第76話 朝霧さんの過去④



「いいですか先生、貴方がやっていることは逆効果です。イジメを助長することにしか繋がりません」



 そう言って塚原先輩は、中山先生の至近距離まで詰め寄る。

 中山先生は一瞬気おされたのか下がり気味だったが、途中で踏みとどまりキッと塚原先輩を睨み返す。



「逆効果とはどういうことだ! 君に何がわかると……、いや、そもそも君、授業はどうした?」



「授業については、遅刻することを伝えてあります。それより、こっちの方が重要だと思ったから来たんですよ」



 塚原先輩は中山先生の前で立ち止まり、見上げるように視線をぶつける。

 中山先生は見下ろす側なのに、逆に威圧されているような印象を受けた。



「先生、いじめの相談は、相談したことがバレるようにしてはいけないんですよ。理由はわかりますよね? そのことがきっかけで、イジメがさらに悪化するからです」



「っ! そ、それは当人から相談があった場合だろう! 今回私は、誰から相談を受けたかを明言してないぞ!」



 確かに、先生は誰かに相談を受けたということを明言はしていない。

 しかし……、



「明言していようがいまいがは関係ありません。重要なのはイジメていた本人達がどう思うかでしょう?」



 そうなのだ。

 例え事実がどうであろうと、結局のところ相談したのが私だと思われる可能性は高いのである。

 実際、そう思われたからこそ、さっき久川さん達は私のことを睨んでいたのだ。



「それは……」



「本当なら、先生はもっと慎重にやるべきでした。そうでなければ、抑止力どころか状況を悪化させることに繋がるからです。先生はこのまま誰も何も発言しなければ、どうする気でしたか?」



「…………」



「どうにもならなければ、解散していましたよね」



「っ! そんなことは……」



 中山先生はそんなことはないと言おうとしたようだが、代わりとなる回答が見つからなかったのか、言葉を途切れさせてしまう。

 それは、塚原先輩の言ったことを肯定しているに等しかった。



「……このまま何も得られぬまま解散すれば、イジメは間違いなく悪化します。そうならないようにする案があるのであれば、この場で言ってください」



「……み、みんなの前で言えないのであれば、例えば紙に書いて提出してもらうとか……」



「それで本当に確証を得られると思っているんですか?」



「…………」



 塚原先輩はため息を吐き、視線を私達の方へと切り替える。

 私にはそれが、中山先生を見限ったように見えた。



「この中には、イジメをしていた者以外にも、それを見て笑っていた者、黙っていた者もいると思う。正直、俺はそういった者達も等しく卑怯だと思うが、黙っていた者達の気持ちはわからなくもない。自分も同じように標的にされるかもしれないと考えれば、勇気が出ないのも仕方がないだろうからな」



 塚原先輩の言葉に、何人かの生徒がそわそわとした反応を示す。

 特に坂本さんの反応は、後ろから見ていて非常にわかりやすいものだった。



「ただ、少しでもその生徒を助けたいという気持ちがあるのなら、どんなかたちでもいいから、勇気を見せて欲しい。この学校の生徒指導の先生は頼れる人だし、風紀委員会も相談に乗ってくれると思う。もちろん、俺も関わったからには相談くらいいくらでも乗るつもりだ。担任の先生じゃなくてもいいから、まずは誰かに話してみて欲しい。イジメられている生徒が今後どうなるかは、今後の君達の動きにかかっていると言っても過言じゃないんだ」



 そう言って、塚原先輩はまっずぐ久川さんの席へと歩み寄る。

 久川さんはわかりやすい程に動揺して、塚原先輩から目を背ける。



「君は随分と顔色が悪いね。……俺が気づいたんだから、他にも気づいた生徒はいると思う。こういう時こそ、周りの生徒が声をかけてあげるべきなんじゃないかな?」



 塚原先輩の言葉に、久川さんはさらに顔面を蒼白にして俯いてしまった。

 彼女の周囲の友人達も、凍り付いたように固まってしまっている。



「…………」



 無言の久川さん達を暫し見つめた後、塚原先輩は教壇の方へ戻っていく。



「先生、急に押し入ってしまい申し訳ありませんでした。自分はこれで失礼します。……あ、それと先程の紙に書いてもらうという案についてですが、やり方ははともかく、生徒の思いを伝えやすい環境を作るという意味ではアリだと思います。今後どうするかは先生次第ですが、宜しければ何かご一考ください。それでは」



 それだけ言って、塚原先輩は教室を出て行ってしまった。

 中山先生は暫しそれを見送るように停止していたものの、すぐ慌てたように動き出す。

 その後も何か色々と話していたのだけど、残念ながら私の耳にはまるで入ってこなかった。

 それ程に私は、塚原先輩の存在に衝撃を受けていたのである。





 ◇





 私が話し終えると、塚原先輩は眉間にしわを寄せ、それを押さえるようにして俯いてしまった。



「……なんて言うか、あの時は本当に、すまなかった」



「えっ!? なんで先輩が謝るんですか!?」



「いやだって、どう考えてもヤバい奴でしょソイツ……」



 ソイツとは塚原先輩本人のことなのだろうけど、どうしてそんなにショックを受けているのか私にはわからない。



「そんなことありませんよ? 今の私があるのは、その人のお陰なんですから」



 あの件が無ければ、私はもっと辛いイジメにあっていたハズだ。

 そしてあの件が無ければ、静流ちゃんやノドカちゃんと仲良くなることもなかっただろう。

 私にとって、あの時の塚原先輩は、間違いなくヒーローだったのだ。



「……ちなみにソイツは、その件がバレて謹慎処分をくらったそうだよ」



「知っています。それで申し訳なさで一杯になって、会いに行けませんでしたので」



 結果として、思いだけを募らせることになったのである。

 憧れが恋心に変わるまで、そう時間はかからなかった。



「先輩が過去の自分をどう思おうと、私の気持ちは変わりません。私にとって先輩は、ヒーローであり、憧れであり、大好きな人なんです」



 ムードも何も無いが、私にとって二度目の告白になってしまった。

 またしても思いは届かないかもしれない。

 でも、少しでもいいから、この思いが伝わってくれないだろうか……





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