第73話 朝霧さんの過去①



「いやぁ、まさか塚本のヤツと麻生さんが付き合いだすとはね……」



「はい。でも、たまちゃんが報われて、本当に良かったです。たまちゃん、時々暗い顔してたから、幸せになってくれたら私も嬉しいです」



 たまちゃんは、普段普通に接しながらも、どことなく影のある子だった。

 それは恐らく、何か過去の出来事が原因なのだと思うけど、私から聞くことはできていない。

 きっとデリケートな内容だし、本人が話してくれるまで待つのが一番だと思っている。

 もし話してくれなかったとしても、それはたまちゃんにとって余程のことなのだろうから、仕方のないことだ。



「そうだね。彼女、昔色々あったのだと思うけど、今度はちゃんと幸せになれるといいな」



「……え? 先輩は、たまちゃんに昔何かあったって気づいていたんですか?」



 私は特に何も話していないのに、先輩はたまちゃんの過去に何かあったかを気づいていたらしい。

 一体、どうして?



「ただの勘だけどね。結構色んな人達と接しているから、そういうのってなんとなくわかるんだよ」



「凄い、ですね……」



 先輩はあちこちで人助けをしている。

 その経験則から、たまちゃんの過去に何かあると見抜いたようだ。

 やっぱり先輩は凄い人だ。



「別に凄くなんかないよ。むしろ凄いのは、そんな彼女のことをケアしてあげられる朝霧さんや塚本のほうだよ」



「そんな、私はただ、友達として仲良くしているだけですから」



「それが大切ってことだよ。過去のことなんてどうでもいいと思えるくらい、今が良くなればいいワケだからね」



「…………」



 それは、私自身が体験していることなので、返す言葉もなかった。

 私は今が幸せだから、昔のことなんて全く気にせず生きてこれている。



「……ありがとうございます。先輩」



「えっ!? 今のタイミングで何故お礼が?」



「だって、私が過去のことを気にせずいられるのは、先輩のお陰ですから」



「……それについてだけど、今度こそ話してくれないかな?」



 いつもより真剣な目で、先輩がそう言ってくる。

 私はまだ黙っているつもりだったけど、そんな目をされては困ってしまう。



「俺が覚えていないのがいけないんだろうけど、いつまでも自分の知らない理由で思いを向けられると、困ってしまうんだ」



 それは、そうかもしれない。

 私の好意は一方的だし、何の理由もなく向けられるには少々重いものだろう。



「……わかりました。私が話して、先輩が思い出せるかどうかはわかりませんが、お話します」





 ◇





 当時の私は、今よりももっと頑固で、融通の利かない人間だった。

 真面目と言えば聞こえはいいかもしれないが、実際はそれを他人にも強要する『イヤなヤツ』だったのである。


 自分がイヤなことを強要されれば、普通は不満を覚えるものだ。

 しかし、当時の私は自分が絶対に正しいと思っていたので、そんなことは一切気にしていなかった。

 だから、ああなったのも必然と言えるだろう。





 ………………………………



 ………………………



 ………………





 放課後、掃除の時間の最中、当番の子達が掃除用具でふざけていたので、私は注意をしにいった。



「ちょっと、貴方達、掃除当番でしょう? ちゃんと掃除をしなさいよ」



「「「「…………」」」」



 返ってきたのは沈黙と、うっとおしそうな視線だった。

 それに腹を立てた私は、さらに注意をしようと口を開く。

 その直前で、



「あーあ、せっかくやる気あったのに、余計なこと言われたせいですっかりやる気なくなった」



「私もー」



「俺もー」



 そう言ってみんなは、次々に掃除用具を放り出す。



「ちょ、ちょっと!」



「私達のやる気をなくさせたのは朝霧さんなんだから、朝霧さんがやっておいてよ。私達、帰るから」



 子供ながらに、そんな理由はおかしいと思ったが、結局みんなは私が止めるのを無視して帰ってしまった。

 仕方なく、私は一人で教室の掃除をすることになった。


 その日以降、私は一部のクラスメートから、同じような扱いを受けるようになる。

 私が何かを注意すれば、無視か馬鹿にしたような態度で返されるし、分担してやる作業などは全て押し付けられるようになった。

 そしてそれは段々とエスカレートしていき、ついには直接的な嫌がらせに発展する。


 上履きを汚されたり、教科書を破られたり、ノートが無くなったり……

 最初は偶然だろうと思ったけど、何度も続けばいくら私が鈍くても嫌がらせを受けていることには気づく。

 そして私が取った行動は、先生に言いつけることだった。



「先生、私いじめを受けています」



 私がそういった時の、担任の嫌そうな顔は今でも覚えている。



「朝霧、お前のような真面目な生徒が一体どうした?」



「だから、いじめを受けているんです」



「……朝霧、軽々しくそういうことを言うものじゃないぞ? なんでもかんでも決めつけて何かを言うのは良くないことだ」



「でも……」



「仮にだぞ? 全くそんな事実が無いのに、イジメをしていると言われた子はどう思う? ツライ気持ちになるだろう? そういうのは冤罪といって、あまり良いことじゃないんだ。だから、よく確認もしないうちからそういう風に決めつけるのは感心しないな」



「…………」



 先生の言っていることは、なんとなくだけど理解できる。

 私だって、何もしていないのに悪いことをしているなんて言われたら悲しい気持ちになるだろうから。

 でも、私なりに確信をもって相談をしにきているというのに、まさかこんな返され方をされるとは思っていなかった。

 何か言い返したかったけど、返す内容が思いつかない。

 それに、大人に諭されると、なんだか本当に自分が悪いような気がしてくる。



「朝霧の方にも、そう思うような切っ掛けがあったんじゃないか? もう少し、よく考えてから結論をだしてみないか?」



 私は俯き、自然と握る手に力が入ってしまう。

 今まで信じてきた先生に、こんな返され方をされた悲しさと、何も言い返せない悔しさで涙がこみ上げてきた。

 その涙が零れ落ちる瞬間――



「……あの、さっきから聞いてましたけど、その言い方は無いんじゃないでしょうか」



 中等部の制服を着た男子生徒が、私と先生の間に割り込んできた。




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