第69話 朝霧さんのお料理教室②
柚葉ちゃんが作った卵焼きはとっても美味しかった。
それと同じものを私なんかが作れるとは、正直思っていなかったのだけど……
「で、出来た……」
柚葉ちゃんの作ったものと比べると、やっぱり少し不格好だけど、それでも間違いなく卵焼きに見える形に仕上がったと思う。
「綺麗に丸めるのって凄く難しいと思っていたのだけど、意外と崩しても大丈夫なのね……」
「はい。むしろ崩した方が触感的に良くなりますね」
卵焼きって作るのが難しいと勝手に思い込んでいたけど、こんなにお手軽だったんだなぁ……
「私のウチ、このフライパンあったかなぁ……」
卵焼きを作るには、長方形の少し小さなフライパンを使う。
ウチの親は卵焼きを作らないので、もしかしたら家に無い可能性もあった。
「もし無くても、百円から三百円くらいで売ってるよ?」
「え、そうなんだ……」
まさか、そんな安いとは思わなかった。
それなら私でも十分買うことのできる値段だ。
「卵焼き以外にも小物を作るのに便利だから、買っても損は無いと思うな」
「そうね。ウチもウィンナーを焼いたり、ハムエッグを作る時に良く使うわ」
私はこれまであまり料理をしたことがなかったので、そういったことも初耳だった。
「もし家に無かったら、買ってみようかな……」
「それじゃあ、その時はまた私も付き合うわ。今後も色々とお料理作りに挑戦してみたいしね」
「いいですね! 私も行きたいです!」
「じゃあ、また柚葉ちゃんに色々聞きながらお買い物しましょうか!」
そんな風に二人は盛り上がり、私も一緒になって笑う。
昔なら考えられなかったけど、本当に私は出会いに恵まれたなぁと感じた。
…………………………………
………………………
……………
「それで、たまちゃんは塚本君とどうなの?」
「っ!?」
皆で色んなおかずを作り、食事会のようなことをしていると急に藤原先輩がそんな質問をしてきた。
私は驚きのあまりスパゲティを慌てて飲み込んでしまい、喉が詰まってしゃっくりを繰り返す。
心配してくれた柚葉ちゃんが、背中をさすりながら飲み物を渡してくれる。
「あ、ありがとう。大丈夫、ちょっとびっくりしただけだから……」
「それなら良いけど……。藤原先輩、たまちゃんは恥ずかしがり屋さんなんですよ? そういう質問はせめて食べ物を飲み込んでからにしてください!」
柚葉ちゃんは気遣いからそういってくれたようだけど、そういう質問は例え食べ物を飲み込んでいたとしても困ってしまう。
「ゴメンゴメン、急に聞きたくなっちゃってね」
「……まあ、私も気にはなっていたので、あまり責めることはできませんけどね」
(ゆ、柚葉ちゃん!?)
柚葉ちゃんが、興味津々といった様子で無邪気な視線を向けてくる。
先程の言葉からも感じ取れたことだが、やはり柚葉ちゃんも質問自体には乗り気な様子であった。
「そ、そんな……、どうと言われても……」
正直、私自身にも、この気持ちがなんなのかわからないのである。
だって私は、今まで生きてきて、まだ一度も……
「……あれ? まだ好きって伝えたワケじゃないんだ?」
「っっ!?」
好き……
その言葉を、藤原先輩はあっさりと口にする。
「た、たまちゃん、顔真っ赤だよ?」
わかっている。
きっと今、私はリンゴのように赤い顔をしているハズだ。
目も、耳も、鼻も、頭に存在する全ての部位から熱を発しているようで、私は思わず顔を手で覆ってしまった。
その様子に藤原先輩も慌てたのか、わざわざ冷やしたタオルまで持ってきてくれた。
「あ、ありがとう、ございます……」
「ご、ごめんね、まさか、こんなに凄い反応するとは思わなくて……」
藤原先輩が、本当に心配そうな表情で顔を覗き込んでくる。
どうやら、私はそれ程凄い状態だったようだ。
「い、いえ、先輩は、悪くありません……。ただ、私にも本当に良くわからなくて……」
塚本先輩には、本当に感謝している。
今まで、私のためにここまでしてくれた人は、大人を含めたっていなかったから……
そんな相手に対し、好意を持っていないと言えば嘘になるだろう。
でも、この好意がどんな種類の好意なのか、私には判断がつかなかった。
家族に対する親愛と違うのはわかる。
友達に対する友愛と違うのもわかる。
異性に対する愛情と違うかは……、わからない。
それは、私が今まで一度も異性に対して『好き』という感情を持った事が無かったからだ。
「わからないって、それは塚本君を好きかどうかってことが……?」
「……はい」
はっきりと『好き』という単語を使われると、やっぱりドキドキしてしまう。
でも、このドキドキは間違いなく恋愛感情によるものではない。
どちらかと言うと、怯えや恐怖に近い感情だと思う。
「……本当にそんな事あるのね。漫画やゲームだけの話だと思ってたわ」
「……藤原先輩って、漫画やゲームにお詳しいんですか?」
「っ!? えーっと、……まあ、いいか。ええ、ええ、私、こう見えて漫画やゲームが好きなの」
「そうなんですね。意外でした……」
それは私にとっても意外なことだった。
ゲームはしないけど、私も漫画や小説は好きなので、もしかしたら藤原先輩とは趣味の話ができるのかもしれない。
「まあ、隠してたからね。でも、もう隠さないことにしたから」
「……それって、やっぱり杉田先輩のため、ですか?」
「理由はそこからだけど、正直もうどうでも良くなったって方が強いかしら。まあ、大々的に宣伝するつもりはないから、ここだけの話にしておいてね?」
「「は、はい」」
誰にでも話すワケでは無いけど、それなりに親しい間柄では隠さないということなのかもしれない。
そういった線引きは私にもあるので、なんとなく理解出来た。
「それで、話を戻すけど、たまちゃんは塚本君のためにお弁当を作りたいって思ったのよね? ソレって……、好きってことにならないのかしら?」
「それは、ご恩を返したいという気持ちがあっただけで……」
塚本先輩から受けたご恩を返したい。
だから柚葉ちゃんに頼んで、お弁当の作り方を学んだのだ。
そこには恋愛感情なんて……
「それは違うでしょ。だって、恩を返したいだけで、わざわざお弁当を作って行こうなんて思わないでしょ普通?」
「っ!?」
……言われてみれば、確かにそうかもしれない。
何故私は、わざわざお弁当を作ろうだなんて……
「たまちゃんがお弁当を作りたいって思ったのは、塚本君に食べて貰いたかったからでしょ? そうじゃなきゃ、そんな面倒でリスクのある行動、普通はとらないもの」
藤原先輩の言葉は、私の中でバラバラになっていたパズルを、次々に埋めていくようであった。
それでも何か理由を見つけようと頭が働こうとするが、反論する理由は、すぐには思い浮かばなかった。
「それもまだ納得出来なさそうな顔してるわね? でも、これは断言できるわ。……だって、この私がそうだったからね」
そう言って、藤原先輩は少し顔を赤くして目を逸らしたのだった。
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