第二章『渦巻く陰謀と森の人』

2‐1‐1 グログロア再び


 『迷宮都市グログロア』。

 迷宮の入り口に位置する冒険者たちの独立都市。

 周囲を山々に囲まれており、すり鉢状に降っていく街の中心からは濛々とエーテル煙が噴き出している。


 マグナ=グリモアの姫巫女、エリリア=エンシェンハイム。

 その守護騎士、ジークマリア=ギナイツ。

 そして『守護者ガーディアン』にして『不死者』、黒城閉人。


 三人は『翼の里フェザーン』における第一の『継承』を終え、ひとまずこのグログロアに戻って来ていた。

 そこで、あるものを待つために。


「ただいま戻りました!」


 エリリアが元気よく戸を叩いたのは、冒険者向けの下宿『旅立ち荘』であった。


「おおー! 三人とも、よく無事で戻ったのう」


 陽気に出迎えたのは『旅立ち荘』の顔役、酒に酔ったグレン=バッカス。


「む、生きてたか。ふぅむ、それは重畳重畳」


 欠伸と共に寝床を這い出してきたのは、夜型ヴァンパイヤのジュゲム=ファラン。


「めでたいネ。今夜は宴にするカ」


 と、平常運転なのがドラゴニュートのリィリィ=ドランゴであった。



「ほい、姐さんならそういうと思って、お土産」


 閉人が背負っていた荷から酒瓶を取り出した。


「おー、こりゃあ高地でないと作れないというバードマンの『風酒』じゃな!」

「ほう、かなり年代物だ」

「良い心がけネ」


 三人は手を打って喜ぶ。


 土産なら、酒。

 七大種族のいずれにも通用する一般法則である。

 クシテツに見立ててもらった品が、ここまでウケるとは。

 閉人は天を仰いだ。


(ありがとうクシテツさん。それに婆さんも……)


 なぜボリ=ウムに感謝するかと言えば、彼女が生前に溜めこみ死蔵されていた酒をもらって来たからである。

 もちろん孫のクシテツから許可を出ていたが、ボリ=ウムは草葉の陰でブチギれているかもしれない。


「こりゃ、ビエロッチの奴が喜びそうだな」


 グレンの言葉に三人は首を傾げる。


「ビエロッチ……さん?」


 エリリアが頭に疑問符を浮かべて訊ねる。


「おー、そうだそうだ。お前さん方はここの『四人目』を知らんかったな」


 酒瓶に頬ずりをするグレンに代わって、ジュゲムが言葉を継ぐ。


「エルフの女だ。冒険者をやる傍ら各地を飛び回ってるんだが、ちょうどグログロアに戻ってきている。悪い奴ではないが……」

「マネしちゃ駄目ヨ。特に学生の二人は気を付けるネ」

「?」


 エリリアとジークマリアは目を見合わせた。


「何にせよ、夜には戻ってくるだろう。その辺で男を引っ掛けてるかもしれんが、土産の酒瓶を開けたら絶対どこかから嗅ぎ付けてくる」


 ジュゲムの言葉にグレンは眉をしかめ、


「取り分が減るのぉ。魔除けでもするかね」


 と、好々爺らしからぬことを言う。

 しかし、『旅立ち荘』の面々にとってはこれが自然な反応らしい。


「魔除けなら、ドラゴニュートはこういう時に火で炙った砂を撒くヨ」

「ヴァンパイヤは血文字を書く。面倒だからやらんがな」

「ほぉん、ドラゴニュートもヴァンパイヤも、面倒な作法じゃのぉ。ドワーフなら、こうじゃ」


 ガッチン!


 グレンは腰に提げた小さな金槌二挺を打ち合わせた。


「金属の響きはいつ聞いてもええのぉ。悪い奴は皆これを聞くと怯むという寸法よ」


 グレンたちはケラケラと笑った。

 その場で閉人のみが金属音にビビっていたのである。



 †×†×†×†×†×†×†



 しばらくして。

 荷解きを終えた昼下がり、『旅立ち荘』の裏庭にて。


「オラァッ!」


 閉人がジークマリアに殴り掛かる。

 ジークマリアは横っ面めがけて繰り出された拳を躱すと、


「ぬるい、鈍い、遅い」


 その拳をテコのように利用して、


「ほげぇっ!」


 閉人をひっくり返していた。


「くくく。グレン殿の魔除けが効いてるのか、閉人?」

「んなワケあるか」

「だったらさっさと立て。這いつくばっている時ほど無駄な時間は無い」


 ジークマリアは冷笑していた。

 紺色の髪を麻紐で軽く結い、鎧を脱いだ軽装で佇んでいる。

 その青い瞳がグログロアの陽を受けて宝石のように煌めいていた。


 ジークマリアが行っているのは、閉人の『訓練』であり『測定』であった。

 今後のエリリア警護のプランを立てるため、組手で閉人の戦闘力を量っているのだ。


「畜生、相ッ変わらず人のこと見下しやがってぇ……」


 閉人はギリギリと実力差を噛み締めながらジークマリアを見上げる。

 だが、その一方で、


(あー……この感じ、ちょっと懐かしいな)


 最初は虫けら(のフン)扱いされていたことを閉人は思い出す。

 あれから比べれば随分と馴染んだものだ。


「け、まだまだ」


 閉人は口元を拭い、立ち上がった。



「貴様の体術が相変わらず取るに足らんことはよく分かった」


 ジークマリアは涼しげに言ってのける。


「だが、それは別にいい。貴様は『不死』だの『魔道具』だのを活かして小賢しく立ち回るべき『魔法戦士』の類だ。よって……」


 ジークマリアは左手を盾、右手を槍のように構えた。

 騎士の装備を模したかのような独特の構え。


「ここからは魔術込み、殺す気で来い」

「うへぇ」


 閉人は露骨に嫌そうな顔をする。

 それもそのはず、


「ランク6、血闘魔術『無限骨肉戦争アバラ・アバランチ』」


 閉人の右手が膨れ上がり、二本ある腕骨がそれを突き破って伸びあがった。

 二本は螺旋を描いて絡み合い、一本の湾曲した刃を形成する。


「大雑把だな。手首が消失しては小回りが利かないだろう」

「そうは言うけどよぉ。結構難しいんだぜ、これ。それに……ウッ……」


 閉人は呻きつつ汗をぬぐう。


 不死者の身体を維持する魔術を応用し、身体を好き放題に変形する。

 閉人の身体に刻まれている『無限骨肉戦争』の効果である。


 誰が仕組んだかもよく分からないままに拝借しているこの魔術だが、ただ一つ言えることは、


「痛ぇ……」


 とてつもない痛みを伴うことである。

 右手に巡っていた神経が裂け、悲鳴を上げている。

 伸びた骨にも神経や血管が通っているため、変形させる度に泣きたくなる。

 不死なのはいいとして、それに伴う痛覚へのケアが無いのである。


「慣れろ。それを一瞬の躊躇無く全身でやるぐらいが貴様にはちょうどいい」

「滅茶苦茶言うなッ」


 閉人は右腕の刃を構えて突撃する。


 渾身の突きが風を斬るが、銃をすら見切るジークマリアを捉えるには至らない。


「それではさっきと同じだぞ」


 ジークマリアは盾代わりの左手で閉人の刃を撫で、軌道を僅かに逸らした。

 右手が手刀の形を取り、がら空きになった閉人の胴を抉るべく力を漲らせる。


「いーや、違うぜ」


 閉人の胴から肋骨が飛びだして血飛沫を噴き出した。


「ッ!」


 肋骨が虫の節足のようにカシャカシャと音を立ててジークマリアの右手を捕えにかかるが、ジークマリアは咄嗟に手を引いて躱す。


 その手には閉人の血液が付着していた。


「ランク5、血闘魔術『瀉血地獄沼(レッドサンクチュアリ)』!」


 使い慣れない血の魔術を展開し、手に付着した血液に復元力を働かせる。


「む、骨は囮か」


 瞬く間にジークマリアの右手と閉人の間に血の紐が形成される。


「捕まえた!」


 肋骨が剣山の如くに飛び出し、大口を開けた獣のようにジークマリアを迎え撃つ。

 ジークマリアの手を引く血の紐は、あたかも巨大な舌のようであった。


「どうだ、逃げられるか!?」


 ジークマリアは左手の手刀で血の紐を斬ろうとするが、ゴムのような柔軟性によって受け流され、鳥餅のように左手をも取られてしまう。


「む。厄介だな、『不死』は」


 その反応に閉人はほくそ笑む。

 が、


「ならば、こうだ」


 ジークマリアが呟くと、血の復元力に引かれていたその姿が消える。


「ッ!?」


 閉人の頭に疑問符が浮かんだ瞬間、


「歯を食いしばれ」


 真下から声がした。

 閉人が顎を引いて下を見ようとした瞬間、その下顎をジークマリアの足が蹴り上げた。

 冒険用の厚底ブーツが閉人の頭蓋を揺らす。


「ほげぇッ!」


 容赦の無い蹴り上げに閉人の顎が砕け、頭がい骨にまで衝撃が突き抜けて、意識が飛んだ。


 そのまま閉人は宙を舞い、


 べしゃり。


 血の復元力に引かれて、まるで叩きつけられたように墜落。

 嫌な音と共に血が辺りに飛び散った。


「しまった。やり過ぎた」


 ジークマリアが抱き起すと、閉人は物凄い顔をして伸びていた。

 閉人の魔術が収束し、常時展開している『不死』が彼の修復に取り掛かる。


「閉人さん、大丈夫ですか……!?」


 近くで見ていたエリリアが駆け寄ろうとするが、


「……姫様は見ない方がよろしいかと。夜に眠れなくなります」


 大真面目にジークマリアが言うので、思いとどまるのであった。



 †×†×†×†×†×†×†



「ハッ!」


 閉人が目覚めると、沈みかけの夕日が目に少し沁みた。


「おはようございます、閉人さん」


 ふわりと、暖かく柔らかな感覚が閉人を満たした。

 膝枕であった。


「あれ、姫さん……?」


 『旅立ち荘』の縁側で、エリリアが閉人に膝を貸していた。


「憶えていますか? 閉人さん、マリィと組手中に……」

「あー」


 何だかひどい目に遭った気がする。

 閉人が起き上がろうとすると、頸の関節がゴリゴリと鳴った。

 砕かれた顎は元通りに再生し、もう痛みの欠片も無い。


「よいしょっと」


 起き上がってから、エリリアが膝枕してくれていたことの重大さに気が付く。


(あれ? おれ今、物凄く幸せな状況だったんじゃ……?)


「あ、眩暈が……(もう一回!)」


 閉人はたわけた芝居を打ってもう一度エリリアの膝に飛び込もうとするが、


「あイタ!」


 そこには床があるのみ。

 エリリアは絶妙のタイミングで立ち上がっていたのである。


 もちろん、エリリアはエリリアなので悪気はない。

 事故、というよりは閉人の自業自得であろう。


「閉人さん、大丈夫ですか?」

「おかげさまで……」


 閉人は心の中でちょっと泣くと、今度こそ起きるのであった。


 太陽はグログロアの山あいに沈みかけている。

 閉人は一、二時間くらい伸びていたのだろう。


「マリィから伝言で、『すまん』だそうです。今はちょっと買い物に出ているんですけど、反省してましたよ」

「でしょうね。いやはや……どうにも敵いませんよアイツには」


 閉人は首関節を鳴らしながら答えた。


「ほんと、アイツ一人で全部何とかなっちゃうんじゃないっすかね」


 閉人は、割と本気でそう言った。

 ジークマリアは強い。べらぼうに強い。

 グログロアや港町リリーバラ、フェザーンである程度修羅場をくぐってきた閉人からしても、ジークマリアの安定感と頼もしさは異常である。


「マリィは鍛えてますからね」


 エリリアはうんうんと頷くが、閉人からしてみればそれどころではない。

『鍛えているから』という理由だけで女の子が殺し屋とタイマンで勝ったりドラゴンに挑んだりはできないはずだ。

 何かがある。


(実はサイヤ人的な戦闘民族だったりするのか? あるいは幼少期にゴリラに育てられたとか……?)


 閉人は割と真面目にそういった線を疑ったが、そんな中で、


(しっかし、アイツがいる中で俺の役割って何だ?)


 ふとそんな事を思った。

 閉人は異世界からやってきた『異邦人』である。

 かといって、異世界の知識で何か凄いことができるかと言ったらたぶんできない。

 銃とかを作って戦闘面で優位に立とうと思っても、イルーダンとアイリーンが何故か先にそれをやっていて暴れている。


(そもそも俺、何で呼ばれたんだろうなぁ……)


『不死』であることに何か意味が有るのだろうか。

 だが『不死』も、『七つの殺し方(クレイジーセブン)』やジークマリア級の怪物相手ではまだまだ心もとない。

 イルーダンに至っては『壊れない玩具』扱いであった。


「分からねえなぁ……」

「何がッスか?」

「何って、そりゃあ……」


 閉人は答えかけて、訊ねたのがエリリアでないことに気が付いた。


「へ?」


 聞き慣れない女の声。

 エリリアと共に振り返った閉人の目に映ったのは一人の美女の姿であった。


「なっ……アンタは!?」


 植物の葉を思わせるような明るい緑の長髪をはらはらと靡かせた長い耳の女。

 恐らくは、噂の『四人目』。


「ども、ジブンは『ビエロッチ=アレクセイエフ』という者ッス」


 だらりと頭を下げたエルフの女から目を逸らしつつ、閉人は眉をしかめる。


「待て、『アレクセイエフ』だって……!?」


 まさか。

 閉人は嫌な予感に苛まれつつ、目下の最優先事項を叫んだ。


「アンタ……何で裸なんだ!?」


 ビエロッチは何ゆえか、全裸であった。



『断章のグリモア』


 その36:裸について


 七大種族の間で時折噛み合わないことの一つに、『どこからが裸か』というのがある。


 バードマンは開放的である。気温の低い高地に住んではいるものの、全身が羽毛に覆われているため、上半身裸でもそこまで恥かしいとは感じない。


 ドワーフも南部の高温地帯に好んで住んでいるためか、同じく薄着なことが多い。


 水に暮らすマーメイドには、そもそも服の文化が近年までなかった。


 ドラゴニュートは、生まれつきの鱗の生え方によって感覚に個体差がある。


 さて、そんな中でビエロッチが属するエルフがどうかと言うと、エルフは基本的に肌を隠すことを好む。

 秩序を何よりも尊ぶエルフにとって、性や肉体は包み隠されるべきであるという意識が強いようだ。


 よって、全裸で閉人たちの前に現れたビエロッチは種族内における変態と言えるだろう。


 ちなみに『どこからが裸か』と似たような問題に『全裸を見られた時、最初にどこを隠すか』というものがある。ここにも種族単位で差異が生じ、どこを最もデリケートな部位だと考えているかが表れやすい。



 オマケで、仮に閉人が裸のエリリアやジークマリアに遭遇したと仮定して、彼女たちがどこを隠すかを考えてみる。


 エリリアならば胸を隠すだろう。

 これは平地人に共通した価値観であり、王都の絵画などでも乳房を性の象徴とすることが多いためである。エリリアは議会の情操教育により無意識下にそういった身体感覚をも継承している。


 対して、ジークマリアならば身体を隠さずに閉人の目を潰す。

 これは『閉人相手ならば何をしてもよい』というジークマリア特有の価値観によるものである。

 あるいは、獣の防衛本能とも言えるかもしれない。

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