第74話 朝霧さんの過去②
「君は……」
「中等部の塚原です」
「中等部の生徒が、私に何の用だ?」
「用というワケではありませんが、先程からお二人の会話の内容が聞こえていましたので、ちょっと口出しさせて頂きます」
「いや、口出しするってねぇ……。それに、盗み聞きは良くないぞ?」
「盗み聞きではありませんよ。単純に聞こえてきただけですので」
「それでも、関係ない生徒が口を出すようなことじゃないだろう」
「いいえ。聞き捨てならなかったので、口は出させて頂きます」
塚原という男子生徒は、強気の姿勢で一切退く様子を見せない。
先生……、いや、大人に対して、よくこれ程強く言い返せるなと思ってしまった。
「っ……」
先生の方も、塚原……先輩の強い物言いに言葉を詰まらせてしまった。
「先生は、何故この生徒の言葉を真面目に取り合わないのですか?」
「私は取り合っていないワケじゃ……」
「何故確認もせず、この生徒が間違っているような言い回しをするのですか?」
「だから、私はそんなつもりで言ったワケじゃない! 朝霧の方が、はっきり確認もしないうちからそんな言葉を口にするから、それは良くないと言っただけで……」
バン!
先生の言葉を、塚原先輩は机を叩くことで遮ってしまう。
そのせいで、周りの先生達も私達に注目し始めた。
「違うでしょう! 確認するのは、アナタの仕事のハズです!」
「っ!」
「生徒がこうして勇気を出して訴えているのに、何故それを最初から疑うんですか! 確認をするべきなのは、むしろアナタの方でしょう!」
「お、おい、声が大きいぞ! もう少し声量を抑えて……」
先生は周囲を気にしながら、塚原先輩のことをいさめる。
しかし、それは少し遅かったようで他の先生も集まり始めてしまった。
「中山先生、一体何事でしょうか?」
「い、いや、これはですね……」
「この先生が、この生徒の話をまともに聞こうとしないから、口を出させて頂きました」
「ふむ?」
「ち、違うんです教頭! この生徒が、物事を大事にしようとするので、私はそれをもう少し確認すべきじゃないかと言っただけでして、決して話を聞こうとしなかったワケではありません!」
「だから、その確認はアナタの仕事だと言ってるんです!」
「さ、さっきから君は何なんだ! 教師の仕事をわかったかのように……」
「そうじゃありません! 教師の仕事以前の問題でしょう! 子供の話をしっかり聞いてやるのが、大人の仕事じゃないんですか!」
「っ!」
塚原先輩の剣幕に、中山先生は完全に気圧されているようだった。
子供相手に大人が怯むのを、私は初めて見たかもしれない。
「塚原君も、中山先生も、少し落ち着いてください」
塚原先輩と中山先生の間に、教頭先生が柔らかな物腰で割って入る。
「中山先生、塚原君は真面目な生徒です。私には彼が間違ったことを言っているようには聞こえないのですが、本当にこの女生徒の相談に乗ってあげていたのですか?」
「それは……」
中山先生は相談に乗ってくれていたとは……、言えないかもしれない。
私の相談に対し、それは違うんじゃないか? もう少し考えたらどうだと諭してきただけである。
「もし塚原君の言う通り、何も確認せずに生徒の話を取り合わなかったのであれば、問題となります。我が校の方針は、教師が生徒に寄りそうことですからね」
「……はい」
「それから塚原君も、気持ちはわかりますが大きな声を出すのは感心できません。例え君の方が正しかったとしても、恫喝と捉えられかねませんからね」
「……はい。そうですね。すみませんでした」
塚原先輩は、教頭先生と中山先生に素直に謝罪をして、職員室を去って行った。
私はそれを、ただ茫然と見送ることしかできなかった。
「朝霧、さっきはその、すまなかったな。もう少し、詳しい話を聞かせてくれるか?」
「は、はい……」
◇
「……思い出したよ。朝霧さんは、あの時の生徒だったのか」
「はい。あの時はお世話になりました」
「お世話だなんて……。あんなのは、俺がただ暴走しただけだよ……」
思い出すと恥ずかしくなってくる。
あの時の俺は、あの教師の理不尽な対応に腹を立て、突っかかっていっただけであった。
だから朝霧さんのこともちゃんと見ていなかったし、教頭先生にいさめられるまで大声を出していることすら意識していなかった。
「そんなことはありません。私は、あの時初めて、大人に対して真っ向から意見を言える勇気を貰いましたので」
そう言って朝霧さんははにかむように笑うが、俺には恥ずかしさしかなかった。
あれこそ若気の至りというヤツだろう。
しかも、あの件はそれで終わりでは無かったハズだ。
「あの、朝霧さんの言う過去の話があの件ってことは……」
「はい。この話には続きがあります」
やっぱり……
俺は朝霧さんが話し始める前から、顔が熱くなっていくのを感じる。
その後のことは、俺もはっきりと覚えていたからだ。
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