儂は力を手に入れて以来、邪魔な者は全てこの手で吹き飛ばしてきた。始めに鉱山の上司と同僚を、次に儂を追ってきたドワーフの復讐者たちを、全部だ! 他者に打ち勝てば正義、どんなに黒い物も白くなる」


 そう答えると、ドドンゴは狂笑した。


「しかし、儂にもやきが回ったらしい。死神には手も足も出ん。まさかあんな化け物じみた使い手がこの街にいたとは、計算外だった……が」


 突如ドドンゴは掌で弄んでいた小石を閉人に放った。


「な、何をする気だっ?」

「死神のいけ好かぬ面を思い出したら、気が変わった。貴様を爆砕燃焼させ、不死の肉を喰らう。さしもの貴様も全身を喰われれれば死ぬのではないかと思ってな」


 ドドンゴはゆっくりと閉人に右手を向けた。

 『起爆エクスプロージョン』を発動されたら、全てが終わりだ。


「ここを抜け出た後、『一斉起爆』でこの街の住民を死神ごと消し飛ばしてやる。さぞ気持ちの良い事だろう。それに、貴様を喰らえば『不死』が儂に移るかもしれんな、ぐふ、ぐふふ、ぐわっはっはっはっは!」


 大笑いを終えて息を吸い込み、『起爆エクスプロージョン』と唱える。

 ドドンゴがそれをするのに4~5秒もかからないだろう。


(うわっ! いきなりやべぇッ! どうする!?)


 走馬灯のように時間が鈍くなるのを感じつつ、閉人は打つ手を探した。


 自分の武器は右腕から伸びた血塗れの骨刀だけ。

 それでは間に合わないのは先刻承知である。


 周りに武器は無いか。

 ある。

 ドドンゴが閉人に撒いた小石だ。

 しかし、投げ返したところでドドンゴはそれを起爆しないように出来るかもしれないし、骨刀と同様間に合わないだろう。


 ならば……


「うおおおおおっ!」


 閉人は小石を拾い上げ、そして……


『死ねぃ! 起爆エクスプロージョン!』


 爆裂した。




 どれだけの時間が経っただろう。

 実際には十数秒に過ぎないのだが、閉人には日を跨いだようにも感じられた。


 全身の骨が砕けた状態の中、閉人はどうにか首をドドンゴがいた方へと向け、生焼けの目玉をぐりんと動かした。


「ぐふふ、やりおったな……」


 ドドンゴは這いつくばっていた。

 その脾腹には、閉人の右手にあった骨刀が深々と突き刺さっていた。


「ぐふ、自分の腕に爆弾化した小石を埋め込み、腕の肉を砲身にして骨を飛ばしたか」



 閉人は起爆の間際、左手で小石を右腕の肘に埋め込み、ドドンゴに向けた。

 そこが骨刀の節になっており、ここを爆破すれば腕ごと飛ばした骨刀が当たるかもしれないと思ったのだ。


「見事だ。だがこの程度の傷、刀を引き抜かなければ出血も少ない。貴様の負けだ」


 閉人は全身がぐしゃぐしゃになっていた。

 臓腑はボロボロで、息をするたび腹のあたりから空気が漏れる。

 元々無くなっていた両脚はいいとして、右腕は肘から先が焼失し、左腕も骨が筋肉と混ざり合い、機能していない。


「骨ごと喰らってくれるぞ。最初は心臓を、駄目なら脳を。貴様が死ぬまで、じっくりとな」


 閉人はヒューヒューと息を吐きながら、僅かに視線を持ち上げた。

 ドドンゴの顔までどうにか見上げると、笑った。


「ごめん。俺の勝ちだ」


 次の瞬間、ドドンゴが胸を押さえた。


「な、何をした……ッ?」


 ドドンゴの顔から生気が失せていた。

 苦しげに胸を叩いているドドンゴに対し、閉人はゆっくりと首を横に振る。


「俺の身体に刻まれた血を操る魔術。刀に付いた俺の血がアンタの血に溶けて……」


 閉人は、腕骨がバラバラになった左先の人差し指でドドンゴの胸をさす。


「『心臓』を……壊す」


 ドクンッ!


 何かが胸のポンプに詰まったかのような音がした。


「グフッ……」


 ドドンゴは自身の身体に起きた致命的な打撃を悟って膝を付いた。


 胸を鉄板で圧迫されるような激痛が鼓動の度に襲い、全身から力が抜けていく。

 赤ら顔も蒼白となり、全身からは汗が噴き出す。


 それらは急性心筋梗塞の症状に近い。

 閉人の血がドドンゴの心臓内で他の血液を束ねてスポンジ状の血栓となり、機能不全に陥れたのだ。

 不死の身体を用いた残酷な処刑法である。


 意識を微かに残したまま、ドドンゴは閉人を睨んだ。


「貴様、ズルいぞ……不死の癖に、このような残酷な毒まで、持って、いるのか……」


 ドドンゴの苦しみ振りに、閉人はほんの一瞬だけ躊躇いを覚えた。

 すぐに術を解けばまだ助かる、そんな事を考えた。

 しかし、目の前の男は爆弾魔だ。

 自分の身はどうでもいいが、ここで殺さなければエリリアもジークマリアも危うい。


 閉人は大きく一呼吸した。


「ああ、こんなのズルだよな」


 閉人は手を緩めず、ドドンゴの心臓を封鎖した。


「こんな若造に負けるのか、儂は。理不尽だ……」


 しかし、ドドンゴの口調に恨んだり呪うような響きは無い。


「グフフ」


 小さく口だけで笑み、


「だが、誇っていいぞ。生き残れたら、な……」


 ドドンゴは消え入るような声で告げ、倒れた。

 再生途中の左手を伸ばして探ると、既にこと切れていた。


「……」


 死神の施した結界が解けていくのを見届けながら、閉人は静かに呟いた。


「誇っていい、か」


 そんな事、言われたことも無かった。

 


「いや待て……最後になんて言いやがった?」


 ふと、嫌な予感がした。


(そうだ、こいつは爆弾魔。何か仕掛けを……ッ)


 閉人は再生しかけの右腕骨をドドンゴの服に引っ掻け、胸板に焼きついた印を確かめる。


「ッ!」


 赤熱していた。

 胸の焼印、いや、停止したはずの心臓が熱を持ち、ドドンゴの胸部を内側から圧迫している。


「九十九」

「ッ!?」


 息絶えたはずの紫色の唇から数字が言い放たれた。

 閉人は、ドドンゴの『爆殺弾ハンディース・カウントアップ』のことを思い出す。


「九十八」

「へ、減っている!? まさか、時限爆弾……ッ!」


 皆に知らせなければ!

 仲間に、最悪死神でもいい。

 この街から避難させなければ……


 閉人がズタズタの身体をどうにか宿の外に運ぼうとした、その時であった。


「テディ=ドドンゴを倒すとは、やるじゃないか」


 閉人の背に何かが突き立った。


「ガハッ!?」

「ですが、ここでおしまいですよ、不死者くん。君たちにはドドンゴの死体と一緒に吹き飛んでもらいます」


 一番最初にドドンゴと一緒に突入してきた少年だった。

 閉人の胸部を槍で床ごと突き刺し、人形は笑む。


「他人に任せて自分は無傷。それが『謀殺』のやり方です」

「ッ! お前も……ッ!?」

「ええ。僕は『|七つの殺し方《クレイジーセブン》』、『謀殺』のゼペット=マペット。ドドンゴが敗北してしまったので、彼の自爆に君たち全員を巻き込むことにしたんです」


 ゼペットの操作を受けた少年はクスクスと笑う。


「ああ、僕の心配は要りませんよ。僕、そもそも本体はこの街に来てませんから。姫君たちが手に入らないのは癪ですが、自爆を止める手も無いんでね」

「ち、畜生」


「八十七……八十六……」


 無情にも数字はどんどん減っていく。

 その名もランク四『自爆殺弾ハートレス・カウントダウン』。

 威力は生前のドドンゴの予想を超え、ラースリーの街そのものを吹き飛ばす勢いにまで増大していた。




『断片のグリモア』

 その44:閉人の新たな武器について


 グログロア、『曇天の狩猟団』本拠にて。


「閉人くん、この世で最も多くの生物を殺した武器は何だと思う?」

「え、何ですってベルモォトさん?」

「君が新しく得る武器の話だ。この世に最も多く存在し、最も多くの命を奪った武器、何だと思うね?」

「……剣とか弓矢ですかね。それとも、この国だったら魔術とか」

「残念だが、違う。こと人に限れば戦争の道具がそうなのかもしれないが、生物という大枠で考えれば、これだ」

「小瓶? この中に入ってる濁った液体が、ですか?」

「これは迷宮深層に潜む魔物『アビスコーピオン』から採取した麻痺毒だ。一滴をその辺の井戸に垂らせば、グログロアの人間は死に絶えてしまうだろうな」

「えぇっ!?」

「そう怖がることは無い。この瓶には封印が施されているからね。コホン、まあそんな話は置くとして、正解は『毒』だ」

「毒……」

「閉人くん、君の身体に宿る不死の血はこの世界で最も危険な毒に成り得る。意志を持った『血液』は、一度相手の肉体に潜りこめば身体を完全に破壊することも可能だ」

「そ、そんなエグいことできるんすか……」

「ああ、『彼』が実際にそれをしているのを何度も見ているからね、間違いない。さあ、丁度そこに水盆があるね、そこで血を毒となるよう変形させる練習をしてみようか」

「ひ、ひえぇ」

「怖がることは無い。さあ、一リットルくらい瀉血して始めよう、さあ、さあ!」

「ひぃっ!」


 かくして、閉人は一撃必殺とも呼べる『血毒』を会得したのであった。

 しかしこの世界、特に魔術戦において、一撃必殺などごくありふれた物であるということを、閉人はまだ知らないのであった。

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