0-2-2 旅立ち荘


 即断即決。

 何の話かと言えば、宿屋選びであった。


「グログロアにいる間の仮の宿りです。姫様には少々窮屈な思いをしていただくことになりますが、ご辛抱ください」


 ジークマリアが片膝をついて『旅立ち荘』と銘打たれた宿の前で詫びた。

 だが、エリリアは気にする素振りも見せない。


「そうかしら? 私はとても素敵なところだと思うわ」

「気に入っていただけたなら、幸いですが……」


 二人のやり取りを眺めつつ、閉人は呆れていた。

 今回ばかりは、ジークマリアの言っていることが正しい。


(少しは気にしたほうが良いって、姫さんよ)


 閉人はそう心の中で呟きつつ、ようやく旅の荷物を下ろすのであった。

 だが、心まで休めるにはまだ早いらしい。

 というのも、


「ほぉ、ラヴォン魔術学院の学生さんか。まあよろしく頼むよ」

「うひゃあ、二人共どえらい別嬪さんネ」

「ふむ、歓迎しよう」


 大歓迎である。


 つまり、長屋のようなものだ。

 私室は無く、共用の居間と段になったベッドが並ぶ寝室があるのみである。私有スペースはベッドの上くらい。ここで、共同生活をするのである。


(これはあれか、タコ部屋ってやつか?)


 聞いてみれば冒険者向けの安宿はこうなっていることが多いらしいが、大抵の冒険者は実力をつけて懐に余裕ができるとさっさと出て行ってしまうという。


 いるとすれば、駆け出しの冒険者か、よほどの物好きぐらいらしい。


 加えて、出迎えてくれたのは今まで接したことのない亜人種族ばかり。

 同じ日本人の集団の中で閉じこもるように生きてきた閉人であるから、内心ではかなり緊張して先客たちに対するのであった。


 同居人たちはそれぞれ名乗り出た。


「申し遅れた。わしはこの『旅立ち荘』の顔役をやっとる、グレン=バッカスというモンじゃ。見ての通り『ドワーフ』、分からん事があったら気軽に聞いとくれよ」


 一人目、グレン=バッカス。

 ゴツゴツとした、岩のような肌の好々爺。ずんぐりむっくりとした体躯を溌剌と動かし、ひげを震わせている。

 腰には紐で酒瓶を吊るしている辺り、イケるクチなのだろう。



「ウチの名前はリィリィ=ドランゴ言うネ。最初は男たちと一緒で心配かもだけド、ここのヤロー共は玉無しだから安心ネ」


 二人目、リィリィ=ドランゴ。

 鱗の生えた肌をした二十歳過ぎの女性。

『ドラゴニュート』と呼ばれる砂漠の種族出身だという。

 踊り子なのだろうか、飾りのついた露出の多い衣装を身に纏っているが、陽気な彼女の雰囲気のせいか、いやらしさのようなものは微塵も感じられない。



「小生はジュゲム=ファラン。夜の種族ゆえ顔を合わせることは少ないだろうが、よろしく頼む。あと、リィリィは適当を言っているが、我々は玉無しではない。紳士的なのだ」

「そうとも言うネ」


 三人目、ジュゲム=ファラン。

 青白い肌をした如何にもな『ヴァンパイヤ』の青年。

 丸眼鏡と、口元に除く犬歯が印象深い。

 神経質そうに見えるが、所用で昼間に起きている間に不機嫌なだけだと後に知れることになる。



「もう一人、この『旅立ち荘』にはエルフも同居しとるんじゃが、はてさてアイツ、どこに行ったのかのう?」

「どこかで男引っ掛けてるに違いないネ」

「いや、仕事で街の外に出ているんじゃなかったか?」


 何やらもう一人いるらしいが、閉人にしてみれば三人でお腹いっぱいである。


「初めまして皆さん、エリザベス=フォン=ハウ=ローゼン=パーク四世と申します。学術旅行の間、しばらくご一緒させていただきます。よろしくお願いします」


 エリリアも(名前が)かなり濃い。

 閉人は横で笑みをひきつらせていた。


「姫……いや、エリザベスの学友ジーク=ギナイツだ。よろしく」

「二人のげぼ(下僕)……舎弟のコクジョウ=ヘイトっす」


 名乗りを終えると、グレンが酒瓶を掲げた。


「よし、今日は盛大に呑むとしよう。故郷の火酒を特別に開けようか」

 グレンは酒瓶をあおり始め、


「馬鹿言わないネ。三人とも旅してきたばかりで疲れてるネ。一人で勝手に呑むヨ」

 リィリィが制し、


「すまぬが、小生は昼間寝ていることが多いゆえ、そっとしてもらえると重畳」

 ジュゲムは眠いのか、フラフラと部屋の奥、共同寝室に引っ込んで行った。


 いつの間にか自然解散。

 新居の挨拶はこれでお終いという事になった。



「ウチはこれからお店で仕事ネ。分からないことあったらそこの酔っぱらいに聞く。ジュゲムは昼間起こすと機嫌悪いから、ほっとくネ」

「はい、行ってらっしゃいリィリィさん」


 エリリアが手を振ってリィリィを見送る。


「うぃ~ヒック。おええ」

「大丈夫ですか、グレンさん、お水どうぞ」

「おおっと、悪いねぇエリザベス……ええと、何だっけ」

「エリザベス=フォン=ハウ=ローゼン=パーク四世です」

「そう、それだそれ。立派な名前だよなぁ~ヒック」

「ありがとうございます」


「……」


 エリリアは、本当にこのタコ部屋を素敵な場所だと思っているらしく、目が輝いている。


「なあ、うちの四世様、異常なほど馴染んでないか?」


 閉人が、小声でジークマリアに訊ねる。

 異なる種族の者たちと知り合ってすぐに共同生活。

 閉人にはハードルが高すぎるように思えたが、エリリアにはどうということもないらしい。


「人徳だ。姫様にはそういうところがある」

「ふーん。まあ、思ったよりも酷いところじゃないみたいで安心したぜ」


 閉人の言葉にジークマリアは頷き、ほっと息を吐いた。


「私も安心している。ここならすぐに見つかる心配も……」


 言いかけて、そのままふらりと閉人に寄りかかった。


「おい、大丈夫かよ?」


 閉人がドギマギしつつ訊ねると、ジークマリアの顔が僅かに疲労の影を帯びていた。

 数日間行動を共にして、初めての事である。


「少しだけ休む。姫様を貴様に預けるぞ」

「え、えぇ……?」

「返事は?」

「お、おう」


 閉人が答えると、ジークマリアは目頭を押さえて深呼吸し、息を整えた。

 顔を上げると、元の隙のない顔つきに戻っている。


 そして、グレンの介抱を終えて長屋のあちこちを見て回っていたエリリアに告げた。


「エリザベス、私はここで荷ほどきをするので、閉人と一緒に街でも見て回って来てはいかがでしょう」

「え、私たちも手伝うわ」


 エリリアはそう言って荷物に向かおうとする。

 それを、閉人が制した。


「姫……いや、エリザベスさん、俺はまだこの国の事に不慣れで不安なんだ。折角だし、ついて来てもらえると嬉しいな」

「は、はい。でも、マリィが……」

「はぁ~、姫さんが付いて来てくれねぇと悲しくて死にたくなるなぁ、何のために呼ばれたんだろ、俺なぁ~」


 閉人はわざとらしくため息を吐いた。

 明らかに大袈裟な演技だったが、恥をかなぐり捨てた閉人の自殺志願者芸が通じたのか、


「分かりました。マリィ、よく休んでね……」


 エリリアは渋々ながらも頷くのであった。


(俺の切なる自殺願望をテコに使う日が来るとは……)


 閉人の自殺は決してパフォーマンスのつもりではないのだが、仕方がない。

 一芝居を打ってケンカ相手を助けてやったようなものである。


「じゃあ行ってくるね、マリィ」


 エリリアが心配そうに告げるが、ジークマリアはいつもの隙のない表情で頷いた。


「はい、お気をつけて」



 エリリアと閉人が街に繰り出していくと、ジークマリアは頭を押さえて、


「『解装パージ


 と、呟いた。

 すると、鎧の関節部分の連結が解除され、カランカランと金属音をたてて身体から剥がれ落ちた。

 ジークマリアの纏う『聖鎧シャイニング』は呪文によって着脱が出来る。


「く、姫様にこんな情けない姿は見せられん……」


 ジークマリアは悔しそうに呟きつつ、へたり込む。


 長旅であった。

 閉人が加わったのは王都ハルヴァラからグログロアまでの旅の最後の方であり、それまではジークマリアが一人でエリリアを守ってきた。

 閉人が加わった事で良くも悪くもその疲れが噴き出し、表面化した。


「姫様に何かあってみろ。死ねない事を後悔させてやる」


 弱々しげに独り言を呟くと、そのまま意識を薄れさせていく。



「やれやれ、苦労人なんじゃなあ」


 酔いどれていたグレンが酒瓶を置いて呟いた。

 ジークマリアとは別の意味でふらついていた身体を起こすと、彼女の身体を軽々と抱え上げた。


「な、何を……」


 もがくジークマリアだったが、グレンは構わず空いたベッドにジークマリアを放り込んだ。


「安心せい。嬢ちゃんらが帰ってくる頃には起こしてやるわい」


 グレンはそう言って、無造作にジークマリアの身体に毛布を放る。


「かたじけない……」


 ジークマリアは微かに告げると、毛布にくるまった。

 そして、大きく一呼吸、眠りに落ちていった。


 余程無理をしていたのだろう。

 それを、強靭な精神力によって何事でないように見せかけていたのだ。


「全く、若いもんばっかりが苦労する。世の中はどうなっとるんじゃろうか」


 グレンはぼやくと、酒臭い息を吐き出すのであった。



 †×†×†×†×†×†×†



「あ~、いいなぁこれ。まるで日本刀だ」


 迷宮の入り口に向けて大通りを降っていた閉人は、武器屋の軒先に飾られた刀剣に目を止め、うっとりと眺めいった。


「閉人さんはそういう武器を使うんですか?」


 横からひょいとエリリアが覗きこむ。顔が近い。


「いやいや、武器なんて触った事も無いっすよ」

 閉人が僅かに身を引いて答える。

 恐らく、今まで握った中での最強武器は料理に使った包丁が関の山だ。

 そこに、店の奥から恰幅の良い武器屋の親父が現れた。


「その刀がお気に召しましたか?」

「これ、格好いいっすね」


 閉人が刀を示すと、武器屋の親父は手を揉んで頷いた。


「いやぁ、お目が高い。これは西方、ヴァンパイヤの名工パブロが打った刀ですよ」

「へぇ、ヴァンパイヤが?」

「彼らは血を尊びますからね。血を流すことに繋がる『斬る』という行為に特別な思い入れがあるのです。ただでさえ戦闘民族ですから、武器の質は総じて高い」

「……戦闘民族?」


 閉人の知るヴァンパイヤ像とはまるで違う。

 さっき『旅立ち荘』で会ったジュゲムのイメージにもそぐわない。


「ふーん……」


 閉人は何となく頷きつつそっと刀を抜き、その刀身を見つめる。


(ああ、確かにすげぇや。こういう刀で首を刎ねてもらったら、スパッと死ねる気がする)


 うっとりと見入っていると、武器屋が割って入ってきた。


「だいぶ気に入られたようですね」

「ああ。(死出の)旅のお供に買いたいなぁ」


 そう呟きながら、柄に取りつけられた値札を見る。


「え、二五〇万……?」

「はい、二五〇万ドルマでございます。何と言っても名工パブロの作でございますから」


 閉人はジークマリアに渡された財布の中身を見た。

 数字が書いてあるので、初見でも何とか金額は分かる。


(ぐぇ、三〇〇〇ドルマもねぇ。子供の小遣いかよ)


 ジークマリアが弱っている隙にもっとせびっておけば良かったと思いつつ、


「ちょい、姫さん」


 閉人は元々近くにあったエリリアの耳に顔を寄せた。


「姫さん、お金持ってないすか? 二五〇万ぐらい」


 半ば冗談のつもりで聞いてみる。案外ポンと出せたりしないだろうか。


 が、

「ごめんなさい。私、お金を触ったことが無くて……」


 と、斜め上の答えが返ってきた。


(そういう次元でお姫様かよ!)


 閉人はエリリアの顔をまじまじと見つめたが、冗談を言っている様子はない。

 閉人が名残惜しそうに刀へ目を戻すが、


「お客さん、もしかしてお金持ってないの?」


 武器屋の目が、徐々に鋭くなっていく。

 閉人の額に汗が滴った。


「いやぁ、しまった。財布と間違えて小銭入れを持ってきちゃったなぁ。本当なら二五〇万くらいポンッと出せるんだけど、残念だなぁ、はっはっは」

「本当ですか? ローンも組めますけど」


 訝しむ武器屋の視線が痛い。

 閉人はその視線に耐えきることが出来なかった。


「いやあ残念、また今度にしとくよ。はははは」

(はっず! 穴があったら埋まりてぇ!)


 閉人は耳まで真っ赤にしつつ、エリリアの手を引いてそそくさと逃げるのであった。



 そんなこんなで大通りを往く閉人とエリリアを遠巻きに見つけ、舌打ちする者がいた。


「ち、あいつら、さっきのクソ女騎士の連れじゃねえか……」


 ギルドハウスでジークマリアに一蹴された冒険者であった。ジークマリアに投げ上げられて天井に叩きつけられたためか、頬にはまだ木目の跡が残っている。


 その場にはいなかった、男の仲間の一人が口笛を吹いた。

「確かに、ありゃあすげぇ美人だ。街中でお手手繋いでイチャコラこきやがってよ」


 さらに、もう一人の男が欲深そうな目で二人の背を追う。

「それより聞いたか? 全部は聞こえなかったが、「二五〇万ポンッと出す」とか言ってたぞ」


 それを聞いたほっぺた木目男は、苛立ちを笑みに変えた。


「ポンッとだと? じゃあ、五〇〇万でも一〇〇〇万でもオエーェッと出せんじゃねぇか?」


 仲間の二人は笑みを浮かべた。


「吐かせるか」

「ゲロッと行っちゃいます?」

「やっちおうぜ」


 男たちは頷き合うと、大通りを去っていく閉人とエリリアの後をつけ始めた。



『断章のグリモア』

 その6:ドルマについて


 『ドルマ』は、マギアス魔法王国に流通する通貨である。

 硬貨は十ドルマコインと百ドルマコイン、紙幣は千ドルマ札と一万ドルマ札がそれぞれ存在する。紙幣にはマギアス王家の魔術によって偽造防止の魔術が施されており、同じく王家が価値を担保している。

 貨幣価値は一ドルマ=一円ぐらいの気持ちで考えればよい。

 また、商人たちの一部は魔術によって生成した小切手を用いて流動的な取引を行っているが、こちらは王家ではなくグリモア議会によって価値と安全性が担保されている。

 王家と議会の関係が悪化すればこのねじれが問題になることもあり得るが、今のところはそんな兆候はない。

 なんにせよ、そんなものは巨大な経済の話である。

 システムがどうなろうと、閉人が刀を買う金を持っていないことに変わりはないのである。

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