2‐1‐2 ビエロッチ=アレクセイエフ

 そう、これこれ。こっちに来た時用に服置いといたんスけど、ジュゲムっちに片付けられちゃったんっスねぇ」


 押入れから浴衣のような物を適当に引っ張り出しつつ、ビエロッチはカラカラと笑った。


(いやアンタ、恥かしくないのか?)


 心の中で突っ込みを入れつつ、閉人はようやく面と向かってビエロッチを見た。

 『旅立ち荘』の居間に座っているのは閉人、エリリア、そしてビエロッチ。リィリィとグレンは外出中で、ジークマリアも買い出し。

 ジュゲムはと言えば、


「まったく、その辺に適当に脱ぎ散らかしてあったのをしまってやったんだ。ありがたく思えビエロッチ」


 居間でウトウトとしている。服を探すためにビエロッチにたたき起こされたようで、機嫌が悪い。


「ごめーん、ごめんって。この前は急ぎだったんス。今度お土産買ってくるから、それで勘弁して?」

「んー」


 ジュゲムは一応納得したように頷くと、居間の座椅子に寝転んで呻き始めた。もう少し寝ておきたいようだ。



「さぁて、何から話すッスかねぇ」


 気を取り直したビエロッチは、意味ありげな視線を閉人とエリリアの間に行き来させた。


「まずは、お互いに自己紹介をしませんか」


 エリリアがごく当たり前に言った。


「あー、そうっスね。仕事柄、そういう作法とか忘れてたっス」


 ビエロッチはデヘデヘとだらしなく笑う。


「改めまして、ビエロッチ=アレクセイエフっていいますッス。職業は情報屋、主に冒険者ギルドとかとつるんでネタを売り買いしてるッス。だから、もう一人のお仲間のこともまあ、知ってるっちゃあ知ってるっス」

「あら、マリィのこともご存知なんですか?」

「有名っスからね。史上最年少のグリモアの騎士で、騎士団にファンも多い。ギナイツ家に連日届くお見合いのお話の中には、なんと女性からの申し込みもあるという噂ッス」

「あらあら。マリィは格好いいですもの」

「ジブンはまだご本人は見た事無いんスけどね」


 そこまで聞いて、閉人は眉をしかめた。


「ちょっと待った、ジークマリアの素性を知ってるってことは、こっちの姫さんのことも?」

「もちろんっス。エリリア=エンシェンハイム様。マグナ=グリモアを継承中の姫巫女さんで、現在は第二の試練に向けて夢が降りてくるのを待ってるっスね」

「……」


 閉人は頭に手を当てた。


(冒険者登録で偽名使った意味ねぇじゃん!)


 閉人は口に出して叫びそうになったが、そんな様子を察してビエロッチは笑う。


「偽名くらいじゃすぐばれるッスよ~。ギルドを馬鹿にしちゃいけないっス」


 ビエロッチはケラケラと笑う。


「ま、でもいいんじゃないすか。偽名ちょーカッコいいッスよ、エリザベスちゃん」

「ですよね!」


 エリリアは嬉しそうに身を乗り出すと、自らの胸に手を当てた。

「改めまして、エリリア=エンシェンハイムことエリザベス=ウォン=ハウ=ローゼンパーク四世です!」


 と、もはやどちらが本名なのか分からない事を言い出した。


(姫さん、その名前気に入り過ぎ)


 閉人は心の中でもう一ツッコミを入れつつ、自分の番とばかりに切り出した。


「俺は黒城閉人。姫さ……エリザベスさんの舎弟ってことでよろしく」

「よろしくッス~」


 ビエロッチはヘラヘラ笑っている。


(それにしても、エルフっぽくない人だな)


 閉人にとって、エルフには堅苦しいイメージがある。森を神聖視し、掟を尊び、多種族を嫌う。

 地球産ファンタジーの延長線でしかないイメージをビエロッチが守らなければならない道理もないが、それでも違和感があった。


 そして、エルフというものを考える時に閉人はある男の事を思い出さずにはいられない。


「そう言えば、ビエロッチの姐さんは『アレクセイエフ』って苗字だったと思うんスけど、その……イルーダンって知ってます? イルーダン=アレクセイエフ」

「? 弟の名前ッスけど、何で知ってるんスか?」

「あっ……」


 閉人とエリリアは目を見合わせた。

 何と言う奇縁だろうか。


 イルーダン=アレクセイエフ。

 バードマンの里フェザーンや港町リリーバラを襲撃した『魔笛の空賊団』の幹部。

 恐るべき弓の使い手で、邪竜アラザールを駆って閉人たちを追い詰めたダークエルフの名を、このような場所で出すことになるとは。


「って言っても、ここ一〇〇年ぐらいは会ってないんスけどね。アイツ、何か皆さんに迷惑かけたりしませんでした?」


 あくまで軽いノリのビエロッチに、閉人は言葉に詰まる。


「あー、何て言うか、その……」


 言うべきか言わざるべきか、閉人は迷いに迷い、


「ブっ殺しちゃいました」


 と、正直に白状するのであった。



 †×†×†×†×†×†×†



「ふぅん、そんな事があったんスねぇ」


 閉人がフェザーンでの出来事を話すと、ビエロッチは納得したように呟いた。


「その、ごめんなさい。里を守るためといえ……」


 閉人は頭を下げるが、ビエロッチは纏う雰囲気を変えたりはしない。


「仕方ないことッス。元はと言えば賊なんかやってる弟の方が悪かったんスから。まったく、何百年も生きといて何やってんだか、もう」


 ビエロッチは笑いながら手をひらひらと舞わせた。

 その笑顔はどことなく寂しげだったが、すぐに気を取り直すと閉人たちに酒を勧めた。


「まあ、飲んで飲んで。仲良くなりましょ、ね?」


 それは閉人たちが持ってきた土産の火酒だったが、ビエロッチは息をするかのように栓を抜いていた。


 そこに、外に用事で出ていたグレンが帰ってきた。


「ぬっ! ビエロッチ! 何を抜け駆けしておるか!」


 大喝するグレンに、ビエロッチは舌を出す。


「べー。仲間外れにしようとしたのが悪いんっス。いい年して意地悪なんすよドワーフは」

「なんじゃと、この地獄耳長めが! 人の数倍は生きとるくせに意地汚い奴!」


 グレンとビエロッチは酒瓶を取り合って取っ組み合いの喧嘩を始めた。

 俗にエルフとドワーフはDNAレベルで仲が悪いと言われているが、そういうことなのだろうか。


「はは、何やってんだか。ねぇ、姫さん?」


 呆れ気味に傍らのエリリアに話しかけようとする。

 しかし……


「ごめんなさい、閉人さん」


 ふらり。

 エリリアは椅子から転げ落ちるように倒れ、間一髪で閉人に抱きかかえられた。


「姫さん!?」


 見てみれば、エリリアの額に七芒星の紋章が浮かび上がり、右手と左手にもそれぞれ杖と魔導書を意味する紋章が輝いている。


 前にも、こんなことがあった。


「そうか、『次』が来るのか……」


 エリリアの旅の目的は、『夢のお告げで示された景色を目指し、マグナ=グリモアの継承を完成させること』だ。

 それを、全部で七回。

 バードマンの里では第一の継承に辛くも成功したのだから、今度は同じように二回目に目指す場所のお告げが降るのだろう。


「ハァ……ハァ……」


 苦しげに呻くエリリアを抱きかかえると、閉人は彼女を共同寝室に寝かしつけるのであった。


「がんばれ、姫さん」


 閉人は小声で応援しつつ、エリリアがスヤスヤと寝息を立て始めると安心して戻る。


「大丈夫かね、エリザベスちゃんは?」


 グレンが訊ねると、閉人は大きく頷いた。


「大丈夫っす。むしろ、大変なのはこれからで」


 エリリアが起きたら、また旅の準備だ。

 きっと、今回の旅も厳しいものになるだろう。


「そうかい。まあ、お大事にな」


 グレンも、前回飲み会でエリリアが倒れた時のことは憶えているのだろう。

 あまり詮索せずに意識をビエロッチの方へ戻すが、


「ありゃ?」


 ビエロッチが消えていた。

 彼女が抱きかかえていた酒瓶はテーブルの上に元通りに置かれており、ついでに着物も脱ぎ散らかされている。


「え、どこに消えたんだ? ってか、何で服着たのに脱いだの……?」


 閉人が戸惑っていると、グレンは大きく息を吐いた。


「全く、落ち着きのない奴じゃわい」


 グレンは酒瓶に栓をすると、自前の瓢箪で酒をあおり始めた。


「あの~、ビエロッチの姐さんは何処に?」

「さあのう? 客に呼び出されたんじゃないか?」


 グレンは心底どうでもよさそうに、酒焼けした声で答えた。


(なんじゃそりゃ)


 閉人は首を傾げたが、『旅立ち荘』の面々が気にしていない以上、大したことでもないのだろう。


 閉人はそんな風に思っていたが、そうもいかない事態が水面下では進行していた。



 †×†×†×†×†×†×†



 どことも知れぬ建物の一室。

 窓から覗く景色はグログロアのそれではない。

 ビエロッチは瞬きもしない間に、遥か遠くの地に移動していた。


「ちょっとちょっと、いきなり『呼霊サモン』なんかして、どうしたんスか『ボス』?」


 全裸のビエロッチは蝋燭立ての置かれた円卓に歩み寄り、椅子の背もたれに肘を乗せて文句と胸を垂れる。


「せっかくいい酒が飲めるところだったのに~」


 円卓にはいくつか席が設けられていたが、人が座っているのはビエロッチを除いて二席のみである。

 両方とも男だが、蝋燭の灯りが弱々しいせいか顔までは見えない。


「悪かったね。緊急の案件だ」

「緊急? 魔神でも復活したんスか~?」


 ヘラヘラと訊ねるビエロッチに釘を刺すように、男は告げる。


「イヴィルカインが死んだ」

「……へ?」


 ビエロッチは目を丸くした。


「姫巫女一行と事を構え、大僧正ボリ=ウムの切り札に討ち取られたそうだ」

「はぇ~、マジっすか。お爺、死んじゃった?」


 『ボス』ではない、もう一人の青年が答えた。


「ああ。彼は長らく僕たちの手から離れて独自の計画を進めていたようだが、これで御破算。『死』は平等だ。あの手この手ですり抜けようとしても、『死』からは逃れられない」



 イヴィルカイン=フォーグラー。

 かつて閉人たちを襲った『魔笛の空賊団』の参謀であり、圧倒的な力を誇った魔術師。

 バードマンの大僧正であるボリ=ウムがランク11魔術『裏竜星時空門螺旋御霊会リ・タキオン・スパイラル・アソシエーション』によって命と引き換えに倒した相手である。


「東じゃあ色々凄いことになってたんスね」

「ああ。差し当たって君に一つ仕事を任せたいんだが……」


 男は咳払いをした。


「その前に服を着たまえ。君の席に用意してある」

「あら、ご親切にどうもッス」


 ビエロッチは女物の衣類を拾い上げると、下着類は無視してシャツのみを羽織った。

 大事なところを全く隠せていない着こなしに、男は眉をしかめる。


「ちゃんと着たまえ。仮にも私の前だよ?」

「まーまー。どうせ帰る時にはまた脱ぐんっスから」


 ビエロッチは誤魔化しつつ、席に就いた。


 男は呆れた様子で息を吐いたが、ビエロッチのヌーディストぶりは彼女の体質以前の問題であると思い至り、諦めた。


「まあいい。とにかく、君には件の姫巫女一行に関してある仕事を任せる。彼女らと同行して『■■■』を刺激し、その経過を観察せよ」

「えー。結構危なくないっスか? お爺の二の舞はイヤっスよ」


 ビエロッチの反応に、男は低く笑った。


「安心したまえよ。補佐役に『死神』オプト=オーウェルをつける。そもそも、どんな修羅場だろうと君なら生き延びられるはずだ」

「それ、フォローになって無くないッスか……?」


 ビエロッチは心底嫌そうに呻いたが、やがて覚悟を決めた様子で息を吐いた。


「分かったっス。受けるッスよ、その仕事」

「ありがとう。詳細は定期報告の際に追って知らせよう」

「了解ッス」


 ビエロッチは話を終えると、立ち上がって魔力を高めた。


「じゃ、要件も終わったところで失礼するッスよ。今日はウチで飲み会なんス」

「『ウチ』? エルフの里と和解したのかい?」

「まさかッスよ! ジブンにとって、『ウチ』ってのは『旅立ち荘』のことなんで、そこんとこよろしくッス」

 ビエロッチの身体に奇妙な模様が浮かび上がる。

 まるでエリリアの継承の時のような現象だ。


「ランク7、魔術『知恵者猫大跳躍フライング・プッシー・フット』。ごきげんよう『ボス』、それに『死神』くんも」


 ビエロッチの姿は瞬きする間もなく消失し、後には彼女が纏っていたシャツだけが残されていた。


 肉体のみの瞬間移動。


 それは、彼女が裸でいる理由の一つであった。





 『断章のグリモア』


 その37:ランク2『呼霊サモン』について


 ランク2、精霊魔術『呼霊サモン』は広く知られた精霊魔術である。

 契約を交わしたエーテル生命体、所謂『精霊』に対して呼びかけることができる。

 ビエロッチはエルフ、肉体を持っているので『精霊』とは言い難いが、そのエーテル感知能力の高さ故に、『呼霊サモン』を感じ取ることができる。

 精霊は大気のように遍在するため、『呼霊サモン』を受けてすぐ召喚者のもとに馳せ参じることができる。エリリアが笛で呼ぶ精霊馬フィガロなどがその好例だ。

 対して、ビエロッチは魔術を介したアプローチによって、その遍在を再現している。


 まるで人工の精霊とでも言わんばかりの彼女の振る舞いには、まだ多くの謎が秘められている。

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