第61話 教室に乙女が現れる
俺の名前は
周囲には秘密だったが、筋金入りのオタク野郎である。
俺は今、人生というモノについて真剣に考察中だ。
多くの人間、特に日本のような比較的平和な国に住んでいる人間は、基本的に楽観的である。
例えば災害であったり、事故であったり、事件であったりといった、起こり得る様々な不測の事態に対する危機感が薄いのだ。
確かに、そういった出来事に巻き込まれる可能性は、人間全体から見れば低いのかもしれない。
しかし、いくら可能性が低かろうが、ゼロでない限り絶対の安全とはならないのである。
例え0.5%だろうが、0.1%だろうが、起きるときは起きるのだから……
俺はソシャゲでガチャを引くたびに、それをヒシヒシと感じていた。
ある者は0.1%だろうがポンポンとURだのSSRだのを引くし、ある者は本当に全く引く気配が無い……
こんな人生の縮図のような例が身近にあるのに、人は何故ああも楽観的なのだろうか?
……真面目に考察していたハズなのに、いつの間にか陳腐な方向へ進んでしまった。
やはり、慣れないことはするものではないな……
……とはいえ、俺が真剣に悩んでいることは本当だ。
「人生、何があるかわからない」とは良く聞く言葉だが、この言葉を真剣に口にする人間は少ない。
大体の人間は、それを口にしながらも、心の底では「まあほぼあり得ないけど」くらいにしか思っていないのだ(多分)。
本当に心の底からそう思っているのは、きっと実際にその身に起きたことがある人間だけに違いない。
実際俺は、今日この日を迎えるまで、そんな甘い認識を抱いていた。
しかし、某錬金術師の漫画にて強欲な彼が言ったように、「ありえないなんてことはありえない」のである。
俺はそれを、身をもって体験した。
……勿論、俺は決して楽観的ではないし、そんなことは百も承知だ。
しかし残念なことに少し……、いや、かなり悲観的過ぎたのだろう。
だから、あんなことで、ここまで心をかき乱されているのだ。
『私、杉山君の事、好きになっちゃったみたい』
(っ!?)
先程の光景、そして音声が頭を過り、俺は思わず額を机に打ち付ける。
その音でクラス中の注目を集めるが、そんなことすら今の俺には気にする余裕が無かった。
「だ、大丈夫か杉山! 眠いのなら、顔を洗ってきた方が良いぞ?」
この先生は居眠りなどに対しては結構無関心なのだが、流石に今の音には反応をしてきた。
「……すみません。少し頭を冷やしてきます」
そう言って、俺は教室を出る。
顔を洗うのではなく、本当に頭を冷やすために。
◇
髪の毛がびしょ濡れの状態で教室に戻った俺は、再びクラス中から注目を浴びることになった。
少し落ち着きを取り戻したこともあって流石に居心地の悪さを感じたが、それももうあと10分程の辛抱だ。
この四時限目の授業が終わり次第、さっさと外に出てしまえば良いだけの話である。
(問題は、誰かに話しかけられないかだが……)
恐らくだが、その心配は無いように思える。
二時限目、三時限目、四時限目と、間に設けられている休み時間中には、誰も話しかけて来なかった。
もし話しかける気があるのならば、その三回のタイミングのどこかで話しかけて来るハズだろう。
そうしなかったということは、やはり俺からは距離を取りたいと考えているのかもしれない。
……ちなみに、俺が教室に戻ったのは一時限目の途中である。
本当は一時限目をサボり、休み時間中に戻ろうと思ったのだが、授業中に戻った方がクラスメートから変に声をかけられることも無いだろうという、先輩のアドバイスに従ったのであった。
しかしこの分であれば、それも無用の心配だったかもしれない。
キーンコーンカーンコーン♪
チャイムが鳴り、四時限目の授業が終了する。
俺は速やかに席を立ち、教室を出ようとするが、それを阻止するよう俺の前に三人のクラスメートが立ちはだかった。
今朝俺に話しかけて来た、バスケ部員と思われる者達である。
「杉山! そうさっさと出ていこうとするなよ!」
「そうそう、色々と話聞きたいんだからさ!」
この三人に話しかけられるとは、正直思っていなかった。
まあ、「ありえないなんてことはありえない」と再認識した俺にとっては、今更動揺するようなことでもないが。
……しかし、何故今なのだろうか?
本当に聞きたいことがあるのであれば、休み時間中にいくらでも聞くチャンスはあったろうに……
「……聞きたいことって?」
「そりゃもう、色々だよ! まあ、一番気になるのは藤原先輩との関係だけどさ!」
藤原先輩、という単語に一瞬体が強張る。
頭を冷やしたとはいえ、やはり朝のことを思い出すと落ち着いてはいられなかった。
「うお、また変な顔しだしたぞ!」
三人が慌てたように少し距離を取る。
その反応を見て、再び失いかけていた我を取り戻す。
「へ、変な顔って、俺、そんなに変な顔していたか?」
「え、気づいてなかったのかよ……」
「杉山、顔まっかにして、目も回して、完全にヤバイ奴だったぞ」
マ、マジか……
自分では気づいていなかったが、そんなヤバイ状態だったとは……
「何するかわかんねぇから、さっきまでは流石に近付けなかったんだよ」
成程……
つまり、誰も話しかけて来なかったのは、そんな状態だったからというワケか。
確かに、俺だってそんな危ない奴相手に声をかけようとは思わない。
「さっき教室出ていったあと、ようやく普通に戻ったみたいだから声かけたんだよ」
「す、すまん……」
結果的にはむしろ良かったくらいなのだが、ここはとりあえず謝っておくべきであろう。
しかし、この後をどう切り抜けるか……
「あ、良かった! まだ教室に残ってた!」
「っ!?」
俺があれこれ言い訳を考えていると、三人の横からひょっこりと藤原先輩が現れる。
「「「ふ、藤原先輩!?」」」
突如背後から出現した藤原先輩に、三人が驚きの声を上げて距離を取る。
ガタイの良い三人のそのサマは、なんだか酷く滑稽に見えた。
「こんにちは。もしかして、貴方達が杉山君のことを引き留めてくれていたの?」
「え、あ、はい」
「そう。ありがとうね。それで、申し訳無いんだけど、杉山君のこと、借りてっていい?」
な、何を言い出すんだこの人は!?
ここには、朝のアレを見た生徒も多いんだぞ!?
あらぬ誤解を招くことくらい、先輩なら理解できるだろ!?
「は、はい! 勿論です!」
いやいや! 勿論じゃねぇだろ!
というか、何で俺への意思確認がないんだよ!
「いや、ちょ、待ってください! 俺行くなんて一言も!」
「でも、食べるでしょ? お昼」
そう言って、先輩は手にもった弁当袋を胸の前でゆらゆらと揺らす。
「今日のは自信作なの。天気も良いし、お外で食べましょ♪」
まるで乙女のようにはにかむ先輩を見て、俺は再び我を失い、混乱状態に陥るのであった。
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