第80話 好きです……多分



 俺の名前は杉山 孝弘すぎやま たかひろ

 周囲には秘密だったが、筋金入りのオタク野郎である。


 俺は現在、人生で初めてのお付き合い・・・・・というものをしている。

 無論、それは買い物や遊びに付き合うとかではなく、男女のお付き合いというヤツだ。

 

 何故そんなことになってしまったか?

 それは俺の一つ上の先輩であり、ゲーム友達でもある藤原 茉莉花ふじわら まりか先輩から告白されたからである。

 より正確に言うと、俺からはまだ何も返事をしていないのだが、なし崩し的にそういう関係になってしまっていた。

 

 そのことについて、俺は正直どうした方がいいのか悩んでいた。

 彼女のことは嫌いではない。いや、はっきり言って、もう好きになってしまっているかもしれない。

 最近の彼女を見ていると、胸がドキドキしてしょうがないのだ。

 これは最早恋してしまっていると言っても過言ではないだろう。

 

 俺には恋愛の経験は無いが、『恋愛ゲーム』の経験はある。

 その経験から判断すれば、この胸のドキドキというのは完全に恋の予兆……、もしくは恋そのモノであった。

 いわゆる胸キュンというヤツである。

 

 そう、俺は今まさに、胸キュン状態なのであった。



「はい、あーん」



「あ、あーん」



 箸で口まで運ばれた食材を口に含み、咀嚼すると、まるで幸せを噛みしめるような深い味わいが広がった。



「どう?」



「すごく……、おいしいです……」



「そういうネタは挟まなくていいから」



「いや、本当に美味しいです。正直びっくりしています」



 藤原先輩の料理は、日を増すごとに美味しくなっている。

 それもこれも、マイエンジェル柚葉たんの指導のお陰なのだとか……

 柚葉たん……恐ろしい子!



「そう? ふふっ、ありがと♪」



 そう言って微笑む姿はお世辞抜きに可愛らしい……っていかんいかん! また持っていかれるとこであった……



「それもこれも、柚葉ちゃんのお陰よね。あの子、なんであんなに完璧なのかしら……」



 そんなの、彼女が天使だからに決まっているジャマイカ。

 あんな天使に惚れられているなんて……、塚原のヤツは本当に罪作りな男だ。



「そういえば、塚原君と柚葉ちゃん、ついに付き合うことになったみたいよ?」



「っぶ、なんですと!?」



 俺はあまりの衝撃に、飲んでいた茶を吹き出しかけてしまった。



「いや、まあアレは時間の問題だったでしょ? 柚葉ちゃん、あれで結構押しが強いし、塚原君も惹かれてたみたいだから」



 それは確かにそうかもしれないが……、相手は中1だぞ!?

 しかも天使だ! 大罪だ大罪!



「……凄い顔してるわよ?」



 しまった……、ついいつも通り感情を爆発させてしまった。

 今は藤原先輩の前だといういうのに……



「し、失礼しました。あまりのビッグニュースに、つい感情が……」



「……もしかして、杉山君て、柚葉ちゃんのこと好きだったの?」



「なっ!? 違います! 俺が好きなのは……」



 って俺は何を口走っているんだ!?



「……好きなのは?」



「…………」



 どうする俺!

 ここまで言いかけたら、何か言わなきゃ流石にマズいぞ!

 あれか? 好きなアニメやゲームのキャラを言うか?

 それならたくさんいるぞ。俺にはたくさんの嫁キャラがいるのだからな!


 ……しかし、それでいいのか?

 つい先程も、自分の気持ちについては確認したところじゃないか。

 俺は、ハッキリ言って藤原先輩のことが好きになっている。

 それを伝えずに、このまま流されっぱなしの関係でいいのか?



「…………」



 藤原先輩は黙って俺のことを見ている。

 その表情は、僅かながら不安そうであった。



(ゴクリ)



 そんな表情に、俺がしてしまっている。

 そう思った瞬間、覚悟は決まっていた。



「……俺が好きなのは……、藤原先輩です。……多分」



 言ってしまった……

 今の俺の顔は、燃え上がるように真っ赤になっているだろう。



「多分て……。なんでそこをハッキリしないのよ?」



「だ、だって仕方ないじゃないですか! 人を好きになるのって、マジで初めてなんですよ!」



 小中学校時代にも可愛いなと思う子はいた。

 しかし、はっきりと好きだと言える存在は、藤原先輩が初めてなのだ。



「……そう。私も男の子を好きになったのって、杉山君が初めてよ?」



 そう言われて、顔がさらに熱くなるのを感じる。



「そ、それは、女の子ならあるってことですか?」



 俺はその恥ずかしさを誤魔化すためにそんなことを言うが、それに対し藤原先輩はそっぽを向いて、



「そんなワケないでしょ」



 と言った。

 それがまた可愛すぎて、感情が限界に達した俺はテーブルに突っ伏してしまうのであった。



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