2‐2‐3 『死神』オーウェル

 戦いは泊まっていた宿での攻防にとどまらず、ラースリー全体へと波及していた。


「2」

「4」

「3」


 追跡に邪魔な人間を暴力で押しのけ、外に放ってあった酒樽まで蹴飛ばし、人形たちは家々の屋根の上を伝って逃れる一つの影を追っていた。


 屋根から屋根へ飛び移るのはジークマリア。


「無辜の民を操るか、卑劣な手を……姫様、しっかりとおつかまりください」

「この人たち、操られてるだけじゃない……マリィ、気を付けて」


 人形たちの視界の中では、ジークマリアの姿が建物などの障害物を透過して見えている。

 それは予めゼペット=マペットによって仕組まれた『印』によるものだ。


(随分と速い動きですね。まるで迷いがない)


 街の片隅でゼペットが歎じる。

 彼の頭脳もまた魔術の糸に繋がれ、身体は大人数の操作のために機能を失っている。

 左手で魔導書を持ったまま、占拠した家の中で椅子に力なく寄りかかっていた。


(ジークマリア=ギナイツ……流石は『神童』とまで謳われた存在です。一時でも『七つの殺し方』全員を同時に喰いとめただけはある)


 閉人が現れるよりも前、左手首を通じた因縁の始まりの事をゼペットは想う。


(あの時は楽しかった。何と言っても、この国を左右する『大物』を手にかけたのですから。実にあっさりと、僕たちは国を揺るがしてしまった)


 『|七つの殺し方《クレイジーセブン》』の本来の暗殺任務は既に完了している。

 姫巫女の誘拐はその後始末に過ぎない。


(でも、そんな事は今となってはどうでもいい。あの男と違い、貴女たちはしぶとい。どんな苦境にあってもくじけないその強靭な意志にこそ、僕は尊敬を抱かずにいられません)


 神経系から切り離されているはずのゼペットの身体がブルリと震えた。


(だからこそ、その貴き肉体を、精神をっ、僕の人形に……ッ!)



 街に蠢く人形の数はおよそ百。


 徐々に徐々に、ラースリーの街に混乱が広がっていく。



 †×†×†×†×†×†×†



「王都の処刑人風情が、ご苦労なことだな」


 宿屋の一階にて、テディ=ドドンゴは死神を前にして、面白くも無さそうに呟いた。

 その掌では今も『爆殺弾ハンディース・カウントアップ』の焼印が赤熱している。


 対する死神は、まるで友人と会うような気楽さで佇んでいる。


「それはお互い様かな。殺し屋の癖に随分と派手に仕掛けているみたいじゃないか。誰も君たちにこんな言葉はかけないだろうけど、ご苦労様だね」

「……目的はなんだ」

「仕事だよ。死神だって出張ぐらいする」


 『死神』ことオプト=オーウェルは微笑み、纏う黒いマントを広げて見せた。

 その内側には六つの魔道具が収められている。

 

 刃と柄が折りたたまれた大鎌。

 捻じれた四角錐の形をした杭。

 髑髏形の小分銅が取り付けられた鎖。

 異様な文様が描かれた穴の開いた銀銭。

 紙の箱に入れられたカードの束。

 そして、刃が二又に分かれたナイフ。


 さらに、それらを包むマントからも僅かに魔力が立ち上っている。

 つまり全部で七つの魔道具。


「それが噂に名高い死神の七ッ道具というわけか」

「そうさ。これらが揃っているなら、君程度には負けないんじゃないかな」

「ほざきおるわ、若造が」


 安い挑発だが、ドドンゴは乗ることにした。

 右手を振り上げ、ほくそ笑む。


「『爆殺弾ハンディース・カウントアップ』ッ!」


 思い切りに地面を殴りつけ、その姿を消した。


「へぇ、爆発の勢いを使っての高速移動! 器用だね」


 返事代わりにオーウェルの背後の地面が爆ぜ、振り向く間もなく天井が続いて爆ぜた。

 爆発の度に目で追うが、ドドンゴの残像だけが視界の隅に映るのみ。

 爆発により加速し、ドドンゴの巨体は吹き飛ぶように移動していた。


「なるほど、不死者くん相手にはまだ奥の手を出していなかったと」


 他人事のように呟き、死神は鼻の頭を掻いた。


 ドドンゴの拘束移動は大砲で撃ち出された砲弾のように速く、重い。

 かつてアイリーン=ベルカ戦でジークマリアが見せた最高速度にも勝っている。


「見誤ったな、死神! 室内で儂の速度に勝る者はいない!」


 ドドンゴが初めに立っていた場所が大きく爆ぜ、爆炎が室内を覆う。

 これでは、ドドンゴがどの方向から飛んでくるか分からない。


「死神、貴様の死因は爆死だ!」


 ドドンゴは天井を殴りつけた衝撃で加速し、背後から一直線にオーウェルを爆撃する。


「死ねぃ!」


 その焼印がオーウェルの首筋に触れようとした瞬間、


「ランク4、空間魔術『彼岸此岸リバーサイド・ステイション』」


 ドドンゴが、停止した。


「グウゥッ!?」


 ドワーフの誇る巨体が空中で停止した。

 ドドンゴは突然のことに空中でもがいたが、何が起こっているのか分からない。

 まるで糸でつるされているかのように宙に静止し、上昇も下降もしない。


(分からぬ、儂の身体は『落ちている』! 落ちているのに、床が近づかないのだ!)


 その様を下から見上げ、オーウェルはマントの裡に紐で吊るした穴あき銀貨を示した。


「見える? この魔銀貨は、夫と離ればなれになってしまった女魔導師が生涯を賭して作り上げた魔道具だ。これ一つで、物と物の間にある『距離』を操る事が出来る」


 オーウェルはドドンゴの落下を続けている真下に潜りこみ、手を伸ばした。

 手はドドンゴの身体を突きぬけて背中から突き出たが、手を引き抜くと、傷一つ無い。


「触れ合っているように見えて、僕らは地上と月よりも長い距離を隔てている。このコインに込められた魔術『彼岸此岸リバーサイド・ステーション』によって、君は距離の歪んだ亜空間に囚われてしまったわけだ」


 ドドンゴの身体中にひび割れた傷から、汗が噴き出してきた。

 死神の言っていることがハッタリでも何でもない真実なのだと察していたのだ。


(よりによって三大禁忌の一つ『時空間操作』だと……ッ!? なるほど、これが『八神杖エイト・スタッフ』……『必殺』か『撲殺』でないと太刀打ち出来ん!)


 めまぐるしくドドンゴの頭の中で思考が巡る。


(自爆するか? いや、距離を操る魔術の前では効果が薄いだろう。しかも、残る六つの魔道具で完璧に防がれてしまう可能性もある。誰も巻き込まずに爆ぜて死ぬなど、儂の死に方ではない)


 自身を爆弾に変えて数十年経つドドンゴにとって、自らの爆発が誰も巻き込めずに空発で終わるのが最も恐ろしい事なのであった。

 それを脅かすこの死神を巻き添えに出来るなら、ドドンゴは殺し屋としての仕事など放りだしてもよい。

 しかし、実のところそれは不可能だった。


「さて、そろそろ本題に入ろうか」


 オーウェルは懐から捻じれた杭の魔道具を取りだし、手で弄ぶ。


「テディ=ドドンゴ、もし君が王太子ギルシアン閣下の暗殺事件について証言台で全てを話すというのなら身柄を保護し、罪を軽減しよう。司法取引というやつだ」

「何だと?」

「死神の一族たるオーウェル家はマギアス王家から司法特権を授けられている。君のその魔術は封じさせてもらうが、死刑だけは免れるように措置しよう」

「……儂に、味方を売れと言うのか」

「命の値段の話をしているのさ。僕はそれ以外のレートでは取引に応じない。情や善悪ではなく、価値で人を殺すのが死神だ」


 オーウェルが手を下に向けるとドドンゴの身体が急降下し、鼻が床についてしまいそうな間近で停止した。


「落ちるかい? 亜空間で重力加速した君をこの場で墜落死させてやってもいいんだ」

「……殺せ」

「そうかい。じゃあ取引は不成立だ」


 次の瞬間、ドドンゴは床に激突した。

 だが、その勢いは大したことなく、鼻から激突したために鼻血が噴き出すにとどまった。


「『彼岸此岸リバーサイド・ステイション』は解除した。君には別の処刑法を用意しよう」


 突如、一陣の風が室内であるはずの一階に吹き荒れ始めた。


「ランク3、風魔法『七扇套ジョーカーズ・セブン』」


 はためくマントから魔力エーテルが迸る。


「何をする気だ」

「処刑人を用意する。死神の特権は委任することも出来るからね」


 さらに懐から一本の捻じれた杭を取りだし、床に突き刺した。


「ランク3、空間魔術『歪曲牢テンプルムーン』。不死者と爆弾魔を幽閉せよ」


 部屋の情景が僅かに捻じれた。

 ドドンゴを包むように半球状に視界が歪み、空間化が切り離されていく。


「ちっ、また時空間操作か。忌々しい……」


 ドドンゴは懐から小さな石の玉を取りだし、右手で焼印を刻んだ。


「『起爆エクスプロージョン』」


 指で弾いて歪みの壁に放ち、爆破する。

 小型爆弾で敵をけん制する技だが、壁に当たると爆発自体が歪んで掻き消えてしまった。


「無駄だよ。君にその空間の歪みを破る事はできない。そこから出るには一緒に閉じ込められたもう一人の相手を殺さなければならないんだ。大昔、蠱毒の研究をしていたエルフの作り上げた魔術さ」

「もう一人、だと?」


 ドドンゴの周囲の景観は捻じれに捻じれ、もう元がどうだったかもわからない。

 元のままなのは半径十メートル程度のドームの中だけである。


「『もう一人』などいないではないか。儂を閉じ込める気か?」

「はは、今『用意する』よ」


 結界の中に風が渦を巻き、その中心に何かの姿が浮き上がる。


「まさか、この風は……」

「そうさ。僕が風魔術『七扇套ジョーカーズ・セブン』で起こした風でかき集めた」


 小竜巻の中から腕が伸びた。

 続いて何も纏わないままの足が踏み出し、胴が、頭が、その中から現れる。


「ん、何だこの状況? たしか俺、爆発して……」


 歩み出たのは全裸の閉人だった。

 オーウェルが起こした風が器用にも飛び散った彼の肉片を攫い一つにこね合わせたのだ。


「な、何だぁこりゃ!?」


 閉人は股間を押さえて辺りを見回す。

 見えるのは全裸の自分、捻じれて外が見えないドーム、目の前に立つ強敵。


「おい爆弾野郎! お前が何かしたんだな!?」


 訊ねた閉人に対し、ドドンゴは首を横に振る。


「ここは時空間操作によって造られた牢獄だ。儂か貴様、どちらかが死なねば出られん。そうだろう、死神?」

「ああそうさ。僕ですらこの法則には干渉できない」

「ぐふふふ、とんだペテン勝負だな」


 ドームの外から響く声に、ドドンゴは静かに笑った。

 覚醒したばかりの閉人にはいまいち状況が呑み込めない。


「つまり、不死者である貴様と共に閉じ込められた儂は相手を殺す事も出来ず、死ぬ以外の方法でここを出ることができないわけだ」

「その通り。君には不死者くんを少しでも強くするための餌になってもらう」

「……だ、誰だっ!? 何を言ってやがる!」


 閉人は骨刀を伸ばしつつ、辺りを見渡す。

 全方向から反響するように声がした。


「初めまして、『不死者』くん。僕は『死神』オプト=オーウェル。この国の役人であり、不死者である君の監査を務める者でもある」

「監査、だと?」

「そうさ。君をこの世界に呼んだ『とある魔道具』の管理人でもある。色々あって姫巫女殿に貸してあげたんだが、呼び出した存在に対する責任は僕にある。『不死』も『死神』の領分ということさ」


 姿を見せない死神は、空笑をした。


「だのに、君にはその程度の実力しか無いのかい? かつての不死者たちのようにもっと工夫したまえよ。強靭な意思で強さを掴み取りたまえよ。僕を失望させないでくれ」

「な……何を言ってやがる」

「目の前の爆弾魔を殺せと言っているのさ。君の身体の性質上、そのまま敵が飢えて死ぬまで待つという手もある。だけどその程度のことしかできないなんて、つまらないじゃないか。その程度の存在しか呼べないというなら、姫巫女エリリアは僕の手で殺してやる」

「ッ!」


 閉人は眼の色を変え、振り返った。

 腕から生やした骨刀は奇しくも音も光も歪んだ壁の先、オーウェルの立っている方向を指していた。


「テメェ……本気で言ってんのか?」

「本気さ。僕はバレずに人を殺すことが出来るし、姫巫女殿にかかっている首輪にも引っかからない。死神は殺ると言ったことは必ず殺ってみせるものさ」

「……ッ」


 閉人は死神の声がする方へ向けていた骨刀を逸らし、ドドンゴの方に向けた。


「どの道、姫さんを狙ってくる連中だ。俺は……テメェを殺る」


 だが、その手は僅かに震えている。


「ぐふふふふ、ぐふ、ぐわっはっはっはっは! そんな覚悟で儂を殺せるのか、半端者め!」

「うるせぇ! 慣れてねぇんだよ、クソ野郎!」


 閉人は骨刀を向け叫び、動き出した。



 閉人の叫びを聞き届け、死神は歪んだ亜空間牢獄から目を離し、踵を返した。


「さて。彼は、本当に貴女の言ったような存在になるのでしょうかねえ。ボリ=ウム猊下?」


 オーウェルは少し寂しそうに問うと、宿屋から姿を消した。




『断片のグリモア』

 その43『八神杖エイト・スタッフについて』


 マギアス王家を支える八本の杖を『八神杖エイト・スタッフ』と呼ぶ。

 これは王家によって公認される八人の最強戦士の事を指しており、彼らはそれぞれ自身分野が極めた分野の『神』として呼ばれ、表に裏に活躍している。

 現在は、


『死神』オーウェル

『雷神』バルトアリス

『剣神』アルドレッド

『械神』クリスゼン

『賊神』パトーマス

『闇神』シンラ

『鬼神』アリザ

『闘神』ブラドール


 以上八名の傑物たちがその任を負っている。


 平地人を主体とする王家直属であることから、規定として平地人であることを求められている。他の六大種族にも同等の力を持つ者たちがもちろん存在しているが、そのほとんどはグリモア議会に属しているため神杖たちと立場が対立している事が多い。

 王家と議会の睨み合いは水面下で徐々に激化し、グリモアの巫女たるエリリア一行の旅を軸に大きな渦を作り出すことになる。

 死神オーウェルが現れたのも、その予兆なのかもしれない。

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