0-3-1 戦士の種類

 迷宮都市グログロアに朝が来た。

 濛々とエーテル煙を噴き上げる迷宮の入り口を中心に、冒険者たちの生活が始まる。


 迷宮の浅層を漁る新米~中堅の冒険者たちは日が昇る頃にグログロアに突入する。

 彼らは時に日を跨いでの探索に従事し、迷宮が生み出す様々な魔術素材を回収することを生業としている。


 また、迷宮の深層に魅入られた者たちはグログロアのギルドから独立し、迷宮内に独自の拠点を築いているとも言われている。


 生物の様に千変万化の変化を遂げると言われる迷宮内で、それは所在を転々としているらしい。

 そこにたどり着いた冒険者は新たな仲間として迎えられ、より深層へと至る手段を手に入れるのだという。



 それはともかくとして、


「さあ、訓練を始めるとしよう」


 グログロアの片隅、『旅立ち荘』で一つの試みが始まっていた。



 閉人、エリリア、ジークマリアの三人が下宿する『旅立ち荘』裏手にて、閉人とジークマリアは数歩の距離を隔てて向かい合っていた。


(まあしっかし、すごいなコイツのカラダ……)


 鎧を纏わず、軽装のジークマリアの肉体に閉人は呆れていた。

 色気ではない。

 色気もあるにはあるのだが、別の感動が大きい。


(少年漫画みたいな筋肉……)


 例えば、モデルにはモデルに相応しい細身でスラッとした体つき。

 スポーツ選手にはそのスポーツに適した筋肉を強化した体つき。


 と、言った具合に、鍛え上げられた人間の体は何かの目的に沿って最適化されるものだ。


 ジークマリアの肉体が何に向けて作り上げられたかはよく分からない。

 が、その完成度の高さが閉人の素人目にも見て取れるほどに見事だった。


 無駄が無い。足りない部分も無い。即ち完璧な体形。


(さぞや中身も良い性格をしてやがるんだろうな)


 閉人のそんなひねくれた視線を知ってか知らずか、ジークマリアは話を進めた。


「そもそも、戦い方にも種類がある。貴様はこれから果てしない山を登るような戦士の道を歩み始める訳だが、まずは登る山を決めるとしよう」


 ジークマリアが背に負った槍を抜くと、構えた。


「この国の戦士は大まかに三種類に分類できる。一つ目は『武芸者』だ」


 ジークマリアは槍を扱いた。

 彼女の手を中心に槍が高速回転し、しなり、ブゥンという音が鳴る。


「武芸者は己の武技で戦い、主に接近戦を得意とする。私もその端くれだ」


 ジークマリアは述べつつ、槍を回転させながらゆっくりと閉人に歩み寄る。

 目にも留まらぬ槍さばきがジークマリアの周りで飛び交い、閉人の身に迫った。


 閉人の鼻先を槍の穂先が掠める。


「ひ、ひぃ! 危ないって!」

「そうら、動くなよ」


 ジークマリアは実に楽しげに槍をしならせる。

 閉人の前後左右で風切り音が舞うが、高速でしなる槍は不規則に舞うように見えて、閉人の身体には掠りもしなかった。

 ジークマリアは槍の動きを全て把握しているらしい。


 達人。

 閉人は、その技の見事さと怖さに息を呑んだ。

 まるで身体の周りでヘリコプターのプロペラが幾つも回転しているかのようであった。


「……と、これが武技というものだ。一朝一夕で身に付く物ではないが、故に一生の友にもなり得る」


 ジークマリアは得意げに笑むと、大きく宙返りをし、元の位置に寸分たがわず着地した。

 あれだけの技を披露したにも関わらず、汗一つかいていない。


「し、死ぬかと思った……」


 閉人は、不死の身も忘れて安堵のため息を吐きつつ、ジークマリアを睨み付けた。


(こ、こいつ……人を脅かして遊びやがって)



 閉人の恨みがましい視線をそよ風のように受け流し、ジークマリアは続けた。


「二つ目は、俗に『魔法戦士』と呼ばれる類だ。汎用魔術を搭載した『魔道具』を用いて戦う。道具に頼る分、手っ取り早く強くなるには近道と言える」


 ジークマリアは槍の石突で地面をドンと突いた。


「ランク4、魔術『闇部侍臣シェイドマン』」


 ジークマリアの呟きと共に彼女の影が地面から立ち上がり、黒い靄の人形と化した。


「魔術はもう何度か見たことがあるだろう。私は武芸者を自任しているが、姫様を守護するにおいて魔道具の使用もやむなしと考えている」


 影人形は身をくねらせながら閉人にしなだれかかる。

 ひんやりとした感触。

 艶めかしいその動きに、閉人はドキリとした。


 影とはいえ、ジークマリアの一部なのである。


「もっとも、魔道具を卑怯者の道具呼ばわりするのは頭の固いお偉方だけだがな」


 ジークマリアは槍で影人形の胸を突いた。

 穂先が人形から突き抜け、閉人の首を掠める。


「ヒッ」


 突然のことに驚く閉人に影人形はニヤリと笑いかけると、霧散。ジークマリアの足元に影として戻った。


「ただし、魔道具に頼り過ぎるのはよろしくない。搭載できる魔術はランク4が限度。問題点も多い」


 ジークマリアは自らの槍を閉人の前に示した。


「こうした戦闘用の魔道具の最も明確な問題点は何だと思う?」


 閉人は首を傾げつつ、それらしい答えを捻り出す。


「……壊れたら使えないとか?」

「それもある。だが、最も重要なのは『値段』だ。私の『魔槍アンブラル』には、かつて九〇〇万ドルマの値がついていたと聞いている」

「き、九〇〇万!?」


 あの刀を三本買ってもお釣りが来る値段だ。

 

「とまあ、金がかかる。魔道具の中には動力を魔石に頼った物もあるから、運用にも多大なコストがかかる。まぁ、貴様が不死の内臓を切り売りすれば手が届かないことも無いだろうが……」

「冗談じゃねぇ」

「無論、冗談だ」


 ジークマリアは冷笑した。

 閉人も負けじと余裕の笑みを返したが、正直、金額の衝撃が抜けきっていない。

 ジークマリアの笑みに根負けしていた。


 ランク4という響きに、閉人は山中で出会ったベルモォト=フラウを思い出す。

 彼も魔法戦士ということになるだろうか。

 グレイトタスクの首を容易く刎ねたあの双剣も、相当の品だったのだろう。


(ああいう品には手が出ないか。ちょっと残念……)


 閉人がそんな事を言っていると、ジークマリアは三本の指をたてた。



「そして、三つ目。最後は『魔術師』だ。触媒マテリアル魔導書グリモアを手に、複雑で強力な高ランク魔術を操る。生憎私には大して魔術の素養が無いから手本を見せることはできんが……」


 ジークマリアが言いかけたところで、『旅立ち荘』の扉が開いた。


「私がお見せしますよ」


 歩み出てきたのはエリリアだった。


「姫様! もうお加減はよろしいのですか」

「無理しちゃ駄目だぜ、姫さん!」


 閉人とジークマリアは二人して慌ててエリリアに駆け寄った。


「心配をかけました。もうすっかり良くなりましたよ」


 エリリアはそう言って、右手の甲に浮いた紋章を示すのであった。



 †×†×†×†×†×†×†



 時計の針を半日分巻き戻す。


「姫様、大丈夫ですか!?」

「おい、呑み過ぎたかよ姫さん!」


 エリリアの異変を聞きつけて屋上から降りてきた二人が駆け寄る。


「姫……?」


 宴会に居合わせたリィリィ、グレン、ジュゲムら『旅立ち荘』の面々は顔を見合わせたが、二人はそんな事は気にしてもいられない。


「だ、大丈夫よ。二人共……」


 エリリアは苦しげに右手の甲を示した。

 右手に杖の紋章が浮かび、輝いている。


「これはもしや、あれですか?」

「そう。『お告げ』が来たみたい……」


 苦しげに呻くエリリアは、そのままぐったりとジークマリアに寄りかかって倒れ込んだ。

 程無くして、少し苦しげに寝息を立て始めた。


「姫さん、一体どうしたんだ……?」


 ジークマリアは閉人の耳に口を寄せた。


「『夢見の儀』だ。姫様はこれから夢の中で旅の目的地を知らされる」

「目的地?」

「そう。姫様は今もマグナ=グリモアの継承儀式の只中にある。私たちは、姫様がこれから夢の中で見ることになる場所を目指し、旅に出なければならない」


 ジークマリアはエリリアを抱き上げると、共同寝室へと運んで寝かしつけた。

 そして、閉人を含めて状況を把握できていない面々に向けて言い放った。


「ゴホン。姫……エリザベスは呑み過ぎて酔ってしまったようだ。放っておいてくれと言っていたので、我々は宴を続けようではないか」


 とのたまい、わざとらしく杯をあおった。


「……」


 大本営発表。見え透いた嘘だったが、一同は勢いに流され頷く他なかった。

 なお、その後に再開した宴会は、結構盛り上がった。



 †×†×†×†×†×†×†



 というようなことがあった。

 時計の針を戻せば、エリリアはいつものように元気な姿を見せ、


「おかげさまで、もうすっかり元気」


 と、快活に笑うのであった。


「姫様、旅の目的地は分かったのですか?」


 ジークマリアが訊ねる。


「もちろん。でも、まずは閉人さんに『魔術師』のお手本を」


 エリリアは両手に杖と魔導書を取り出すと、ちょっと悪戯に笑むのであった。


(ああ。やっぱり、姫さんが癒しだ……)


 それまで散々ジークマリアに弄られていた閉人は、心の底からそう思うのであった。



「コホン。『魔術師』は手に触媒マテリアル魔導書グリモアを持つことで、体内のエーテルを強力な魔術に変換、操る事が出来ます」


 エリリアは左手に魔導書を開き、右手に割りばしほどの大きさの杖を振る。

 杖ぐらいならば、右手に持つにも負担は無いらしい。


「ランク5魔術『街角超会話エルドラド・リトル』」


 エリリアの杖先が発光した。

 山中で見た『誘魔灯ライングフェアリー』に似ている。と、閉人は思った。


 だが、あの光の様に蠱惑的ではない。

 優しい、エリリアそのもののような光であった。


 すると、空を飛んでいたスズメのような野鳥の一匹がそれを見つけ、閉人の頭の上に舞い降りた。


「ちょ、何だお前!」


 握り拳程のスズメに困惑する閉人を尻目に、


「やあ、お嬢さん。何か御用かな?」


 と、スズメは良い声で訊ねた。


(マジかよ、喋った?)


 閉人は驚きをどうにか抑えて、自分の頭の上をどうにか見上げるのであった。


「お呼び止めしてごめんなさい。北東のハイランダー山脈、バードマン族の里をご存知ですか?」


 エリリアが訊ねると、スズメは小さく嘴を上下させた。


「もちろんさ。バードマンは翼を持つ人。我ら鳥族の朋友だからね」

「最近、彼の地で何か変わった事はありませんでしたか?」

「そうだな、この前近くを通りかかったんだが、ちと空が荒れていた。何か素行の悪い輩、今時珍しく竜とかが居ついたのかもしれないな。君のようなお嬢さんは独り歩きしない方がいいだろう」

「ありがとうございます。でも、ご心配には及びません。見ての通り、私には頼もしい二人の連れがいますから」


 エリリアが答えると、スズメは品定めするようにジークマリアに嘴を向けた後、つんつんと閉人の頭を小突いた。


「ふむ、確かに、悪くない。旅の幸運を祈るよ」

「ええ、ごきげんよう」


 エリリアが杖をしまって掌にパンの欠片を乗せると、スズメは一礼してパンを嘴に挟み、飛び去っていった。


「……すげぇな、魔術って」


 閉人はスズメの飛び去って行った方角を見つめ、呆然と呟いた。

 エリリアは照れたようにはにかむと、続けた。


「魔術の可能性は無限大だと言われています。魔文字で記述できる現象は原理的に何でも引き起こせるはずですから」


 エリリアは杖と魔導書を下ろす。


「ただ、弱点はあります。両手が塞がっているために接近戦に不得手な事と、体内のエーテルが尽きたら魔術を行使できない事です」

「なるほど……」



 閉人は、『武芸者』、『魔法戦士』、『魔術師』、三つの戦法を頭の中で照らし合わせた。

 要は武術をやるか、道具を上手く使うか、魔術の勉強をするか、のどれかだという事だ。


(運動はちょっとなぁ。どんなに頑張ったところでそこのゴリラ女騎士みたいにはなれないだろ……)


 閉人は、自分を殺したくなるほどに自分の限界を知っている。

 少なくとも、武術をやれる器ではないし、始めるには遅すぎる。


(金さえあれば魔法戦士って奴を目指したいが、順当に行けば魔術師だな)


 少なくとも運動よりは勉強の方がマシだ。

 閉人の心はある程度決まった。


 閉人が頭の中で何となく結論付けたところで、ジークマリアがエリリアに訊ねた。


「ところで姫様、先程ハイランダー山脈の話をされていましたが、もしや……」


 エリリアは、小さく頷き、右手の甲を示した。

 手をかざすと甲に刻まれた杖の紋章が宙に浮かびあがり、空の彼方、北東を指した。


「はい。私たちの旅の目的地は北東、バードマンの方々が暮らす地、ハイランダー山です。そして、夢の中で私は未来を見ました」


 エリリアは手で、大きな大きな円を描いた。仕草からして、旅立ち荘すらすっぽり入るような球を描きたかったようだ。


「私たち、夢の中でこーーーーーーーーんなに、大きなドラゴンに襲われてました。マリィとドラゴンが力比べをしていたんです」

「へ?」


 閉人が目を丸くしていると、エリリアは興奮気味に閉人に顔を寄せた。


「それにそれに、閉人さんも戦ってくださいました! 断片的にしか見えませんでしたけど、『ばびゅーん、どかん!』という感じで、かっこよかったです!」


 と、エリリアは嬉しそうに語る。


「え、ごめん何だって?」

「ばびゅーん、どかん! です」

「???」


 エリリアの身ぶり手ぶりから、何だか凄いという事だけは伝わってくるが、閉人にはその意味がまるで分からない。


「なるほど、ハイランダー山脈にドラゴン。腕が鳴りますな」


 武者震いに震えるジークマリアの傍らで、


(俺はどうなっちまうんだ……?)


 と、閉人も別の意味で震えた。

 少なくとも、その旅の目的地とやらに着くまでにはドラゴンにばびゅーん、どかん! できるようになっていないといけないらしい。


(わ、分からん! 俺は何をどうすればばびゅーん、どかん! できるんだ!?)


 閉人は混乱した。

 ドラゴンに食べてもらえば死ねるかも。などとは、今の閉人には思い至る余裕も無いのであった。



『断章のグリモア』

 その9:戦士の分布について


 戦う者を総称して『戦士』と呼ぶ。

 さらにそれらを『武芸者』『魔法戦士』『魔術師』の三種類に大別するのがローランダルク大陸の慣習だ。

 だが、これら三つに絶対的な差は存在しない。

 武芸者を自任するジークマリアも魔術は使うし、エリリアも魔術師ながら時として武器を補助に使う。その中間に位置する魔法戦士は言わずもがなであり、この三者に明確な区別は存在していない。

 ならば何故この三つが分けて考えられているかと言えば、集団戦闘での便宜的な役割分担においてこれらの言葉が便利だったからである。


 冒険者を例にとって考えてみる。

 迷宮は魔に満ちており、魔の専門家が必要な時もあれば、かえってその技術が役に立たない状況も存在する。迷宮に救う魔物の種類も千差万別。それら全てに対応できる柔軟な継続戦闘能力を集団にもたらすためには、上記の三種をそれぞれ採用しなければならないという理屈だ。厳密にはもっと細密な役割分担が必要だが、マギアス王国の騎士団やその他あらゆる武力組織がこぞって採用しているため、この大雑把な分類が使われ続けているのだ。


 冒険者には何故か魔法戦士が多い。

 対して、王家に仕える騎士団には武芸者が多い。一握りの強力な武芸者には王家から高価な魔道具が支給され、それが彼らにとって誉れとなるのである。

 そんな中、高ランクの魔術を扱う魔術師は常に不足しており、高い需要のもとにある。その極致こそが、魔術師の頂点に立つべく育てられたエリリアであり、マグナ=グリモアなのである。

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