0-3-3 七つの殺し方

 黒城閉人は、リクルートスーツを着て白い扉の前に立っていた。

 見慣れない、整然としてよそよそしい何処か。


「し、失礼します」

「入りたまえ」


 閉人が扉を開けると、仏頂面をした男が長机の向こうに座して待っていた。


 就職活動。

 大学課程を終えようとする学生たちが企業を中心とした活動団体に志願。

 多大な苦痛と挫折を味わいながら社会化される、頑迷なる通過儀礼イニシエーション


「まずは簡単な自己紹介をしていただこうか」


 面接官の言葉に応えようと、閉人は口を動かす。


「……」


 だが、声が出ない。

 口を何かで塞がれているような異物感。

 声が出ない。


 自分の価値を示さなければならないのに、声が……


 そんな閉人の様子を見て、面接官は大きくため息を吐いた。


「もういい。次」


 面接官は資料を捲り、閉人を意識の外に追いやった。


 閉人は叫びそうになる。


「待ってくれ……ッ! 俺は……! 俺はッ!」



「ハッ!」


 水の流れる音の中、閉人は意識を取り戻した。

 猿ぐつわを噛まされており、両足を枷で拘束されていた。


「やあ、お目覚めかね『不死者』くん。迷宮の浅層名物『人喰いの滝』へようこそ」


 低い、中年男の声がした。

 黒いコートに身を包んだヴァンパイヤ。

 右手にナイフを模した真鍮の杖を、左手に魔導書グリモアを持っている。

 魔術師なのだろう。


 顔中に不規則な切り傷が刻まれており、鼻、耳、唇を始めとした顔のあちこちに指環のようなピアスを付けている。


(げ、やべーやつだ)


 閉人は察し、見ていた夢どころではなくなってしまった。



 見回せば、ひんやりとした洞窟の中だった。

 鍾乳洞のようで、青白い氷柱のような石が天井からいくつも垂れている。


 そこは、洞窟内の行き止まり。

 通路の傍らには轟々と音を立てて小川が流れ、視界の端から滝となってどこか地下深いところまで落ちていく音が聞こえた。


 閉人はもっと辺りの様子を探りたいと思ったが、左手は鍾乳石の柱に繋がれている。


(右手はどうだ……? あれ?)


 自分の目の前に持ってきたはずの右手が、無い。手首のところで千切れており、断面から骨、神経、血管、脂肪が覗いている。


「……ッ!」


 閉人の顔がみるみる青ざめていく。

 傷を自覚したことでじわじわと痛みが込み上げ、喪失感が吐き気を伴って体中を駆け巡った。


 ヴァンパイヤの男は微笑んだ。


「痛いかね? 痛いだろう。 君は切断時の痛みで気絶したんだ。憶えているかな」


 男は、慈しむような眼差しで閉人を見つめた。

 その顔に閉人は既視感を感じ、気を失う前の記憶を探るが、思い出せない。

 だが、やられたのは確実だ。

 事実、手が無いし、気絶しそうなほどに痛い。


「うぅ、うぅう、うぅぅぅぅ!」


 猿ぐつわを噛まされたまま、閉人は唸った。


「おっと、これは失礼したね。今外してあげよう」


 男が杖を振ると、その手元で杖が光った。


 何かが閉人の頭の横を掠め、気付いた時には猿ぐつわが音を立てて切断された。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」


 久しぶりの口呼吸で大きく息を吸うと、閉人はキッとヴァンパイヤを睨み付ける。


「テメェ、何だってんだよ! 手ぇ返せ!」


 閉人の剣幕にヴァンパイヤはニヤリと笑みを浮かべ、犬歯を覗かせた。


「申し遅れた。ワタシは暗殺者集団『|七つの殺し方《クレイジー・セブン》』の一人、『斬殺』のフィロ=スパーダ。しがない仕事屋だ。それに、君の雇い主のファンでもある」

「ファンだぁ?」

「その通り、姫巫女エリリア=エンシェンハイム様に是非とも人目につかないところでお目にかかりたくてね。君の手を切り取って、彼女に送りつけたのさ」


 フィロが合図をすると、物陰からドット、カラクサ、ペイズリーの三人組が現れた。


「丁重におもてなしすることを約束しよう。どうか心安らかに、静かにここで待っていてもらえると助かるよ」


 フィロはそういうと、にやりと笑った。


(気持ち悪ぃ奴……)


 閉人は素直にそう思った。

 このローランダルクに来て、初めて見るタイプだった。

 これまで出会った人間たちは、ドットやカラクサたちを含めて、ある種の素直さ、純朴さ、真っ直ぐさのようなものを秘めているような気がした。


 だが、このフィロ=スパーダからはそれが感じられない。


 どこかが狂っている。

 常識からかけ離れた異常性のようなものが感じられた。


 閉人は息を呑み、フィロの狂気に飲まれないよう、睨み返す。


「残念だったな、オッサン。姫さんは確かにとびっきりにいい子だけどよ、あの子の側にはジークマリアがついてる。罠と分かっていてノコノコ助けに来るはずねぇだろ」


 そうだ、そうに決まっている。

 そう思ったら気が楽になって来たので、閉人はさらに続ける。


「つーかさ、ラブレター代わりに人の手首送りつけるとか、ドン引きされるに決まってるじゃんかよ! 乙女心……つーか常識人の感覚ってもんが分かってねぇなぁ! マフィアの脅迫状じゃねぇんだぞテメェ!」


 閉人は散々に罵った。

 すると、


「お前、フィロさんに向かって何て口をききやがる!」


 カラクサが同じヴァンパイヤのよしみか、フィロに代わって激怒した。


「ぐぇ!」


 思いっ切り閉人の横っ面を蹴り飛ばすと、カラクサはフィロにおもねった。


「へへ、コイツはこちらで黙らせときますんで、どうか、お気遣いなく……」

「ん」


 気だるげに頷くと、フィロは杖を振った。すると、


「ああああああああ!」


 その瞬間、カラクサが倒れた。見てみれば、左足のふくらはぎが切断され、断面が血飛沫を噴いていた。

 フィロは滴る血を一舐めすると、


「不味い血だ……酒のやり過ぎだな。ヴァンパイヤの恥さらしめ」


 愚痴を漏らし、痰をその辺に吐き捨てた。


「フィロさん、ど、どどど、どうして!?」

「おい、喋るなカラクサ!」

「布で縛れ! 血ィ止めねぇと幾らヴァンパイヤでも死ぬぞ!」


 ドットとペイズリーがカラクサを介抱するのをよそ目に、フィロは小さくため息を吐いた。


「どうしてって? そりゃあ、私と不死者くんの会話を邪魔したからだ」


 フィロはカラクサをやんわりと睨みつけた。


「カラクサ、若い頃から君には目をかけて来たが、君はワタシを何も理解していないな。ワタシはね、悪態を吐かれたり異常者扱いされるよりも、会話の邪魔をされる方が滅法ムカつくんだ」


 フィロがもう一回杖を振る。すると、カラクサの左足の断面がもう一度、一センチ刻みで切断された。

 まるでハムの様にふくらはぎの肉が垂れ、カラクサは声にならない悲鳴を上げた。


「そもそも、ワタシはワタシの異常性を理解している。私に常識人の考えが理解できないとする不死者くんの主張は部分的に肯定するほかない。なぁ?」


 フィロは閉人にチラリと目を向け、同意を求めてきた。


「知るかよ、サイコ野郎」


 閉人の反駁にフィロは満足げに頷くと、カラクサを見下ろした。


「つまるところ、君はワタシを怒らせないようにしているつもりで、逆鱗に触れてしまったわけだ。勉強になったろう」

「……」


 カラクサは沈黙していた。大量の出血で意識が朦朧としているらしく、何かを言ってもうわごとのような取り留めのない言葉にしかならなかった。

 その様子を目の当たりにし、閉人は滝のように汗を流していた。


(こいつ……ヤバい、本当に、ヤバい!)


 戦慄する閉人に向き直り、フィロは血の垂れた口の端を釣り上げた。


「話の続きだったね。ワタシが君の手首を姫巫女様に送りつけた件だが、私は彼女と恋愛関係になりたいわけではないんだ」

「当たり前だろ。アンタ、殺し屋だろうが」

「その通り。かつてワタシはとあるお方の依頼を受け、『|七つの殺し方《クレイジー・セブン》』の七人で姫巫女様を襲った」


 フィロは恍惚として語る。


「姫巫女様を守ろうとする女騎士、彼女も素敵だった。だが、ワタシたち七人からは到底姫巫女様を守れるはずもない。王都ハルヴァラの片隅でついにワタシたちに包囲された女騎士は、決死の覚悟でワタシたちの前に立ちはだかった。その時だ……」


 フィロは杖を左手に持ち替え、喜々として続けた。


「姫巫女様が、自らの右手首を掻き切ったのだ。そして、大魔術で私たち全員に反射して私たちに呪いを与えたのだ!」


 フィロは右手首を曝した。

 そこには、エリリアの右手首に走っていたのと同じ、紫色の傷が走っている。

 傷は深く、腱まで届いているに違いなかった。


「利き腕を不意に潰されたワタシたちは彼女たちを取り逃がしてしまった。それに、幾ら白魔術をかけようと傷は消えないんだ。だって、他でもない姫巫女様が傷を治していないのだから」


 実物に傷がある限り、鏡に映る像にも傷がある、それが道理だろう?


 フィロはそう言って思い出話を締めくくると、当時の事を思い出して身もだえした。


「あれほど美しい斬撃を、悲壮な自傷を、ワタシは見たことがない! たかが女騎士一人の為にそんなことをできる姫巫女様が、下僕一人を見捨てることができるだろうか!?」


 否!


 フィロは叫ぶと、自身の中で膨張していた興奮を取り除くように、長く細い息を吐いた。


「おっと、盛り上がり過ぎてしまったね。とにかく、ワタシは姫巫女様の情けぶかさと容赦の無さ、この二面性を崇拝しているんだ。私は彼女を一振りの剣に喩えて……」


 フィロが無限に語り続けようとしたところに、


「黙れ」


 閉人のつぶやきが、フィロの流れを断ち切った。

 フィロの額で血管が一つ、大きく脈を打った。


「……話の邪魔をされるのが一番嫌いだって、ワタシ、言ったよね?」

「黙れっつってんだよ! 糞野郎!」


 閉人はいつの間にか涙を流していた。

 フィロが怖いからではない。

 もげた手首が痛むからではない。


「お前らのせいじゃねぇか! お前らさえいなければ、姫さんはあんな傷を負わなくて済んだんじゃねぇか!」


 かつて死ぬために傷つけた左手首の傷を、閉人は恥じた。


 恐るべき暗殺者たちにジークマリアが殺されないように、エリリアは自分の利き腕を裂き、傷を治さないままでいる。

 その高潔さ、健気さ、優しさ……

 言い表せない何かが、閉人に涙を流させていた。


 閉人の中で『エリリア=エンシェンハイム』は『何をおいても守らなければならない存在』へと昇華していた。


 閉人は怒りのままに叫ぶ。


「いいか、もう姫様が助けに来るとか来ないとか、関係ねぇ! 俺がお前たち全員を叩き潰す! あの人が安心して旅できるように!」


 荒い息を吐き、閉人はフィロを殺さんばかりに睨み付けた。


「ふむ……なるほどなるほど」


 自分語りを中断されて憤っていたフィロだが、閉人の叫びにいつしか笑みを取り戻していた。


「君、面白いな。不死者など、無限に遊べる玩具ぐらいにしか思っていなかったが、これがどうして、なかなか……」


 ヴァンパイヤの赤い目が、不意に光った。


「良かろう、『斬殺』を扱う殺し屋として天に誓おうじゃないか。君の目の前で女騎士を寸刻みで解体し、姫巫女様の四肢をもいであげよう」

「させる訳ねぇだろ!」


 閉人は拘束されたままの足で執念によって起き上がり、フィロに飛びかかった。手首が無かろうと、右腕で殴れば多少は意味が有るし、一度捕まえれば歯で喉笛を噛み切ることだってできるだろう。


 フィロはそれを満面の喜色を湛えて向かい撃とうとした。


 その時であった。


「全く、迷宮の中とはこうも血に塗れ、むさくるしいところだったのか。こんなところに魅かれる冒険者共の気が知れん」


 凛。

 鎧を着た女騎士が、槍を構えて迷宮の暗闇から現れた。

 その姿を見て、閉人は絶句した。


「ジ、ジークマリア……」


 そして、その後ろから続くのは金髪銀眼の乙女。


「姫さん……」


 二人は静かにならず者たちを見据えながら人喰い滝のほとりまで至る。

 そして、戦闘には至らないギリギリの距離で立ち止まった。


「馬鹿かアンタら! 何で来たんだ!? 危ないって分かってんのかよ!」


 閉人が叫ぶと、エリリアは頷いた。


「危ないと分かっていたから来たんです。閉人さんを危ない場所に置き去りにするなんてできません」

「ッ……!」


 閉人は胸を打たれた。

 閉人はさらに叫ぶ。


「ジークマリア! お前、姫さんを守るんじゃなかったのかよ! こんな場所に女二人で来るんじゃねぇ! 帰れよ馬鹿!」

「ふん」


 閉人の叫びを涼やかに受け流すと、ジークマリアは冷笑した。


「虫けら(のフン)が人様の心配か? 勘違いをするな。私は学院では騎士道監督生をしていると言っただろう。『配下を見捨てない』、騎士道の基本を監督生として実践しにきただけだ」

「畜生、減らず口を!」


 閉人は涙を拭い、もう一度二人を見た。


 この二人が助けに来てくれた。それだけで力が湧いてくるような気がした。



「ほうら、言った通り。姫巫女様はいらっしゃった」

 フィロは静かに狂喜し、笑みを浮かべて杖と魔導書を構える。


「覚悟しろ賊共!」


 ジークマリアは一喝と共に投げナイフを閉人に向けて投擲、彼を縛り付けていた手枷足枷を破壊すると、槍を捌きながらフィロ=スパーダに向かった。


 同時に、閉人、エリリア、ドット、ペイズリーが動き出す。



 死闘の幕開けであった。



 『断章のグリモア』

 その11:閉人の不死性について


 閉人は『不死者』である。死なない。

 肉を抉ろうが骨を折ろうが脳をすり潰そうが、少しすれば元通りに再生される。

 この不死性は『血』や『肉』、『骨』にまつわる複合魔術によって成り立っているのだが、弱点もある。

 例えば今回のように身体の一部が斬られて分断された場合に、『新しく生やす』という選択肢を取る事が出来ないのである。

 彼の身体には伸びたゴムが縮もうとするように『復元力』が働いている。彼の『不死性』は極力この力で身体を治そうとするが、その復元を阻む何かがあった場合、閉人は死なないながらも不完全な肉体で過ごさなければならない。再生の途中ではあるので傷口が塞がる事も無く、多大な苦痛が彼を襲う。

 フィロ=スパーダは知ってか知らずか、閉人の不死に対して最適の責め苦を選び取ったのであった。彼のサディストとしての本能ゆえか、それとも彼が不死者について何らかの知識を持っていたためなのか。そこまでは定かではない。

 いつか、閉人が自らの不死性の本質に向き合った時、この弱点は解消されるかもしれない。

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