0-3-2 魔銃先輩
「う~ん、うん? むぅ~ん……?」
『旅立ち荘』の共用の居間にて、エリリアから借りた魔導書を広げて閉人が唸っていた。
「……分からん」
魔導書には、見知らぬ文字の羅列がただ記述されていた。
そう、見知らぬ文字の羅列としてしか、閉人には認識できなかったのだ。
「当たり前だ。初見で
『
閉人はじろりとジークマリアを見やった。
「そういう意味じゃない。この国の言葉なら初見でも分かったんだが、それがこっちには適用されねぇみたいなんだ」
閉人は参ったとばかりに頭を掻いた。
言わずもがな、黒城閉人は日本人であり、ローランダルク大陸の言葉を知らない。
だが、エリリアによって『
読み書きについても同様だったが、その恩恵は魔文字にまでは及ばなかったらしい。
あわよくば魔導書の文法を直感的に把握し、エリリアが夢で見たという「ばびゅーん、どかん!」を再現できるような魔術を構築できるかもと思ったが、文字通り夢だったようだ。
「魔文字式の教科書は学院に置いて来てしまいましたけど、私でよければお教えしましょうか……?」
エリリアが閉人の顔を覗きこむが、閉人は後ろにのけぞって、照れ隠しにこめかみを押さえた。
「いや、魔術師と決めつけるにはまだ早かったかもしれない。姫さんは休んでてくれな」
閉人は立ち上がると、
「ちょっと調べものしてくる」
と、戸口に立った。
「日が沈むまでには帰って来い」
(けっ、オフクロかよ)
閉人は心の中で悪態を吐きつつ、閉人は『旅立ち荘』を後にするのであった。
†×†×†×†×†×†×†
だが、いざ街に繰り出してみたところで、
「てっとり早く強くなりたい? 迷宮に潜って一山当てれば?」
「そんな旨い話があったら国民全員冒険者になっとるわい」
「今なら月額一九八〇〇ドルマで『冒険者育成教材』を特別にご紹介!」
当てになりそうな話は無かった。
「世知辛い……」
広場の噴水の前でたそがれていると、閉人はふと胸ポケットに重みを感じ、探る。
見てみれば、それは金属製のギルドカードであった。
『曇天の狩猟団』の冒険者、ベルモォト=フラウが閉人に預けた物である。
(そう言えば、あの人たちはここで冒険者やってるんだっけか。ダメでもともと、行ってみるか)
閉人は立ち上がり、道往く人に訊ねながら、『曇天の狩猟団』の事務所を目指すのであった。
「なるほど。つまりは戦闘の手段が欲しい、と?」
グログロアの下層、冒険者向けの工房が立ち並ぶ中にその事務所はあった。
会議のために設えられた円卓と団長用の執務机、それに少しの書類棚。
冒険者の事務所にしてはこじんまりとして、整然としていた。
『曇天の狩猟団』団長、ベルモォト=フラウは閉人に対して円卓の真向かいに座している。
「何というか、差し出がましいお願いってのは分かってるんですけど、他に頼れるツテも無くて……」
閉人は、ベルモォトから預かっていたギルドカードを差し出した。
「いや、部下を助けてもらった恩人だ、力になろう。しかし……」
ベルモォトは閉人の目を見た。
「随分と面倒な案件に関わっていると見える。先日の裏路地の件と言い、ね」
「えっ……」
閉人は言葉に窮した。
ベルモォトは狩猟者の目をしていた。
獲物の動きを見逃さない、観察的な眼差し。
「ええ、まあ」
閉人はお茶を濁すような言い回ししかできなかった。
そんな閉人を観察し、やがて、ベルモートは狩猟者の目を解いた。
「失敬。つい鎌をかけてしまったが、閉人くんが置かれている状況は理解しているつもりだ。マグナ=グリモアの姫巫女を守ること、それが不死者としての君の仕事なのだろう?」
ベルモォトは円卓を立ち、執務机に向かって歩き出した。
「私には閉人くんに加えてもう一人、不死者の知り合いがいる。黒髪黒目で、どこか異邦の雰囲気を纏った男だった。彼の使命は『迷宮の踏破』、かつてはこのグログロアで共に腕を競った友だったが、迷宮の深淵に挑んでついには帰らなかった」
ベルモォトの言葉に、閉人は目を見開いた。
「俺の他にも……って、死んだんですか? 不死者が?」
「どうだろう。魔物に囚われたのかもしれないし、迷宮そのものに呑みこまれたのかもしれない」
ベルモォトは執務机から、小さな金属隗を取り出した。
「迷宮で行方知れずになったという事だけが真実だ。ギルドのハウスルールに従って、彼の遺品はその仲間たちに法的に分配された。もちろん、私にも」
ベルモォトはそれを、円卓の上に置いた。
「彼が戦闘の補助に使っていた魔道具だ」
「これは、まさか……!」
閉人は、驚きの声を上げた。
「やはり、不死者同士、分かるものがあるようだ」
それは、黒い金属の塊であった。
筒状に成形された本体は角ばっており、筒の先を標的に向けやすいようグリップが取りつけられている。
グリップから指を伸ばせば届くところに引き金があり、本体後部の機構と連動している。
拳銃。
見事なまでにリボルバー銃であった。
映像作品などで見た形状とは少し異なるが、間違い無い。
「君に差し上げよう」
ベルモォトはもったいぶらずに告げた。
「いいんですか!?」
閉人は驚きの声を上げる。
魔導具、値段故に戦闘手段の候補から真っ先に外れた品が、あっさりと。
「でも、俺にはお返しできるものが何も……」
ベルモォトは苦笑した。
「使い方が分かるのならば、君が使うべきだ。それに、それは不死者専用とも取れる些か奇妙な機能を持っている。少なくとも、私の手には余る」
ベルモォトは拳銃を閉人に、銃口が向かないように気を付けながら差し出した。
「この、銃と呼ばれる道具の名は『カンダタ』。魔銃『カンダタ』という」
「カンダタ……」
閉人はカンダタを手に取り、握りしめる。ひんやりとした手触りに、確かな重み。
(まさか、こんなところで実銃を手にすることになるなんてな)
閉人は奇妙な感動を覚えつつ、何度もその銃身を撫でた。
「気に入ってもらえたようで良かった」
満足げに頷くベルモートに、閉人は頭を深々と下げた。
「ありがとうございます。俺、今は何も持っていませんが、いつか必ず……」
「構わない。そもそも、これは部下の命の礼だ」
「でも……」
貸し借りをすぐに清算しないと気が気でなくなってしまうのは、閉人の悪い癖であった。
ベルモォトは呆れ気味に息を一つ吐くと、笑みを浮かべた。
「では、礼の代わりと言ってはなんだが、一つ聞いてもよろしいか?」
「何でも」
「……この街で、『なき声』は聞いたことはあるか?」
「『鳴き声』? 魔物か何かの?」
「いや、すすり泣くような、子供の『泣き声』だそうだ」
「? 聞いたことないです」
「そうか」
ベルモォトは顎に手を当て、考え込むように視線を落とした。
「不死者に共通するというわけではないのか……やはり、奴だけが……」
ベルモォトは呟くと、顔を上げて閉人を見た。
「失敬。迷宮に関して気になることがあったのだが、どうやら閉人殿には全く関わりの無い事だったようだ」
ベルモォトはゆっくりと腰を上げた。
「どうかね。先日のグレイトタスク討伐成功を祝してこれから狩猟団で酒宴を開こうと思うのだが、閉人くんも参加してみないかね?」
「え、いや、俺みたいなよそ者が混ざっても。他の人に悪いっすよ」
「団には他にも『不死者』ゆかりの者もいる。是非とも、彼の故郷の話をしてやってほしいのだが」
閉人は窓の外を見ると、既に陽が落ちかけている。
ジークマリアが日暮れまでに帰って来いと言ったことを思いだす。
「すみません、連れと合流しなくては」
その実、ジークマリアの小言が怖いわけではない。
むしろ、ついに手に入れた魔道具を見せたくてたまらなかったし、『恩人』というレッテルを着せられたまま宴に参加するのは億劫だったのだ。
閉人のそんな思考を何となく見て取ると、ベルモォトは微笑んだ。
「では、閉人くんだけではなくお連れの方々……姫巫女様のご一行もお誘いしよう。宴の代金はこちらで持つゆえ」
「……」
ベルモォトの押しは意外に強かった。
それに、一度戻って連れ出してくるならば、ジークマリアも怒り出しはしないだろう。
昨日の飲みっぷりからして、宴の類は嫌いでないらしいし。
「それだったら、お言葉に甘えて」
「重畳。では、ここでお待ちしている」
「分かりました、また後で。これ、本当にありがとうございます」
魔銃カンダタを懐にしまうと一礼し、閉人は『曇天の狩猟団』の事務所を後にするのであった。
†×†×†×†×†×†×†
さて、思いがけずに武器を手に入れた閉人だったが、
(やったァァァァ! よっしゃ、よっしゃ! やったぜ!)
帰り道、何度も魔銃カンダタを撫でては悦に入っていた。
(格好いい! このフォルム! 銃で、魔道具! こんなすっげぇ物がもらえるなんて!)
その足取りは軽い。時折、駆け足にスキップが混ざった。
(へへ、ジークマリアが面食らうのが楽しみだぜ)
だが、それゆえに。あるいは不死者ゆえの慢心だっただろうか。
いや、相手が悪い。
「ん?」
不意に、視界の隅を何かが走った。
それと同時に、
「痛てっ」
閉人の両脚の膝に鋭い痛みが走る。
膝の踏ん張りが利かず、閉人は地べたに突っ伏した。
「……え?」
見れば、ズボンの両膝部分がパックリと裂け、血が溢れ出していた。
だが、何が起こったのかを考えている暇はない。
「よぉ、死にぞこない野郎!」
聞き覚えのある声と共に、閉人の視界が麻袋に覆われた。
「!?」
反応する間もなく天地がひっくり返る。閉人は袋の中に捕えられてしまう。
「よし、例の場所に運び込むぞお前ら」
「おう」
(! こいつら昨日の!)
ならず者冒険者、ドット、カラクサ、ペイズリーの声であった。
(しつこい奴らだぜ。だが、今の俺には銃が……)
閉人は運ばれる浮遊感の中、懐からカンダタを取り出した。
そして、閉人を閉じ込める袋の結び目に銃口を向ける。
(いけ!)
引き金を引く……
が、
(あれ?)
魔術の弾丸も何も、飛びださない。カチ、カチ、と虚しく引き金が鳴った。
その時になって、閉人はベルモォトの言葉を思い出す。
「『手に余る』……ベルモートさんの手にすら……?」
玄人の冒険者たるベルモートが、仮に火薬で鉛玉を撃ち出す実銃を手に入れたとして、戦力として持て余すことなどありえるだろうか。
いや、有り得ない。
彼ほど思慮深い男ならば実銃程度、適切に扱って冒険に役立てることだろう。
それに、あの時は気にもしなかったが、カンダタは不死者専用であるとも言っていた。
(もしかして、ただの銃とは全然違う使い方が……?)
それを、ろくに話も聞かずに持って帰って来てしまったのではないか。
『銃』という概念を知っていることに驕り、とんでもないミスを犯してしまったのでは……?
「……やばくね?」
閉人の顔がサッと青ざめる。
「ワーッ! 誰か、助けてくれ! 人さらいだーッ!」
閉人は我も無く叫ぶが、助けようとする者は無かった。
近くに誰もいなかったのか、それとも無視されたのかは分からない。
だが、状況が絶望的なのは間違いない。
やがて、袋の縫い目から覗く景色が暗くなっていく。
日が沈み始めただけではないだろう。
「けへへ、死にぞこない。お前を迷宮に連れてってやるよ。冒険しようぜ、なぁ?」
ドットの声が、残虐に響いた。
(マズイ、これはマズイぞ……!)
と思ったところで、閉人は、その中でもどこか冷静な自分を発見した。
(でも……こいつらなりに俺を殺そうとしてるわけだよな。万が一死ねるなら、それはそれで……)
奇妙な諦め。閉人の中で常に蠢く諦観が囁く。
(むしろ、あれだな。こいつらのむかつきが俺に向くならそっちの方がいい。姫さんや……癪だが、ジークマリアにも迷惑が掛からなければ、それはそれで……)
そう考えると、カンダタを握る手から力が抜けた。
(へへ、そうさ。俺なんかの人生が上手くいくわけがない。良い夢見たよ……俺にしては)
やがて、閉人の視界から光が消えた。
†×†×†×†×†×†×†
グログロアに夜が来た。陽はすっかり落ち、昼とはまた違った熱気に満ちている。
旅立ち荘にて旅の計画を練っていたジークマリアに、エリリアは心配げに訊ねる。
「ねぇマリィ。閉人さん、遅くないかしら……?」
ジークマリアは帳簿から目を離すと、補助の為に着けていた眼鏡を外した。
「姫様。大変申し上げにくい事なのですが、あやつは男です。加えて、騎士道を嗜むような高潔な精神も持ち合わせておりません。グログロアにも色町はあります故、どこぞで行きずりの女と遊んでいるのでしょう」
「女の人、ですか? 私、てっきり閉人さんはマリィのことが気になっているものだと思っていたけれど……」
「ははは、御冗談ですな」
ジークマリアは笑い飛ばしつつも、眉を僅かにしかめた。
エリリアの予感は、稀によく当たるのである。
「それに、何だか嫌な予感がするの。私、閉人さんが心配だわ……」
エリリアは、目でジークマリアに訴えかけた。
「お願い、マリィ。閉人さんを探しに行きましょう。閉人さんは昨日も私のせいでひどい目遭ったばかりだもの。私……私……」
「姫様……」
今度は、ジークマリアも笑い飛ばす事が出来なかった。
エリリアの予感は、稀によく当たる。
その時であった。
突如、窓から布に包まれた何かが共用の居間の中に放り込まれ、床に転がった。
「姫様!」
ジークマリアがエリリアを庇う。
爆発するかもしれない。毒を噴き出すかもしれない。
あらゆる可能性を考慮し、ジークマリアは警戒を緩めなかった。
しかし、
「違うわマリィ、これは……」
エリリアは、ジークマリアの背から進み出て包みを拾い取った。
エリリアの予感は稀によく当たるのである。
「これは……」
布の中で蠢くそれは、肉の塊であった。
男の、角ばった右手が手首を少し残して切り取られていた。
その傷口の断面は蠢き、本体を探して這いずり回ろうとしている。
……閉人の、右手であった。
『断章のグリモア』
その10:魔道具について
魔道具とは、魔術を構成する魔文字式を本以外の媒体に組み込んだ、広義の
燃える剣、爆ぜる盾、風の噴き出す鎧。魔術と武具との融合は様々な用途を生み出し、その隆盛は『魔法戦士』という新たな種類の戦士を生み出すにまで至る。
使いこなせば魔術以上の戦闘効果をもたらす魔道具だが、いくつか弱点はある。
まず、搭載できる魔術に制限がある事。
道具として運用する都合上、組み込める魔術はせいぜいランク4が限度。本媒体なら数十万字は記述できるところを、魔道具には数千字しか組み込めないからである。
技術の発展に伴いいつかは改善されるだろうが、それはずっと先の話であろう。
また、この魔文字式の組み込みが非常に限定された技術であることから、魔道具は高価である。兵器に例えるならば、対空砲や装甲車並みの貴重さだ。絶対的ではないが、確かなアドバンテージをもたらしてくれる。
もちろん、上のような事情は武具に限った話であり、魔石を燃料に明りを灯すエーテルランプなど、ランク1相当の魔道具ならばありふれたものになっている。
魔道具は、ローランダルクの技術を語る上で欠かせない存在なのである。
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