2‐2‐2 数え上げる暴威

「1」

「1」

「1」


 ホテルの戸が蹴破られたのと同時に、三人の人間が口々に数字を呟きながら館内へと飛び込んだ。

 

「何だアンタら……っ!?」


 老爺が一人、少女が一人、青年が一人。

 支配人は知っている。

 この三人はこの宿の隣に小さく佇む雑貨屋で、ちょっとした金物や日用品を販いでいる。


「な、何で?」


 宿の横にこんなボロッちい店があっては邪魔だなぁ。

 などとちょぴり思ったことはある支配人だが、こんな事になるような覚えはない。

 それに、彼らの横っ面には奇妙な形をした焦げ跡が焼き付いているではないか。

 何かが、異常だ。


 驚く支配人に構わず、三人は天井を見上げた。

 彼らの視界の中では天井の一点が赤く染まっている。


 物質を透過して滲み出す赤光、その根元に辿りつき破壊する。

 それは糸から送られるエーテルが運んでくるただの『命令』である。

 脳を介在しない自動的な処理の中には『道徳』、『法』、それに『本能』すらが存在しない。


「2」


 操られた一人、老爺の拳が支配人の頭蓋に叩きつけられる。


「ぐぇッ!」


 枯れ木のような細い腕に異様な力が漲り、頭蓋骨をめり込ませた。

 支配人がよろめくが、老爺は眉一つ動かさない。

 衝撃によって自らの拳の骨が砕け散ったにも構わず、老爺はもう片方の手を振り上げる。


「や、やめろ!」


 支配人が咄嗟に殴りつけたにも拘らず、老爺が怯む様子も無い。

 その異常な状況に圧倒された支配人は、その拳に自分の死が込められているのを悟った。


(ああ、俺は死ぬ。来月から休暇だったのに……ッ)


 あまり趣味の無い男だったが、どうしてかその事だけが気になる。

 ちょっと遠出してリリーバラで釣りでもしようかと思ったが、今、この瞬間においてはそれがどんなに願っても手に入れられない未来だと思うと眩しい。


「……ッ!」


 その時であった。


「ランク四、血闘魔術『瀉弾血銃ブラッドブリード』!」


 老爺の両足に赤い弾丸が着弾し、鳥餅のようになって動きを縫いとめる。


「おっさん、逃げろ!」


 閉人である。手に魔銃カンダタを携え既に戦闘態勢に移行している。


「早く逃げろ!」

「ひ、ひぃ!?」


 一息遅れて状況を悟った支配人が逃れようとした瞬間、


「ランク二、『起爆エクスプロージョン』」


 低い囁くような声と共に支配人を襲っていた老爺が閃光を発し、


 ボォッ!


 爆ぜた。

 コンロに火を付けた時のような空気が膨張する音がして……


 消滅していた。

 人形と化していた老爺も、支配人も。

 そして、残酷な現象を目の当たりにしても、その孫たちは眉一つ動かすことは無い。

 見聞きしたこの出来事は魔術の糸によって吸い上げられ、神経も支配されているのだ。


「何だよ、てめぇ……何しやがった!」


 閉人は階段を降りて一階に降り立ち、人形たちが居並ぶ奥へと問うた。

 そこに佇むのは、岩のような肌にいくつもの亀裂を走らせたドワーフ。

 その右手をかつて人形があったところに向けたまま、ほくそ笑む。


「爆弾に変えた人間を儂の魔力によって起爆した。その近くにいた者が粉微塵に吹き飛ばされるのは道理だろうな、ぐふふ……」


 テディ=ドドンゴである。

 岩石質のひび割れた肉体が赤熱し、異様な魔力を放っている。


「てめぇ、『|七つの殺し方《クレイジーセブン》』だろ」

「分かるか、不死者よ」

「分かるに決まってんだろ……それに、奴らの中でも最低の糞野郎みてぇだな」


 閉人の脳裡に、フィロ=スパーダとアイリーン=ベルカの姿が思い浮かぶ。

 アイリーンは最初こそ不意打ちをしてきたが、あのイルーダンと比べればいくらか真っ直ぐな人間に見えた。

 フィロとて気分で仲間の足を斬るヤバい奴だったが、それでもジークマリアと武を競うような、理解可能なこだわりがあったはずだ。


 この相手には、そういう理解できる部分がないのではないか。

 閉人は背筋が寒くなるのを感じた。


「ぐふふ、褒めるじゃないか」


 テディ=ドドンゴにカンダタを向け、閉人は身構えた。

 一度テディに向けた銃口をズラし、その後ろに控える人形たちへと狙いを澄ます。


(まずは操られているらしい人らをどうにかしねぇと。奴を殺せば止まるのか……?)


 閉人にとって、魔術による戦闘は今なお未知の領域にある。

 不死の身体にようやく慣れ、それを使って出来ることが何となく分かってきた。

 しかしそれは、将棋に例えれば駒の並べ方や動きを覚えたに過ぎない。

 閉人の戦いには、『敵に合わせて対処する』という柔軟性や判断力が備わっていないのだ。


 相手の実力は?

 数は?

 能力は?

 この状況をどう見るべきか?

 取るべき行動は?


 しかも、懸かっているのは仲間二人の命だけではない。

 目の前で無関係の人間が二人死んだという事実に、閉人は戦慄していた。


(くそ、慌てて降りてきたがどうする。あいつ(ジークマリア)なら……どうする!?)


 カンダタを握る手が汗ばみ、僅かに震えた。


「ぐふふ、緊張しているのか。不死者の癖をして」

「ぐっ」

「人形を使うまでも無いな。不死者の手並み……少し試してやろう」


 人形二人を押しのけ、ドドンゴは閉人の前に立ちはだかった。


「……『守護者ガーディアン』黒城閉人」

「『爆殺』のテディ=ドドンゴ」


 名乗ったのは最低限の礼儀。

 その先に容赦は存在しない。

 二人は同時に動いた。


「ランク3、『爆殺弾ハンディース・カウントアップ』」


 赤熱した掌に炎を象った異様な印が白熱し、閉人の顔面めがけて突き出される。


 閉人は後退しながらカンダタの銃口をドドンゴに向け、引き金を引いた。

 血の弾丸が真っ直ぐにドドンゴの掌に命中し、爆ぜる。


「よしっ!」


 弾けた血糊は粘着し、炎の呪印を覆う。

 それは不死の復元力の応用によって絡み付き、決して取れることは無い。

 閉人の十八番武器である。


「ほぅ」


 だが、丸腰のドワーフは些かも怯むことなく、


「『起爆エクスプロージョン』」


 自らの手を……いや、手に付いた血糊そのものを爆破した。


「なっ!?」


 爆炎が燃え盛り、ドドンゴにまとわりついていた血が蒸発した。

 かつてアラザール戦で爆発四散してもどうにか生き残った閉人ではあるが、再生には一日どころではない時間がかかった。

 『蒸発』は、閉人の再生にとって一つの弱点なのだ。


「『爆殺弾ハンディース・カウントアップ』」


 爆炎に視界を塞がれた閉人の前に血塗れの掌が突如として飛びだした。

 もちろんドドンゴの掌であり、迷いも無く閉人の頭蓋を鷲掴みにした。


「儂の『爆殺弾ハンディース・カウントアップ』は生物の身体に魔力を流し込み、爆弾へと変える魔術。人の身体に内在する暴力を具現化する」


 ドドンゴの強烈な握力が万力の様に閉人の頭蓋を締め上げる。

 赤熱した掌が閉人の顔面を焼き焦がし、左目を焼き塞いだ。

 閉人は逃れようともがきつつも、その指の間からドドンゴを観察する。


(魔道具も魔導書も持っていない……ッ!?)


 閉人はジークマリアの助言を思い出した。


「魔法戦士や魔導師、魔術を使う相手と戦う場合は道具を狙え」

 フェザーンからグログロアに戻る帰り道だったか。

 ジークマリアとの組手中にカンダタを取られた時の事を脳裡に浮かべた。


 それと同じことが出来るはずなのに、相手にはそんな物を用いている様子がない。


「儂が道具を使わんのが不思議か? 不死者である貴様やあの姫君と同じことだのにな」

「何だと!」


 ドドンゴは、閉人が焼印の苦痛に屈していないと見て取り、身体を地面に叩きつけた。


「ぐッ!」


 叩きつけられた瞬間、閉人は頭の中で「カチッ」と音がしたのを聞いた。

 仰向けになったその背を踏みつけにし、ドドンゴは笑みを浮かべる。


「旧い時代、魔導書グリモア触媒マテリアルも必要とせずに魔術を操る者たちがいたという。魔道の深淵を極めた者たちの魂には魔文字式に勝る膨大な魔術が刻まれ、意のままに操り、時代を作り上げた。かのアルス=マグナのようにな」

「へ、誰……?」

「知らんのか。皮肉だな」


 ドドンゴは閉人の脇腹に二発蹴りを入れ込んだ。


「ウゥッ!」


 また閉人の頭の中で「カチリカチリ」と音がした。


「教えてやろう」


 さらに大きな勢いの蹴りが閉人を数メートル先にまで吹っ飛ばした。

 四回目の「カチリ」が閉人の頭の中に響いていた。


「儂はかつて鉱夫だった。南の鉱山で当ても無く魔石を掘っていたのだが、事故で掘削用の爆破に巻き込まれたのだ。全身のこの傷がその名残だ」


 ドドンゴはそう言って腕や首筋を示した。

 全身に地割れのような傷が広がっており、時折血が滲んでいるのが見えた。


「崩れた岩石の中に取り残された儂は、死を思うよりも巨岩を易々と吹き飛ばす爆弾の威力に魅入られていた。あの理不尽な破壊力が儂の内にもあれば、一個の爆弾に成れたなら。そう思った時、どこからか俺にエーテルが流れ込んできた。そして、気が付いた時には儂はもう岩も同僚も吹き飛ばしてしまい、魔術を身の内に手に入れていたのだ」


 ドドンゴは誇る風でもなく語った。


「不死者の小僧、貴様はいかにして不死を得た? 儂と同じくそれを望み、何者かに与えられたのか?」


 どうやら、ドドンゴは何者が自分に力を与えたかを知りたがっているようだ。

 だが、そのちゃんちゃら可笑しい仮説をせせら笑う。


「俺が不死なんか望むわけねえだろ。俺がこんな苦しい世の中で辛うじてまだ生きてんのはなぁ……」


 閉人は飛び起きてドドンゴに向けて血弾を放った。


「てめぇらみてぇな害虫から姫さんたちを守るためだ!」


 閉人はそのままドドンゴに向けて数歩の距離を駆けだした。

 既に血弾はドドンゴの右腕にガードされた。

 だが、それでいい。

 血弾はドドンゴの動きを一時封じられればいい。

 閉人はカンダタを左手に持ちかえ、絶賛修行中の接近戦に賭けた。


「ランク6、血闘魔術『無限骨肉戦争アバラ・アバランチ』!」


 右掌を突き破って変形した腕骨が飛びだした。

 今までの大仰な槍ではなく、日本刀の刀身のような細身で湾曲した刃である。


「行けェッ!」


 渾身の力で骨刀を突き出す。

 もはや人を殺す事に対してためらいは無い。

 イルーダンを倒した辺りから、そういうことは感じなくなっていた。

 一種の麻痺であり、戦いの世界に対する適応でもあった。


 だが、そんな覚悟など、殺し合いの世界の第一歩でしかないのだ。

 ドドンゴは瞬き一つせずに唱えた。


「『起爆(エクスプロージョン)』」


 閉人の顔面に焼き付いていた焼印が発光し、爆ぜた。


(構うか! 俺が爆発しようが、アイツにこれを突き立てれば……)


 先程見て、爆発の威力は知っている。

 間に合う!

 確信し、閉人はドドンゴの首にめがけて渾身の突きを放った。


 しかし。


「『爆殺弾ハンディース・カウントアップ』は衝撃を与えられる度にそれを溜めこみ、爆発の威力を倍加する。貴様は今『4』だった」


 先程の威力に倍する爆発は、閉人の骨刀をドドンゴの胸元に迫ったところで砕いていた。

 切っ先がドドンゴの上着を裂き、胸板を露わにする。


「狂ってんのか、てめぇ……ッ!」


 その胸板には、自らの手が焼いたであろう、『爆殺弾ハンディース・カウントアップ』の焼印が焦げ付いていた。


「儂のカウントは今『2649』だ。いつか『|七つの殺し方《クレイジーセブン》』らしく『7777』で自爆しようと思っているが、先行きの長いことだ」


 ドドンゴは、ニタリと気味の悪い笑みを浮かべ、視線を落とした。


「くそ……が……ッ!」


 閉人の身体は既に爆散し、跡形も無く床に崩れ落ちていたのだった。


「他愛もない」


 ドドンゴは焼失した閉人に目もくれず、奥にある上階への階段に足を向けたが、

 人形にされていた少女がそれを制した。


「ゼペットか」

「はい。たった今最上階から窓の外へ二つの影が飛び出して町の中心、噴水広場の方へ逃走を始めました。恐らくは標的の残り二人。今、人形たちが包囲に向かっています」

「承知した。不死者は恐らくすぐには戻って来れまい。合流する」


 ドドンゴが踵を返して閉人の燃え尽きた灰を背にした、その時、首元に殺気が走る。


「誰だ!」


 振り返ったドドンゴは、上階段に座した一人の男を見つける。

 影になって良く見えない影の中で、黒い瞳だけがじっとりとドドンゴを捉えている。


「見て分からないかな。ここの宿泊客の一人さ」


 立ち上がった男は暗がりから歩み出た。

 夜に輝く銀の髪に黒々とした光の無い瞳。

 見る者をぞっとさせる異相を黒衣に包むのは、表の世界における有名人だった。


 ドドンゴは数歩退いた。


「貴様は……何故ここにッ」

「仕事だよ。君たち殺し屋と同じ、仕事」


 男は名をオプト=オーウェル。


 マギアス魔法王国に名だたる八人の戦士に受け継がれる『八神杖エイト・スタッフ』の称号を持つ男。

 その別名を、『死神オーウェル』と言った。



『断章のグリモア』

 その41:魔術を究めるということについて


 魔術とは通常、魔文字式を介して演算処理されたエーテルを触媒から出力する事である。しかし、魔術を極めた者はその手順を内在化し、道具無しに放つ事が出来る。

 例えばバードマンは生まれつき低ランク風魔術を操り、飛行を補助する事が出来る。これは空を飛ぶという進化の中に魔をも取り込んだ結果であり、バードマンという種そのものが進化の中で魔術を究めたと解釈できる。

 しかし、こうした魔術の在り方にはまだ謎が多く、例外も多い。

 例えば、閉人は今や自分の身体に刻まれた高ランク魔術『無限骨肉戦争』を扱えるが、閉人自身がこの魔術の構造を理解したわけではない。

 エリリアもまた例外中の例外であり、『彼女の中に魔導書グリモアがある』という状況のために魔術を自在に使う事が出来る。


 未来において『特戦魔術』と呼ばれることになるこれらの現象について、全てが明らかにされるまでにはかなりの時間を要することになる。それはこの物語が終わるまでに間に合うようなものではないだろう。

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