1‐3‐4 魔笛のいざない
アジトの上空では、クシテツ率いるバードマンの僧兵たちとイルーダン率いる飛竜隊が空中戦を繰り広げていた。
ある僧兵が、飛竜の首を掻き切って撃墜しつつ、叫ぶ。
「堕ちよ、賊共! 空中で我らに敵うと思うなよ!」
僧兵たちの誰もが抱く矜持であった。
これまでは防衛すべき里、身を挺して守るべき民を背後にした防戦ばかり。
彼らの『速さ』を活かした本来の戦い方は封殺されてきたと言っていい。
だが、今回は攻め。
ようやく巡ってきた起死回生の好機に、僧兵たちは奮い立っていた。
「ち、ちょこまかとぉ!」
イルーダンは舌打ちをしつつ、僧兵の突撃を躱しざまに翼を撃ち抜く。
「グゥッ!」
僧兵は片翼の自由を失って、墜落していく。
だが、そのもう片翼は僅かに風を掴んでおり、落下を制御している節があった。
落下の軌道が谷間を逸れ、僧兵は近くの森林へと消えていった。
「奴ら、何か企んでやがるな……?」
イルーダンは訝しむ。
先程から、撃墜されたバードマン達が皆同じような場所に落ちていくような気がしてならない。広大な視野と膨大な画像処理能力を持つ魔眼を持つ故に気付けることだ。
だが、何をしているかまでは、木々の影に隠れているせいで見通すことができない。
視界の端から迫る矢は止まって見えるし、どのような軌道で飛んでくるかも手に取るように分かる。
しかし、一枚の葉の裏を見通すことはできない。魔眼の奇妙なところである。
「何をよそ見している、賊め!」
その視界の端から一際速いバードマンが刃を振るった。
僧兵長クシテツである。
「しつけぇな!」
イルーダンは毒づきつつ、愛竜を駆って身を翻し、小銃をクシテツの翼に向ける。
クシテツはその銃口の動きを読み切って急旋回し、銃撃を避ける。
「閉人殿の言った通り、銃口を見るのが一番避けやすい……ッ!」
クシテツは、閉人から授けられた(漫画と映画から得た付け焼刃の)対銃戦法に感心しつつ、イルーダンを翻弄し続けた。
「小うるさい鳥共め……」
イルーダンは舌打ちしたが、やがて何を思ったのか、小銃を捨てた。
「!? なんのつもりだ……ッ」
出方を窺うクシテツに向け、イルーダンは凄惨な笑みを見せた。
「ククク、喜べよ鳥公、俺の新しい『左手』の実験台にしてやる!」
イルーダンは叫び、空になった右手を存在しないはずの『左手』に添えた。
†×†×†×†×†×†×†
タタタン、タタタタン、多多多、タタタタ多多多ン!
アジトの二階で『魔笛の空賊団』アジトにおいて最も熾烈な戦いが繰り広げられていた。
女騎士ジークマリアと殺し屋アイリーン=ベルカ。
こと単純な殺傷力において、両陣営最強同士の激突である。
硝煙が燻る程に銃弾が跋扈した、空賊たちの大食堂にて。
アイリーンは右手にはリボルバー式の拳銃を、左手に自動小銃を携え、穴だらけになったテーブルの上に佇んでいる。
その数メートル前方で、ジークマリアは肩で息をしながらアンブラルを構えていた。
「ふふ、『斬殺』を殺ったと聞いていたから用心していのに、杞憂だったかしら」
タン!
アイリーンの右手のリボルバーがジークマリアの眉間に向けて弾を吐き出す。
音を越えた一撃に対し、ジークマリアは身体を前傾した。
(目を逸らすな……ッ!)
ジークマリアの脳裡で、閉人の声が蘇る。
「銃の攻略法? んー、銃口を見れば躱せるんじゃねぇの?」
とか、
「お前ならできるよ」
とか、
「つーか、カンダタで練習してみる?」
だとか。
閉人のかなり無責任な言葉とカンダタを用いた十数分の訓練により、ジークマリアは銃というものに対する戦術を半ば確立していた。
今や、ジークマリアの目には銃が銃として見えていない。
(あれは『槍』だ。達人の扱く無限に長い槍だと思え……ッ!)
音を越えた速度で突き出される、間合いの存在しない槍。
まるで神話に出てくる神槍の如き代物である。
だが、使い手が神でない以上、ジークマリアにはさしたる問題ではなかった。
無限に伸びる槍の穂先から身を外し、そのまま全速力でアイリーン目がけて攻め上がる。
「喝ッ!」
空気を破裂させるような一突きを放つが、
「ハズレ♡」
アイリーンは前傾するジークマリアに対して後ろに倒れ込むようにしてアンブラルを躱すと、切り裂くような突風に乗って宙を後退した。
「ちッ!」
逃がすまいとジークマリアはさらに前進するが、その僅かな隙を小銃の掃射が塞いでしまう。
「くっ、逃がしたかッ」
ジークマリアは臍を噛む。
彼女にとって問題なのは、銃ではなく、アイリーンがバードマンであることだった。
風に乗る事で射撃体勢を維持したまま素早く後退し、ジークマリアの間合いから逃れ続けることができる。
神は、天から槍で罪人を突くという。
その圧倒的な射程差を、アイリーンは再現しているとも言えるだろう。
「そろそろ理解できたかしら? この一方的な戦闘の無意味さを」
窓辺に立ち、月光を背に受けてアイリーンはほくそ笑む。
距離感を一定に保ち、一方的に銃弾を叩き込み続ける。
それがアイリーンの必勝戦術である。
翼の寺院で見たジークマリアの奇襲から彼女の必殺の間合いを計算し、そこに踏み込まないように調整を続ける。
自在に空を舞うバードマンの利を最大限に生かした殺法であった。
さらに、アイリーンは口にこそ出さないものの、物量の面ですらジークマリアを圧倒している。
ランク4、魔術『
彼女の扱う銃器は地球の兵器と魔道具としての性質を併せ持っている。
施された次元魔術によって別の場所に用意された弾薬を自動補充し、継戦能力を異様なまでに高めている。
つまり、彼女に『弾切れ』という弱点は存在しない。
アイリーン=ベルカは、銃での中距離戦闘において完成形に至っていた。
圧倒的優位の高みから、アイリーンはジークマリアを見下ろす。
「貴女も馬鹿よね。美人を血塗れの台無しにして、そんなにお姫サマを守りたいワケ?」
唐突な問答。
だが、一方的に体力を削られていたジークマリアにとって、ここで無用な会話に乗る事は体力の回復に繋がる。見たところ、アイリーンが何かを仕掛けている様子も無い。
「……何が言いたい?」
ジークマリアは、息を整えつつ、アイリーンを睨み付けた。
「『勧誘』よ。ねぇ、『七つの殺し方(クレイジーセブン)』にいらっしゃいよ。『斬殺』の後釜に据えてあげる。命だけは助けてあげるって言ってるの」
「……既に勝ったつもりか?」
ジークマリアは些か強がりを含めつつ、答えた。
「ふふ、アタシ好みの答え。だけど、仮にアタシに勝てたとしても同じこと。交わした契約により、イルーダンが姫巫女サマを『|七つの殺し方《クレイジーセブン》』に引き渡してくれるわ」
「ならば、あの腐れエルフも成敗するまで。もとより賊の首魁だ」
ジークマリアの言葉に、アイリーンはむしろ憐れむような目を向けた。
「無駄無駄。イルーダンの傍にはあのイヴィルカインがついている。あんな極悪人のコンビ、そうそうはお目にかかれないわよ」
アイリーンは続ける。
「勝てない相手に挑んで死ぬぐらいなら、自分の身を優先した方がいいわ。そう思わない?」
アイリーンは誘うような目で問う。
しかし、
「くくくく……」
ジークマリアは好戦的な笑みを浮かべ、アンブラルを構え直した。
「騎士道にそのような弱者の論は存在しない」
その顔には、尊大なまでの自信があふれ出ている。
提案の拒絶、だけではない。
「蓋し、貴様は『悪』に流れたことを後悔している。だが、もはや正義を通すには遅すぎると諦め、せめて共に『悪』に落ちる仲間を欲している。違うか?」
「……ッ!」
ジークマリアの言葉は、少なくともアイリーンにとっては正論として響いていた。
だからこそ、黒い羽を蔑むよりも遥かに深く、鋭く、アイリーンの自尊心を抉った。
「もう一度言う。『騎士道にそのような弱者の論は存在しない』のだ。私が貴様らになびくことは断じてない」
「……折角命だけは助けてやろうと思ったのに、馬鹿な娘ッ」
アイリーンの顔に、初めて憎悪の火が灯った。
「殺してやる……ッ! あの子が見てもアンタだと分からないぐらいに、徹底的に『殺ってやる』。覚悟しな小娘!」
「望むところだ」
月光を受けて鴉は飛び立ち、夜を覆い尽くさんとする。
騎士は、それでも光を目指して駆けだした。
†×†×†×†×†×†×†
「静かだな……」
アジトの三階までたどり着いた閉人とボリ=ウムは、辺りを見回した。
「油断するんじゃないよ。この階には
ヒュウと風を起こし、ボリ=ウムは薄刃を構えた。
「だが、タダで通そうという訳でもないらしい」
ボリ=ウムの言葉に呼応するかのように、廊下に面した小さな扉が開いた。
そこからゆっくりと二人の騎士が現れ出でて、閉人たちの前に立ちふさがった。
一人はイヴィルカインよりも老いた風体の老騎士。
もう一人は何処かジークマリアに似た雰囲気を纏う女騎士。
双方ともに上等な鎧を身に纏っているため、とても空賊には見えなかった。
「何だテメェら。空賊じゃねぇのか」
閉人がカンダタを向けると、老騎士が一喝した。
「馬鹿者めが! この威風堂々たる騎士装束を見て何が空賊かッ! 我こそはフォーグラー卿を守護する剣、ゴシウ=ギルデンスターン!」
老騎士ことギルデンスターンが剣を構え、
「同じく、ドロエ=ローゼンクランツ! 数百年続くこのフォーグラー家の邸宅に闖入せし賊め! 成敗してくれる!」
女騎士ことローゼンクランツもまた、剣を構えた。
それぞれ構えは同じ流派の物らしい。
少なくとも、空賊がするような見よう見まねの構えではない。
「何だ、こいつら?」
「さあねぇ」
閉人とボリ=ウムは顔を見合わせた。
そんな二人を、女騎士ローゼンクランツが叱咤する。
「王都ハルヴァラ一の邸宅たるフォーグラー卿の屋敷に忍び込んでおいて、言い逃れはできんぞ賊共!」
「???」
閉人は、ローゼンクランツの言っている意味がまるで分からなかった。
「何言ってやがる。バードマンの里を襲っといて! それに、ここは王都なんかじゃないぞ! 見ろよ!」
閉人が指差した窓の外ではたった今、賊の一人が
ギルデンスターンとローゼンクランツは確かにその光景を目の当たりにしたはずだが、
「変わらない。王都の静かな日常だ」
と、違う現実が見えているらしい。
その瞳はどこか虚ろであった。
「……構うんじゃないよ、閉人。やる事は変わらん」
ボリ=ウムは一歩進み出た。
「アタシが殺る。援護しとくれ」
ボリ=ウムは色褪せた翼から薄く小さな刃を伸ばした。
「! 老婆と言えど、フォーグラー卿にあだなす者は許さん!」
老騎士ギルデンスターンは気合を発し、ボリ=ウムの小柄な体に斬りかかる。
「婆さん!」
閉人はカンダタをギルデンスターンに向けて放った。
「ぬぅ!?」
ギルデンスターンは老人とも思われぬ動体視力で弾の動きを見切ると、構えた剣を僅かに寝かせ、血の弾丸を刃の腹で受ける。
そのまま滑らかにボリ=ウムに向けて剣を滑らせ、横薙ぎに彼女の胴体を断とうとした。
が、
「甘いね」
ひらりと、ボリ=ウムの枯れ木のような身体が宙を舞った。
横に振り抜かれた剣に対して、まるで剣が起こした微風に枯葉が舞い上がるかのように、ボリ=ウムは浮き上がった。
「ランク1、『風』」
そこに突如木枯らしのような乾いた風が巻き起こり、ボリ=ウムの身体を運んだ。
「!?」
ギルデンスターンとボリ=ウムの身体がすれ違った瞬間には、既に事が済んでいた。
「ぐ、がァッ……!?」
ボリ=ウムが手にした刃が老騎士の首を裂き、夥しい血で床を濡らしている。
(すげぇ動きだ。まるでヨーダ(スターウォーズのアイツ)みてぇだ!)
閉人が感心したのも束の間、
「おのれよくも!」
続いて女騎士ローゼンクランツが斬りかかるが、
「閉人!」
「ああ!」
閉人の放った弾丸が、ローゼンクランツの足元に炸裂した。
不死者の復元力により極度の粘性を持った血液が、ローゼンクランツの足を絡め取る。
「ぐっ、おのれ……」
ローゼンクランツが足に気を取られている間にボリ=ウムは剣を躱し、
「悪いね」
返す刃でその首を裂いていた。
「ぬ! 次は、こうはいかんぞ……ッ」
朦朧とした意識でローゼンクランツは閉人とボリ=ウムを睨み付けるが、
「次なんてねぇよ」
閉人が目を背けつつ言うと、そのままゴトリとこと切れた。
何とも奇妙な、手応えの無い一戦だった。
「……何だったんだ、こいつら?」
「不気味さね。あの
ボリ=ウムが、ローゼンクランツの目を閉じてやりながら、眉をしかめる。
「邪竜アラザールとこいつらが?」
閉人が訊ねると、ボリ=ウムは頷いた。
「何かタネがあるらしい。何にせよ、相手は魔術師だ。どんな手管手練を使ってくるか分からない。心しな」
「ああ」
二人は、邪気の漏れ出す大扉の前に立ち、それぞれ得物を構える。
「行くぞ……一、二の、三!」
閉人が大扉を蹴り開けて中に飛び込む。
次の瞬間、
「何だ、こりゃ……」
扉の向こうに広がる光景に、閉人は絶句し、構えたカンダタを下ろす。
「待て、閉人! 耳を貸すな!」
「え、何だって……?」
すぐ横にいたはずのボリ=ウムの声が、随分と遠くに聞こえた。
その代り、心地良い笛の音が囁くように閉人を包み込む。
「ランク8、魔術『
魔笛の彼方、傲岸不遜に囁くイヴィルカイン=フォーグラーの声は、もはや閉人の耳には届いていなかった。
『断章のグリモア』
その25:黒い羽について
バードマンの慣用句に、『羽根の色を問わず』という言い回しがある。
これは『細かい差異や詳細を気にしない』という意味合いで用いられるが、この言葉はかつてのバードマン種族に、羽根の色を根拠とした差別が存在した名残でもある。
純血主義。
かつて、バードマンの全てが純白の羽を持っていたとされるが、七大種族間の交配が進むごとに、黒い羽を持つバードマンが現れるようになった。
もともと保守的であった当時の『翼の教え』の大僧正たちはこれを天空への背徳と見なし、黒羽をフェザーンの里から追放した。
巣を失った鳥は、温もりを捨てて流離わなければならない。
黒羽のバードマン達は故郷を追われ、大陸各地の空へと散った。
悪習はつい百年ほど前、灰色羽根のボリ=ウムが大僧正になるまで続いていた。
フェザーンが考えを改めた今、件の言い回しからかつての毒は消えていった。
世代を経るごとに意識は変わり、異様な長命を保つボリ=ウムが絶えず過去を語ることで同胞たちを戒めたためである。
里で生まれた黒羽が、疎外されることも無く里で(今は空賊団に脅かされてはいるものの)無事に暮らせる段階にまで、バードマンはたどり着いていたのである。
しかし、過去の罪は根深く、恨みが薄れることはない。
王国の最下層、王都貧民街に生まれ育ったアイリーン=ベルカにフェザーンを許せる日が来るとすれば、それは邪竜アラザールの吐く毒々しい火炎によって里の全てが焼き払われた、ただその時だけであろう。
少なくとも、彼女はそう思っているのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます