1‐3‐3 秘密兵器

 時計の針を数分巻き戻す。

 つまり、イルーダンの銃撃によって戦闘が開始する数分前。


 山岳地帯を滑空する無数の影の内、帆凧ほだこと呼ばれる小型のパラグライダーで滑空する者が二つあった。

 黒城閉人とジークマリア=ギナイツの二人である。

 クシテツを長とするフェザーンの精鋭僧兵部隊十四名の巻き起こす魔風を受け、音も無く空を舞っていた。


「高度を落とそう。あの谷底に姫様はいらっしゃる」


 ジークマリアの指示にクシテツが頷いて風を操ると、一行は切り立った山の断崖へと着地、静かに谷を見下ろした。


「あの谷は数か月前に崖崩れがあって、土砂に埋まっているものと思っていましたが……」


 小型の望遠鏡を覗きこむクシテツに、ジークマリアは首を横に振って見せる。


「あの老魔術師イヴィルカインが大気を捻じ曲げて幻を作ったのだろう。あれほどの魔術師だ、それぐらいはやってのける」


 クシテツの視界の中で、僅かに風景が揺らいだ。


「!」


 まるで砂漠の中の蜃気楼のように、不自然に景色が歪んでいた。

 空からではまるで分らないが、そうと知った上で注視すれば、見破るのはたやすい。


「ぐっ、こんな手に今まで……」


 クシテツは治りたての翼を強張らせて悔しがった。


 ジークマリアは帆凧の骨組を分解して帆を巻き付け、手に携えたアンブラルの代わりに背にくくり付けた。


 帆凧には、バードマン程の飛行能力は無い。

 仮にこれで谷底まで降りようとすれば、射撃の格好の的である。


「ところで閉人。貴様の背の『それ』は何だ?」

「ん、これか?」


 閉人は同じく帆凧を分解しながら首を傾げた。

 その背には大きさの木箱が背負われている。金具で頑丈に補強されており、入ろうと思えば子供一人ぐらいは隠れられそうな大きさだ。


「ほら、飯の時に大僧正の婆さんが見せてくれただろ? 『秘密兵器』が入ってる」


 閉人が背を示すと、中の物がゴトリと音を立てた。


「……」


 ジークマリアは怪訝そうに眉をしかめ、ちらとクシテツを見た。


「クシテツ殿、よろしいのか?」

「構いませぬ。既に我ら一同、承知しております」

「?」


 ジークマリアとクシテツのやり取りの訳が分からぬまま、閉人は帆凧を畳むのであった。


「ここからは低空高速飛行で接近、急降下にて奇襲をかけまする。お二方はそれぞれ我が配下の背にお乗りくだされ」


 二人は頷き、それぞれ屈強な僧兵に身を預けた。


「大丈夫ッスかね? 結構大荷物ですけど」

「問題ありません。鍛えておりますので」


 しがみつく閉人を背に乗せ、バードマンの僧兵は頼もしげに羽を広げた。


「では、行きますぞ。第一目標は『姫巫女様の奪還』。それを成した後、『賊将イヴィルカインを討つ』。我らがフェザーンの里の命運がかかっている。ぬかるでないぞ、お前たち」

「はっ」


 クシテツの合図のもと、僧兵たちは断崖より飛び立った。



(速ぇッ!)


 バードマンの背で閉人は悲鳴を上げそうになるのをこらえた。

 バードマン達は音も無く山を滑り降り、その速度は時速一〇〇キロをゆうに超えている。


 そのあまりの速さに怯みつつ、


(姫さん、待っててくれよ!)


 閉人は腰の魔銃カンダタを抜き、すぐそこに迫る決戦の時に、息を呑んだ。


 その時である。


「ギ ア ア ア ア ア ア ア !」


 一匹の飛竜(ワイバーン)が幻を突き破って飛翔した。

 その背には緑暗色の魔眼が二つ煌めいていた。


 ダークエルフにして敵の首魁、イルーダン=アレクセイエフである。


「げぇ、テメェか!」


 閉人が叫ぶ。


「ああそうさ。待ってたぜぇ! 出合え、野郎共ォッ!」


 その合図と共に、続けて十騎ほどの飛竜ワイバーンが幻を突きぬけて浮上した。

 それぞれ、リリーバラの時と同じように乗り手と射手の二人ずつを乗せている。


 無数の殺気がバードマン達の一団に突き刺さる。


「掴まってください!」


 閉人を乗せた僧兵が叫ぶと、高度をガクンと落としつつ、急角度に旋回した。


「ひぇッ」


 閉人のすぐ頭上を弾丸がすり抜けた。

 動いていなければ、やられていた。


「ち、鳥頭共でも二度目は避けてくるか」


 イルーダンは舌打ちしつつ、ほくそ笑む。


「だが、こんなのは挨拶! お前にはとっておきをお見舞いしてやるぜ、『愛しの君』よぉ!」


 魔眼の焦点を閉人に合せ、イルーダンは狂ったように呼ばう。


「ふ、ふざけんな!」


 閉人が叫んでカンダタを構えようとするが、それをクシテツが制した。


「閉人殿、ジークマリア殿! 空の戦いは我らが。お二人は先行して姫巫女殿を!」


 クシテツの提案に、ジークマリアがいち早く頷いた。

 


 閉人はクシテツとイルーダンとに視線を行き来させた。

 骨身に染みて知っているイルーダンの残虐さを、クシテツ達が受け切れるだろうか。


「クシテツさん……!」

「心配は無用!」


 閉人の心配を察したのか、クシテツは両翼から二枚の薄刃を展開し、部下に告げた。


「お二方を必ず敵の懐までお連れしろ!」

「御意!」


 閉人には有無を言わさずバードマン達は散開、飛竜ワイバーンを駆る空賊たちと熾烈な空中戦を開始した。


 それを背に、平地人プレインを乗せたバードマン二人のみが、それぞれ谷底に向けて急降下を始めた。


「行かせるかぁ!」


 イルーダンが閉人とジークマリアを薙ぎ払うべく小銃を向けて引き金を引いた。


 その狙いは閉人やジークマリアそのものではない。

 彼らを背に乗せて飛ぶバードマンの最大の武器にして弱点、二人分の体重を支えるために大きく開かれた翼であった。


「グッ!」


 閉人を乗せた僧兵が、小さく呻いた。

 見れば、翼と肩甲骨にそれぞれ被弾している。


「大丈夫ですか!?」

「何の、これしき……」


 ガクンと、高度が下がった。

 先程のような意図してのものではない。


 明らかに、翼を怪我した事で無理が生じている。


「閉人、そのままでは共倒れだ! 飛び降りろ!」


 先行するバードマンの背で、ジークマリアが叫んだ。


(!)


 既に眼下には幻を突き破った事で空賊たちのアジトが現れていた。飛び降りれば、屋根の上に乗ることができるだろう。

 撃たれてからここまでたどり着く数秒の為に、閉人を乗せた僧兵は死力を振り絞っていたのだ。


「行ってください……ッ! 拙僧に構いなさるな!」

「!」


 振り返れば、イルーダンは他のバードマン達の攻撃をいなしながらも、魔眼だけは閉人に向けている。


「ッ!」


 閉人は、自分の為に全身全霊を投げ打ってくれた相手に何と声をかけていいかも分からなかった。

 それが許される二、三秒の時間を煩悶に費やし、閉人は谷底へ向けて飛び降りた。


「ランク4、魔術『瀉弾血銃ブラッド・ブリード』!」


 魔銃カンダタから血液の弾丸を撃ち出し、崖の淵へと血のロープを繋げる。

 ゴムのようにしなやかな復元力に支えられ、閉人は減速。

 自らの血液に支えられて宙づりになった。


「馬鹿者、的になるぞ!」


 怒号と共にジークマリアが同じくバードマンの背を飛び立ち、すれ違いざまに魔槍で血のロープを切断した。


「わ、落ちる!」


 空中でもがく閉人の身体を、ジークマリアは器用に抱きかかえた。

 閉人はまるでお姫様のようにジークマリアの腕の内に収まってしまう。


 次の瞬間、空賊団のアジトの一階部分の窓と言う窓が開き、無数の射手が閉人たちに狙いを付けた。

 弩を持った賊兵たちが待ち構えていたのである。


「暴れるなよ、閉人」


 閉人が首だけで頷くと、ジークマリアは断崖を蹴り、勢いを殺さずに谷を駆け下りた。

 矢が当たる事も、ジークマリアが谷の急斜面を滑落する事も無い。

 時折進路をふさぐ軌道で飛んできた矢も、ジークマリアは暖簾を手でどけるかのようにアンブラルで払いのける。


(一人だけ無双系のキャラしてやがる……ッ!)


 そろそろ閉人もジークマリアの頼もしさを骨身に染みて理解し始めていた。


 だからこそ、思考はその次の段階へと向いていた。

 カンダタに血を補充し、一階の窓に向けて構える。


「ジークマリア、あそこから行くぞ!」


 バスン!


 カンダタから放たれた血液の弾丸が賊の顔面に命中し、炸裂した。

 窓に殺到していた賊兵たちの視界が赤に染まる。


 その隙を見逃すジークマリアではない。


「賊共め! ジークマリア=ギナイツが騎士道を指南してくれる!」


 一閃。

 賊たちの身体をアンブラルの穂が通過し、幾多の血が閉人の不死者の血へと混ざりあった。



 アジトの一階に飛び込んだ閉人とジークマリア。

 不死者の復元力で血を回収しながら、閉人はジークマリアに訊ねる。


「姫さんの場所は?」

「三階だ。私の影『闇部侍臣シェイドマン』がまだ姫様の側に侍っている。恐らくはあの老魔術師、それに『|七つの殺し《クレイジーセブン》』の鴉女が待ち構えているだろう」


 周囲では慌ただしく賊たちの走る音が聞こえていた。

 辺りを見回すに、そこは空賊たちの生活空間だったようだ。

 恐らく、今ここに転がっている死体の幾人かはここで寝起きしていたのだろう。


 だが、そんな事を考えている暇はない。


 恐らく、あと数十秒で屋敷内の空賊たちが体勢を立て直して排除しにかかってくるだろう。


「閉人、そろそろ『秘密兵器』にご登場を願え」

「は? これはドラゴンをやっつけるために用意したもんで……」

「まだ気付いていないのか?」


 ジークマリアの言葉と共に、


 ゴトリ。


 閉人の背で、『秘密兵器』が蠢いた。


「うわ、動いた!?」


 木箱の中から声がした。


「んー、ようやく着いたのかい。よっこらせっと」


 パカリと木箱の蓋が開き、そこから羽毛塗れの何かが飛びだした。

 閉人は一瞬、ヨレヨレになった古着か何かかと思ったが、違う。


「だ、大僧正の婆さん……!?」


 色褪せた翼、曲がった腰に妙な馴れ馴れしさ。

 爆弾壺の代わりに箱から出てきたのは、ボリ=ウム大僧正その人であった。

 閉人は目を丸くした。


「な、何やってんだよ婆さん! ここは空賊のアジトだぞ!?」


 ボリ=ウムは閉人の反応を予測していたのか、煙たがるように答えた。


「知っとるよ。そこまでボケちゃいない」

「だったらどうして!」


 ボリ=ウムは、不良老人を地で行くような底意地の悪い笑みを浮かべた。


「言ったろう、『秘密兵器』をくれてやるって。アタシがその『秘密兵器』なのさ」


 ボリ=ウムは長時間箱の中で曲げていた足腰を伸ばすと、気だるげに周囲を見回した。


「ん、多いね。だが、アタシらを始末しに来たのは十人そこらさね。あとはまだ外の子たちを警戒しとるようだ。空の戦いも、頑張ってる」


 手に取って見るかのようなボリ=ウムの言葉に、閉人は首を傾げる。


「何で分かるんだ?」

「風さ。谷間を走る風が、この屋敷の事を透かして教えてくれる」


 ボリ=ウムはそう言いつつ、殺気の滲みだす扉に手をかけた。


「ゆっくりとついてきな」


 ボリ=ウムはよろよろと、廊下に面しているであろう扉に近寄った。

 そして、空賊たちが迫ってきているであろう廊下へ飛びだした。


「お、おい!」


 閉人は後を追おうとしたが、それをジークマリアが引き止めた。


「何だよ!?」

「恐らく、心配はいらない」


 次の瞬間、


「うわ、何だこいつ!?」

「囲め! 囲め!」


 空賊たちが驚きの声を挙げ、ボリ=ウムの登場に対応しようとする声が聞こえた。


 数秒、小気味良い風切り音が響くと共に呻き声がして……


「もういいよ」


 最後に、何事も無かったかのようにボリ=ウムの声がした。


 閉人が扉を開けると、そこには十人近い空賊たちが転がっていた。

 全員が全員、鋭利な刃物で急所を裂かれて即死している。


「急ぐよ。今なら連中、こいつらが殺られたことにも気づいてないはずだ」


 ボリ=ウムの翼から、僅かに薄い刃物が飛びだしていた。

 羽根の一枚と見まがうほどの小さな刃に、ほんのりと血糊が浮いている。


 その手並みに閉人がゾッとしているのに構わず、ボリ=ウムは廊下の先を示した。


「あっちだ、階段がある」


 ボリ=ウムの案内で速やかに階段を見つけた一行は、二階へと進出する。


「三階に続く階段は廊下を直進した先だ。突っ切るよ」


 ボリ=ウムが風を起こしながらふわりと駆け上がりつつ告げた、その時であった。


「行かせないわ」


 階段を上りきった瞬間、無数の銃声が一行の行く先を薙いだ。


 二階。空賊たちの工房や調理場、会議室などのオフィススペースが設えられた区画に、ただ一人の敵が待ち構えていた。


 黒々とした羽の、バードマン。

 地球の武器であるはずの銃火器を両手に携えた殺し屋。

『|七つの殺し方《クレイジーセブン》』のアイリーン=ベルカである。

 階段へと続く廊下の中ほどで、静かに佇んでいる。


「……出やがったな」


 閉人が進み出ようとしたが、それを制して進み出る者があった。


「先に行け、閉人」


 ジークマリアがゆっくりと魔槍アンブラルを構え、アイリーンに向かい合う。


「先に、ってアイツが道を塞いでるじゃねぇかよ」

「横を通れ。貴様や猊下を攻撃しようとした瞬間、奴の首は飛ぶ」


 ジークマリアは、アンブラルを構えて殺気を発した。

 『一瞬でも目を離せば突き殺す』。

 必殺の気迫がアジトの二階に充満した。

 ジークマリアの気迫とアイリーンの静かな殺気と混ざり合い、異様な緊張に空気が張りつめる。


「行くよ、閉人。ぐずぐずしとる暇はない」

「あ、ああ」


 閉人はボリ=ウムと共に廊下を小走りで駆け、アイリーンの横を通り抜ける。

 横目に、チラリとその横顔を見やる。


 アイリーンの目は真っ直ぐとジークマリアに向いていた。

 人斬りの快楽に歪んだ『斬殺』のフィロ=スパーダとはまるで異なる、真摯で静かな眼であった。


(……死ぬなよ、ジークマリア)


 閉人は心の中で呟くと、ボリ=ウムと共に三階への階段に足をかけた。



 閉人たちが消え、二階廊下に二人だけが残る。


「ラヴォン魔術学院魔騎士学科騎士道監督生、ジークマリア=ギナイツ」

「『|七つの殺し方《クレイジーセブン》』、『銃殺』のアイリーン=ベルカ」


 静かに名乗ると、二人の強者は同時に動き出した。




 『断章のグリモア』

 その24:銃について


 ローランダルク大陸に銃は無かった。

 歴史を紐解くと、ドワーフと平地人の一部が火薬を用いて弾を飛ばす『火砲』の原型に辿りついていたが、火魔術や魔道具の存在に圧され、一人で運用できるほどまでに小型化されることはついぞなかった。

 であるから、ローランダルク大陸に銃が存在するからには、そこに異世界の匂いが漂っている。

 閉人の魔銃カンダタは厳密には銃の意匠を模した魔道具に過ぎないことも考えると、大陸に現存する『銃火器』は、アイリーン=ベルカの所有する一式のみであろう。

 彼女がどこで、いかにしてそれを手に入れたか。

 それは、閉人を始めとした『不死者』たちの動向を知る手掛かりの一つになるかもしれない。

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